彼女の願い
本日、第三十三話を投稿します!
いつの世も願いを乞う女性の涙は強いものです。そしてオトコは何時も弱いものです。
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──いま何て言った、この女?
「私もウィルさんと同じく有知性魔道具を保有しているんです」
そう言いながらネヴァヤ女史が服の前襟を開けて、意外とふくよかな胸元を魅せながら掛けていた首飾を示した。
「──何処を見てるんですか?」
頬をほんのり染めるネヴァヤさん……いやいや、アンタが見せたんでしょが??! そしてアンさん、その凍てつくような微笑みで見詰めないでください!!
俺は慌てて視線を無理やり首飾に合わせる。一見豪華な造りの首飾なのだが………… ?
「如何ですか? コーゼストさん?これが私の所有する看破の首飾です」
「!?!」
──ギルマスめ、手紙に書いたな!
『これは──私より3世代前に製作された「Appreciation Necklace」─鑑定の首飾りですね。事象の真偽の鑑定結果を装着者の意識にイメージ投影する最初期の魔道具です』
コーゼストがそう教えてくれた──ってこの首飾はコーゼスト先生の曽祖父? いや、首飾だから曾祖母か?
「──すると、お前のご親戚な訳なのか?」
『まぁ──その認識で概ね間違いありませんが』
コーゼストの何となく不服そうな言葉を受け流し、ネヴァヤ女史の方に視線を戻す。
「──手紙に書いてあっても、実際に話されるのを聞くと驚きですね」
『初めまして、ネヴァヤ様。この様な形での挨拶になり申し訳もございません』
「構いませんよ。こうして同じ古代文明の遺物級魔道具同士が出会えたんですから。この子も喜んでいるみたいですし」
そう言って笑みを深めるネヴァヤ女史。聞けばネヴァヤ女史がこの『看破の首飾』と出会ったのは今から15年程前、当時「魔王の庭」の最下層として見られていた第八階層の遺跡で、これまた当時最強のAクラス冒険者パーティーだった「煉獄」が発見し、メンバーの魔法士として参加していたネヴァヤ女史が魔道具の鑑定の最中に誤って起動させてしまい、そのまま装着者として登録されてしまったのだそうだ──何となくだが親近感の湧く話である。
そして更にその「煉獄」のリーダーがディオへネス・ヒギンズ──ラーナルー市のギルマスだったのだそうだ。その後「煉獄」は、この首飾の力を有効に使いSクラスまで昇り詰め、ネヴァヤ女史は貴族位を授かった時に自らの家名を自らの二つ名「看破」にしたそうなのだ。
………だがちょっと待て。今から15年前って、どう見ても20代後半にしか見えないネヴァヤ女史って一体何歳なんだよ? 俺の疑心が表情に出ていたみたいで、ネヴァヤ女史はくすりと笑い
「見た目はこんなのですが──今年45歳なんですよ。でも内緒にしておいて下さいね」
と右の薬指を立て唇に押し当てて戯ける。まァ、年齢の件は見て見ぬ振りが一番である。
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「さて、それでは依頼の件なのですが」
ネヴァヤ女史がそれまでの笑顔から一転、真剣な面持ちで話し始めたので俺達も聴く姿勢で向き直る。
「貴方達が行かれる予定のイオシフの迷宮の調査には私達のギルドにも協力依頼が来ていまして、現在三階層まで到達、そこまでで推測される魔物の強さからCクラス冒険者以上で対応する事として、私達のギルドから全部でCクラス以上4パーティーを派遣しました」
ふーん、結構調査は進んでいる感じではある。まぁツェツィーリア共和国だって自国で見つかった初めての迷宮だし、何とかモノにしたいんだろう。
「ところがです──つい3日前、派遣していた内の1パーティーが行方不明、いえ遭難したとの連絡がありました」
ネヴァヤ女史の表情が不意に曇る。
「先に進む為に斥候として先行した、あるCクラスパーティーが戻ってきませんでした……前進するにも情報不足につき救援もままなりません。よって不明者として扱われ、他のパーティーは別ルートからの調査に切り替え、引き続き探索は続行されています…………彼女達は見捨てられたのです」
ネヴァヤ女史はより一層悲壮感を顔に滲ませながら、吐き出す様に言葉を紡ぐ。
