発毛のススメ
本日、第七十話を投稿します!
王都ギルド本部からラーナルー市に戻ってきたウィルですが、何やらギルマスの様子が……
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セルギウス殿と話してから4日後、ギルマスからギルドに至急来る様に連絡が来た。まぁ、あの日帰って来た時に運悪く(運良く)ギルマスには会えなかったので『蒼眼の新月』までそのまま帰ってしまったのだが──グラマスがキチンと話すと言ってくれたので、そこは安心して丸投げをする事にしたのだ。
いつもと同じ様にギルドに顔を出し、いつもと同じ様にルピィに声を掛け、いつもと同じ様に執務室に通され──すっかり覇気を無くしたギルマスがそこには居た。
「昨日ギルド本部での統括責任者会議から帰って来てから、ずっとこうなんですよ〜。何かあったんですかね?」
毎度の如くファウストを抱き上げたまま、ルピィが不思議そうに話す。これはアレだな、グラマスから聞かされた話で打撃を受けたな…… 。
「……来たか」
「大丈夫か、ギルマス?」
「何だか随分弱ってない? 今なら簡単に倒せそうね!」
俺達に対し、魚が腐ったみたいな目で視線を向けてくるギルマス。そしてヤトよ、一応ギルマスは獲物じゃないんだからな。攻撃対象扱いしない様に!
「……グラマス殿から色々聞かされたよ。当然、お前達がグラマス殿の直属になった事もな」
ギルマスはそう言うと椅子の背もたれに背中をドカリと寄りかける。それを聞いてルピィが俺の横で驚いているんだが?
「それと今後はお前達『黒の軌跡』に最大限便宜を図る様にともだ……」
そして寄りかかったまま顔を上に向け、片手で顔を覆う様にしながら
「……まさかお前達が、グラマス殿にそこまで気に入られるとは思いもしなんだ」
まァ正確にはコーゼスト絡みなんだが……どうやらあの時話した大変革云々の事をセルギウス殿は話していないらしい。ならば、わざわざ波風を立てる事も無いか………… 。
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『そこは単純に私に利用価値を見出したからだと思います』
ここでコーゼストがギルマスに言葉を投げ掛ける。なかなかナイスな援護である。その台詞を聞いたギルマスは「まぁ……確かにそうは言っていたがな」と思い出したみたいに呟く。
『それにマスター達『黒の軌跡』の活動拠点はこのラーナルー市で今後も今まで通りで構わないのですし、ギルマスの主導権に多少影響はあるでしょうが些細な事だと思われます。取りも直さずこれからもこのギルドが利益を得るのは変わらないのですからね』
すかさずコーゼストは、さもこの事がこのギルドとギルマスに益がある話だと畳み掛ける。相変わらずの腹黒である。
「……そうなのか?」
「俺も小難しい事はわからないが……コーゼストがこう言っているんだから間違い無いと思うが」
今回は俺もコーゼストの話に乗る事にした。面倒な話は勘弁して欲しいからである。一方のヤトはルピィから「今日はちいちゃくならないんですか?」と詰め寄られている。
「ふむ……確かにコーゼスト殿の言う事にも一理ある……か」
何となくギルマスの瞳に輝きが出てきたみたいに見える。まぁグラマスの直属になったのに所属と活動拠点は変わらずだと、色々厄介事のみを押し付けられるみたいに感じるだろうしな。
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『とにかく今すぐ、ギルマス殿には目に見える形での利益を提供します──マスター・ウィル、無限収納ザックから例の物をお願いします』
? 何だよ、例の物って…… 。
頭の中でコーゼストに突っ込みをしながら、言われた通りザックに手を入れてコーゼストが選択した品物を取り出した。手にしたのは薄緑色の水薬──これはこの前の?
「「何だ、これ?」」
俺とギルマスの声が見事に唱和する。
『これは生産設備で作成する事が出来る因子を利用した発毛薬です』
うぉい!? 発毛薬かよ! 俺には(当面)用事は無いが、世の中には禿げ……ゲフンゲフン、薄毛でお悩みの人が大勢いるから、こうした薬は大歓迎だろうな!
