巡行先の村にて、竜車と堅物騎士と
本日は第188話を投稿します!
今回から本格的に竜車での巡行の旅の話となります! そして立ち寄った先では……?
-188-
本拠地のラーナルー市から南に延びる街道をひた走る竜車。
この西方大陸ではかなり異質な存在である地竜が曳くこの大型馬車は、街道を往く他の旅人からかなり注目を浴びていた。
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「……にしてもなぁ、流石に多過ぎじゃね? 一体何人から言われたっけ?」
走る客車の座席で思わず小声でボヤく俺。何故かと言うと、道行くヒトと言うヒトから「その馬車はなんだ?!」とか「何処で手に入れたんだッ?!」とか聞かれに聞かれまくり、終いには「是非売ってくれ!」とまで言われてしまった結果である。
「「売ってくれ」と言ったのが5人、「何処で手に入れた」と聞いたのが15人、「それはなんだ」と言ったヒトは数知れず、ね」
俺の隣りの座席に座るアンが同じく静かな声で、苦笑混じりにそう詳しい数を教えてくれたりする。それは流石に多過ぎである。
此方としても聞かれる度に「東方大陸から取り寄せれば良い」としか言えないし、欲しいと行った奴等も専用のキャリッジとグランドドラゴン込みで白金貨8枚──8000万フルだと言うと尻込みしていた。
まあ実際に輸入するとなると、更に輸送費が上乗せされるから白金貨12枚ぐらい──1億2000万フルぐらいになるんじゃないか、と思うが俺の知った事では無い。
まあ最後には声を掛けて来た誰もが、エリンクス国王陛下から賜った封蝋に捺された王章付きの任命状の皮紙を見せると驚き、次に畏まっていたが。
因みに何故俺やアンが小声かと言うと──マーユが俺の膝を枕にお昼寝の真っ最中だからである。
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やがて愛娘も眠りから覚めて、改めて空いた膝の上に地図を拡げて水晶地図板と共に見る俺。
「うーん、今がこの時間なら……ドラゴンキャリーの速度だと、この辺り、か……」
そう言いながら地図の上に描かれた道を指で辿る俺。
「お父さん、何をしているの?」
俺の隣に座るマーユは興味津々で俺がやっている事を尋ねて来る。
「ん? ああ、今はこのドラゴンキャリーがどの辺を走っているか、地図で確認していたんだよ」
「へぇーッ! ねぇ、どうやってわかるのッ?!」
俺はマーユの質問に一つ一つ丁寧に解説を交えて答える。ドラゴンキャリーの速度から1時間当たりの大体の距離が割り出せる事。今見ている水晶地図板で何時間走ったか、時間が判る事。そうすると今走った距離が大体わかる事。見ている地図には縮尺と言うのがあって、1セルト分で何メルトと判る事、等々。
それ等を目を輝かせてじっと聞き入るマーユ。そして
「お父さん、凄ぉーい!」
そう言いながらギュッと抱き着くと、俺の顔を見上げながら
「お父さんって、テンサイなんだねッ!」
とコルチカムの淡い紫の瞳を細めるマーユ。その様子に思わず頬が緩みそうになるが
「あははははっ、有難うなマーユ。でもなお父さんだけじゃなくて、アンお母さんやエリナお母さんやレオナお母さんにもちゃんと同じ事が出来るんだぞ? お父さんもアンお母さん達も冒険者だからな。冒険者ってのはそうした事を一生懸命に勉強してなるんだ」
そう言いながらマーユの青緑色の髪をくしゃりと撫でる俺。
ここでちゃんとアン達も出来るぞと言っておかないと、後が怖い! だってさっきからアン達からの無言の圧が凄いんだよ、本当に!!
