蛇鱗の薙刀使い
本日、第七十五話を投稿します!
折角のんびりしていたら、家族にそれを破られた事はありませんか?
今回はそうしたお話でございます。
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「ねぇ御主人様。私、武器が欲しいんだけど」
『蒼眼の新月』でだらけていたらヤトがいきなり宣った。本当にいきなりだな?!
「何だ、唐突に……」
俺はアンとルアンジェに貴族としての教養なるものを教えながら背中越しに聞き返す。曲がりなりにも下位貴族になる事だし、一応伯爵家の三男として成人までそうした世界にも居た経験談を聞かせているだけなのだが、2人とも一所懸命に聞いてくれていた。何処でそんな経験をしたかを聞かれると困るが。
『まさに「経験に勝る知識無し」ですね』
コーゼストが意外そうに言ってきた。悪かったな、見た目が伴わなくて!
「ちょっと聞いてる?!」
おっと! うちの武闘派さんがムキーッと怒りに満ちた声音で問い掛けて来た。本当に短気な奴である。
「わかったわかった。で、何で武器が欲しいんだ?」
「えっとね、この前みたいな戦いだと魔術じゃあ手加減出来ないでしょ? だから武器なら簡単に出来るかなって!」
「いや……武器でも加減するのは難しいんだが」
でもまぁ言いたい事はわかった。要は『デュミナス』との戦闘の時に魔術での攻撃が出来なかった事を言っている訳か。だけどなぁ…… 。
「武器ったってヤトは使った事あるのか?」
大体経験が無いのに、いきなり武器を扱うとか出来ないからな。
「うーんと、長い棒を振り回したぐらいかな?」
「それだけかよ?!」
何か心得でもあるのかと思えばコレかよ?! でもまぁ自衛用に持たせるのもアリだろうし、何より色々試させてみれば何があっているか判るだろうし………… 。
「わかった、武器を買ってやるよ。但し店であまり騒ぐなよ?」
「ありがとう〜御主人様! だから好きよ♡」
そう言いながら背中に抱き着いて来るヤト。本当に調子良い奴だな──だがちょっと待て、いま何気に「好き」と言われた気が?! 目の前を見るとアンさんの額に青筋が浮かんでいるのが見えた。俺が言わせたんじゃないからな!?
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ヤトに腕を組まれたまま、大通りを西区に向かう。因みにヤトとは反対側の腕はアンに組まれている。ルアンジェはファウストと後ろから付いて来ていた。アン、ヤト、気恥しいから止めてくれ!!
宿屋の在る南区から西区にあるガドフリー武具店に着くと漸くアンとヤトの呪縛から解放された──やれやれ。気を取り直してノッカーを叩くと直ぐに店主のドゥイリオと奥さんのグードゥラが奥から現れる。
「おぉ、ウィルじゃねぇか。今日は一体なんの────」
俺の顔を見るなり声を掛けてきたドゥイリオだったがヤトを見てピキリと固まった。うん、まぁそうなるよな…… 。一方のグードゥラは「へぇー、魔物のお客さんは初めてだね!」と平然としている。意外と肝が据わっている。やっぱり最初に言っておけば良かったか………… 。
ドゥイリオに驚かした事を謝罪しつつ、改めて俺が魔物調教師の職業持ちな事、コーゼストの事、ルアンジェの事、全て洗いざらい話したのだ。尤も魔物調教師と言う職業は最近増えたのだが、ここでは余計な事を言わないでおこう。
ドゥイリオはひと通り説明を聞き終わると「はァーーー」と長い溜め息ともつかぬ息を吐き出しながら
「成程な。そう言う事か……もう黙っていた事は無いんだろうな? また後からなんて事は勘弁してくれ」
と顎髭を撫で付けながら訊ねて来る。そらまぁこんな感じで毎回驚かされたら堪らないよな…… 。
「これで全部だ。済まなかったな、ドゥイリオ」
『ドゥイリオ殿、今まで黙っていて本当に申し訳ありませんでした』
俺とコーゼストは謝罪を口にし、俺が頭を下げる。アンもルアンジェもだ。するとドゥイリオは
「いや、まぁ、もうしないでくれれば構わんが……」
何やら慌てた風情を見せる一方で妻のグードゥラは
「あっははは! こりゃあ参ったねドゥイリオ! もう怒れないねぇ!?」
こちらはニヤニヤしながらドゥイリオに問い質す。するとドゥイリオはばつの悪い顔をしながら咳払いをすると
「と、兎に角だ! そのラミアの武器を見繕えば良いんだろう?!」
自分に向いている話題を逸らす。どうでも良いがコーゼストの事は突っ込んで聞かないのだろうか?
