傲慢にはアンフェアを
本日は第194話を投稿します!
アトキン侯爵の前に姿を現したエリンクス国王陛下! 今回はそのトリックと結末について語らせていただきます。
-194-
「な、何故エリンクス国王陛下がこの様な所にッ?!」
ついさっきまで酒の酔いと自分の言葉に酔っていたジェイムズ・フォン・アトキン侯爵は一転、顔を青褪めさせて、突如姿を現したエリンクス国王陛下を指差して戦慄く。そんなに国王陛下を指差したりしたら不敬以外何物でもないんじゃないか?
主客房の扉の傍に居たブライアン・フォックス子爵は事の成り行きに付いて行けずに固まったままである。
「アトキン卿、控えよ。余に対して不敬であるぞ」
低いが良く通る声でそうアトキン侯爵に静粛にする様に注意を促す国王陛下。
「ッッ!?! は、ははぁーーーっ!!」
その言葉に椅子から転げ落ちる様に両膝を床に付け、文字通り這い蹲るアトキン侯爵。平身低頭とは良く言ったものである。俺達もヤトとセレネ以外は皆んな臣下の礼を執る。
「ジェイムズ・フォン・アトキン侯爵。卿は余がウィル──ハーヴィー卿を辺境伯に取り立てた事に異論があるそうだな?」
「い、いえいえ、決してその様な事は……」
「ふむ、では先程の卿の発言は何だったのかな?」
「い、いえ、あれは、その、あの……」
「『余の決定に不服がある者は今この場にて余に直接申せ』。余はハーヴィー卿の陞爵の際に確かにそう言ったはずだが? 陞爵式の場では何も言わず、後から余の決定に不服を唱えるは余りにも不敬。しかもだ、よりにもよってハーヴィー卿の巡行に水を差すなど、どうやら卿は自らが立場を理解していないらしいな」
「いや、あの、それは、その……」
矢継ぎ早にそう畳み掛ける国王陛下と始終しどろもどろな侯爵。酔いもすっかり醒め、青褪めた顔色は今や真っ白である。そんな侯爵に構う事無く
「アトキン侯爵。この度の貴殿の振る舞いは著しく不敬であり王侯貴族に有るまじき物である。よって伯爵位への降爵とする。また一連の騒動に加担したブライアン・フォックス子爵も男爵位への降爵とする。尚、ここエーフネ市の統治は一旦王国の直轄地とし、2人には蟄居を命じる」
エリンクス陛下は怒気を含んだ声でアトキン卿とフォックス卿にそう裁きを下すのであった。
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「「お、仰せのままに……」」
床に膝をついたまま、そう返事をするとガックリと肩を落とすアトキン卿とフォックス卿。何か傍で見ていると可哀想にも思えるが、彼等の場合は完全に自業自得なので同情はしない。
「うむ……ウィルとセルギウス卿よ、良くぞ此度の事を私に教えてくれた。感謝するぞ」
ついさっきまで2人に対して威厳を見せていた国王陛下が、肩の力を抜くと一転、俺に顔を向けて穏やかな笑みを見せる。いつの間にか「余」が「私」になっているし、俺も「ハーヴィー卿」から「ウィル」呼ばわりだ。公私の切り替え、早くないかッ?!
だがそんな事は噯にも出さず、顔を上げると
「それは良う御座いました」
と短く返事を返すに留める俺。すると
「ウィルよ、以前にも言ったがもう少しくだけた感じで接してはくれぬか?」
顔に不満の色を表し軽く抗議して来る国王陛下。陛下、アナタは子供かッ?! 後ろではこの辺の事情を知っているアン達が、頭を下げたまま肩を震わせているんだろうなぁ。想像が容易につく。
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「それでは……」
まあ折角陛下の許可も得たのだからと、俺は臣下の礼を解いて立ち上がり
「……今回は全くの偶然なんですけどね。何か陛下のお役に立ちましたか?」
いつも通りの口調で陛下に話し掛ける。フォックス卿の執事であるニコラス・キャンベルとフォックス卿がその様子を見て驚いた顔をしているが、こうしないと陛下が機嫌を損ねるんだよ。片やアトキン卿は床に真っ白になったまま突っ伏していたりする。
「いや、今回の件は先代王からの悪しき思想である「選民思想」を持つ旧態依然とした一部貴族を断罪する切っ掛けとするつもりだ。恥ずかしい話だがこの王国内にはそうした不穏な輩が未だに数多く巣食っておるのだ。これを機に奴等を一掃出来るかもしれん」
一方そう言って気炎を盛んに上げているのは国王陛下。聞けば陛下の即位当初からこの問題は存在していて、旧い思想を持つ「旧貴族」を何かに託けては、新しい思想を持った所謂「新貴族」との世代交代を推し進める陛下と、先代王の時代を継承しようとする「選民思想」の「旧貴族」との間で、今までも侃々諤々として来たのだそうだ。
陛下としては貴族全体の旧い思想を変えたいと努力して来ており、今回の件は正に好都合なのである。まあそうした貴族との諍いは陛下に丸投げするとしよう、うん!
