久遠の水瓶と沐浴と
本日、第三十話を投稿します!
どんな時でも水と塩は重要な役割を示しますが……また彼等がやらかします(笑)
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ささやかな宴の翌朝、ルフィノ達に見送られてレヴ村を後にする。
宴の最中は表面上は平静を装っていたが、頭の中ではラファエルに聞かされた話がずっと過ぎっていた。
『──マスターは気にする必要は無いかと推考しますが』
コーゼストが誰にも聞こえない様に念話で話し掛けて来た。
『そもそも、この様な地方自治に於ける商業誘致は私が産み出される以前にも古代魔導文明に存在する問題であったと記録されています。その場合の対処法は各々の共同体──村単位や街単位の裁量に任されていました。その方法は余人には理解し難いものもあったらしいと記憶領域にあります。だからマスターがそれを全て知りうるのは、余人である以上不可能かと──それこそ神か支配者でも無い限り。そうであると認識するのみで宜しいかと』
……なかなかコーゼスト先生は辛辣である。だがまァ、言いたい事は分かった。
凡人である俺が神様か支配者が解く問題など解る筈も無い──そう考えると先程まで有った胸の蟠りが、フッと無くなる感覚を感じた。
『全く、マスターは自らには過大な問題に悩む傾向が見受けられますね』
『別に好きで悩んでいる訳ぢゃねぇ!』
本当に一言が多い奴だな!
俺達の馬車は進行方向をやや南西に向けて街道を進んで行く。時折、二輪荷馬車や幌馬車とすれ違ったり徒歩の旅人を追い越したり、途中で小休止する度に地図を確認する──次の目的地まで凡そ300キルトあるから途中2回は野営する感じである。
最初の頃、ラファエル達が野営出来るのか不安であったが意外と馴染んでいたのには驚かされた。それでも女性が2人いるので何かと気を使うのだが………… 。
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「ウィル、そちらはどうであるかな?」
「──ちょ、ちょっと待っててくれ」
早々に野営出来る場所を見付け、馬車を停め野営準備に入る。何時も通り馬達を長柄から外し傍らにある大木に縄を括りつけて休ませると、ノーリーンとアンに食事の準備を任せ俺とラファエルは客車の影に天幕を張り巡らせ目隠しを作っていた。ラファエルが持って来ていた「水生産の魔道具」をコーゼストとラファエルが悪乗りして「久遠の水瓶」と言う遺物級魔道具に作り替えてしまったのが原因である。
文字通り無制限に水を生み出す魔導機で、これを聞いた女性陣から「沐浴したい」と懇願されたのである。まぁ既に6日も拭取タオルや清浄魔法だったから仕方ないと言えば仕方ないのだが………… 。
沐浴用の木桶はレヴ村で手に入れたので只今沐浴の準備中なのである。
「良し、これで大丈夫だな」
「──うむ、こちらも木桶に「久遠の水瓶」を設置出来たのだよ──起動」
ラファエルの起動の掛け声で「久遠の水瓶」から清水が滾滾と湧き出した──これでとりあえず準備完了だな。
日が暮れる前に野営の準備を終えて、これから食事と言う時に馬の嘶く声が聞こえて来て、俺達の進行側から冒険者の一団を伴った2頭立ての四輪馬車が近付いて来た。どうやら俺達と同じ様にここで野営するらしい。
やがて少し離れた場所に留まり手早く野営準備を始め、男女2人の冒険者が近付いて来た。
「こんばんわ。今夜隣りで野営させて貰う星屑と言う冒険者のパーティーだ。クラスはC。見た所、御同業とお見受けしたが宜しくお願いする。俺はリーダーのイヴァン、こっちは副リーダーのマレナだ」
「……マレナだ、宜しく御願いする」
イヴァンと名乗る軽鎧の男がにこやかに手を差し出して握手を求めて来る。
結構人懐っこいな……一方のマレナと紹介された革鎧の女は少しぶっきらぼうな感じである。
「こちらこそ宜しく御願いする。俺はウィルフレド、こっちはアンヘリカ、黒の軌跡と言うパーティーだ。階位はA。奥の2人は護衛対象の依頼人だ」
アンに手を向けながらそう告げるとイヴァンは俺の手を両手で力強く握り締めて来る。
「こんな所でAクラスの人に出会えるなんて光栄だ! 貴方がウィルフレドさんで貴女がアンヘリカさんだな! 宜しくお願いします!」
「お、おぅ……」
? 何だ、そんなに興奮しなくても良いのに──聴けば彼等「星屑」は俺達の目的地の1つである国境のシグヌム市で冒険者パーティを組んだのだそうだ。今回はラーナルー市までの護衛任務を受けて、その道中でここにたまたま野営する為に寄って俺達と会ったそうだ。
一頻り話したのち、同じ場所での野営なので不寝番の順序を決めて別れた。それにしても……Aクラスってのは憧られる立場なんだな………改めて思い知ったが、何やら気恥しい気分である。
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「あぁ、さっぱりしました♡」
アンが沐浴を終えて髪をタオルで拭きながら、こちらに来て焚き火に当たる──さて、この後はラファエルが沐浴して最後に俺──か。一番最初に沐浴を済ませたノーリーンはすっかり髪も乾き、上がってきたアンに香茶を淹れている。と、闇の向こうから誰かが近付いて来る気配がして一瞬警戒する俺とアン。足音からだと3人だな…… 。
やがて焚き火の淡い明かりに提燈を手にした2人の女性冒険者と1人の女性が照らし出された。1人はマレナと──まだ10代に見える革鎧の女性と、身なりが小綺麗なやはり20歳辺りの女性である──マレナも大体20歳前後に見えるのだが。こんな時間にどうした?
