国境の町、再び 〜歓迎と噂と〜
本日は第201話を投稿します!
色々あったワクト市を発ち、本来の目的地であるシグヌム市へと向かうウィル達から話が始まります!
-201-
シグヌム市の手前にあるワクト市でエリナの両親に婚約の報告と挨拶をした俺。次いでと言っては何だが、お義父さん──ダン・セルウィン男爵を直臣にもした。
実際のところ、うちの氏族のメンバーも俺の従士に取り立てるんだし、多少身内贔屓しても良いだろう……と思う。良いよな?
そして明けて翌日── 。
「それでは良い旅を」
1泊した宿屋『若木亭』の主人と従業員に見送られてワクト市を出立する。そういや前の時に泊まった『風精霊』でも出立の時に同じ台詞を言われた気が? ここワクト市ならではの台詞なのかね?
そんな事を思っている間にも大通りを抜けた竜車は、ワクト市の門を潜り出て街道を西へ──当初の予定通りにシグヌム市へと進路をとる。ここからだと次の目的地であるシグヌム市まで凡そ470キルト、上手くすれば途中2回野営するだけで着くかもしれん。
「ここもなかなかに実りの多い町だったね」
俺が今後の旅程を考えていると、客車の後ろの座席からそんな事を宣うオルガ。
「ああ、そうだな」
その声に後ろを振り返りながら短く首肯する俺。彼女が言う「実り」とは義父のセルウィン男爵のみならず、ワクト市を治めているロバート・ナッシュ子爵をも直臣に出来た事を言っているに他ならない。
貴族ってのはこうやって身内が増えて行くんだなァ〜、いやホントに!
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ワクト市を発って3日目の夕方、俺達の目前には王都もかくやと言う立派な城壁が。
「ウィルさん、見えました。シグヌム市です」
ドラゴンキャリーの御者を務めるベルタが御者台からそう声を掛けて来る。
そうである、俺達はほぼほぼ予定通りに次の目的地シグヌム市に無事に到着したのである。無論道中で2泊野営はしたが、特に厄介事は無かった。尤もそんなにあっても困るが。
「マスターが何のトラブルも無く到着するとは珍しい事もありますね」
「良し、コーゼスト。後でじっくり話し合おうか?」
コーゼストから言われのない誹謗中傷をされて即座に切り返す俺。その辺も最早安定のやり取りである。
「でも本当に久しぶりね……あれからまだ2年ぐらいしか経ってないのに……」
アンはアンで何やら懐かしげである。でもまあ彼女の言う通りなのも事実ではある。と言うか…… 。
「お前が俺に取り憑いてから2年も経つんだなぁ……」
俺は知らず知らずのうちに、自分の左腕に鎮座在しているコーゼストの本体である腕輪に声を掛けていた。
「……何か言われのない謗りを受けている気がするのですが?」
そんな俺にジト目でツッコミを入れてくる自動人形の方のコーゼスト。
心配するな、気の所為だ!
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東側に有る正面門に並ぶ入場待ちの列を横目に、貴族専用門へと向かうドラゴンキャリー。正面門に並ぶ旅人や馬車に乗るヒトから向けられる奇異な視線にも、もういい加減慣れた。
貴族専用門の門番とのやり取りも同様で、ベルタがこのドラゴンキャリーには俺とオルガが乗っている事を告げると、1人が慌てて奥に引っ込むのが見えた。俺達の到着をシグヌム市を治めている貴族に連絡する為に早馬を飛ばして行く為にだろう。
「そういや、このシグヌム市を治めているのはネヴァヤさんって事で良いんだよな?」
キャリッジの中、俺はオルガにそれとなく確認をする。
「うん、そうだね。ここシグヌム市は、あの国境の壁のこちら側はネヴァヤ・ファーザム子爵と補佐の男爵が治めているよ。向こう側、つまりツェツィーリア共和国の方は、確かマルコヴナ・エルショフ子爵と言う名前だったね。そう言えばファーザム卿は近々伯爵に陞爵する話だね」
片や俺の質問にもすらすらと答えるオルガ。その辺は流石、こと貴族社会に関しては博学多識である──と言うかネヴァヤさんが伯爵になるのか。
「それで? この後はどうするの? ネヴァヤ様の御屋敷に直接向かう?」
そこでエリナが俺とオルガの会話に割って入る。
「いや、このまま冒険者ギルドに向かおう。この時間なら其方の方が確実だろうしな」
「そうね。さっきの早馬も冒険者ギルドの方に向かったみたいだし、私もその方が良いと思うわ」
