激突! 師匠と魔なる者達③
大変お待たせ致しました! 本日は第302話を投稿します!
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「そういえば」
イーヴァインやヤト、そしてセレネ・ニュクス組との試合を振り返っていたルストラ師匠が、徐ろにそう言葉を発する。
「ん? どうしたんだ、師匠?」
その言葉を耳にして、どうしたのかと尋ねる俺。イーヴァインやヤト達魔物娘’S、そしてコーゼストもそんな師匠に視線を向ける。
「いえ、イーヴァインやヤト達とは手合わせしたのに、クロノ殿は私と手合わせしなくていいのかしら、と思って……」
「「「「「「ああ……」」」」」」
そう言えばそうだな。今の今までクロノの存在がすっかり空気になっていた。複製体の魔法生命体とは言え、曲がりなりにもクロノは元「魔王」だからな。その強さが如何許りか、知っておいても損は無いか。
「今のクロノはホムンクルスですが格が90相当とかなりの高レベルですね。技能は「超級魔導」と「超級剣術」と「指揮」を保有しています」
俺がそんな事を考えていると、俺の思考を読んだコーゼストからはその様な報告が成される。其れを聞いた俺は、それならとクロノに尋ねる。
「クロノ自身はどうなんだ? 師匠と手合わせして見る気はあるのか?」
「ふむ……そうであるな、ウィル殿が許可してくれるなら、是非にでも」
俺の問い掛けに意外にやる気を見せるクロノ。
「分かったわ。それじゃあ最後はクロノ殿とね」
クロノの台詞にそう端的に答える師匠。
「それではルストラ殿、胸をお借り致す」
そう言ってクロノは、師匠に深々と頭を下げるのであった。
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修練場の中央付近にゆっくりと進み出て、相対する師匠とクロノ。師匠はお馴染みの黒檀拵えの戦杖を背に構え、クロノは腰の濶剣を鞘から抜き放つと両手で持つと、剣の先を師匠の目に向けて中段の構えを取る。その型は正に基本の「正持の型」である。
「……なかなか良い構えね、クロノ殿」
師匠もそれに気付いたらしく、クロノの構えをそう評する。一方のクロノはと言うと特に気負いもせずに、実に飄々としている。
「双方とも準備は良いか?──それでは始めッ!」
そんな師匠とクロノに対して、試合開始の掛け声を口にする俺。その瞬間、修練場に流れる空気が俄に緊張感に包まれる。
師匠クロノ共に開始の合図を聞いても直ぐには動かず、ゆっくり且つ慎重にお互いの間合いを探り合っている。まぁ間合いだけで言えば、長物の獲物を使う師匠に分がありそうだが、クロノもスキルに「超級剣術」を持つレベル90相当の強さだ。恐らくは師匠もその鋭い直感力で何かを感じ取り、慎重に動いているのだろう。
『そのルストラさんですが以前お話した通りレベルは99、スキルは「武術の素養・極致」と「指導者」を保有していますね』
俺がそんな事を思っていると、コーゼストから真逆の師匠に関する公言が念話によって行われた!
『『『『『なっ?!』』』』』
コーゼストの念話を聞いて文字通り絶句する俺とイーヴァイン、そしてヤト達魔物娘S──勿論念話で。
確かに師匠は「武術者」であるが、それが真逆「超級」の更に上の「極致」とは……流石は師匠である。
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互いに相手を自分の得意とする間合いに捉えるべく、ジリジリと相手との間合いを探る師匠とクロノ。
傍から見ると殆ど動いていない様に見えるが、実際はどちらが先に己の間合いを取るかと、少し距離を詰めたかと思えば、また距離をとると言った事を、先程から何度も繰り返していたりする。それはさながら相手の隙を探るかの如く。
「まだ仕掛けないのかしら?」
そんな様子に焦れたみたいに呟きを漏らすのはヤト。
「ヤト殿、そろそろじゃよ」
俺が何か言う前に彼女にそう声を掛けるのはイーヴァイン。彼の言葉とほぼ同じくして──同時に2人が動いた。
共に相手に向かって駆け出すと、まず先に己の間合いにクロノを捉えた師匠が、右手で背に構えたバトルスタッフを右肩越しに左手に持ち替えて、最上段からクロノ目掛け打ち下ろす!
