閑話〈16〉イーヴァイン 〜豪傑の流転〜
大変お待たせ致しました! 本日は閑話を投稿します!
閑話〈16〉
遠くから戦いの音が風に乗って聞こえてくる。
ここはヒトが「魔王の城」と呼ぶ、我ら古代魔族の王城ベアル・スグス。その巨大な大門の内に陣取られた本陣に座する儂の元に、伝令が転がる様に駆け込んできた。
「伝令ッ! 騎士団長! 第一騎士団、『勇者』一行と会敵! 全滅しましたッ!」
伝令の言葉にその場に居た者達に動揺が走る。その者達を一喝する儂。
「静まれッ! 第一騎士団とは別に戦闘に参加していた竜騎士団はどうなった?!」
「はっ! 竜騎士団は左翼の飛竜部隊、並びに右翼の地竜部隊共にほぼ壊滅状態です!」
再びの伝令の話に、その場に居た者達全てが再度ざわめき立つ。
「うぬぅ……我が騎士団最強と謳われた竜騎士団のみならず、第一騎士団までもが、か……流石は『勇者』だな」
『勇者』──それはヒトの中より『神』により選ばれた、ヒト族全ての『希望』。ヒトにとっては全てにおいて超越した存在であり、我ら古代魔族にとっては決して相容れぬ存在。正に不倶戴天の『天敵』である。
「……伝令、展開する全騎士団に通達せよ。総員「ベアル・スグス」にまで後退し、守りを固めて籠城戦に備えよ。前線には儂が出る」
その場に居る部下達にそう指示を与えながら、腰掛けていた椅子からゆっくり立ち上がる儂。巨剣を持つ右手と、大盾を持つ左手にしっかりと力を込めながら。
儂の名はイーヴァイン・ナイトリー。古代魔族にあって「天下無双」とも言われた騎士団長だ。
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王城の本陣から地竜に乗って、ただ1人戦場の最前線へと向かう。そして地竜で駆けること暫し、最前線へと到達した儂の目の前には──武装した一団が居た。
白銀の重甲冑を装着し、これまた白銀の盾と金色の長剣を手に持った、独得の威圧感を纏った性別不明の戦士。やはり白銀の軽鎧を着込んだ明らかに武闘家と分かる男。上半身に黒い軽鎧、下半身はこれまた黒い鱗鎧女袴を履いた、金色の錫杖を持った魔導師と思しき女。そして白い法服を纏い、やはり白銀の槌矛を手に持つ聖人と思しき男。
その者達の風体は、間違いなく儂が聞き及んでいた『勇者』とその一行と同じであった。儂は地竜の背から降りると、「有難う」と短くその労を労いながら地竜を王城に返して、その者達と改めて対峙する。
「勇者殿とその一行とお見受けするが如何か?! 儂はイーヴァイン・ナイトリー! 古代魔族の騎士団長である!」
背中から大盾と巨剣を外して両手に持ち替えながら、誰何しつつ名乗りを上げる儂。
「いかにも! 私は勇者シア・マルサス!」
「俺はソロン・ディカラ! しがない武闘家だ!」
「我が名はフレイ・ザヴェリューハ。魔導を極めし者」
「そして私はイルッカ・ホームウッド。聖人を務めております」
儂の問いに堂々と名乗り返す、勇者シアとその一行──やはりか! 儂は大盾と巨剣を構えると、一声吠える!
「もはや是非もなし! この儂と尋常に勝負しろッ!」
儂の咆哮に身構える勇者シアとその仲間達!
それは文字通り死闘開始の合図となったのである。
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戦場に響き渡る轟音! 金属のぶつかる鋭い音に混じり、ときおり鈍い音と爆発音が鳴り轟く!
鋭い音は儂と勇者シアが互いの剣と剣を斬り結び、或いは斬撃を互いの盾で凌ぐ音であり、鈍い音は武闘家ソロンの拳による打突、或いは足による蹴撃の音。そして爆発音は魔導師フレイと聖人イルッカによる魔法攻撃の音だ。
しかし儂の着込むこの重甲冑には強力な「魔法無効化」の術式がその内部に刻まれており、凡百攻撃魔法を無効化してくれるし、手に持つ大盾と巨剣は頑強な剛鉄製であり、また幾重にも強固な強化魔法が付与されているのだ。これこそが儂を「天下無双」と言わしめた最大の要因でもあり、そしてこれこそが彼我兵力差が1対4でも、儂が勇者一行に1人で戦いを挑んだ最大の理由であった。
だがしかし実際に勇者一行と戦ってみて、それ等が間違いであった事に直ぐに気付いた。武闘家ソロンの攻撃はその一撃一撃が鋭く重く、また聖人イルッカは儂の重甲冑の秘密に気が付くと、魔導師フレイに氷塊を頭上から見舞わせると言う様な間接的な魔法攻撃へと、攻撃方法を変えて来たのだ。
そして何より強力だったのは勇者シアが持つ聖剣『デュランダル』の力であった。閃光と共に真の力を解放した聖剣『デュランダル』と勇者一行の連携は、この儂に防御の暇も与えずに、重甲冑ごと脳天から真っ二つに斬り倒したのである!