エリナの台詞に俺がそう答えると、アンもそれに同意の意を示す。他のメンバーからも特に反対の意見も無いので
「良し、ベルタ。こいつを冒険者ギルドに回してくれ」
コーチマンシートに座るベルタに、俺はそう指示を与えるのだった。
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「皆さん! ようこそシグヌム市へッ!」
この西方大陸唯一の二国間冒険者ギルドの執務室で、俺達を笑顔で出迎えるのはネヴァヤさん。出迎えてくれた彼女が銀青色の長い髪を垂髪にしているのも相変わらずである。
「──っと、これでは失礼に当たりますね」
そう言って一転真顔になると
「ハーヴィー閣下並びにセルギウス閣下、遠路遥々ようこそお出でくださりまして、誠に有難うございます。このネヴァヤ・ファーザム、光栄の至りです」
俺とオルガに対して深々とお辞儀を執り、そう口上を述べるネヴァヤさん。それはもう見事なまでに。
「ファーザム卿、以前の王城での一瞥以来だね。息災で何よりだよ」
それに対して鷹揚に受け答えをするのはオルガ。2人ともお願いだからまだ駆け出しの辺境伯である俺の前で、そんなに格式張った挨拶を交わさないでくれ! こっちは慣れていないんだよ! 俺は態とらしい咳払いをひとつすると
「えへん、あーっとファーザム卿。先ずは丁寧な挨拶痛み入る。此方は辺境伯としてはまだ駆け出しなので、出来れば気軽に接して貰いたいんだが……」
ネヴァヤさんにそう声を掛ける。するとネヴァヤさんは
「はい──ではウィルさん、本当にお久しぶりです」
そうにっこりと笑って、いつもの様に接してくれるのだった。
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「それと改めて──アンさん、ルアンジェさん、エリナ、ベルタ、ユーニス、フェリピナ、マルヴィナ、そしてスサナやコーゼストさん、本当に久しぶりですね」
俺とオルガと挨拶を交わすと今度はアン達の方に向き直り、こちらにも再会の挨拶をするネヴァヤさん。
「本当にお久しぶりです、ネヴァヤさん」
「ん、ネヴァヤさんお久しぶりです」
「ご無沙汰していました! ネヴァヤ様!」
「「「「ネヴァヤ様、お久しぶりですッ!」」」」
「はいっ! ネヴァヤ様! その節はお世話になりましたぁ!」
「お久しぶりでございます、ネヴァヤ様」
その言葉にそれぞれ答えるアンやルアンジェ、エリナ達とコーゼスト。それににっこり笑って答えると
「それと初めての人も初めまして。私がこのシグヌム市二国間冒険者ギルドのギルドマスターをしているネヴァヤ・ファーザムです。宜しくお願いしますね」
今度はルピィやレオナ、ルネリートやアリストフにも笑顔で声を掛けるネヴァヤさん。その言葉に「こ、こちらこそ宜しく御願いします!」と姿勢を正して答えるルピィ達。
本当にこのヒトは人間が出来ているなァ。
「それと、貴女が?」
俺がそんな事をつらつらと考えていると、今度は俺の隣りにいたマーユに視線を合わせて話し掛けてくるネヴァヤさん。
「はいっ! 私マーユって言います! ネヴァヤお姉さん、よろしくお願いしますッ!」
問い掛けてきたネヴァヤさんに元気良く挨拶をすると、此方は可愛らしいカーテシーを執るマーユ。この際ネヴァヤさんの実年齢は不問としようと思う。
「あらあら、ご丁寧にありがとう。宜しくねマーユちゃん」
そんなマーユに彼女は目を細める。やはりうちの娘は最強である。
『全く……何を親バカな事を言っているんですか?』
コーゼストが念話でツッコミを入れて来るが華麗に無視する俺。良いんだよ! 可愛いのは最強だぞ?!
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そして最後にうちの従魔のヤトさんとセレネさんが自己紹介をする。ヤトに関してはネヴァヤさんとはスサナの氏族入りの際に面識があるが、挨拶はしていなかったのだ。
「私が御主人様の一の下僕、半人半蛇のヤトよ! こうして言葉を交わすのは初めてね! 宜しくねネヴァヤ!」
「もうヤトったら…… 。初めましてネヴァヤ様、私は御主人様の忠実なる下僕の女王蛾亜人のセレネと申します。宜しく御願い致しますわ」
ヤトは無駄に大きい胸を張り、かなり上から目線でネヴァヤさんに挨拶をする。ヤトよ、何故にお前はそんなに偉そうなんだ? 仮にもネヴァヤさんはギルマスだぞ?
