古と古の対話 〜過去の因縁と、そして〜
大変お待たせ致しました! 本日は第295話を投稿します!
-295-
「これは……また何と言えばいいのかな」
「魔王の庭」第十二階層の生産設備──古代魔族の言う所の『工廠』の予備施設の調査を終えて、その足で王都ギルド本部に出向き、オルガに調査報告し終えた直後の、オルガの第一声がコレである。まぁ主に俺が生産設備から「魔王」の「器」である魔法生命体──クロノを連れ帰った事に起因しているのは分かってはいるのだが……何となく理不尽さを感じるのは、気の所為では無いはずだ。
「いやはや、私の旦那様はまたとんでもない人物を連れ帰って来たんだね……」
クロノが魔王と聞いて滅多に見せない渋面を作るオルガ。
「ふむ……ウィル殿から話は聞いていたが、本当に汝は古代魔導文明人なのだな」
一方でオルガの厳しい視線を受けてもなお、実に飄々と言葉を返すのは当のクロノ。本当に対照的な2人である。
因みにファウスト達従魔’Sには「魔王」を「クロノ」と名付けた事は説明済だったりする。更に因みにクロノには、俺にはアンを始めとする8人の妻が居る事や、オルガはその中の妻の1人だと言う事は説明済だったりする。彼からは
「普通のヒトの身でありながら、8人もの妻を娶るとは……大した傑物だな、ウィル殿は!」
等と絶賛されたが、生前に12人もの奥さん持ちだったクロノから、そんな風に言われると素直に嬉しくもあり、何となくこそばゆい気分になるのはこれまた気の所為では無い筈だ。
閑話休題。
今はそう言う事を言っている場合では無かったな。
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「……オルガは生前のクロノ、いや魔王とは面識があったのか?」
滅多に見せない厳しい表情のオルガを見て、思わずそう尋ねてしまう俺。すると彼女は険しい顔をしたまま
「いや、直接に会ったことは無いけど……私達古代魔導文明は結果として、古代魔族に滅ぼされたからね。色々と思う所はあるのさ」
そう言うとクロノに視線を向け続ける。彼女の場合は「相手の資質を感じ取れる」眼力があるからな、多分ソレでクロノの事を見定めようとしているのかもしれん。片やクロノはと言うと、そんなオルガの視線を受けても何処吹く風、実に泰然自若としている。
そんな状況が数分続いた所で、オルガがふと
「ふむ……旦那様が「血の契約」で、このクロノと言うホムンクルスの所有者になったのは本当みたいだね。彼からは全くと言って良いほど邪気や悪意を感じないよ」
そう言って、漸くクロノに対する視線を緩める。そして続けて
「でも幾ら過去の話だと言っても、私は君を許すつもりは無いからね。だからと言って、謝罪をして欲しい訳でも無いんだ。そんな事されても、私の滅んだ同胞が生き返る訳でも無いんだからね。私からはただひとつ、もし少しでも贖罪の気持ちがあるのなら、その気持ちを忘れずに、これからは旦那様に対して誠心誠意尽くして欲しい。それこそが滅び去った私の同胞への手向けとなるはずだからね」
クロノに向かってそう言うと、滅多に見せない寂しそうな笑みを浮かべるのだった。
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「オルガ殿、だったかな? 汝の想い、しかと聞かせてもらった」
その時、それまで黙ってオルガの話を聞いていたクロノが口を開いた。
「確かに今ここで私が謝罪の言葉を口にしても、何の慰めにもならないだろう。私とて自身の罪深さは重々承知しているつもりだし、己のした事に一切言い訳をする気は毛頭ない。だからこそ敢えてここに誓おう。私の新たなる生は、マスターであるウィル殿の為に捧げると。まぁ元より私の生殺与奪権はマスターであるウィル殿の手の中なのだがな」
そう言って此方もまた寂しそうな顔で力無く笑う。そんなクロノを見て
「……やれやれ、そこまで言い切られてしまうと、もう私には何も言えないね」