肉を切られ骨が断たれる嫌な感触の中、儂の意識はそこで途絶え──
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──次に儂の意識が戻ったのは、何処かの部屋の一角。仄暗い室内の硬い寝台の上だった。
「ん……むぅ……こ、此処は一体何処なんだ?」
「──お目覚めになられましたか?」
頭を振り、ゆっくりと寝台から起き上がる儂に、部屋の薄闇から声が掛かる。ゆっくりと声のした方に視線を向けると、頭からすっぽりと黒い頭巾を被り、黒い法服を着込んだ者がそこには居た。この者は確か……
「……死霊術師のニヌヘンズか……すると儂は間違いなく死んだのだな……」
ニヌヘンズの姿を認めると同時に全てを察する儂。儂は一度死んで、死霊術で生ける屍か不死者になったのだろうと。
「流石はナイトリー卿、御理解が早くて助かります。貴方の魂は私が「反魂術」によって、その星銀製の重甲冑に憑依させました」
彼が感情のこもっていない声で、儂の予想的中を口にする。どうやら儂は不死者の動く鎧に生まれ変わったらしい。
「ふむ……それで儂はどのくらい死んでいたのだ?」
寝台の脇に回収されていた愛用の大盾と巨剣を手に持ちながら、ニヌヘンズにそれだけを端的に問う儂。
「凡そ3日ですね」
儂の問いにこれまた端的に返答する彼。3日と言う事は既に全てが終わっているのだろう…… 。
「……そうか」
彼の答えを聞いて、力無く呟く儂。そんな儂に向かって彼は
「色々と思う所はあるでしょうが、先ずは貴方ご自身の身体の事について説明させていただきます」
表情の読めない声で、淡々と解説を始めるのであった。
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ニヌヘンズの説明によると──儂のこの星銀の重甲冑には、生前のアーマーより強力な「魔法無効化」の術式がその内部に刻まれており、また大盾と巨剣と同じく強化魔法が幾重にも付与されているとの事だった。これにより物理攻撃にも魔法攻撃にも、より強固なものとなっているらしい。
また儂自身の技能は同族召喚が新たに追加されたとの事だった。同族召喚とは儂と同じ動く鎧の軍団を、100体単位で召喚するスキルなのだそうだ。勿論今まで覚えた剣技等は無理なく使えるらしい。
「──ふむぅ、何とも強化されたものだな」
彼の説明を聞き終えて、改めて驚愕する儂。しかし……
「……そんなに強化されても……儂はこれから何をすれば良いのか?」
思わず口を衝いて出る嘆きにも似た言葉。そんな儂に彼が
「──あと貴方には「王」より「遺命」がございます」
全く抑揚のない声でそう告げてくる。
「何っ!? 遺命だと?!」
「はい。『イーヴァイン・ナイトリー卿に於いては、この部屋に留まり、外より侵入する者達を尽く排除せよ』との事です」
「王の遺命ならば否は無し! その命令、確かに承った!」
彼の言葉を聞いて、俄然やる気になる儂。王の遺命ならば、必ず意味があるはずと信じて。
「確かにお伝えしましたよ」
「うむ、心得た! して此処は一体何処なのだ?」
1人昂る気持ちのまま、儂は彼に改めてそう尋ねる。
「此処は王城の地下に広がる「実験場」、その第十一階層の部屋のひとつです」
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斯くしてベアル・スグス地下の「実験場」の住人となった儂。因みにニヌヘンズは「他にもまだ王の遺命がありますので」と、儂を1人残して何処かへと姿を消した。
まぁそれはそれとして。
何れこの部屋に来るであろう勇者らを倒す為にも、今のうちに対抗策を練らねばならないのが急務となる。
そこで儂は勇者シアが使っていた『斬撃を飛ばす剣技』を、儂なりに模倣する事にした。あの飛んでくる斬撃波は勇者シアとの戦闘で非常に厄介だったからだ。幸いこの動く鎧の身体は生身と違って、疲れ知らずで眠る事も食事を摂る必要も無かったので、何百何千何万回と鍛錬を積む事が可能となっていた。