「あの……」
マレナが遠慮がちに話して来た。
「先程から水の音がするのですが、もしかして水浴び出来るのですか?」
?! 沐浴の音が聞こえた? そんなに大きな音じゃ無かったと思うが──? 俺の顔に疑問が浮かんでいたらしくマレナが慌てて説明する。
「あ、すいません! 実はこの子──ネリーって私達のパーティの弓士なんですけど、人より耳が良くて……この子が盛んに水の音が聴こえるって言うので……もしかしてと思って…………」
見るとネリーと呼ばれた弓士の子が顔を伏せて俯いている。まぁ、聞こえたのなら仕方ないし……隠すつもりも無いしな。
俺が肯定すると、3人とも凄い勢いで沐浴させて欲しいと懇願して来た。聞けば依頼主の娘である女性──ジョアンを優先して来たが、あと何日も無く拭取タオルが底を尽きそうなのだそうだ。すると連れて来た女性がジョアンか──そんな最中にネリーがこちらの沐浴の音を聞きつけて、一縷の望みに賭けて女性陣のみで訪れたらしい。
こんな時こそ助け合いが重要なのだ、と新人時代に教官が言っていたな………俺がラファエルの顔を見ると「使わせて良い」と許可してくれた。なのでアンに頼んで3人を客車裏の沐浴場まで案内させ、使い方を簡単に説明して貰った。3人共「久遠の水瓶」を知り驚いていたが、それ以上に感激していたらしい。
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その後、40分ほど掛けて沐浴を済ませた3人は、物凄くさっぱりした面持ちで客車の裏から出てきた。
「ありがとうございました! お陰で助かりました!」
マレナが代表して謝辞を述べ、後の2人も頭を下げた。喜んで貰えて何よりである。
それで改めて料金の話になったのだが、旅でも迷宮探索でも水は貴重であるゆえ、マレナ達は高額かと戦々恐々していたが、ラファエルと相談して1人鉄貨5枚と告げると目を大きく見開き驚いていたのには思わず笑えた。確かに水は貴重だが、今の俺達にはラファエルが居るし、何よりコーゼストが居るしな。
俺はマレナ達から見えない様に、無限収納から拭取タオルを何枚か出して手渡した。この後も俺達は沐浴し放題だからな。最初マレナは遠慮していたが半ば押し付ける様に持たせた──そんなに遠慮するな。
3人共、腰を深く折り何度も感謝の言葉を口にしながら、闇の彼方に見える自分達の野営場所に戻って行った。
その深夜、不寝番のリーダーのイヴァンに会った時にも「ありがとうございました」と謝辞を言われ、少しこそばゆい感覚だったが悪い気はしなかった。礼を述べたイヴァンは一転、気まずそうに俺に懇請して来た。何でも馬車に積んである水が少し心許無いのだそうだ。なので水を売って欲しいらしい。まぁ、今回初めての遠征らしいし、何事も予定通りには行かない物だ。
俺は自分に出来る一番の笑顔で了承したのだった。
今回は旅の表現と途中での出会いを描きました。
それにしても、コーゼストとラファエルは組ませてはならない……
女性陣の沐浴シーンはばっさりカットしました! もし期待されていた人……申し訳ございません(陳謝)。
*久遠の水瓶……文字通り水を際限なく産みだす、魔道具では無く魔導機。水の浄化作用も有する。
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