閑話〈14〉ニュクス、その仁愛
大変お待たせ致しました! 本日は閑話を投稿します!
閑話〈14〉
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────とある光景と言葉が今も妾の記憶の奥底に鮮明に残っております。
様々な機械に囲まれた中、何人ものヒトが妾を取り囲んで何事かを話し合っています。
『──この魔物には我々と同等の高い知能を与え、其れによりどの様な進化が促せるか、これよりその実験を執り行う』
『──被験体は元々知能が高いと言われているアラクネを使用する』
『個体識別番号00100、個体名は──ミロスラーヴァとしよう』
『──次に魔物に我々と同等の知識を与え、且つ竜の因子を与える実験は成功しつつある』
──これが妾が一番最初に記憶した光景とヒトの言葉。この次の記憶は妾が長い眠りから目覚めた後になります。
妾はミロスラーヴァと名付けられた半人半蜘蛛の異形の魔物──女郎蜘蛛です。
次に長い眠りから目覚めさせられたのは、妾の眠るかつてヒトが工廠と呼んでいた部屋の管理機構に無理矢理でした。深い眠りに就いていた妾の頭の中を沢山の言葉が埋め尽くし、本当に強制的にです。
硝子の大きな円筒の中で目覚めた妾。目覚めたと同時に円筒の中に満ちていた液体が排出され、液体が無くなると今度は音も無く静かに円筒が開き、妾は漸く外に出る事が出来たのです。
妾の寝ていた円筒の隣にはもう1つの円筒が。そこには妾の後に直ぐ調整されたラミア──その名はイーヴィリアードが未だ深い眠りに就いていました。
妾は自身の身体の調子を確認すると、工廠を後に移動を開始します。
其れが管理システムの命令だったからです。
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本当ならそんな管理システムの命令などは無視しても良かったのですけど、その命令は妾の魂の奥底で妾の存在意義として記憶され、無視出来るものではありませんでした。其れは妾が嘗てヒトが『実験場』と呼んでいたこの場所で、一から生み出された魔物だからにほかなりません。
妾は与えられた命令通りにとある場所へと向かいながら、嘗ての『実験場』の内部をつぶさに観察して行きます。何故なら管理システムの言う事が正しければ、妾が眠りに就いてから実に525年もの月日が経過している筈なのですから。
そうして目的地まで移動しつつ慎重に観察を続けた結果、途中で遭遇したヒトの ” 探索者 ” の一団から実に貴重な情報を取得する事に成功しました。其れはこの『実験場』が魔物の巣窟である『迷宮』に変わっている事、この『ダンジョン』の名は「魔王の庭」と呼ばれている事、そして遭遇した ” 探索者 ” も今は ” 冒険者 ” と呼ばれている事、525年もの月日の間に妾を生み出した ” 古代魔族 ” は既に滅んで久しい事等です。ですがそれでも妾の存在意義には変わりはありません。与えられた命令通りに目的地まで行くだけです。
勿論情報を得られるだけ得た後の冒険者の一団は全員、妾の糧になってもらったのは言うまでもありません。それから妾は時折遭遇する魔物の群れや冒険者達を狩り喰らいながら、「魔王の庭」を目的地目指してより深くへと進んで行ったのでした。
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其れから更に数十日経ち、妾は遂に目的地──「魔王の庭」の第十二階層のとある部屋に辿り着きました。妾が目覚めた工廠は第八階層に位置しており、そこより下へ四階層潜った事になります。工廠の管理システムの言う事だと、此処は第八階層の工廠の予備の工廠だそうです。
兎に角先ず妾が着手したのはこの部屋の結界の強化──具体的には妾が出す糸を利用して、数多くの罠を設置する事から始めました。元々妾には技能『罠設置』がありましたので、様々な罠を仕掛けるのに何ら不自由はありませんでした。
そうして部屋を罠だらけにして、次に着手したのは自身の戦力の強化です。具体的にはやはり妾が持つ能力『眷属支配』により、部屋に来る途中に居た岩窟蜘蛛や闇大蜘蛛、そして闇王蜘蛛をも完全支配下に置いたのでした。妾は蜘蛛系の魔物なら、自身の完全支配下に置く事が出来るのです。しかもこの第十二階層は都合が良い事に、出現する魔物は見事なまでに魔虫系ばかりなので、妾の眷属を増やす事は造作もありませんでした。これら眷属の力をフルに使い、妾は第十二階層の予備工廠の一帯を、徐々に自身の領域へと作り変えていったのでした。