『マスターは既に完全に巻き込まれている気がするんですが……』
そう思考を無理矢理完結させるとコーゼストから念話でのツッコミが入る。
それは言わないお約束である。
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兎に角こんな所で立ち話も何なので、陛下共々再び大広間へと場所を移す俺達。フォックス卿がこのエーフネ市の統治から外されたので、一時的に俺がこの場を取り仕切る事になった。そして──
「あっ! 国王陛下さんッ! こんばんはッ!」
とりあえず危機は去ったので、竜車に待機していたマーユらを改めて屋敷内に招き入れた。そしてホールに入って来たマーユの第一声がコレである。既に陽は西の地平に沈もうとしている時間である。
「おおっ、マーユ姫。うむ、元気そうで何よりだ!」
マーユに声を掛けられ、にっこりと笑顔を見せるエリンクス陛下。それに連られて周りに居る皆んなも暖かい雰囲気へと包まれる。やはりいついかなる時もマーユの可愛さは変わらないと言う事が証明された瞬間である。
「何を親馬鹿な事をやっているんですか?」
俺が1人納得していると直ぐ傍でジト目でツッコミを入れて来るのはご存知コーゼスト先生──親馬鹿な事とか言うなァ!
「あの、辺境伯閣下」
俺がコーゼストとそんな事を言い合っていると、おずおずと声を掛けてくるニコラス執事。
「ん? 何だ?」
「宿屋でも伺ってはおりましたが、どうやってエリンクス国王陛下を王都から何日も掛かるエーフネ市に僅か半日程度で御案内出来たのでしょうか? それに先程屋敷に皆様をお通しした際に、私を含め使用人の誰もが陛下のご尊顔を拝しておりません。一体どの様な絡繰りをお使いになられたのでしょうか? 後学の為にも是非お教え頂きたく」
そう2つの謎について興味深そうに尋ねて来る。まあそれが普通の反応だよなァ…… 。
そのあまりにも当たり前の反応に俺は苦笑を浮かべるのだった。
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「絡繰りの『タネ』は簡単さ」
改めてニコラス執事にトリックのタネを説明する俺。実際「国王陛下を御案内する」事は話したが、その辺の事は伏せていたからな。
「それは一体どの様な?」
食い気味に聞いて来るニコラス執事。彼は個人的にかなり興味がある様子だ。
「それは──転移の魔道具を使ったからさ」
「は?」
事無げに答える俺とは対照的な反応のニコラス執事。一言発したあと完全に思考が追い付かず停止している。
「転移の魔道具だよ。このコーゼストは『転移魔導機』と言う転移の魔道具を操れるんだ。それでニコラスが屋敷に帰った後、直ぐにコーゼストが転移魔導機で国王陛下が居る王都ノルベールの王城まで飛んだんだ」
改めて懇切丁寧に説明し直す俺。何とか再起動すると「な、なるほど……その様な物が……」と絞り出すかの様な声で唸るニコラス執事。
流石の彼も真逆そんな魔道具を俺が所有しているとは思いもしなかったみたいでかなり驚いた様である。
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「うむ、私も突如目前に現れたコーゼスト卿に度肝を抜かれたぞ! しかも人生初の転移も経験出来るとは何と言う僥倖ッ! そうだウィル、コーゼスト卿! 私にも是非その転移魔導機とやらを作ってはくれまいかッ?」
一方のエリンクス国王陛下は陛下で、人生初の転移経験に子供の様にキラキラと目を輝かせて、終いには転移魔導機をお強請りして来たりする。
そらまあこんな簡単に(でも無いが)転移が出来る魔道具なんか実在するなら、誰もが欲しがるのは道理だよなァ。と言うか今回転移魔導機で陛下をお連れすると決めた段階で陛下に強請られるのはほぼ確定していたし。
「陛下、其れはあとで必ず陛下に献上しますので、先ずは此方の話を進めても良いですか?」
俺はそっと溜め息をつくと、陛下にそう約束をする。
「ん? おおっ、そうであったな! すまんすまん、話を進めてくれたまえ」
新しい玩具を買って貰える約束をした子供の様な顔をして俺の話に同意をする陛下。もう一度繰り返すが陛下、アンタは本当に子供かッ?!
