強襲 〜Injury〜
本日、第五十九話を投稿します!
遂に第八階層のボス部屋に到達したウィル一行をピンチが襲います。
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『──走査が妨害されています。この部屋に守護者が居ると思われます』
コーゼストから淡々と報告が為されたが──もう少し抑揚を付けて欲しいものである。
「いよいよですね……」
アンさんが緊張した面持ちで言葉を発する。一方のルアンジェは対照的に、いつも通りの無表情ぶりを発揮していた。
「……それじゃあ、準備は良いか」
俺はアンとルアンジェに最後の確認をする。2人とも自身の状況を確認すると無言で頷いた。
「よし…………開けるぞ」
俺は部屋の扉に手を掛けると、ゆっくり開いていった──ここの扉は今までのとは違い引戸であるが。さていよいよ第八階層の守護者と御対面だ────!
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引戸を開けると予想に反し、通路よりも明るい魔導照明が照らす室内空間が現れた。
室内の広さはかなりあり、奥は何故か真っ暗な闇が佇んでいて見渡す事は出来なかったが、横幅は大体30メルト──いやそれ以上か? 部屋の左右の壁には太い柱が林立していて、その柱達も奥の闇に溶け込んで概観は判らない。中は通路以上に整っていて、ここが迷宮の中だとは思えない程である。正に遺跡と呼ぶべきシロモノだ。下手すると住めそうな感じさえする──住まないが。
それにしても……あの闇…………怪しい事この上ない!
「どうだ、コーゼスト?」
『申し訳ありません。室内にも強力な認識阻害の結界が張られているみたいなので走査が上手く機能しません』
確認すると、コーゼストが滅多に言わない謝罪を言葉にする──これはいよいよもって守護者の可能性が濃厚である!
「……アン、ルアンジェ、気を付けろ。ここに居るヤツは──」
かなりヤバい奴かも──と言おうとした時、奥に佇む闇の中で何かがズルリと蠢いたのが見えた。次の瞬間、俺は見えない何かに身体ごと弾かれた!
「!! グッ? な、何?!?!?」
そのまま俺は入って来た入口付近まで吹き飛ばされ、激しく壁に叩き付けられたのだ!!!
「グハッ!!?!!?」
「キャーーーーー!?!! ウ、ウィル!?!?!」
『マスター!?!』
アンの叫び声と、滅多に聞けないコーゼストの悲痛な声を同時に聞きながら、俺は意識を手放した………… 。
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──────
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────────── 。
『──さま』
『──お母様!』
──────これは
『あらあら、ウィルフレド。一体何かしら?』
────幼い頃の俺と、母さん──?
『はい! またお話しを聴かせてください!』
『──あなたは本当に御伽噺が好きなのね』
にこりと微笑む母さん。
『はい! 僕は大きくなったらお話しに出てくる勇者様みたいになりたいんです!』
『それにはたくさん剣の修行をして、たくさん勉強して、皆んなに尊敬される人にならなくては、ね』
『はい! 剣の修行も勉強も頑張ります! そうすれば僕も勇者様になれるんですね?!』
『そうね──』
母さんは俺の頭を優しく撫でながら──
『あなたならきっとなれるわ。だってお兄様達より優秀なんですもの──きっと』
『! は、はい!!』
────嘗て何時かあった事だ。この時は何にも悩まず疑わず、ただ真っ直ぐ夢を見ていられた筈だったのに─────────────────母さん──── 。
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………………
…………………………
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『──』
「──!」
──何だ、煩いな……折角、母さんの夢を見ていたのに………… 。
『── 。────』
『──! ──!』
誰なんだ、一体? 何が、どうなって──── ッ!?!
──ガバッ!!
