決着と深い闇
本日、第二十九話を投稿します!
手負いの魔物との決着やいかに? 後半はかなりシリアスになります。
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「ブルルルルルルゥ」
隻眼の牙猪が、残った右眼でこちらを睨む。その眼には憤怒の光が輝いて見えた。
蹄で数回地面を撞く音が響いたと思ったらいきなり3メルト上の崖から飛び掛って来た! 明らかに俺達──いや、セリノに向かってだ! 不味い──このままでは!?
「『Raise the ground』──城壁!」
『ヴォオオオオオオオーン』
アンの詠唱とデュークの咆哮が重なり、俺達と牙猪の間に4メルトもの高さの分厚い壁がそそり立つ!
「ブギャァッ?!」
牙猪は突如出現した岩壁に物の見事に激突した! そしてそのままズリズリと音を立てて、やがて「ドサッ」と言う音を響かせる! どうやら地面に落下したらしい。充分気をつけて壁の向こう側に回り込むと、息絶えている牙猪が見えた。激突の衝撃で死んだのか?
注意深く調べると、左眼に突き刺さっていた矢が激突した時に深く眼窩の奥まで差し込まれたのが止めになったみたいである。とりあえず警戒を解いて息を吐き出し牙猪の首筋にロングソードを当て深く切り裂いた──所謂駄目押しだ。何だか呆気なかったなぁ…… 。
『格12程なら、この程度かと』
コーゼストはそう言うが、お前は判っていたならそう言えよな!
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兎に角、牙猪を無事に討伐? してから意識が朦朧としているセリノにアンの治癒風で、軽く応急処置を施しある程度回復させた。
意識を取り戻したセリノの話では、山鳥漁をしている最中に牙猪と遭遇、その場から静かに立ち去ろうとしたが気付かれ追われる事となったそうだ。そして滝の所まで追われ牽制の為に放った矢が牙猪の左眼に命中してしまい、激昴した牙猪に突撃をされて崖下まで落ちた──のだそうだ。成程、それで左脚が折れたのか。
ラファエルの見立てでは折れた骨が少しずれているのでアンに鎮痛効果の有る恩寵潤の魔法を掛けて貰い、整復し左脚部に添え木を当てて固定する事にした。セリノで仕留めた山鳥はセリノが倒れていた大岩からすぐ脇の茂みの中に落ちていたのを回収した。倒した牙猪は後ほど村人達に回収して貰う様にして、俺達は無事にセリノを連れ帰る事が出来たのだ。
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「ありがとうございました!」
ルフィノ少年から今日何回目なのか判らない感謝の言葉を言われた。その横で父親のセリノが釣られるように「ありがとうございました」と頭を下げる。
森からセリノを捜し出してレヴ村に戻ると、村の入口でルフィノ少年が待っていて父親の姿を見ると転がりそうな勢いで駆け寄り、感涙に咽びながら何度も謝辞を告げられた。そのまま宿屋まで行く道すがらにも、何人もの村人達からも感謝されたが、何となくむず痒い感じがするので止めて欲しいものだ。
宿屋では食堂に集まっていた村長以下の村人達に事の顛末を話して、森に置かれている牙猪の回収を頼む。相変わらず村長は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが───ルフィノ少年とセリノに怪我を完治させるか確認すると「是非」と頼まれ、アンに回復魔法「全癒風」を掛けて貰い全治させた。また物凄く感謝されたのだが?
聞けば村に居る治癒士に頼むとかなりの高額なのだそうだ──普通はこうした村に居住する治癒士は都市より格安の筈なんだが? まぁ良いか………… 。
「それで、これで依頼達成で良いのかな?」
「はい!」
「それなら……早速で悪いが、依頼金を受け取りたいんだが? あと受領も貰いたい」
するとルフィノ少年がおずおずと
「えっと……幾らになるんでしょうか? 実はそんなにお金が無いんですけど……」
と不安そうに尋ねて来る。そうだな……ふと見るとアンも何か不安そうな顔をしてこちらを見つめていた。大丈夫だ、吹っ掛けるつもりは毛頭ないから──── 。
「──そうだな、不明人の捜索が主で、魔物の討伐は飽くまでついでだったから──銀貨10枚で良い」
「えっ?! そんな金額で良いんですか?」
ルフィノ少年とセリノは目を白黒させたが、結局一括で払う事は出来ず今回は銀貨5枚を先ず支払ってもらい、残りは5回に分けて受け取る事にした。それでも相場の半分なのだが………… 。
アンは満足そうに微笑み、ラファエルは「まぁ、妥当であるな」と納得し、ノーリーンは然もありなんと言う顔をしていた。そしてその場は解散となったが、夜に感謝の気持ちとして宴を開くそうなのだ。あまり騒がしいのは苦手なんだが………… 。
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「ウィルフレド、少し良いかな?」
宿屋の食堂でセリノの狩ってきた山鳥の網焼を昼食として堪能し、充てがわれた部屋で明日に向けた準備をしていると、ラファエルが不意に訪ねて来た。
「なんだ? もう準備は出来たのか?」
「その辺はノーリーンに頼んである」
ラファエルは然も当然のように言うが、後でノーリーンに苛められるぞ?
