女騎士の帰郷と昔話と
本日は第197話を投稿します!
予定を急遽変更しエリナの故郷であるワクト市へと向かうウィル一行! エリナが愉しげです!
-197-
シグヌム市の手前にあるワクト市に急遽向かう事にした俺達。
ワクト市は俺の婚約者の1人であるエリナの出生地であり、彼女の実家があり、当然彼女の両親が暮らしているのである。本来はエーフネ市から真っ直ぐシグヌム市に向かう予定だったが、近くに来た事もあり、この際だからちゃんとした挨拶とエリナとの婚約を報告しようと思い立った訳だ。
当のエリナは鼻歌が聞こえて来るほどご機嫌で、気分が高揚しているのが見て取れる。アン以下の婚約者達も「今回は仕方ないわね」と大目に見てくれているみたいである。まあその裏には「この巡行が済んだら今度は自分の両親関係者に挨拶してね」と言う意思が働いているのだが。
「エリナ、ワクト市を治めている貴族の名前は知ってるか?」
「えっ、えーっと、今はロバート・ナッシュ子爵よ。確か私が冒険者になった後に代替わりしているのよ」
俺の問い掛けに顎に手を当てて答えるエリナ。それはそれでとても可愛いのだが、背後からのアンさん達の圧が凄いので口にするのを自重する。
「そうか……それじゃあ君のお父さんとお母さんの名前は?」
「私の父の名はダン。ダン・セルウィン。母の名はエマ・セルウィンと言うの」
俺の再度の問い掛けにエリナは、今度は迷いなく答えるのだった。何でも帰郷は、Sクラス冒険者に昇格した直後に一度報告に帰った時以来らしい。
その分はマメに手紙のやり取りはしていた、とは本人の話である。
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そうしている間にも竜車は街道を進み、やがて目前には以前ラファエル達とツェツィーリア共和国の迷宮『混沌の庭園』へ旅した時に立ち寄った思い出がある白い城壁に囲まれた町──ワクト市が見えて来た。あの時は確か『風精霊』と言う名の宿屋に3日ほど逗留したんだっけな。
そんな事を思い出しているとドラゴンキャリーは城壁の正面門に差し掛かる。因みに今の御者はユーニスからフェリピナに変わっている。
キャリーはワクト市内に入場する為に、列がある正面門の横に併設されている貴族専用門へと進んで行く。正面門に並ぶ旅人や馬車に乗るヒトから相変わらず向けられる奇異な視線にももう慣れた。
やがてドラゴンキャリーは門番の前まで進み出ると手前で停車し、フェリピナが門番にドラゴンキャリーの説明と共に、中に辺境伯である俺と侯爵であるオルガが乗っている事を告げるのもまたもや感がある。話を聞いた門番の1人が大慌てで門の中に引っ込み、ここを治める領主に連絡に早馬を飛ばすのもやはりまたもやである。
兎にも角にもこうして俺達は無事にワクト市の中に入る事が出来たのであった。
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ワクト市内をゆっくり進むドラゴンキャリー。街のヒト達の視線を集めるのもまたもや……って、さっきから「またもや」ばかり言っている気がしなくも無い。
「それで、何方に向かいますか?」
御者台に座るフェリピナが連絡窓越しに行先を尋ねて来る。
「ロバート子爵の屋敷へ頼む。どちらにしても早馬で連絡が行っているんだから、其方の顔を立ててやらないとな」
「わかりました」
フェリピナにそう指示を出し、彼女の操車でドラゴンキャリーは大通りを貴族が住む地区へと進路を向ける。そんな俺を黙って見詰めていたオルガが
「うふふっ、ウィルもすっかり貴族らしくなったね」
唐突に一言、そんな事を宣う。アン達も一様に頷いているし。そんな彼女らに
「そりゃまあ「風に帆を合わせろ」とも言うしな。俺もちゃんと貴族になったんだから最低限でも貴族らしい振る舞いもしないと不味いだろ?」
そう少しだけ不機嫌そうな物言いを返す俺。
皆んな、俺が貴族らしく振る舞うのがそんなに意外なのかい?