一方でネヴァヤさんにそう挨拶を返すと優雅に腰を折るセレネ。その辺は流石に女王である──蛾亜人のと注釈が付くが。
「あらあら、これはご丁寧に有難う。ヤトにセレネね? これからも宜しくね」
そんな2人(?)の挨拶も笑みを絶やす事無く受け答えするネヴァヤさん。
この対応ひとつ取っても彼女は人間が出来ているのが良くわかる事柄である。
人間が出来ていない俺には無理だな、うん!
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とりあえずギルド執務室で話も何なのでネヴァヤさんの屋敷に向かう事にした俺達。彼女も丁度今日の仕事を終えたところだったので、どうせならとドラゴンキャリーで送って行く事にしたのである。
「これが噂の竜が曳く馬車なのですね……」
ドラゴンキャリーに乗り込んで中を見回すネヴァヤさん。と言うか、噂になっているのか?
「噂ってどんな噂なんだ、ネヴァヤさん?」
「ええとですね、「今度新たに辺境伯となったハーヴィー卿が東の大陸から異形の竜の車を取り寄せた」とか……一部の口穢いヒトは「目立ちたがりの成り上がり者」と誹謗するヒトも何人か居るみたいですね」
気になって尋ねて見るとネヴァヤさんからはその様な答えが返って来た。だがまぁ冒険者からいきなり成り上がっての辺境伯だ、悪口を言われるのは火を見るより明らかである。そんな事を一々気にしていたらキリが無い。気にはなるが。
「ウィルさんらしいですね。勿論良い意味で、ですよ?」
その旨をネヴァヤさんに話すと、彼女から笑ってそんな風に言われてしまった。一緒に聞いていたオルガやアン達にも「本当にウィル(さん)らしいです」と笑われてしまった。でもなぁ──
「──俺は『爵位と言うのは責任を負った事である。それ以上でもそれ以下でも無い』と思っているからな。師匠から教えられたこの事は決して忘れないし、今更考えを曲げるつもりも無いよ。まぁ流石に辺境伯ともなると、その責任は重大で押し潰されそうになるけど、今更投げ出すつもりも無いしな」
俺は前々から言っていたこの台詞を改めて口にして、密かに決意を新たにしたりするのだった。
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兎にも角にもネヴァヤさんを伴って冒険者ギルドから一路、彼女の住んでいる屋敷へとドラゴンキャリーで向かう俺達。因みに御者は引き続きベルタに務めてもらっている。聞けばエリナ達元『白の一角獣』のメンバーはSクラスに昇級した際、ネヴァヤさんの屋敷に一度招かれているので場所は知っているとの事だった。
冒険者ギルドから南東に5分も進むと、高級住宅街へと入って行くドラゴンキャリー。ここシグヌム市も俺が住むラーナルー市と同じく特殊な街の造りをしているらしく
「町の中央は南北に国境の城壁が走っていて、正面門のある東から国境の検問所がある西までの大通りには市場や店屋や宿屋が集中しています。北には鍛冶屋や魔具製作者等が集まる工業街となっていて、南は私達貴族や裕福なヒトなどが暮らす高級住宅街となっています」
とその辺の事情を知らない俺にネヴァヤさんが懇切丁寧に説明をしてくれる。
「このシグヌム市に住むネヴァヤさん以外の貴族って?」
「1人だけ、私の補佐役としてイサーク・パレンティ男爵と言う貴族が暮らしています」
俺の問い掛けにこれまた丁寧に答えてくれるネヴァヤさん。聞けばパレンティ男爵はこのシグヌム市を統治する補佐をしているとの事だった。それじゃあその男爵とも会わないとな。
そんな事を話しているうちにも高級住宅街を進むドラゴンキャリー。ここに住んでいる住人達誰もがうちのドラゴンキャリーを吃驚して2度見するのにも、本当にもういい加減に慣れた。
そしてドラゴンキャリーは高級住宅街の中でも一際大きい屋敷の前へと滑り込んで行く。
「到着したみたいですね」
ネヴァヤさんがそう一言言うと、誰よりも先にキャリッジの扉を開けて外に降り立ち
「皆さん、ようこそ私の屋敷にお出でくださりました」
そう言って玄関先で綺麗なカーテシーを執るのだった。
シグヌム市に到着し、ネヴァヤさんと再会を果たしたウィル達! それにしてもネヴァヤさんは人間が出来ていますね。
さて和やかに始まりましたが、次回は案の定(?)トラブルにウィルが巻き込まれます! 巻き込まれたと言うよりも頭を突っ込むと言った方が正確かも?
兎に角次回もお楽しみに!
☆manakayuinoさんに描いていただいたウィルの自称唯一無二の相棒コーゼストのイラストを第173部百六十一話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます!