俺は心の中でそう叫ばずにはいられなかった──割と本気で!
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「それとあとひとつ、陛下がいきなりあの場に現れたのはな……」
とりあえずは残りを説明する事が先決だと、気持ちを切り替えてニコラス執事に言葉を向ける俺。
「は、はい、それも魔道具の類なのでしょうか?」
俺の言葉に今度はある程度の確信を持って聞いて来るニコラス執事。だが──
「いや、コレは魔道具じゃなくて純粋な魔法だよ。『迷彩』と言う姿を見えなくする魔法さ。うちの氏族の魔法士フェリピナがその魔法の使い手なんだ」
そう、以前ツェツィーリア共和国のイオシフに有る迷宮『混沌の庭園』を巡る騒動の時に、彼女──フェリピナ・ラスの『迷彩』は大活躍をした事があったんだ。
因みにホールの応接卓に座るフェリピナは俺の言葉に反応して頻りに照れていたりする。
後からフェリピナ本人から聴いたのだがこの『迷彩』と言う魔法、『収納庫魔法』と並んでかなり希少な魔法らしい。因みにフェリピナは小さいながらも『収納庫魔法』も使えるとの事だった。
フェリピナさん、可愛い見た目とは違いかなり出来る女性であった。
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「なるほど……では陛下を王城からお連れして来てからフェリピナ様が魔法を掛けられたのですね」
俺の話にニコラス執事が何やら納得顔である。とりあえずはコレで全てのトリックのタネが明かされた訳ではある。
「まあな、何処から情報が漏れるか心配だったから最初に詳細は説明しなかったが……」
頻りに何度も頷いているニコラス執事を、少し苦笑を浮かべた顔で見る俺。彼は見た目に反しかなりの好奇心の持ち主みたいだが、過ぎた好奇心は注意しないとな。昔から『好奇心は猫をも殺す』とも言うし。だがそれを差し引いても有能な人材ではあるが。
「さて、説明はここまでとして……では陛下、御足労頂き誠に有難うございました。それではコーゼストに王城まで送らせます」
まあその辺の事は後でゆっくり考えるとして、俺は只今解決しなくてはならない問題に向き合う事にした。
それは当然! 陛下を王城へ無事に送り届ける事である。一応コーゼストが言うには、王城に転移した際に陛下と共に居たジュリアス殿下とマウリシオ宰相に、一言断りを入れて陛下を連れて来た、と言っているが怪しいものである。
「……何となく言われのない謗りを受けているのですが、何故でしょうか?」
俺の思考を読んだコーゼストから抗議の声が上がるが……お前は一度で良いから自分の胸に聞いてみた方が良いぞッ!
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「うむ、そうであるな。名残は惜しいが、夕餉までに王城に帰らないと王妃が、な……」
俺の言葉に遠い目をして答えるエリンクス国王陛下。どうやら陛下はしっかりとマティルダ王妃様の尻に敷かれてるみたいである──思わず同情を禁じ得ないのは俺だけか?
「それでは国王陛下、また私の傍にお寄り下さい」
陛下にそう促すコーゼスト。アン達やオルガは席を立ち、陛下に深々と頭を下げている。無論俺もだが。
「うむコーゼスト卿、宜しく頼む。ウィル、皆の者、何れまた会おう」
コーゼストの指示にひとつ頷くと、名残惜しそうに別れの言葉を口にする陛下。
「宜しいですか? では──転移──」
自分の傍に陛下が身を寄せるのを確認すると、コーゼストが転移魔導機を起動させる。一瞬、床に魔法陣が現れ、陛下とコーゼストの姿が掻き消えた。
こうして思いがけず巻き起こった厄介事も、俺はこれまた相手が予期せぬ方法で無事解決(?)へと導いたのであった。
ただ何となく転移魔導機を陛下に贈ったら、トラブルが増えそうな気がするんだが──どうか気の所為であって欲しい。割と本気でッ!
書いた通り転移魔導機と迷彩の合わせ技で見事な逆転勝ちを決めたウィル! 結果としてアトキン侯爵とフォックス子爵の2人は降爵処分になりました。これでとりあえずはめでたしめでたしですね。まさに眼には眼を歯には歯を!
☆manakayuinoさんに描いていただいた登場人物の1人、ウィルの腐れ縁ラファエル・アディソンのイラストを第21部二十話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます。




