未知の迷宮、或いは混沌
本日、第三十九話を投稿します!
ネヴァヤ女史の依頼を熟したウィル達一行の本格的な迷宮探索のスタートです!
-39-
シグヌム市に舞い戻り、ギルドの所有する転移陣の使用許可鑑札を発行して貰った俺達は、一晩泊まったのち報酬の受領を後回しにしてイオシフの迷宮に戻って来た。
因みに俺達の乗ってきた馬車は、ギルドに依頼として人を雇ってイオシフまで運んで貰う事にした。
「これで漸くゆっくり迷宮を探索出来るのであるな」
ラファエルが誰とも無く呟く。それ……誰にも聞かれ無い様にな………… 。
「と・に・か・く・だ。第一階層から再探索するので良いんだな?」
俺はラファエルに確認する──一応依頼者だし。
「うむ、そうであるな。ともすれば未探索の場所や隠し部屋を見つけるかもしれんのであるからして」
いや……そんなに都合良く隠し部屋とか有る訳が無い……と思う、うん。
『私の前例がありますけどね』
コーゼストが念話で冷やかしを入れて来る──ほっとけ!
「全く旦那様は……人様の失態に乗じて自己利益を図ろうとするなど……嘆かわしいにも程があります」
ラファエルはラファエルで、ノーリーンから実に見事な返しを受けて殲滅されていた──然もありなん。
冗談も程々にして、改めてイオシフの迷宮の入口に立つ。後ろではラファエルが燃え尽きているが早く立ち直って欲しいものである。
気を取り直して入口から下り勾配の坑道を進み、第一階層に下りた。既にファウストとデュークは顕現済みなので、復活したラファエルを護る様に隊列を組み進み始めた。
第一階層から第二階層にかけて──特筆すべき事は無かった。それだけ隅々に渡って、それこそ打ち棄てられた廃坑跡すら探索が成された証拠である。まぁラファエルはブツブツ言っていたが…… 。
そして第三階層、『紅霞』の件がありこの階層から探索が不十分なので、先ずそこから調べる事にした。その結果、未探索の坑道を幾つか発見し、うち1つは岩窟蛞蝓が溶かし開けた巣になっていて、それらを一掃した跡には銀と星銀の鉱脈を僅かではあるが発見したのだ。
意外とこの鉱山は掘る所を掘るとまだ出そうな感じだ。ラファエルは星銀を手に入れてニンマリとしていたが………… 。
ネヴァヤ女史から提供された第三階層までの地図を確認しながら隈無く回って、全て探索し終えた。なので先程発見した下層への経路を使い先に進む事にした。そして第四階層──── 。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ゴガァァァ!」
梟熊が鋭い鉤爪が付いた腕を振りかぶる!
だが迅風増強を発動している俺に当たる事は無く不発に終わった。続けて襲いかかろうとして、その額にアンの矢の一撃を受け動きが止まった所を、俺の長剣で胴体を大きく切り裂かれ絶命した。
もう1頭の梟熊は、デュークの守護の前に歯が立たない上に無数の金属槍で串刺しにされていた。
「ふぅ……」
俺はロングソードの血をなめし革で拭い、軽く息を吐き出した。今回はラファエル達の護りにはファウストに付いて貰い、デュークに攻撃をさせたのだが、その能力を遺憾無く発揮してくれた。しかし──
「なぁ、コーゼスト。何か魔物の出現パターンが変じゃないか?」
『──確かに。梟熊の前にはヒュージスライムでしたし、その前は大帽蛇でしたね』
「その前の階層ではゴブリンに岩窟蜘蛛に茸人に大椿象に木人形……」
「それの何処が変なのであるかね?」
ラファエルが不思議そうに聞いてくる。
「……そもそも迷宮ってのは魔物の分布がある程度偏るんだよ」
『魔物の格の格差による偏重はありますが、迷宮内に於いて魔物達は食性による棲み分けをする場合が多々有るのです。大概は底辺の魔物を捕食する魔物が居て、更にその魔物を捕食する上位の魔物──と言う具合です。ですがこの迷宮は雑多過ぎます、正に混沌です。恐らくは最深部に有る迷宮核が未だ未成熟で、寸暇を惜しむ様に魔物を呼び寄せているからだと思います。この迷宮の魔物が倒しても光の粒子になって消えないのは、迷宮自らが生み出した物では無く外部から来た魔物だからだと推測出来ます』
コーゼスト先生が補填してくれたのだが………何か物凄く聞き捨てならない台詞が幾つか聞こえたのは気の所為か? ラファエルが爛々と目を輝かせている。
「それはつまり、どういう──」
「旦那様、今は迷宮の中……探索を先ず成し得る事が重要かと存じますが?」
ノーリーンから鋭い諫言が入り、ピシッと固まるラファエル──見事である。
しかし流石にラファエルが可哀想なので、コーゼストに『迷宮核』の事を聞いてみた。端的に言うとあらゆる迷宮に存在する「迷宮を創造と管理をする魔核」なのだそうだ。お陰で今まで謎だけで済ませていた話の辻褄が合う。