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そんな事をしているうちにもドラゴンキャリーは街道を進み、やがて夕方前にひとつの村に到達した。
今まで通過して来た村よりも大きな村で、オルガに聞いた限りでは施設も割と整っているみたいであり、人口も間もなく一千人になろうかと言う──つまり町になる一歩手前の村である。その村の名はシュシェシだそうな。
「ウィルッ!」
そんな村の中の様子を先触れを兼ねて見てきたアン達が帰って来た。因みにドラゴンキャリーは村の門の近くに停めてあり、何人かはキャリッジの外に出ている。とりあえずは道が広そうなので通れそうだが、いきなりグランドドラゴンが姿を現したら、村人達が大混乱になりかねないからな。
「どうだった? こいつを中に入れる許可は貰えたのか?」
「ええ、ここを治めているエリック・ローズ男爵と話が付いたわ。このまま中に入れても問題は無いわよ。それとローズ男爵は是非に屋敷に泊まって欲しいとの事で、ドラゴンキャリーをそのまま男爵の屋敷まで乗り付けても良いんですって」
その報告に少し安堵する俺。まあ此方は辺境伯だし、何より侯爵であるオルガも居るんだ。断られないとは思っていたが、その事実を確認できるとやはりホッとする。
「良し、皆んなドラゴンキャリーに乗ってくれ。アンは御者を頼む」
「ええ、わかったわ」
こうして俺達はこの村を治めるエリック男爵の屋敷で厄介になる事となった。
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アンの御するドラゴンキャリーがシュシェシ村の通りをゆっくりと進んで行く。すれ違う村人達はキャリッジを曳くグランドドラゴンを見て吃驚し、その後ろに曳かれている大型のキャリッジを見て更に吃驚と、誰もが二度見していたが、まあパニックにならないならそれで宜しい。
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やがてドラゴンキャリーは村の外れにある、割と大きな屋敷の門を潜る。
屋敷の玄関には見事な金髪の脇や襟足を短く刈り込んだ、銀色に鈍く輝く金属製の軽鎧を着込んた、如何にも騎士然とした男性が直立不動の姿勢を取っていた。その横には栗毛の長髪の女性も、やや緊張した面持ちで立っているし、侍女らしき女性は深く腰を折って頭を深々と下げている。
そうこうしてる間にドラゴンキャリーが玄関に横付けされ、停車したキャリッジから皆んな降り始め、最後に俺がマーユと手を繋ぎながら降りると
「お、お初にお目に掛かりますッ! このシュシェシ村を治めるエリック・ローズ男爵と申しますッ! み、皆様、な、何卒宜しく御願い致しますッ!」
「同じく妻のシンシア・ローズと申します。辺境伯閣下並びに御家族様には御機嫌麗しゅう存じます」
「私はこの御屋敷の侍女のアリアと申します。辺境伯閣下、御家族様、宜しくお願い致します」
それこそ下げた頭が地に着くんじゃないかと言うくらいの深々とした臣下の礼と、最上級のお辞儀を執られて出迎えられた。そんなに畏まられると尻がむず痒くなるんだが?!
「あーっと、エリック卿も奥方もアリアさんも顔をあげてくれ」
俺がそう促し、漸く礼を解く3人。
「突然の訪問、失礼する。俺がこの度エリンクス国王陛下から辺境伯を拝命したウィルフレド・フォン・ハーヴィーだ。彼女等は俺の氏族の仲間と婚約者達と従魔達だ。偉そうな事を言っているが冒険者上がりでな、堅苦しいのは苦手なんで気軽に接して貰いたい」
そう言って男爵に右手を差し出し握手を求める俺。俺の言葉に顔に若干緊張の色を滲ませながら「では、ウィル殿と呼ばせて頂きます」とぎこちなく握手を返してくるエリック男爵。
何れにしても、これで漸く真面に話が出来るな──やれやれだ。
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お互い初対面の挨拶も終えて屋敷の中に案内される俺達。ドラゴンキャリーはアンの手綱で屋敷横の厩舎に移動済である。馬が暴れると心配なので、正確には厩舎の入口付近に、ではあるが。エリック男爵の屋敷の応接間に厩舎から戻って来たアンを加えた全員が一堂に会し、改めて各自の自己紹介となった。そして── 。
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「成程、ウィル殿はその様な冒険をされて来たのですねッ!」
俺が辺境伯を拝命した経緯と今までの冒険譚を掻い摘んで話した結果、エリック男爵からは感嘆の台詞と共にそうした感想を言われた。只今エリック男爵とお互いの今までの事を簡単に話し合っている最中である。
聞けばエリック騎士爵は俺より6歳歳下で、少し前に国境を越えて侵入して来た異文化民──異民族との戦で武勲を立て、準貴族の騎士爵だった彼は男爵を国王陛下から賜り、同時にこの村の統治を任せられたのだそうだ。