そうして更に数百日数千日の間、時折他の魔物を狩る生活を続けていた妾ですが、それも或る日突然終わりを告げます。それは妾のテリトリーに突然ヒトの冒険者が2人やって来たからです。
そして其れを追うかのように、他の冒険者の一団も。
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其れは本当に突然でした。この第十二階層に来てから今日まで数千日、ヒトの冒険者の姿を見る事はありませんでしたが、或る日突然この階層にオンナの冒険者が2人、姿を現したのです。ですがたった2人では妾の脅威になり得ません。妾は死角の天井から一気に襲い掛かると、星銀並の強度を持つ自慢の糸で拘束、そのまま2人を妾のテリトリーに連れ帰ったのでした。ですが其れがそもそもの失敗だったのです。
それから何日か経った頃、再びこの階層に今度は冒険者の一団が突如として姿を現し、脇目も振らずに妾のテリトリーまでやって来たのです。恐らくは最初に拘束したオンナの冒険者を助ける為に。
その一団は実に奇妙な、そして強力な一団でした。強そうなオトコの冒険者とオンナの冒険者の合わせて8人と、これまた強そうな双頭魔犬に剛鉄岩人形に蒼玉岩人形に半人半蛇に女王蛾亜人の5匹が組んでいたのです。そのうちのラミアには見覚えがあります。そう彼女は間違い無く妾と共に第八階層の工廠で眠りに就いていたイーヴィリアードでした。なので
「これはこれは、貴女はイーヴィリアードではありませんか。貴女も無事に目覚めたのですね」
妾はそう彼女に言葉を掛けていました。
「ッ?! 何でお前がヤトの前の名前を知っているんだ?!」
妾の言葉にそう叫ぶオトコの冒険者。それだけで妾は全てを察しました。嗚呼、イーヴィリアードはこのヒトから新たな名を授かったのですね、と。
妾には其れがとても羨ましく思えたのでした。
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そうしてオトコの冒険者と言葉を交わす事数度、遂に妾と冒険者達との命を懸けた戦いが始まりました。
先ずは冒険者達から一斉に攻撃が成されましたが、妾の『強剛の城壁』が全ての攻撃を受け流しました。この『強剛の城壁』は妾の得意とする大地属性の魔法で、殆どの攻撃を逸らし弾く事が出来るのです。
その戦闘の間隙を縫い、2人のオンナの冒険者が先に拘束した冒険者達を助けに来ましたが、事前に妾が仕掛けた罠であっさり拘束させていただきました。作戦としては良かったのですが、妾を見縊り過ぎではないでしょうか?
ですが今度は強そうなオトコの冒険者が拘束された仲間を助けに1人やって来たのです。先に来た者達の二の舞になるにも関わらずに、です。勿論妾は余裕を持って仕掛けてある罠を発動させるべく、糸に魔力を流しました。しかしそのオトコの冒険者は手にした長剣を一閃、妾の仕掛けた罠に通じる糸を断ち切り、罠を防いだのです! 其れも一度ならず二度三度も! 彼にはどうやら魔力の流れが視認出来るみたいなのです。
そうして改めて対峙した彼の攻撃は妾の『強剛の城壁』をも貫き、妾に深手を負わせたのです。どうやら見縊り過ぎていたのは彼等ではなく妾の方だったみたいです。
妾の眼に映った最後の光景は、自身の胸深く突き立てられた彼の2本の黄金色の長剣でした。そして其れは妾の死を意味していたのです。
こうして妾は確かに一度死んだのでした。
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次に妾の意識が覚醒したのは、主様に呼ばれた時。周りには沢山のヒトが居て、妾を見つめてきます。
確かに一度死んだ妾がどうして生きているか? 其れは妾が死ぬ直前、主様の保有する有知性魔道具のコーゼストから取り引きを持ち掛けられたのです。妾にとどめを刺したオトコの冒険者──主様の仲間になるなら、妾を今一度生かしてくれる、と。なので妾は選択しました、主様──ウィルフレドの仲間になって今一度生きる事を。元々妾は自身の生死に何の執着もありませんでしたが、今一度イーヴィリアードと同じ仲間として、同じヒトに仕えるのも良いかもと思えたのです。