対するクロノはと言うと中段に構えていたブロードソードを右に寄せて、自身から見て右上から襲い掛かる師匠のバトルスタッフを、剣身の樋部分を滑らす様に上手く往なしながら、そのまま師匠目掛け突っ込んで行く!
師匠をブロードソードの間合いに捉えたクロノは、往なしていたバトルスタッフを力を込めて右へ弾くと、返す剣で師匠の左脇腹目掛け斬り掛かる!
だが師匠も弾かれたバトルスタッフを背越しに廻しながら右手に持ち替えると、下から上への払い上げを行い、クロノのブロードソードの斬撃を見事に捌くのであった。
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その様な攻撃の応酬を交わした所で、一旦互いの間合いの外へと身を引く師匠とクロノの2人。時間にして十数秒も経っていない。
「…………」
「…………」
「……い、一体何が起こったの?」
師匠とクロノの攻撃の応酬に絶句するセレネとニュクス。辛うじてヤトだけは、何とかそう声を絞り出す。どうやらヤト達魔物娘’Sには、今の師匠とクロノの一連の動きが見えていなかったみたいである。まぁ瞬きをする程の一瞬での出来事だから、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。
「うむむ、流石は王とルストラ殿じゃな! 今の攻防だけでも十分見応えがあったのう!」
その一方でイーヴァインには、2人が短時間でどんなやり取りを繰り広げていたか、しっかりと見えていたみたいだ。
「ちょ、ちょっとイーヴァイン! アナタ、今のが見えていたのなら、どう言う事なのか私達にも教えてちょうだいよ?!」
そんなイーヴァインに文字通り食って掛かるかのように、何が起きていたのか訊ねるヤト。その傍ではセレネとニュクスが、聞き耳を立てていたりする。
それならと、イーヴァインが師匠とクロノの攻防について、ヤト達に向けて今一度蘊蓄を傾ける。
「「「あの一瞬でそんな事が……」」」
イーヴァインの話を聞いて、またもや言葉を失うヤト達魔物娘’S。その説明を聞くにつけ、流石は元古代魔族の最強の騎士団長だっただけの事はあるな、と俺はイーヴァインに対する評価を一段階引き上げるのであった。
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俺達がそんな事を話している間にも、師匠とクロノの攻防は続いていた。とは言ってもお互いの獲物を交える事が無い状態での攻防であるが。
さしずめ獲物を交えながら戦いを繰り広げている時を【動】とするならば、相手の出方を伺いながら互いに牽制し合っている今の状況は【静】と言えば良いか? ただ【静】とは表現しているが、実際の所はかなり激しい駆け引きが繰り広げられているのだ──それこそ【動】の時以上に。
そうした束の間の【静】の後、また激しい【動】へ──戦いへと移る師匠とクロノ。バトルスタッフの中ほどを手に持ち構えると、槍の様に連続で突き掛かる師匠! 襲い来る鋭い打突を全てブロードソードで往なし、捌き切るクロノ! バトルスタッフの攻撃を捌き切ると今度は自分の番だとばかりに、己の間合いまで接近しブロードソードでの連続の斬撃を仕掛けるクロノ!
因みに師匠達にはこの一連の試合が始まる前に、コーゼストが聖魔法の『光の神壁』を掛けているので、安全は担保されていたりする。元々この『光の神壁』と言うのは、ある程度の攻撃のダメージを無効にする魔法であり、ダメージが受入容量を超えると魔法が強制解除されてしまうのだ。
イーヴァインやヤト達魔物娘’Sがダメージを受けていたと言う事は結局のところ、師匠の攻撃が『光の神壁』のキャパシティを超える攻撃だったと言う事の証明だと言えるのだな、と俺は攻防を繰り返す師匠とクロノの戦いを見ながら改めて思うのであった。
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そうやって互いの獲物を交えること、数合経った頃
「流石にやるわね、クロノ殿」
何度目かの【静】の時に、徐ろにクロノにそう声を掛けるのは師匠。穏やかな口調であるが、その合間に見え隠れするのは確固たる闘志か。
「何のなんの、私などルストラ殿には遠く及ぶものでは無いな」
一方でそう声を掛けられたクロノはと言うと、やはり穏やかな口調で師匠の言葉に答えを示す。此方もやはり口調とは裏腹に、瞳に静かな闘志を宿らせているのが見て取れる。
「それではクロノ殿に敬意を表して、私も本気を出させてもらうわ」
バトルスタッフを左右の手にしっかり持つと、左に向けて構えながらそう宣言する師匠。
「そう言う事ならば、是非も無い」
師匠の宣言を聞いたクロノは、ブロードソードを「正持の型」に構え直す。
そうして正対する事数秒、或いは数十秒経過した時、師匠とクロノの2人が──同時に動いた。
師匠はクロノとの間合いを縮地で一気に詰めると、クロノの顎を狙って左下からバトルスタッフを鋭くはね上げる! 対するクロノはと言うと、やはり師匠との間合いを縮地もかくやと、目にも止まらぬ速さで詰めて来ており、下から自身の顎目掛けはね上げられて来たバトルスタッフを、ブロードソードの柄頭を使い迎撃する! そしてそのまま取って返す剣で、ブロードソードを上段から師匠の右肩口へと振り下ろす!