「ウッ?! 痛ゥゥゥ!?!」
俺は反射的に身体を起こそうとし、激痛に顔を顰めた。
「!? ウィル、気が付いたのね!?」
『──*────マスター・ウィルの心拍及び脈拍及び血圧等の生命兆候安定。意識レベル、覚醒を確認。生命危機は回避されました』
気が付くと俺は横に寝かされていて、脇にはアンが居て介護してくれていたらしい。尤も気が付くと同時にアンに抱きつかれているんだが……アン、痛い………… 。
「お、俺は、一体……ごふッ!」
言葉を続けようとして喉奥から何か込み上げるモノがあり思わず噎せ込んだ。口の中いっぱいに血の味が広がり、思わず手で拭うと吐血していた。
「まだ動かないで! 『恩寵潤』、『治癒風』!」
アンが鎮痛魔法と回復魔法の重ね掛けをしてくれる──が、魔力の残量は大丈夫なのか? アンの足元を良く見ると、魔力回復薬の空き瓶が何本か転がっていた。
『アンはマスターにずっと『治癒風』を掛け続けてくれていたのです』
コーゼストが言っている傍からまた魔法を掛けようとしたアンを制し、俺は身体を起こすと腰のポシェットをゴソゴソと弄り回復薬を取り出す。秘蔵の上位回復薬だ──瓶が割れてなくて良かった。『治癒風』の重ね掛けなら後遺症無く損傷を治せるが、それじゃ間に合わないと判断したのだ。
上位回復薬の瓶を開けてぐいっと飲み干すと、身体が淡い光に包まれ同時に傷んでいた内臓や骨が修復されるのが感じ取れた。
呼吸が楽になり周りの状況に気を配れる様になると、鈍く大きな音が聞こえて来た。顔を上げると、俺達を守る様にゴーレム達が文字通り壁を作っているのが目に入った──デュークと配下ゴーレム達である。その陰ではファウストが「グルルルル……」と牙を剥き出して威嚇していて、その脇にルアンジェが佇んでいた。
ルアンジェは俺と目が合うと、あっという間にこちらへ距離を縮めて来て
「良かった──ウィル、気が付いた?」
と明らかに安堵の表情を見せた──何だか珍しいものを見た気がする。
「済まなかったな。それで今の状況は?」
『デュークに配下ゴーレムを召喚して貰って『城壁』で護りを固めました。相手の姿は未確認ですが奥の闇からずっと魔法攻撃を行使して来ており、たまに不可視の攻撃も混じっていて油断出来ません。アンにはマスターの介護回復を、ルアンジェとファウストには周囲の警戒を頼みました」
誰にともなく確認する為に発した言葉にコーゼストが答えてくれた。
「なぁ、俺はどのくらい気を失っていた?」
これにはアンが俺の口元を拭きながら答えてくれた。
「大体10分ぐらいよ──もう痛みは無い?」
そう答えながらも俺の身体のあちこちに触れて、異常が無いか確認を怠らないアン。そしてひと通り確認し終えると、ホッと息を吐いて俺の顔を見詰めると、その翠玉色の瞳に涙をいっぱい浮かべなから
「……本当に……あなたが……死んでしまうかと…………思った」
とひと言呟き、俺の胸に縋ると嗚咽を漏らした。
「ごめん…………アン」
俺の口から素直に謝罪の言葉が紡がれた。
『マスターに瑕疵はありませんので謝罪は不要かと』
いや、コーゼスト………そう言う事じゃないんだが………… 。
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俺は気を取り直してアンの肩に手を掛けてゆっくり引き離すと、そっと立ち上がってみた。幸いふらつきも無く大丈夫そうである。
「よし……それじゃあ、今度はこちらの番だな」
俺はそう呟くと、涙を拭って立ち上がったアンと傍らで成り行きを見守っていたルアンジェが大きく頷く。
「コーゼスト」
『はい、何でしょうか』
「この場の俺達全員を覆える程の魔法障壁は張れるか?」
『全く問題ありません。不可視の攻撃にも目算が立っています。マスターが指示していただければ何時でも対処可能です』
……何やらうちの有知性魔道具さんはやる気満々みたいである。まぁやる気があるなら問題無いけど………… 。
「よし、魔法障壁展開!」
『了解。魔法障壁及び物理結界多重展開──最大へ』
俺の目にはハッキリとコーゼストが張り巡らせた障壁が視えた。
「デューク、下がれ!」
俺の叫び声に呼応してデュークと配下ゴーレム達が即座に下がる! これで体勢を立て直せられるな!
見るとデュークは兎に角、配下のゴーレムの星銀の身体はかなり傷付いていた──俺が倒れている間、済まなかったな。
デュークに配下ゴーレムを一旦送還させると、俺は全員を自分の周りに集めて指示を出す。
「ここから反撃開始だ──先ずはあそこに潜む奴を、あの闇から引き摺り出すぞ!」
アンとルアンジェ、そしてファウストとデュークを順番に見回しながら言葉にする──それだけで皆んなに伝わり、一斉に闇に向かって進み出た!
「ファウスト、爪撃破だ! 当たらなくても構わないからお見舞いしてやれ!」
「ヴァォォォーーーン!!」
前脚を大きく振りかぶるファウスト!
ファウストがその力を込めて放った爪撃破が、闇を打ち払う様に黒い虚空に吸い込まれていった!
不可視の攻撃で負傷したウィル。思えばここまでで初めて怪我を負いましたね…… 。
そしてアンのウィルに対する口調に変化が……?
次回、反撃するウィル達のお話しになります!
*アンが治癒風を重ね掛けしていたのは、大怪我を一度に修復すると損傷部位が変に再生しかねない為です。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。