「私は……ギルドの統括責任者としては、その判断を支持せざるを得ません。だけどあの子達を見捨てるなんて出来ない……」
そう言いながら両掌が、顔の前で神に祈る様に組まれ────
「──なので、ウィルさん、アンさん、彼女達を──助け出していただけませんか? お金は私が支払える分は全て差し出す覚悟です」
「その前に──ひとつ確認したい。何故そこまでして助けたい?」
「──それは」
俺の問い掛けにネヴァヤ女史が答えに窮すると副ギルマス──ウォーレン氏が代わりに答えた。
「私から話そう──今回行方不明になっているパーティーは──ネヴァヤ様の身内……妹さんのパーティーなんだ。ギルド総督部の判断で不明者と決められた以上、ギルマスとしてその決定に従わざるを得ない──なので君達なのだ。このギルド所属では無く、更にあの迷宮の自由探索を目的として行動している君達が最適なんだよ」
『つまり──上層部の裁決の範疇外である私達なら、何ら支障が無いと?』
──コーゼスト先生! 俺の台詞を取るな! だがまぁ、事情は飲み込めた。確かに俺達なら迷宮探索のついでに見つけた事にすれば問題にもならないしな。アンを見やると俺の顔を見て頷く──やれやれ、後でラファエルに何て言おうかと、俺はとりあえず言い訳を考えたりしていた。
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「──情報が欲しい────先ず現在解っている迷宮第三階層までの地図と遭難したと思われる地点までの成る可く詳細な情報を。あと、時間を掛ける訳には行かないから行方不明の現場まで迅速に移動出来る手段が有るかどうか──」
「えっ、で、では受けていただけるんですか?」
俺は力強く頷く──何処まで力になれるかなんて分からないが。だがネヴァヤ女史の俺達を見詰める紫水晶の瞳が感涙に溢れていた。そして一言「有難う御座います」と深く頭を垂れると、すぐさまウォーレン氏に全ての資料を揃える事を申し伝え、ウォーレン氏は一礼すると慌ただしく執務室を出ていった。
そうして自身は執務机の引き出しから皮紙と羽根ペンを取り出し何やら認めて始め──書き終わると書面の隅に印章を押して俺に手渡して来た。
「これは?」
「それはシグヌム市冒険者ギルド統括の権限として、ここに設置されている非常用転移陣の運用許可証です。勿論、行先はイオシフの迷宮までですが。そしてこの証書を見せればすぐさまダンジョンに入場出来る許可証にもなります」
「だが……こんな事までして大丈夫なのか?」
「良いんです。私はギルド統括で有る前に1人の姉ですから……折角有る権限を今、有効に使わないと。それに直接関係ない貴方達を面倒事に巻き込む訳ですし………」
そう言いながら寂しそうに微笑むネヴァヤ女史──ギルマス。
「なぁ、こんな事聞くのは今更可笑しいが……何で俺達なんだ?」
するとネヴァヤ女史は一瞬キョトンとしたのち、クスリッと笑いながら
「ヒギンズさんからの手紙に『こいつらは必ず嫌とは言わない筈だ。面倒事が好きな奴らだからな』と書いてありましたので……それに私と同じ遺物級魔道具保有者だから信じられるかなと……まぁ、女の勘ですけどね」
そう言って涙で濡れた瞳でニッコリ微笑む女史──横ではアンさんが頷いている。
『やっぱりと言うか……案の定と言うか……マスターは女性には全般的に甘いですよね』
コーゼスト先生がボソリと念話で呟く。
『うるせぇ! そこは寛大と言えよな!?』
念話で言い返す俺。
そんな会話をしているとも気付かず、ネヴァヤ女史は俺とアンを交互に見詰めて再び執務机に両手を付いて深く頭を垂れながら
「どうか宜しくお願いします。彼女達を……『紅霞』を助け出してください」
そう懇願するのだった────── 。
ネヴァヤ女史は遺物級魔道具保有者でした。そして不詳だった年齢が……見た目とのギャップが………
*看破の首飾……正式には Appreciation Necklace〈鑑定の首飾〉と言う。コーゼストより三世代前に製作された魔道具。事象の真偽や結果を装着者の意識上に投影する。
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