そして案の定、ギルマスのどんよりしていた瞳に獰猛な輝きが灯るのを俺は見た。一方のヤトはアンを盾にルピィを牽制している。
「ちょっと待て、コーゼスト殿! これは本当に効果があるのか?!」
『未だヒトに試していませんが、管理機構での模擬試験では間違い無く効果がありました』
ギルマスの物凄い食い付きとは対象的なコーゼストの冷静な受け答え。俺の後ろではヤトとアンとルピィがギルマスの大声にビクリとしている。
『なので申し訳ありませんが、ギルマスには被験者になっていただきたいのですが。勿論使用後については万全を期します』
「髪の毛が生えるなら何でもするぞ! 場合によっては悪魔に魂を売っても構わん!!」
いやいや流石に悪魔なんかに魂を売ったら不味いだろ、ギルマス?!? と言うかこの場合、コーゼストが悪魔と言う事になる──のか? 一方のヤトはにじり寄るルピィに「来るなー! この悪魔!」と叫んでいた。
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『それではこれを』
コーゼストが言うが早い椅子から立ち上がり、俺の手からひったくるように発毛薬を手に取るギルマス。かなり必死である。そして発毛薬をしげしげと眺めながら
「それで……これはどの様に使うんだ?! それと何週間ぐらいで効果がわかる?!」
『使用する時は頭部が清潔な時──つまり洗髪して直ぐに手の平にその瓶から2振り取り分け、頭皮部分に満遍なく行き渡らせてください。その際良く揉み込む様に。模擬試験では1週間前後で明確な効果が出る筈です』
「そんなに早くにか?!」
コーゼストの説明を聞いて驚きの声をあげるギルマス。そらまぁ1週間ぐらいで毛が生えてきた誰だって驚くよな…… 。
『それと──これは飽くまでも試供品なのでその辺もご注意ください。今後の事も考えるとギルマスの生の体験談は重要な役割を持ちます』
「それは、どう言う事だ?」
俺は疑問に思った事をコーゼストに聞く。
『先程も言いましたが、この発毛薬は「魔王の庭」第八階層の生産設備で作成出来ます。つまりそこでしか作れない一品物と言う事に他なりません。無論ある程度の増産は可能ですが大量生産は無理でしょう──しかしそこに付加価値が生まれます。それに発毛薬をそのままギルマスに譲渡すれば賄賂ですが、飽くまで試験に協力した体であれば全く違ってきますし外部から見ても疑問を挟む余地は無い筈です。そして更に実際に使用したギルマスの率直な感想は、今後この発毛薬を取り扱うのにこれもまた大きな優位性になります』
「それってつまり……」
ギルマスは何かに気付いたみたいであるが、俺にはさっぱりである。背後ではアンがヤトとルピィを宥めている。
『つまり──「魔王の庭」の管理業務を行っているラーナルー市冒険者ギルド主体で、この発毛薬を独占販売するのです。それに必要な生産設備の使用権はグラマスに掛け合う必要がありますが、この発毛薬を作成するのに生産設備が使う生産能力は1パーセントもありませんので直ぐに許可を貰える筈です。そして飽くまで注文生産のみにし付加価値を高め、また販売と共に顧客の獲得にはギルマスの体験談を付与すれば顧客への信用は得られると推考致します。勿論生産設備での発毛薬作成に必要な情報は全て提供しますし、場合によっては私が専用の制御核を作成しても構いません。当然若干の利鞘はいただきますが』
俺もギルマスも唖然とした。俺はコーゼストがそこまで考えて行動していた事にであるが、ギルマスはこのギルドの利益になると言う事だろう。
「な、成程……すると俺は実験とは言え、誰はばかることなく発毛薬を使え、しかもその実験結果をその後の発毛薬の販売に有益に使えると言う訳か……」
「だが実際の所、この発毛薬が効かなきゃ話にもならないんじゃないか?」
『それならほぼ間違い無く。個体差がありますが効果はある筈です。模擬試験での成功率は99.9パーセントと言う結果もありますので』
……何とも偉く自信ありげだな。
「よし! まずは結果が出る1週間に決定する事にしよう! コーゼスト殿もそれで良いな?」
やたらギルマスが張り切って話を取り仕切る──最初に執務室を訪れた時とは見間違えるみたいである。お陰でヤトはアンに慰められている一方で、ルピィはファウストを抱いたまま目を見開いて静止していた。
まァどっちにしても1週間後に仕切り直し、かぁ…… 。
そしてきっちり1週間後──再度ギルドを訪れた俺達を出迎えたのは、フサフサの髪をビシッと纏め満面の笑みを浮かべたギルマスと、事態が飲み込めずオタオタするルピィであったのは言うまでもない。
このあと、グラマスに何故か俺が掛け合う事になり、生産設備の限定的な使用に許可が降りたのだった。
また丸投げしようとして、またコキ使われた──ちくしょう!!
ヒギンズ・ギルマスが渇望していた夢を叶えた(?)コーゼストであります!
そして相変わらず真っ黒でございます。尻馬に乗るウィルも案外黒い……!
ウィルとギルマスのやり取りの背後のルピィとヤトのやり取りにも注目!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




