戦闘訓練、再び 〜慣熟訓練と森精霊〜
本日は、第七十六話を投稿します。
今回は(一応)日常の一コマをお送りします! まぁヤトの訓練なんですけどね!
ところでどなたか風邪をひいたらしく…………
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──ヒュン!!
薙刀の鋭い斬撃を咄嗟に姿勢を低くして躱す! 迅風増強を発動させておいて正解だったな!
だがまだヤトの攻撃は終わっていない──続けて連続の刺突が嵐の様に飛んで来た! それらを剣とカイトシールドで何とか防ぎ切ると、俺は文字通り疾風の様に薙刀を掻い潜りヤトに肉薄する! ヤトの金色の瞳が大きく見開かれるのを見ながら薙刀の柄を長剣の腹で強打する! 薙刀はヤトの手を離れ地面に落ち、次の瞬間には俺の剣の切っ先はヤトの首に当てられていたのだ。
「──これで俺の五連勝だな」
俺はニヤリと笑い勝利を宣言する。するとヤトは
「あーん、また負けたぁ!!」
心底悔しそうな声を上げるが、そんなに悔しがるな。
「何で剣より長い槍で勝てないのよ〜!」
「幾つか理由はあるぞ」
またもやムキーッと短気を起こすヤトに、窘める意味も込めて説明する俺。あとヤトよ、槍じゃなく薙刀な。
「先ず第一に間合いだな。ヤトの薙刀は相手より長い間合いで戦う武器だから、常に自分の間合いで戦う様に心掛けろ。自分の間合いを的確に見切る事は大切だからな。第二に薙刀の柄の握りが甘い事だな。さっきみたいに柄を狙われると手から離れるのはその証拠だ。あとは……盾か短剣を持った方が良い。やはりさっきみたいに薙刀の間合いに飛び込まれた時に対応出来ないだろう?」
「うぅぅ〜」
金色の瞳に涙を浮かべながら如何にも悔しそうな表情を浮かべるヤト。尤も俺が言っている事は槍術の基礎の話ではあるがな!
「だがな、素質はあると思うぞ。あと必要なのは経験だな」
「うぅ……判ったわ。見てらっしゃい、絶対御主人様を負かしてみせるから!」
悔しそうな表情から一転、俄然やる気を漲らせるヤト。本当に強くなる事には貪欲である。
『まぁ魔物の思考は極めて単純明快ですからね』
コーゼストが言う事は一々もっともであるが、何にせよ向上心があって宜しいと思う。
ふと辺りを見ると、他の冒険者達が武器を手にこちらを見詰めたまま固まっていた──どうやらまたやり過ぎたみたいである。
因みにここは毎度のラーナルー市冒険者ギルドの修練場で、俺達『黒の軌跡』はヤトを教える名目で訓練中であった。
頼むから、注目するのを止めて欲しいものである。
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「良し、そろそろ切り上げようか」
俺はそうヤトとアンとルアンジェに声を掛ける。既に1時間もヤトと手合わせしていたので正直疲れた…… 。アンはルアンジェに対し色々な弓の射撃術を試しており、ファウストとデュークは何時も通りに2体で戯れあっていたのを止め、それぞれこちらに集まって来た。
片や肝心のヤトは修練場で訓練している槍使いの冒険者に突撃している──どうやら槍術のコツを聞きに行ったみたいである。まぁ薙刀も槍も基本は同じみたいなので問題無いとは思うが…… 。俺はヤトに迫られ狼狽えている冒険者に向かい「すまん」と頭を下げた。
「ウィルさんも大変ですねぇ」
「まァ、こうした事はきちんとしないとな……」
後ろから掛けられた声にそれとなく答えて振り返ってみると、そこには何故か『デュミナス』の貴森精霊ベルナデットとバルド達が立っていた──えっ? 何で?!
「な、何であんた達がここに居るんだ?!」
「先程、非常用転移陣で到着したばかりなんです」
思わず狼狽える俺に、爽やかさ満点の笑みで答えるベルナデット。あまりにも整い過ぎている顔を見ると、一瞬彫刻と相対している感覚になる──いやいや、そうじゃなくて!
「あんた達が居るって事は……オルトもか?」
俺が戦々恐々として訊ねると、笑顔を崩すこと無く
「あの馬鹿は風邪を引いて王都の宿屋で寝込んでいますよ。良く馬鹿なのに風邪を引けたと感心しています」
と言い切るベルナデット。以前から思っていたのだが自分達のリーダーを馬鹿呼ばわりとか良いのか? と言うか風邪を引いたとか、あの暑苦しい元気が取り柄のオルトが風邪を引くとは信じられない……馬鹿は風邪を引かないと言うのは迷信か? いやいや、そもそもオルトが風邪を引いたならアイツは本当は馬鹿じゃ無いのか?!?
「本当に──」
俺が頭の中で(オルトに対して)失礼な事を考えていたら、ベルナデットが口を開く──まさか俺の考えが読まれたのか?!
