巡行旅行の始め、聖晶貨と愛娘の歓喜と
本日は第187話を投稿します!
トータル201話目となる今回は、ウィルがラーナルー市を治める5人の子爵達に手渡したモノの正体から始まります!
-187-
無事に辺境伯となりエリンクス国王陛下から賜った領地を巡行する事になった俺。
とりあえず先ずは地元のラーナルー市の貴族5人から会う事にし、俺の屋敷に呼んで陛下から俺に領地が下賜された事、5人にはそのまま代官として領地を治めて貰う事などを話し、臣下の礼を執る全員に「贈り物」としてコーゼストの無限収納から、とある物を取り出した。
小さな木の箱に納められていたのは、虹色に輝きを放つ金貨程の大きさの半透明の硬貨。木箱はコレの為に特別に誂えたモノだったりする。
「そ、それは……?」
木箱に納まっている虹色の硬貨を見て、マイヤーズ子爵──エヴァンがおずおずと口を開く。
「これは──『聖晶貨』だ」
「「「「「ッ?!」」」」」
俺の言葉を聞いて絶句する5人。其れもそのはず、俺が5人に贈る為にインベントリから出した『聖晶貨』とは、今から985年前に滅亡した古代魔導文明で使われていたとされる硬貨で、今でも迷宮の中で偶に見つかる事がある極めて希少性が高い古硬貨なのだ。その価値、1枚で白金貨5枚にもなると言う代物である。
なので5人の反応も当然の物なのだが、これはオルガと共に行った東方大陸の迷宮『黄昏の城』で回収して来た品物である。確かに山の様な魔道具類の中に小さな宝箱が4箱有ったが、その中身がこの『聖晶貨』だったのだ。
因みに全部の宝箱の中身はこの『聖晶貨』だったのはコーゼストが最初に確認済であり、王国には2箱渡し、オルガが1箱受け取り、そしてこれが残りの1箱の分、と言う訳である。
更に因みにオルガが今から990年前に冷凍睡眠についた当時の『聖晶貨』の価値は、今の金貨と同じぐらいだったそうな。価値が単純に500倍に跳ね上がっていたりする。
更に更に宝箱1箱にはこの『聖晶貨』が1000枚入っていたので、その価値は白金貨5000枚──西方大陸の通貨単位で言うと500億フルと言う事になる。
因みに俺が住むオールディス王国なら、家族4人で月に銀貨5枚──50000フル有れば生活出来るのだから、1枚が如何に破格なのか判るだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結局5人の子爵のうち、クレイアス子爵、アーロイド子爵、フェビアン子爵の3人は、形だけは恭しく『聖晶貨』を受け取ると、挨拶もそこそこに早々に帰って行った。あとからうちの完璧家令のシモンから聞いた話だと、この3人は領地経営が上手く行ってなかったらしく、結構な借金を抱えていたらしい。
「これは、後で改めて国王陛下に具申する様だね」
シモンの話を一緒に聞いていて苦い顔をし、そう声にするオルガ。まあ現役の侯爵としては、こうした地方貴族の醜聞は聞くに絶えないのだろう。
俺としても正直に言うと、そんなに借金塗れな貴族に自分が与えられた領地の代官を任せるつもりは毛頭無い。冒険者だって身の丈に合わない装備やアイテムで散財し、借金塗れで奴隷に身を窶した、なんて話を偶に聞いたりする。それくらい何かするのにも「金」と言うのが密接に関わって来るのだ。
「ッ、はァァ──」
俺がそんな事を思っていたりすると、不意に大きな溜め息をつくギルマス。
「何だ何だギルマス、そんなにでかい溜め息をついて」
「いやな、お前、本当に辺境伯になったんだなぁ……とつくづく思ってな……」
俺の問い掛けにそう答えると再度デカい溜め息をつくギルマス。
何となくだが、今物凄く失礼な事を考えてなかったか?!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
兎にも角にもギルマスは別に俺が辺境伯に陞爵したのに不満がある訳では無く、単に信じられないだけなのだそうだ。其れについては俺が一番信じられないんだけどなッ!