先程とは違う、何とも言えない顔で大きく頭を振るオルガ。
そんなオルガとクロノの様子を見るにつけ、古代魔導文明と古代魔族の確執は俺が思っている以上に根深い物があるのだな、と改めて実感する。
そらまぁオルガから見れば、何万、もしかしたら何十何百万人もの同胞が、魔王であった頃のクロノの施策の一環で滅亡させられたのだからな。その複雑な心中は如何許りか。
『今から985年前の古代魔導文明の総人口は凡そ500万人はあったかと』
コーゼストが念話で俺にそんな事を告げてくる。その数字が事実だとしたら、クロノ──魔王は文字通りの大虐殺を行ったことになる訳である。
そのあまりにも想像を絶する規模の話に、俺はただただ言葉を失うのであった。
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「とりあえずこの話はここまで、かな?」
そう言って俺の混乱を他所に話を切り替えるオルガ。そしてやおら
「時に旦那様? クロノ殿の事はアンには教えたのかい?」
俺に向かってそう話を振ってくる。
「い、いや、まだ話していないが……やっぱりしないと不味い……のか?」
いきなり話を振られて、先程の衝撃もあり思わずしどろもどろに答える俺。
「うん、そうだねぇ。何せアンは観察者の1人だから、この件の関係者には間違いないだろうしね」
「はぁ、そうだよなぁ……そういやそんな話を随分前に言ってたなぁ…… 。分かった、そんじゃあ帰宅次第遠方対話機でアンに報告しておくよ」
「その方が良いね。それじゃあ世界評議会には私の方から連絡しておくよ。まぁ間違い無く世界評議会は上を下への大騒ぎになる事は必至だけどね」
そう言って何とも言えない顔で笑うオルガ。そういやそっちの方もあったっけなぁ…… 。何となくクロノの事を話して聞かせたら、貴森精霊のエウトネラ議長以下の各国のお歴々が、皆一様に昏倒する様子が幻視出来るのは俺だけか? 黙っておけるならそうしたい所だが…… 。
そう思い、オルガの方を見やると満面の笑みで無言の圧を掛けて来た。
「どちらにしても、アンに話した段階で世界評議会には話が行く訳だし、これはもう旦那様には覚悟を決めてもらうしかないね」
「オオセニシタガイマス……」
どちらにせよ避けては通れない道らしい、と俺はデカい溜め息をひとつ吐くのだった。
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とりあえずオルガとの話を終えて、王都ギルド本部を辞する事にした俺達分隊『混沌』とクロノ。色々と考えた末、今回はコーゼストの転移魔導機で一気にラーナルー市の屋敷へと帰って来た。
「旦那様、ヤトさん達もお帰りなさいませ。今回も無事のご帰還おめでとうございます」
屋敷ではいつもの様に我が家の完璧家令のシモンが、俺達を出迎えてくれた。そしてもう1人──
「お父さぁーん! お帰りなさいッ!」
俺の愛娘であるマーユがそう言いながら、俺に抱き着いて来る。
「おっと?! ははっ、ただいまシモン。ただいまマーユ」
抱き着いてきたマーユの頭を優しく撫でながら、そう言葉を返す俺。マーユは俺の感触を確かめると
「ファウストもデュークもヤトお姉ちゃんもセレネお姉ちゃんもニュクスお姉ちゃんもイーヴァインお爺ちゃんもコーゼストお姉ちゃんも、皆んなお帰りなさい!」
今度はファウスト達の方へ駆け寄り、そう労いの声を掛ける。
「「ワンワンッ!」」
「ヴ、シモンさん、マーユちゃん、ただいま戻りまシタ」
「シモン! マーユ! ただいまッ!」
「シモンさん、マーユちゃん、ただいま♡」
「くふ、シモンさん、マーユちゃん、ただ今戻りましたわ」
「うむ! シモン殿にマーユちゃん、ただいま戻ったぞい!」
「ただいま戻りましたよ、シモン、マーユちゃんも」
マーユとシモンの言葉に、ファウスト達やコーゼストが異口同音に言葉を返す。彼等彼女等もそう返事をするのが、本当に楽しみみたいである。
かく言う俺もそうだが!
