閑話 〈4〉 Dream ~アンヘリカの想い~
本日は閑話をお送りします!
今回の閑話は本編ヒロイン(予定)のアンヘリカの話です。
閑話〈4〉
『遍く見聞し知識を深めよ。そこに宿る知識の深淵と力は己の糧となる』
私達の長、貴森精霊エウトネラ・アルヴォデュモンド様が、旅立ちの日に私に贈ってくださった言葉です。
私はアンヘリカ・アルヴォデュモンド──世界樹の森精霊の一氏族、涅森精霊のアンヘリカ・アルヴォデュモンドです。
私達エルフには、ヒト族の様な個々の名字と言うのはありませんでした。強いて言うなら、と昔の先祖が考えたのが「世界樹」──だから私達は誰もが皆、世界樹なんです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
森精霊の中でも涅森精霊は身体能力が優れていて、エルフの戦士としてその重責を担っています。当然、私の父も、そして母も戦士を生業としていました。でも私は290歳を迎え成人した時に、父と母の跡を継がずに外の世界を見る観察者になる事を選択したんです。
観察者とは私達エルフ族とヒト族が古代魔族の脅威の後、この世界に共存共栄する為にエルフの長老会議とヒト族の王族達が話し合って決めた役目です。ヒト族の中で生活しながら、また脅威が起きないかを気の遠くなる時間、観察し続けると言う──私達エルフ族にしか出来ない役目──毎年幾人かが選び出されるその役目に、私は名乗りを上げ、そして選ばれたのです。
そして旅立ちの年……私と共に選ばれた10人は大陸のあちこちに向かいました。私は真っ直ぐ、森の近くにあるヒト族の街に向かい、冒険者ギルドで冒険者として登録しました。以前訪れていたヒト族の冒険者から、冒険者がこの世界を見て歩くのに一番妥当だと教えられていましたので──私達の住まう森の入口は迷宮になっていて、私達はその迷宮で訓練していたんです。そしてその冒険者も、その迷宮を探索する為に来ていました。私は冒険者になった時、初めて私達の森がヒト族に何と呼ばれているのか知りました──「深淵の森」と──── 。
その迷宮の森の出身である事をギルドで話した所、私の階級は何故か最初からCになりましたが………… 。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その後あちこちの街を渡り歩きながら10年、ラーナルー市に来た頃に私のギルドでの階級はBになりました。そして私がこのラーナルー市を訪れたのには訳がありました。それはここに存在する迷宮です。その名は「魔王の庭」──嘗てこの大陸は疎か世界全てを掌握しようとした魔族の王──魔王の居城が存在していたと伝えられる地だったからです。
私はその巨大とも言われる迷宮を探索する為に、初めてヒト族の冒険者達と一団を組みました。私は私自身の眼でこの謂れのある地を見たかったのです。でもその一団のリーダーである男に嵌められ、奴隷同然の扱いを受けたのです………あの時、あの瞳の奥にある剣呑な光に私が気付けば……! 思えば私の眼は使命の為ゆえ曇っていたのかも知れません。
でもその結果として、私はあの人──ウィルフレド・ハーヴィーと出逢えました。だから全て悪かった訳ではありません。
彼──ウィルは決して端正な顔立ちではありませんが、その鋭い眼差しは深い慈愛に満ちていたのです。彼に助けられた時、そしてギルドで見せた彼の行動、その全てに優しさを垣間見た時に──私は彼に恋してしまったのかも知れません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それから私はウィルに猛然と肉迫を敢行しました。先ず彼との一団を結成し、常に彼の傍らに居られる様にしました。少し内気な面を持つ彼との駆け引きは楽しく、また彼と2人で魔物と闘っている時も、ウィルは私に全幅の信頼を寄せてくれて──それがとても心地好かったのです。
そして……彼には秘密がありました。彼の左腕に嵌っている腕輪──有知性魔道具のコーゼストさんの事です。ウィルがコーゼストさんに出会ったのは事故だとはウィル本人が言っていますが……私から見るとこの二人は中々の二人だと思います。そう言うとウィルは渋面をしますが………… 。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そんな私とウィルとコーゼストさんの二人と1個の三人ですが、コーゼストさんの支援でめきめき頭角を現し、今やAクラスへと昇級を果たし、パーティー名も『黒の軌跡』に、それに伴い私は様々なヒト達と出会えました。