「……それでどうした? 何か問題でもあったのか?」
「ふむ……問題と言えば問題ではあるな。より正確に言えばこの村の問題、ではあるがな」
ラファエルはそう言いながら椅子に腰掛けると、滔々と語り出した。
「貴様はこの国に於ける村や町、そして都市の定義は知っているかね?」
「……確か村は農業や狩猟や鉱業等の生産主体で人口1千人に満たず、町は村に商業が含まれた形態で人口1千人から1万人に満たず、都市は人口1万人以上で商業と工業が主な産業である、だったかな?」
「ほほう、詳しいであるな」
──そりゃ、実家で叩き込まれたからな── 。
「それで? 何がこの村の問題なんだ?」
「まぁ、待ちたまえ。今から説明する」
ラファエルは単眼鏡を掛け直すと、少し前屈みになって話を続ける。
「このレヴ村は大体人口800人程、町になる条件の内1つは達成する手前までになっている。一番近いラーナルー市から馬車で3日程と交通の便も良い。だが最後の一片である商業を誘致する為に商人を呼び込まなくてはならないが──ここで明確な問題が生ずるのだが解るかね?」
「……金…………か」
俺は思わず顔を顰めるが、ラファエルは気にも留めない様子で話を続ける。
「その通り、どんな誘致でも必要なのは金である。店舗の建設や商売が軌道に乗る迄の融資等だが、この様な村の場合は難しい問題になってしまう。どうやって金を集めるか──手っ取り早いのは村人から徴収する租税の額を上げる事だが、それを行うと村人達の反感を招き最悪、他の村へ移住されるやも知れない──正に悪手であるな。それを回避する方法として税以外で収入を上げるやり方がある。例えば旅人から徴収する通行料や、それこそ村人に有無を言わせない手法──必要な情報を独占する事による利益とかな」
「──おい、まさか……………」
「そう、その真逆がこの村で行われていたのだよ。村長は牙猪の出現情報を上手く使い、村人には情報を仄めかすのみにし自らの息の掛かった傭兵崩れを警護として雇わせ、又同じく息の掛かった治癒士に牙猪で怪我をした村人から高額な治療費を集めさせ、その利鞘を得ていたのである。少し気になったので、ノーリーンに調べさせたのだがな」
「──!?」
俺は思わず椅子から立ち上がった。だがラファエルは動じる事無く話を続ける。
「──だがなウィル、それを断じる事は私は勿論、貴様にもその権利は無いのだよ。そうしなければこの村は成り立たないのだから──我々が精々出来る事はこの村に金を落として行く事しか無いのだよ」
ラファエルのその言葉を聞いて、頭に昇った血が急激に下がる。結局俺がやった事は偽善なのだ───判っていただけに憂鬱な気分になる。
「こんな話をして済まないと思っている──だが、これが真実であるのだ。正に『真実は御伽噺の如く』であるな──私は貴様に知っておいて欲しかったのだよ。これがこうした村に付き纏う恒久的な問題である故」
「…………………」
「さて、それでは邪魔をしたな。そろそろ戻らないとノーリーンに悪いのでね」
すっかり黙り込んでしまった俺をそのままに、ラファエルは椅子から立ち上がり扉を開けながら、ふと思い出した様に
「しかし、貴様の行いは決して無駄では無かった。村人達の感謝の言葉は紛れもない真実であるのだからな」
そう一言呟くと、静かに扉を閉めたのだ。
牙猪との決着はあっという間でした。戦闘シーンを期待された方、すいませんでした!(平伏)
ラファエルには今回、後半のストーリーテラーをして貰いましたが……社会問題を考えるのに頭を捻り回りました………
*恩寵潤……特定の一部、又は広範囲を鎮静効果が有る霧で癒す回復系精霊魔法。水属性。
*全癒風……強い回復力を有する治癒風。重傷さえも全治させる能力がある。風属性。
※今後、投稿の間隔が週二回から毎週日曜日の週一回になりますのでご注意ください。
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