そう言えばかなり前にそうした話を冒険者ギルドで小耳に挟んだのを改めて思い出した。多分時期的にも彼が言っている戦はその事だろう。オルガとコーゼストも心当たりがあるらしく、盛んに頷いて彼の話を聞いている。
「まあ、そうなんだが……なぁエリック卿、そんなに堅苦しい話し方をしなくても良いんだが?」
「いいえッ、幾らウィル殿からの頼みでもコレはけじめとして譲れません! それと私の事は是非エリックとお呼び下さい!」
「お、おう、そ、そうか……それならエリック殿と呼ばせて貰うとするよ」
俺からの頼みを真面目な顔でキッパリと断るエリック男爵──エリック。どうやらこれは彼自身の生まれ持っての生真面目な性格にも由来しているみたいで、簡単には直せないんだろう。
応接卓の向こうでは、エリックの奥方であるシンシアとアン達が歓談している真っ最中である。その中に混じって色々と話しているマーユの姿も見える。ヤトやセレネは応接間の奥で寛いでいたりする。
「可愛いお嬢さんですね」
そんな様子を見ていたエリックがそう言葉を発する。彼にはマーユは結婚する魚人族の女王マデレイネの娘だと既に話してある。
「まあ、血の繋がりは無いがな。でも目に入れても痛くない可愛い娘さ」
エリックの台詞に目を細めてそう答える俺。やはり自分の娘を褒められるのは悪い気がしない。
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「それはそうと──何で出迎えの時ライトアーマーなんて着込んでいたんだ?」
俺はふと出会った時から感じていた疑問をエリックに尋ねてみた。幾ら元騎士とは言え、用事も無いのに年柄年中アーマーを着ている訳では無いからな。ところが肝心のエリックは「い、いえいえ、な、なんでもありません」と歯切れの悪い返事を返して来るのみ。これは何かあるな…… 。
「なぁエリック殿」
「は、はいっ」
俺の声に上擦った声で返事を返すエリック。
「さっきも話したがここら辺一帯は俺が辺境伯として治める事になった。そして君にはこのままこの村の代官としてこの村を治めて欲しいと言うのは話した通りだ」
「…………」
俺の話にただ黙り込むエリック。それに構わず俺は話を続ける。
「だが任せる村に何か厄介事があるなら、それは寄親の俺の責任でもあるんだ。だから何でも頼ってくれ」
そこまで言うとエリックの返事を待つ俺。アン達もいつの間にか歓談を止めて此方に注目している。するとエリックは観念したみたいに
「はぁ……ウィル殿には隠し事は出来ないみたいですね」
大きな溜め息と共にそう言葉を漏らす。そして居住まいを正すと
「実は……このシュシェシ村の近くで魔物の群れが目撃されたのです。実は今日それを確認する為に出掛けようとしている所でした」
この村に忍び寄る脅威について、はっきりと口にしたのであった。
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事の発端はシュシェシ村の南に広がる広大な畑地が何者かに荒らされた事からだった。
ここシュシェシ村はパンに使う小麦は勿論の事、燕麦粥に使われる燕麦が作付けされており、ラーナルー市を始めとする近隣市町村への穀物供給の一翼を担っていた。
だがその麦畑がかなりの頻度で荒らされる様になったのだ。最初は獣の仕業かと思われていたが、その内に村で飼育されている山羊や鶏が殺され、或いは持ち去られると言う事が起き、エリックが調査をすると、ここから南の畑地を越して更に南に下った所にある嘗ての開拓時の村の跡地に、子鬼族がそこそこの数で棲み着いている事が判明したのだ。
判明当初は模範に従ってラーナルー市の冒険者ギルドに討伐依頼を出したのだが、程なくして今度は村の西にある疎林を抜けた先に広がる原野に、かなりの数の狗人が群れているのを村人が発見したとの報告が寄せられたのだ。
正に弱り目に祟り目、踏んだり蹴ったりである。今の時期は麦の収穫前で、村には2件も討伐依頼を出す経済的余裕も無く、それならば後から判明した狗人だけでも可能な限り自分の力で追い払おうと、エリックは考え、俺達がシュシェシ村に到着する直前まで準備に走り回っていたらしい。
そこまで言うとガックリと項垂れるエリック。そらまあ正に村の存続の危機だからな。俺達の相手をしていても気が気で無かったろう。
「お父さぁん……」
俺が思案しているとアン達の所からマーユが小走りに近付いて来て、心配そうな顔で見つめて来る──そんな顔をしなくても大丈夫だぞ?
「エリック殿」
俺は肩を落とすエリックに向かって声を掛ける。
「その魔物達の討伐、俺達が力を貸そうじゃないか」
立ち寄った先の村で早速待ち構えていたのは魔物絡みのトラブル! ウィルは引きが良いのか、それとも単なる偶然か?いずれにしても放っては置けません! 次回からは魔物退治の話となります!
それにしてもやはりウィルはトラブルに愛されている?!
☆manakayuinoさんに描いていただいた主人公ウィルフレド・ハーヴィーのイラストを第2部二話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます。