『ドゥイリオ……何か可愛いかも』
ルアンジェ?! お前はそんな嗜好があったのか?! 思わずルアンジェの念話に戦慄を覚えた。
気を取り直して振り出しに戻り、改めてヤトの武器を見繕って貰う事にした。ヤトは俺に言われた通り大人しくしているみたいで、信じられないほど静かである。
『失礼ね!』
訂正……念話では相変わらずである。
「しかし、その図体で店内で武器を振り回されては敵わん! ちょっとこっちに来い!」
ドゥイリオはヤトを一瞥すると、俺達に右手の親指で店の奥を指し示してサッサと行ってしまった。
皆んなで急いでドゥイリオの後を付いて行くと、作業場を通り抜けて武具店の裏にある庭に出た。庭は思いの外広く、何と修練場に良くある木人形が幾つも置かれていたのだ。
「ここはな、得意客に使わせる試用場になっているんだ」
ドゥイリオが自慢気に説明する。なるほど確かに武器を扱うんだから、こうした場所は必要不可欠だよな。
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「さてと、それじゃあ始めるとするか!」
俺がひとり感心しているとドゥイリオが声を張り上げ、グードゥラが何処からか剣や槍や戦斧を持って来た。この夫婦の息はピッタリ合っているみたいである。
「先ずはこの剣からだな。ええと……」
「ヤト、その剣から使ってみてくれ」
ドゥイリオが1本の剣を手に取りヤトに直接渡して良いものか逡巡する素振りを見せたので、俺がヤトに話し掛ける事にした。
「わかったわ! 貸して!」
「おおぅ?!」
俺から言われたヤトは、ドゥイリオから奪う様に剣を受け取ると「こうかな?」と言ってブンブン振り回す。正直言って構えは全くなってないが、膂力だけはあるみたいで剣速は大した物であった──流石魔物の事だけはある。まぁ剣筋はお世辞にも褒められた物では無かったが。
「ふむ……剣は苦手らしいな。それじゃあ次はこいつだ」
何やら納得したみたいなドゥイリオは次に戦斧を差し出す。ヤトは剣をその場に置くと、戦斧を受け取り再び振り回す。ブゥォンと言う重い物が風を切り裂く音が響き渡り、ヤトの周りには風が巻き起こる! やっぱり膂力だけはあるなぁ…… 。
戦斧を3、4回振り回すとヤトがやや不満げに「これ、重くて振り回していると疲れる」と零して来た。何か軽々と振り回していたんだが……?
一方のドゥイリオは「戦斧は重いのが売りだからな」と苦笑いを浮かべながらも、またもや納得したみたいである。
「よし……お次はコレだ」
そう言ってヤトに手渡したのは1.5メルトの槍だった。ヤトは戦斧を下に置き、出された槍の柄の中ほどを片手で握って受け取ると、そのまま腕を廻すみたいに2、3回振り回す。そして徐ろに両手で構えると、頭上でクルリと回転させてから背中に柄に回し構えをとる。なかなか様になっていて綺麗な構えである。そして右手で柄尻を持ち、左手を柄の前に添わせて構えると──
「えい!」
次の瞬間、木人形を大きく穿つ刺突を放った! なんつー速度だ! そしてまた槍をクルリと回転させると今度は左右から切りつけ、木人形には斬撃痕が交差する様に刻まれたのだ。
「ほぉー、なかなか使えてるじゃないか!?」
ドゥイリオが感心したみたいに声を上げる。確か長い棒を振り回していたとか言っていたが、ここまで使いこなせるとは俺も思ってもみなかった。一方のヤトは
「ねぇ御主人様! どうだった?!」
と金色の瞳をキラキラさせながら自身の出来を聞いてくる。尻尾が忙しく振られている──お前はワンコか?!
「なかなか様になっていたぞ。正直ここまで使いこなせるとは思っていなかった」
俺が褒め言葉を口にすると、ドヤ顔でふんぞり返るヤト。非常にわかり易い奴である。
「それで、槍の使い勝手はどうだった?」
職人の顔付きでヤトに向かい質問を投げ掛けるドゥイリオ──流石専門である。
「そうね……私としては切りつける時に扱いにくかったかな?」
「そうか……すると穂先は斧刃……じゃ重過ぎるか。それなら鉾槍の方が良いのか…………」
ヤトの感想と木人形の具合を見ながらブツブツ言うドゥイリオ。やがて考えが纏まったらしく店内に引っ込むと今までと違う槍を持ってきた。
その槍は柄の長さが1.8メルトほどで穂先が70セルトぐらいのショートソードほどもあり、刃部分は身幅10セルトで厚めに作られていた。見た目長柄の剣みたいである。
「ドゥイリオ、そいつは何だ?」
「コイツは薙刀と言ってな、東方大陸の代物だ。見ての通り突くのは勿論、切る事に秀でている」
俺の問い掛けにまたもや自慢気に解説をするドゥイリオ。何でも東方大陸にはこちらとは形状が異なる武具が数多くあり、ドゥイリオは長年に渡り研究しているのだそうだ。成程、だから東方大陸の武器に造詣が深いのか。
何はともあれドゥイリオから薙刀を手渡されたヤトは柄をしっかり握ると、何回か突き出したり切りつけたりの動作を繰り返していたが、徐ろに頭上に掲げクルリと回転させると木人形目掛けて斬撃を仕掛けた! カシッともザクッともつかぬ音を立て木人形が両断される!
「うん、この感じ! 良いわね!」
ヤトは嬉しそうに何回も薙刀を自らを中心に振り回すと、シュンシュンと風を切る音が聞こえた。
「ほぅ?! こいつを使い熟すとは大したもんだ!」
ドゥイリオも何やら興奮気味である。
こうしてヤトの獲物は薙刀に決まり、同時にヤトは魔物としても初の薙刀使いとなったのである。
以上、ヤトが使う武器が薙刀に決定しました!
今後は魔術と薙刀で大活躍する……予定です。何と言っても未定も予定ですからね(笑)
それにしても、ラミアと薙刀って似合うと思いませんか?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