妾の使役者となった主様から、妾は新たな名「ニュクス」を授かりました。何でもこの名の由来は神話に出てくる夜の女神の名だそうです。
「くふふ。はい、妾は今日からニュクスを名乗らさせて頂きますわ、主様♡」
妾はそんな素敵な名前を与えてくださった主様に心から感謝の言葉を口にします。
「あーっと、兎に角だ。これからも宜しく頼むなニュクス。ファウスト達とも仲良くな」
少し素っ気ない主様の言葉ですが、そんなのは些細な事です。この瞬間、妾は「ミロスラーヴァ」と言う旧き名と過去を捨て、与えられた「ニュクス」と言う新しき名で新しき生を生きる事になったのでした。
そして其れは同時に、妾を「魔王の庭」に縛り付けていた妾の中の存在意義と言う名の軛を断つ事にも繋がったのでした。
それは妾が本当の意味で「自由」を得た瞬間でもありました。
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主様は妾が異形の魔物アラクネであるにも関わらず、他の冒険者のお仲間と同様に扱ってくれて、しかも対等な立場で接してくれ、とても大切にしてくれます。
其れは主様の従魔の先達のオルトロスのファウストやアダマンゴーレムのデュークやサファイアゴーレムのスクルド、ラミアのイーヴィリアード改めてヤトやモスクイーンのセレネも同様で、一度たりとも偏見の眼差しを向けられる事はありませんでした。
その事が妾にとってはとても新鮮な出来事だったのです。そして其れは主様に妾が心酔するのに十二分な理由だったのです。なので
「くふふっ、こうして主様を抱き締めているだけでニュクスは幸せですわ♡」
等と言いつつ、主様を自身の胸に掻き抱いたりしました。するとヤトやセレネとあと1人、オンナのヒトからは
「こらッ! ちょっと新入り! アンタ、どさくさに紛れて何してんのよ!? 次は私の番なのに!」
「そうよニュクス! 先程も注意したばかりでしょう!? それにヤト!? 次は私の番ですわ!」
「兄様ッ! 私と言う者がありながらなんと言う事を! そこのアラクネも兄様を離しなさいッ!」
そう抗議を受けますが、でもそんなのは早い者勝ちです。其れにしても主様はヤト達魔物からも、同じヒトのオンナからも随分と人気があるのですね……流石は妾の主様、と妾は一頻り感心致します。
まぁ強いオトコに靡かないオンナなんて、魔物にもヒトにも居ませんけどね。
だって其れは自然の摂理なのですから。
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そうした事を経て、妾は無事に主様の従魔として「冒険者ギルド」に登録をされ、従魔の証である腕輪を主様の手ずから授かりました。これで名実共に妾は主様の忠実なる下僕となったのです。
そしてギルドから主様の屋敷への帰路、やはり主様手ずから妾に主様が住まうヒトの町「ラーナルー市」を案内してくださりました。その道中では
「どうだニュクス? 大勢のヒトの住む町の感想は?」
「くふ、そうですね。大変賑わっていて活気がありますわね。迷宮の中とは大違いですわ」
主様にラーナルー市の感想を聞かれたり、また
「くふっ、何だか着慣れない物を着ると落ち着きませんね」
「まぁニュクスも俺の仲間になったんだし、慣れてくれ。ヤトだって着ているだろ?」
水着なる衣服を初めて買って貰ったりもしました。更に屋敷に帰ってからも、何故あの部屋に居たのか、今まで食糧をどうしていたか等々、色々と質問を受けたのです。勿論妾は主様に余すこと無く、全てを話して聞かせました。妾の話を聞いて主様とお仲間のオンナのヒトはとても難しい顔をしていましたが。
兎に角こうして妾は自分の意思で自由を得、妾の生涯最良の御主人様を得る事が出来たのでした。其れは同じ従魔のファウストやデューク、ヤトやセレネも同じ思いです。そしてこの想いは決して消える事の無い、妾の新たな存在意義となったのでした。だから妾は主様にこう言います。
主様、これからも末永く妾の主様であって下さいましね?
ここまでお読みいただき有難うございました!
2023年の投稿はこれにて終わりとなります。本編の次回投稿は2024年1月14日8時となります!
それとは別に「俺ヒザ」スピンオフ作品『魔物娘達のとぅえんてぃふぉー』を2024年1月1日から「なぜか俺のヒザに」スピンオフ!にて公開となります! そちらも是非お楽しみ下さい!
それでは皆さん、良いお年を!