「ウィルさんがデュミナスのリーダーだったら良かったんですけどねぇ……あのリーダーと違って良く気が利きそうですし、何より優しそうですし…………」
ホゥ……と溜め息混じりに言葉を紡ぐ。それはソレで大変そうなので勘弁して欲しい。
それを聞いたバルドとゼラフィーネはベルナデットの後ろで苦笑いを浮かべ、一方の俺はアンとルアンジェに両腕をガッチリ掴まれ、何故か急いで戻ってきたヤトに背中から抱き憑かれる。
「「「ウィル(御主人様)は渡しません!!」」」
いや、あげるとかあげないとか……俺は犬や猫とかじゃないんだが?
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「んで、何であんた達がこっちに?」
気を取り直してこちらに来た理由を尋ねる。
「いえ、うちの馬鹿が回復するまで手持ち無沙汰なので私達3人だけで「魔王の庭」をちょっと探索しようかと♡」
ベルナデットは満面の笑みで答えるが…………まるで近所の店に買い物に行くみたいな答えに思わず目眩を覚えた。「魔王の庭」はS級ダンジョンなんだから、決してお気軽に探索出来る代物では無いのだ。それをちょっとで済ませられるのは、やはりSクラスの余裕なんだろうな──俺達もSクラスなんだけどな!
「でもですね──」
俺が自身の考えに悶々としていたら、またもやベルナデットが口を開く。さっきの再来か?!
「あまり下層に潜ると、うちのリーダーがイジけるので精々潜って第四階層か第五階層辺りまでなんですよね」
「お、おう」
またもやオルト=馬鹿発言かよ?! 本当にベルナデットは容赦無いな!! それにしてもそんな事でイジけるとか、オルトはどれだけ子供なんだ?!? そして今までの言動を聞いてると、ベルナデットがオルトの保護者に見えて来るのは気の所為か??
「──それはそうと」
そして三度口を開くベルナデット──もしかして、こうして人の思考を混乱させるだけさせてから話すのが癖なのか?!?
「グラマスから伝言を言付かって来ました。『都合の良い時に来て欲しい。頼みたい事がある』だそうですよ」
「それは用件があったって言わなくね?」
その一言の為に随分遠回りしたな、ベルナデットさん!?!
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少し話をしてベルナデット達と別れた。何だかどっと疲れを感じる──主に精神的にであるのは言うまでもない。これはアレだな、武術家で言う所の " 悟り " とやらの域にまで精神が到達しないとやってられない気がする。全く──俺は飽くまで冒険者であって、武闘士じゃないんだが?
兎にも角にも再度王都ギルドに行かなくてはならないので、早速ギルドの受付帳場に向かいルピィに明日の朝に非常用転移陣を使う旨を連絡しておく。とりあえず『蒼眼の新月』に一旦戻るとするか──と思ったのだが………… 。
「もう一度、あの侏儒の店に行かせて!」
うちのヤトさんが鼻息荒く宣ってきた。
「侏儒の店って……ドゥイリオの所か?」
「そう! そのドゥイリオの店!」
目をキラキラさせて何度も頷くヤト。
「またいきなりだな……一体何の用なんだ?」
「とりあえず盾を買いたいのと、頼みたい事があるの!」
いや、そもそも金を払うのは俺なんだが? しかしヤトは「店に行く」と言って譲らず、仕方なく西区のガドフリー武具店まで急遽向かう事にした。
店に着くなり店内に突撃して行くヤト。奥から「うぉっ?! や、ヤトか!?」とドゥイリオの驚いた声が聞こえる──何かすんません。
俺達が遅れて店内に入ると、ヤトはドゥイリオに何やら思い付いた事を話していた。ドゥイリオは最初は吃驚していたがヤトのアイデアを耳にすると、途端に目付きが変わり真剣に聴いていた。
その2人の何やかんやのやり取りに聞き耳を立てていたが、そのアイデアがなかなかの代物になりそうなので少し驚いた。
こうした戦闘に関する事にはヤトは本当に貪欲さを見せる。
やがて話し合いが終わるとヤトは「頼んだわよ!」とドゥイリオとガッチリ握手を交わす。何度も言うが、金を払うのは俺なんだが? ドゥイリオも「おぅ! 任せとけ!」とやる気満々に握手を返していた。頼むから人の話を聞いて欲しい──まぁちゃんと支払うモノは支払うが。
その後、ヤトはドゥイリオに小盾のお薦めを聞き、左の前腕に填める形のを買い求めた。勿論ちゃんと代金の銀貨8枚は俺が金を払ったのだが。
ドゥイリオからは「5日で仕上げてやるからな!」と言われたので、また5日後に来店する約束をして俺達はガドフリー武具店を辞する事にした。
ヤトが始終ご満悦だったのは言うまでもないが──お前は少し人の話を聞く練習もしような?
風邪をひいたのはオルティースでした!
しかしベルナデットは本当に容赦ありませんね、自分達のリーダーを馬鹿呼ばわりです。
そしてヤトも「強さ」と言う事には容赦がありません!
こんなので良いのか、ウィル達の日常!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