そして数知れぬ鍛錬の結果、儂は勇者シアの『斬撃を飛ばす剣技』と同等の斬撃波を、習得する事に成功したのである。儂はこの剣技に「絶空斬」と言う名前を付けた。
そんな事をしていた有る日、久々にニヌヘンズが儂の元にやって来たのである。
「おお、久しいなニヌヘンズ」
「そうですね、凡そ10年振りかと」
相変わらず感情の読めない声でそう話すニヌヘンズ。
「10年振りか……時の経つのは早いものだな。それで今日はどうしたのだ?」
「はい。今日はイーヴァイン殿に大切なお知らせがあり、こうして罷り越しました」
「知らせだと? どんな知らせなのだ?」
「「王」の最後の遺命により、この「実験場」は間もなく迷宮化されます」
ニヌヘンズは何と言うことも無いとばかりに、その事実のみを淡々と儂に告げるのであった。
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ベアル・スグス地下の「実験場」が迷宮化すると儂に告げた後、再びニヌヘンズは何処かへその姿を消した。「もう会う事も無いでしょう」と言う言葉と共に。
それから一体どれ程の年月が経ったのか…… 。刻々と迷宮へと変わり行くこの「実験場」の部屋の中で、儂はただただ愚直に「王」の「遺命」を果たすべく、侵入者が現れるのを待ち続けたのであった。
そして不死者の儂でさえ、正に気の遠くなるような時を経て──遂にこの部屋に待望の侵入者が現れた。
その「一団」は一言で言うと「実に奇妙な一団」であった。明らかにヒト族と分かる古代大陸語を話す男の剣士と、明らかに古代魔族の特徴を持った魔導士風情の女。それだけでも奇妙なのに、何とその男は双頭魔犬に剛鉄岩人形に半人半蛇に女王蛾亜人に、そして女郎蜘蛛と言った複数の魔物を引き連れていたのである。
実に奇妙ではあるが儂がするべき事はただ1つ、それは『侵入者の排除』だ。
「……ふむ、どうやら侵入者の様だな」
侵入者達に対して、やはり古代大陸語で話し掛ける儂。
「!? お前は話せるのか!?」
「如何にも。儂の名はイーヴァイン。暗黒霊騎士イーヴァインである」
驚くヒトの剣士の問いに、儂はそう鷹揚に名乗り返す。因みに「暗黒霊騎士」とは儂が魔物になった際に、ニヌヘンズから贈られた儂の新たな種族名だ。魔物になったのにいつまでも騎士団長と言う訳にもいかないからな。
それでは……久々にひと暴れしようではないか!
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結果として、儂はこのヒトの剣士──今世の『英雄』であるウィルフレド・フォン・ハーヴィー殿に、激戦の末に斃され、魔導士風情の女──『共生の腕輪』コーゼスト殿の力で再び黄泉がえり、オルトロスのファウスト殿やアダマンタイトゴーレムのデューク殿やラミアのヤト殿、そしてモスクイーンのセレネ殿やアラクネのニュクス殿らと共に、ウィルフレド殿──主殿の従魔として「第三の生」を歩む事となった。
儂が勇者シアとその一行に完敗したあの日から、実に500年もの時間が経っていた事をコーゼスト殿から教えられ、内心驚いたりしたのもまぁ些細な事だ。
何せ主殿は儂の素性を知りながらも、その様な事に全くと言って良いほど頓着せずに、他の従魔達と同じく接してくれて等しく「仲間」として扱ってくれたのだ。それだけでなくこの儂に従魔としての名付けの際に、儂の生前からの名である「イーヴァイン」を付けてくれたのだ。そしてそれが、益々儂を主殿に心酔させる事となったのである。それは「魔王」シュヴァルト殿以来、実に二度目となる出来事だ。
そして今、儂は相棒の大盾と巨剣を手に、主殿に新たに誓いを立てる。これからはこの儂が主殿の盾となり剣となって万難を打ち払うことを。
それこそがこの儂に新たな「居場所」を与えてくれた主殿に、唯一報いる事が出来る事なのだと信じて。
主殿、どうかこれからも幾久しく宜しくお願いするぞい!
ここまでお読みいただき有難うございました!
次回は2週間後になります!
それではお楽しみに!!