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俺達を乗せたドラゴンキャリーはやがてメインストリートを抜けると、低い壁を潜り高級住宅街へと進入する。此方は壁の向こう側の喧騒とは打って代わり大変静かなものである。
何処の市も街の外周を魔物避けの城壁で囲み、その直ぐ内側に一般市民の街が築かれ、更にその内側には高位の冒険者や魔法士、神官や貴族等の所謂高給取りが家族と住む高級住宅街となっている事が多い。
まあ簡単に言うと街の中心にはそこを治めている貴族が屋敷を構えている事が多いのだ──俺の本拠地であるラーナルー市は除いてだが。
そんな事を考えている内にもドラゴンキャリーは住宅街をゆっくりと進んで行く。時折ここの住人であろう高級な服を身に纏った女性や子供が、道ですれ違う度に驚いた顔で此方を見ていたのもお約束である。
そうして俺達は客車の窓から流れ行く街並みを眺めていたのだが、不意にエリナがフェリピナに「停めてッ!」と声を掛け、ゆっくり停止するドラゴンキャリー。
「どうしたんだ、エリナ?!」
何事かとエリナに訊く俺。だが彼女は俺の問い掛けに答える事無く、慌ててキャリッジの扉を開けると道に降り、ついさっきドラゴンキャリーが通って来た方向へと一目散に駆けて行ったのである。
彼女が駆けて行った先には買い物籠を持った1人の侍女服の若い女性が居た。
「ニコルッ! ニコルッ!」
そのメイドにそう声を掛けて駆け寄るエリナ。褐色の髪のメイドはメイドで
「えっ? あっ! エ、エリナベルお嬢様ッ?!」
エリナを見て驚きの声を上げている。どうやら2人は知り合い同士みたいである。そのままお互いに駆け寄ると
「ニコルッ! 久しぶりねッ!」
「ええっ! お嬢様もお元気そうで何よりですッ!」
そう言い合ってお互いの手を取り合う。その後ろから俺やオルガやアン、ルピィやレオナ、マーユに何故かコーゼストまでがエリナとメイドさんの所に歩み寄る。するとエリナは俺を手招きして呼ぶと
「丁度良かったわ! ウィル、紹介するわね! 彼女はニコルと言って私の実家で働いている侍女なの! ニコル、此方はウィルフレド・フォン・ハーヴィー辺境伯閣下よッ! そして私の将来の旦那様なのッ!」
満面の笑みでニコルと言うメイドさんに俺の事をそう紹介するエリナ。
「うぉい、エリナ!? 幾ら何でも説明を端折り過ぎだぞ?!」
「へっ? え、えぇッ!? へ、辺境伯閣下様でお嬢様の旦那様ぁーッ?!」
ニコルと呼ばれたメイドさんはメイドさんで目を白黒させて絶叫しているし。
俺はよもやのエリナの大暴走に、彼女の意外な一面を見た気がした。と言うかエリナさんが恋愛に意外とポンコツなのが発覚した瞬間でもある。
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「へ、へ、辺境伯閣下様! た、た、大変、も、も、も、申し訳もございませんッ!」
路上に両膝をついて額をそのまま下に擦り付ける勢いのニコルさん。
「いや、まあ、そんなに畏まらなくても良いんだが……」
一方ニコルさんに畏まられ過ぎて、逆に申し訳無い気持ちでいっぱいの俺。
「そ、そうよニコル。ウィルには普通に接してあげて、ね?」
あまりの展開に今度は一転、大慌てなエリナさん。だけどそもそも君が今回の事態を引き起こしたのわかっているよね?
でもまあ俺の場合は見た目からしても、如何にも冒険者然としているからなぁ。幾ら一張羅を着てるとは言っても、明らかに貴族然とはしていないのは自分でもわかっているつもりだ。まあそれはそれとして──
「あーっと、ニコルさん、だったかな? 俺としては、今エリナが言った通りに普通に接して貰えれば有難いんだが……」
そうニコルさんに声を掛けて、何とか彼女に「は、はい、そ、それでしたら……」と顔を上げてもらう事に成功した。
やれやれ、漸く真面に話せる…… 。
「はぁ……そんな事があったんですねぇ……」
漸く話を聞いてもらえて、何とかニコルさんにエリナとの今までの馴れ初めを簡単に語って聞かせた俺。特に馴れ初めの所ではエリナが頬に手を当て身悶えしていたが、華麗に無視をしたのは言うまでもない。
無論俺が冒険者上がりであれよあれよと言う間に辺境伯になった事も強調しておいたが、まあそれはどうでも宜しい。
「うん、まあ、そうなんだが……それでニコルさんに──」
そこまで言うと真逆のニコルさんからの抗議が入る。
「あっ、私の事は是非ニコルとお呼びください、辺境伯閣下様!」
そう言うと頭をペコリと下げるニコルさん──ニコル。まあ本人がそれで良いと言っているんだし構わないか…… 。
「──それじゃあニコル、俺達は先にロバート子爵に会いに行くから、後で必ず其方にも伺う旨をセルウィン騎士爵殿に伝えておいて欲しいんだが……伝言を頼めるかな?」
「はいっ! わかりました! 必ずや旦那様と奥様とイネスさんにお伝えしておきますっ!」
そう元気良く返事をし、バスケットを持っていない方の手を胸元でグッと握り締めるニコル。
何となく不安を感じるが、彼女にエリナの両親への伝言を頼み、俺達はドラゴンキャリーで再び子爵の屋敷へと向かうのであった。
ところでイネスって誰だ?