俺は今まで迷宮は、自然に出来るモノだと思っていたが……尤も「迷宮核」自体、ある種の条件さえ有れば自然発生するらしいのだが───
「これで満足したか? そろそろ先に進みたいんだが……」
『詳しい話は、また折を見てお話し致します』
「うむ! その時は宜しく御願いしたいものであるな!」
上機嫌のラファエルを連れて、俺達は坑道の奥へと歩を進めるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
途中で他のパーティーに出会うとお互いの情報を交換し合いながら、第四階層の地図を粗方埋めて行く。他の冒険者達もこの迷宮の混沌振りに手を焼いているみたいである。
「──俺達が遭遇した魔物の種類は、さっき戦った殺人蟻まで含めると……ざっと12種類だな」
今、話を聞いているこのパーティーも御多分に洩れずこの混沌に手を焼いていた。
その殺人蟻……まさか蟻亜人じゃないよな……… 。
「そうか……情報提供ありがとう。アンタ達は一旦地上に戻るのか?」
「あぁ、無理をすれば第五階層まで行けるとは思うが……思いの外回復薬と水の減りが早いからな。ここらが潮時だろう」
リーダーらしい重甲冑を着込んだ気の良いオッチャンが、思いを断ち切れないかの様に話した。水晶地図板で避難所になり得る拓けた場所を選び出し、仮設の転移陣を設置して帰還するらしい。
まぁ俺達もマシュー青年から迷宮に入る際に渡されてはいるが──迷宮が探索されればギルド職員がこれで迷宮内に入り、この場に正式の転移陣を設置する為に使うのだそうだ。
オッチャンのパーティーを見送って、俺達は未探索であろう経路を選び更に進む事にした。途中は相変わらず、脈絡の無い魔物達の混沌に辟易したが全て打ち倒した。そして何箇所かの坑道跡を探索し、この坑道の元避難所らしき場所まで来たのだが── 。
『────確認しました。この部屋には暗殺翅虫の大群が居ます。個体としては格17前後、順位Dです』
ファウストが警告の唸り声を上げると同時にコーゼストからも警告が発せられた。しかし暗殺翅虫か…… 。
「ちょっと不味いな……」
暗殺翅虫とは約30セルトの身体を持つ翅虫である。1匹1匹なら大した事は無いが、コイツらはまず雌雄の群れで行動する。人に限らず生き物なら──例え魔物であっても見つけ次第襲い掛かるのだ。
襲われた者は麻痺毒で動きを封じられ、その体内に卵を幾つも産み付けられる。そして僅かな時間で卵から孵った幼虫達はその者の身体を生きたまま食い破り、やがて親と同じ翅虫へと姿を変え数を増やしていく。
1匹1匹なら順位はDなのだが、群体で居る場合は一気にBへと危険度が跳ね上がるのだ。全く……名前は暗殺だがやってる事は殺戮である。
「コーゼスト。数は判るか? 大体で構わない。あとは部屋の大体の広さも」
『凡そ数百匹かと。多少の誤差はありますが──部屋の寸法は概算で15メルト四方』
数百匹、か………何とかなるかな?
俺はアンやラファエル達に手身近に、考えた作戦を伝えた──と特にアンが俄然やる気を見せた。今回はアンの魔法が肝だから当然と言えば当然ではある。
全員それぞれの立位置を確認して、先ず俺とアンとファウストのみで扉の前に立った。
「──よし。アン、ファウスト、良いな?」
俺は1人と1匹に確認すると、扉の中に入ったのだ───── 。
正に迷宮の深部は魔物の煩雑な状態です。
今回はまた新しい種類の魔物が多いのでご注意くださいませ!
*岩窟蛞蝓……体長1メルトもあるナメクジの魔物。強い酸で獲物を溶かして捕食する。良く洞窟内で岩を溶かして巣を作る。
*梟熊……体高2,5メルト程の顔はフクロウ、身体は熊の魔物。嘴での攻撃と太い腕と鋭い爪での攻撃が厄介。性格は凶暴。
*大帽蛇……体長2,5~3メルトのコブラの魔物。強い毒を持ち、相手に向かって飛ばして来る事も。基本噛みつき毒攻撃から長い身体を巻き付けて、締め付けで獲物を仕留める。
*大椿象……体長50セルト程のカメムシの魔物。相手に取り付き、口吻を突き刺し血を吸う。意外と動きは素早い。
*殺人蟻……体高80セルトある蟻の魔物。硬い外皮と鋭い大顎、蟻酸が厄介。
*暗殺翅虫……体長30セルト程の翅虫。雌雄の集団で行動し、生物なら例え魔物でも襲う。相手の動きを麻痺毒で封じ、体内に10~20個程の卵を産み付ける。産み付けられた卵は直ぐに孵化して、孵った幼虫は産み付けられた相手の身体を生きたまま喰らい尽くし、食い破り、親同様の翅虫になる。ジガバチやベッコウトックリバチみたいな……
お読みいただきありがとうございます。