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「ときに旦那様、其方の御方はどちら様ですか?」
俺がちょっとした感慨にふけっていると、シモンがクロノの事を尋ねて来る。
「お兄ちゃんはだぁれ?」
マーユはマーユでコルチカムの様な淡い紫の瞳で、クロノを見据えながら小首を傾げる。そういや屋敷に帰って来たら来たで、シモンやマーユにクロノの話をしなくてはいけない事を、しっかり失念しておりました。
「あーっとな、彼は──」
そう切り出すと、シモンやマーユにクロノの事を掻い摘んで説明する俺。勿論後々の事も考えて、クロノが魔王の複製体を素体にして生み出された魔法生命体だと言う事も、キチンと説明したのは言うまでもない。
「何と、その様な事が……」
「…………」
俺の話を聞いて思わず言葉を失うシモンとマーユの2人。
「──とまぁ、そんな所かな? 兎に角彼クロノは俺が責任を持って面倒見る事になったから、2人ともそのつもりでいてくれ。クロノ、彼がうちの家令のシモン。そしてこの子が俺の愛娘のマーユだ。仲良くしてやってくれ」
「今ウィル殿から聞いた通り、クロノと言う。シモン殿、マーユ媛、どうか宜しくお願いする」
俺が話し終えるのに合わせて、シモンとマーユに自己紹介を行うクロノ。
「いえ、此方こそ宜しくお願い致します。クロノさん」
「うん! こっちこそよろしくね、クロノお兄ちゃん!」
そんなクロノに笑顔で返事を返す2人。どうやらクロノは、マーユの『正邪の魔眼』に認められたみたいである。
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そんな事もあったが、何とかシモンとマーユにクロノを紹介し終えて、ホッと息をつく間もなく、今度はアンにクロノの事を伝えるべく、遠方対話機で連絡をする。テレ・チャットの呼び出し釦を押して、直ぐに
『アンよ。私を呼んだのは誰かしら?』
アンがテレ・チャットの向こうでそう声を発する。
「俺だよアン。ウィルだ」
『ウィルッ!? 15日振りね!』
俺の声を聞いて嬉しそうなアン。だが続けて
『それで? 何かあったのかしら?』
此方の用向きについて尋ねる事も忘れない。流石はアン、女の勘は相変わらず鋭いな。
「ああ、実は──」
そんな変な感心をしつつ、俺はアンにオルガやシモン、そしてマーユに話したクロノの事を、今一度話して聞かせた。第十二階層でのクロノとの一部始終を聞き終えたアンは
『はァ……そんな事になっていたなんて……』
盛大な溜め息と共に、呟く様にテレ・チャットの向こうでそう声を漏らす。そして続けて言葉を重ねる。
『とにかく話は分かったわ。そう言う事なら近くの避難所から一旦地上に戻るわね。多分明日には帰れると思うけど……それで良いかしら?』
「ああ、それで大丈夫だ。それじゃあ屋敷で待っているからな。気を付けて帰って来てくれ」
『ええ、分かったわ。なるべく早く帰るから。それじゃあ♡』
アンのその台詞を最後にテレ・チャットの魔水晶に灯る明かりが消え、アンとの通話は終了した。
何れにしても細かい話は明日である。
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「御主人様ァ、アンとの話は終わったァ? 私、お腹空いちゃったァ」
アンとの話を終えた所で、そう声を発するのはご存知ヤトさん。その言葉と同時にヤトの腹の虫が、ギュルルルルと盛大な音を立てる。そういや朝からバタバタで、ろくに食事を摂ってなかったな…… 。
良く見るとセレネやニュクスなんかも、ヤトに同調するかのように盛んに首を縦に振っていたりする。
「よしッ、そんじゃあ遅くなったがメシでも食べるとするか!」
俺の言葉に急に色めき立つヤト達魔物娘’Sやファウスト。まぁこの中でデュークとイーヴァインとコーゼストは食事を必要としないので、ファウスト達の反応は当然と言えば当然の反応だな。一方クロノはクロノで
「ふむ……ちゃんと食事を摂るのも500年振りだな」
と何やら感慨深げである。
「では大至急食事の準備を致しますので、少しお待ちを」
俺とヤト達との会話を聞いていたシモンはそう言うと、近くに居た侍女に指示を与える。
「そう言えば──他の奥さん達やメンバーにもクロノの事を話さなくても良いんですか?」
このタイミングでそう宣うのはご存知コーゼスト。そういやそれもあったな……。
「まぁ、それも食事をしてからだな……」
そう言うと食堂へと向かって歩き始める俺。思いの外、話が大きくなって来た事に、内心溜め息を吐きながら。
まぁクロノを保護した時に、それなりに覚悟はしていたが……これ、明日の朝になったら、俺の頭は心労で禿げていないよな?
ここまでお読みいただき有難うございました!
次回は2週間後になります!
それではお楽しみに!!