だがその時には既に師匠はクロノの間合いの外へと、やはり縮地で退避していたのであった。
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だが2人の戦いはまだ終わらない。一旦クロノの間合いの外に退避していた師匠が、再度バトルスタッフを構えてクロノに攻撃を仕掛けてきたのだ!
再び縮地で間合いを詰めると、今度は軽快な足捌きでクロノを中心に左回りに素早く廻りながら、手に持つバトルスタッフでの打ち・払い・突き・薙ぎを織り交ぜた攻撃を連続でクロノ目掛けて叩き込んで行く! クロノも素早い反応で迎撃をするが、如何せん全方位からの攻撃には完全に対処し切れず徐々に押されていく!
「こ、これは一体!?」
その様子に驚愕の声を上げるのは観戦していたイーヴァイン。ヤト達魔物娘’Sはただ息を飲むのみ。これこそが『嵐檻乱打』に次ぐルストラ師匠の得意とする技のひとつ、その名も『大渦潮乱撃』だ。
師匠の巻き起こした大渦潮に捉えられたクロノには巻き込まれた小舟の様に、既に抗う術は無く、全方位から襲い来るバトルスタッフの変幻自在の攻撃をモロに受ける形となっていた。それでも何とか耐えているのは、ひとえに彼自身の持つ技量により急所に致命傷を負っていないだけに過ぎず、また『光の神壁』がダメージを無効化しているからに相違ない。
だがそれも束の間、師匠の攻撃にブロードソードが弾かれると、ほんの一瞬、無防備な状態を師匠の前に晒すクロノ! その僅かな隙を見逃さず彼の顎先を師匠のバトルスタッフの鮮烈な一撃が下から捉え、大渦潮の中からもんどり打って吹き飛ばされるクロノの姿がそこにはあった。
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「そ、そこまでッ!」
大渦潮の奔流からクロノが吹き飛ばされるのとほぼ同時に、そう声を張り上げて試合を止める俺。そのまま後頭部から地面に落下して行くクロノに対して
「──『風壁』」
すかさずコーゼストが魔法を唱えると、クロノの身体に濃密な空気の塊が纏わり付き、地面への激突を防御する。
「クロノ! だ、大丈夫か?!」
俺は些か慌ててクロノに痛手が無いか確認する。すると
「痛ッッ……う、うむ、大事ないぞ。我がマスターよ」
バトルスタッフに打たれた顎を擦りながら、徐ろに立ち上がって答えを返して来るクロノ。その辺はやはりホムンクルスだけあって常人より遥かに丈夫であるみたいだな、とクロノがコーゼストに『治療』を掛けてもらっているのを横目で見ながら、そんな事を思ったりする俺。
「ふぅ……久しぶりに少し本気を出したわね。流石は元「魔王」の事だけはあるわ、有難うクロノ殿」
片や師匠はと言うと、今の激戦が嘘だったみたいな爽やかな顔で、クロノに語りかけながら手を差し伸べる。
「何のなんの、此方こそかたじけなかった。ルストラ殿」
クロノはクロノでそう答えながら、差し出された手をしっかり握り返して、師匠と固い握手を交わす。
兎にも角にもこうして、イーヴァインとヤト達魔物娘’S、そしてクロノとルストラ師匠との試合は、師匠の圧勝で幕を閉じたのであった。
あ、そういや師匠にクロノとの試合の感想を聞くのをしっかり忘れてた!
ここまでお読みいただき有難うございました!
次回は2週間後になります!
それではお楽しみに!!