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「ニコルは父が国王陛下から騎士爵を賜った時にうちにメイドとして来てくれた子よ。確か私より1つ歳下ね」
走るキャリッジの中、座席に座るエリナがそう話してくれた。因みに今のエリナは23歳なのでニコルは22歳と言う事になる。
「すると結構付き合いは長いのか?」
「うーん、それなりには、かな? 父が騎士爵を賜ったのが私が12歳の頃で、その時にメイド見習いで家に来たのよ。それからだから私が家を出るまでの間4年ぐらいね。うちには昔からもう1人侍女長を勤めているヒトが居て、そのヒトとは長いわよ。なんと言っても私が生まれた時にはうちに居たしね」
俺の問い掛けにまたもや顎に手を当てて答えるエリナ。それ可愛いから止めて欲しい。
「するとそのもう1人が……」
「ええ、それがイネスと言うの」
そしてここに来て、さっき謎だったイネスと言う名の人物について説明がなされた。どうやらエリナの実家のメイド長らしい。エリナの父親ダンさんはさぞかし肩身が狭かっただろうな。何と言っても女性が4人に男性1人だからな。
……何となく未だ会ってもいないダンさんに既視感を感じるのは俺だけだろうか?
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そんなこんなと話しているうちに、ドラゴンキャリーは高級住宅街の中でも一際大きな屋敷の門を潜る。キャリッジの窓から見ると、屋敷の玄関前には既に出迎えに並んでいる人影がはっきりと見る事が出来た。
「うんうん、今回はちゃんと家人全員で出迎えに出ているみたいだね」
その様子を同じくキャリッジの窓越しに見たオルガは満足そうであるが、逆に俺としては凄まじく居た堪れない気持ちなんだが?! 思わずフェリピナに来た道を戻って欲しくなるのは勘弁して欲しい。
まぁこう言うのにもちゃんと慣れないといけないのは頭ではわかっているんだが、爵位を授かるまで貴族社会を毛嫌いしていた事による弊害が、この様な立場となった今、如実に出ている感じである。
そんな事をつらつら考えているうちにフェリピナが操るドラゴンキャリーは、屋敷の玄関前へと進むとゆっくりと停車する。
「……今度の貴族はマトモであって欲しいよ」
停まったキャリッジの中、座席から立ち上がりながら、割と本気で呟く俺。この前みたいのは勘弁して欲しい。そして──
「ハーヴィー辺境伯閣下、セルギウス侯爵閣下、そしてお連れの方々も、ワクト市にお越しいただき誠に有難うございます。この地を治めておりますロバート・ナッシュで御座います。以後お見知り置きを何卒宜しくお願い致します」
──褐色の髪を綺麗に撫で付けた壮年の偉丈夫が、右手を左の胸に当て右膝を地に着き、頭を深々と垂れ、綺麗な臣下の礼を執る。一見すると質実剛健な佇まいである。
「辺境伯閣下、侯爵閣下、皆様方、ようこそお出で下さりました。ロバート・ナッシュが妻、ソレンヌ・ナッシュと申します。以後お見知り置きを宜しくお願い致します」
その横では赤毛の長い髪を綺麗に纏めて結っている妙齢の女性が、これまた綺麗なお辞儀を執っている。
「そして此方に控えるのは執事のフィラッドとメイドのリアナで御座います」
「「宜しくお願い致します」」
そうして後ろに控える男女2人に手を向けて紹介するナッシュ子爵。手を向けられた2人は挨拶と共に深々とお辞儀をする。
どうやら今回は至極真っ当な貴族であったらしい。
俺は内心ホッと安堵の溜め息をつくのだった。
先ずはワクト市を治めるロバート・ナッシュ子爵と会う事にしたウィル! 貴族と言うのは縦社会ですからね、仕方がないと言えば仕方がないんですが…… 。それでもロバート子爵はまともそうです!
☆manakayuinoさんに描いていただいたウィルの自称唯一無二の相棒コーゼストのイラストを第173部百六十一話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます!
 