ウィルの友達のラファエルさんとノーリーンさん、
「ガドフリー武具店」店主の半侏儒のドゥイリオ、
「蒼眼の新月」の女将のリネットさん、
大衆食堂「黄金の夢」のイヴァンさんにポリーさん………… 。
他にも数多くの冒険者達とも知り合えました。
その出会いで得た知識と経験が、私の中で漠然としていたエウトネラ様が贈って下さった『遍く見聞し知識を深めよ──』と言う言葉と繋がったのです。そして観察者として世界を見続ける事の意味すらも────
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして私はウィルと共に、「魔王の庭」を離れ旅に出ました──より多くのヒトとの出会いを求めて。訪れた先々では様々な出会いが待っており、様々な経験をしました。
『旅は人を大きくすると言うが、大きくするのは経験を得た自分自身なのだ』
この言葉は私の父が旅立ちの日に、エウトネラ様と同じ様に贈ってくれた言葉です。今ならその意味が良くわかります──── 。
旅の目的地のイオシフの迷宮でも数多くの、そして未知なる者達との邂逅も経験しました。そのどれもが私にとって新鮮であり、より見聞を深める事が出来たのです──そして今、この旅路の終わりに──── 。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「これは何?」
「それは、水です」
「じゃあ次、これは?」
「それは木杯です」
「それじゃあ、あなたは誰?」
「私はルアンジェ、です」
「それじゃあ、私は?」
「あなたは、アンヘリカです」
「じゃあ、この人は誰?」
「それは、ラファエルです」
「……何となく扱いが悪いのではないかね?」
「旦那様は愛玩動物扱いで宜しいかと」
只今ラーナルー市に帰る馬車の中で、ルアンジェの言葉使いの特訓中です。でもルアンジェ……その言い方は………… 。
「不正解。ヒトを「それ」とか「あれ」とか呼んじゃ駄目。この場合は「その人」よ」
「? でもウィルはそれで良いって」
ウィル……ルアンジェに変な事教えないでください………… 。
私は首を横に振って否定の意を示すと、ルアンジェに優しく語り掛けます。彼女は私達がイオシフの迷宮の最奥で出会った自動人形なのですが、訳あって私とウィルが世話をする事になりました。見た目は私やウィルと変わらないのですが、言葉使いをあまり知りませんでした。なのでヒトの世界に溶け込むべく、言葉使いを特訓の最中なのです。私が懇々と説明し終えると
「でもウィルは「アイツは扱いが雑でも構わない」「悪い言葉も覚えないと」と言っていた」
と言って素直に聞いてくれません。私は思わず頭を抱えたくなりました。
何でコーゼストさんはウィルを止めなかったのでしょうか?
私は変な脱力感に囚われそうになりながらも、自分に気合を入れてルアンジェに正しい言葉使いを教えます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そんな事をしながらも私は感じているのです。
涅森精霊である私とウィル達ヒト族では、同じ寿命は生きられないと言う事を………だけど同じ歩幅で同じ時間を歩んで行く事は出来ます。
だから私はウィルと共に、同じ歩幅で同じ時間を歩んで行こうと思います。いつか時間が私と彼を違えるその日まで…… 。
どうかそれまでは、あの人の傍らに居させてください──と精霊王様に密かに願いながら、私は今この旅を心から楽しもうと思います。
───私達森精霊にとって、瞬く間の一瞬であろうとも。
今回はアンヘリカの回想と言う形で、今までのあらすじを一部書き記してみました。アンはヒロイン最有力候補なのですが、ここに来て埋れそうですね……(笑)
*森精霊……主に森林地帯に住まう古き種族。魔法と弓術に長け、特に精霊魔法には精通している。男女共に美しい容貌と特徴的な尖った耳をしている。寿命は凡そ1500年から2000年と言う長寿である。
*涅森精霊……森精霊とは同じ血筋ではあるが森精霊より身体能力に優れた森精霊の一族。魔法と弓術のみならず剣術にも精通している。外見的にはやや浅黒い肌と少し短めの尖った耳。寿命は森精霊に準ずる。
*貴森精霊……森精霊の中でも特に魔力が高く従来の森精霊の寿命を超える一族。知性と見識に優れる。寿命は凡そ5000年とも言われている。
いつもお読みいただきありがとうございます。