「ま、まあ兎に角だッ! ギルマスもエヴァンも俺にはこれまでと同じに接して来れれば良いからな! どうも偉ぶるのは尻がむず痒くて性にあわないんだ!」
俺がそう言うとギルマスとエヴァンは笑顔を見せて「勿論」と言ってくれた。
「……全く、お前のそう言う所は本当に変わってないなァ」
「そうですね……ですが寧ろその方がウィル殿らしくて好感が持てますよ」
ギルマスとエヴァン、2人からそう評される俺。そんなにヒトがほいほいと変わる物かよ。
「……俺は爵位と言うのは責任を負った事だと思っている。それ以上でもそれ以下でも無い。だからより上の爵位となる事はそれだけ責任が増す事だと思うんだ」
俺は自らの思いの丈を2人に素直に話す。するとギルマスら2人は納得したみたいに「そうか……」とだけ言葉を発し、そして何処と無く嬉しそうに頷いてから
「迷宮の経営はお前から預かったんだ、責任を持ってしっかりやらせて貰うからな。それにこんな大層な物まで貰っちまったんだから、お前の期待に答えないとな」
「そうですね。私も頂いた物に釣り合う様に、微力ながらもしっかりと領地を治めさせていただきます」
そう協力する旨をはっきり明言してくれた。
「有難う2人とも。どうか宜しく頼む」
俺は自分で出来るだけの笑顔で2人と握手を交わすのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラーナルー市で済ませるべき事も済ませたので、俺達は改めて購入した竜車で巡行に出る事となった。
巡行する順序だが皆んなと色々と話し合った結果、先ずはラーナルー市の南にあるエーフネ市へ向かい、そこから右回りに西のシグヌム市、北のリータグ市と言う順序で巡る事にした。これに関してはやはり貴族の事情に詳しいオルガの意見がかなり反映された結果である。
「兎に角先ずはエーフネ市、か……」
それで次は誰がドラゴンキャリーの御者を務めるかと言う事になり、最初はアンとエリナが地竜の扱いに長けていると言う事で、交代交代で御者を務める事となった。まあ巡行の道程の中で、2人から他の氏族のメンバーにもグランドドラゴンの扱いについて教えるらしいが。
因みに俺もグランドドラゴンの扱いには慣れているのだが「辺境伯自らがする事じゃない」と全員から断然猛反対をされた。
「仮にもウィルは辺境伯なんだから、客車に腰を据えてドッカリと構えていた方が良いよ。特に今回は君が辺境伯だと言う事を相手に認識させる為の巡行なんだからね」
苦笑混じりにそう言葉を掛けてくるオルガ。そうは言われても何もしないでいると逆に落ち着かないんだがッ?!
「それはただ単にマスターが貧乏性なだけなのでは?」
俺の思考を読んだコーゼストから投げ掛けられるのは、割と棘のある言葉。それを聞いてアン以下のメンバーが苦笑を浮かべていたりする。
「本当に失礼な言い方だなッ?!」
そんなコーゼストの物言いに思わず声を荒らげる俺。
お前は本当にもう少し言葉を選んで使えよなッ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それから3日後、車輪の音を響かせ街道を南に向かってひた走るドラゴンキャリーの客車に俺は乗っていた。キャリッジの車輪に組み込まれてる懸架緩衝装置のお陰で、普通の馬車よりも乗り心地はすこぶる快適である。
「ふわァァーーッ! 凄ぉーいッ! 早ぁーーいッ!」
開け放たれたキャリッジの窓から身を乗り出し、後ろに次々と流れ去る風景に歓喜の声をあげるのはマーユ。
「はははっ、マーユ。そんなに燥いでいると危ないぞ」
そのマーユの小さな身体に手を掛けて危険が無い様にしているのは俺。今ドラゴンキャリーはアンを御者に南にあるエーフネ市に向かって街道を駆けているのだ。普通の馬車なら一週間程掛かる道程も、馬の倍の速度で走るドラゴンキャリーなら半分の4日も有れば余裕で到着するだろう。
「はーいっ、お父さんッ!」
元気良くそう返事を返すと、俺が座る2人掛けの座席にちょこんと腰を降ろすマーユ。だが顔はまだ窓の外に向けたままだ。
「そんなに楽しいの? マーユ?」
隣の列の座席からそう声を掛けるエリナ。
「うんっ、エリナお母さん! 馬車には乗った事無いし、こんな大きなドラゴンさんが引っ張ってくれる馬車なんかも乗った事無いから、とっても楽しいッ!」
エリナの問い掛けにそう満面の笑みで答えるマーユ。その様子にキャリッジの中の一同がすっかり癒されていたりする。
因みにだがキャリッジ内の席順は、一番前の右の座席に俺とマーユ、後ろの座席にレオナとオルガが、その後ろにフェリピナとマルヴィナ、そのまた後ろにルネリートとアリストフが座り、俺の左側の座席にはエリナとルピィが、その後ろにベルタとユーニスが、そのまた後ろにルアンジェとコーゼストが座っていた。従魔達はと言うと、ファウストとデュークは短身サイズで顕現して、それぞれエリナとマルヴィナに抱かれており、ヤトとセレネはキャリッジの一番後ろの座席を2人で陣取っていたりする。
その辺は、まあ相変わらずだな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その日は日が暮れる前までドラゴンキャリーを走らせると、暗くなる前に街道から少し外れた所にあった拓けた荒地にドラゴンキャリーを停めて野営する事となった。
途中に2つほど村も有ったにはあったのだが、宿所にするにはあまりにも早過ぎたのと宿屋が無かったので通過して来たのだ。村長と村人らには俺が辺境伯となりこの地を治める事を話してきたのは言うまでもない。
「よし、それじゃあ皆んな、早速準備に取り掛かろうか。俺とルアンジェとコーゼスト、ヤトとセレネはドラゴンキャリーを中心に半径50メルトを見回って、周囲に危険が無いかチェックするぞ。ルピィはアンと一緒にグランドドラゴンに飼葉と水をやってくれ。エリナとレオナとアリストフは天幕の設営、ベルタとユーニスとルネリートは焚き木に使う薪を集めて来てくれ。フェリピナとマルヴィナとスサナは、キャリッジの後ろから野営用の道具一式を出しながらドラゴンキャリーの警護を頼む。オルガとマーユはキャリッジの中でお留守番な」
ドラゴンキャリーが完全に停まってから、席を立って全員にそう指示を出す俺。皆んなは「はいっ!」と返事を返してくる。まあヤトだけは「おーっ!」とやたら威勢が良い返事だったが。
俺も自分の地位とかを考えるなら、貴族らしくヒトに全て任せれば良いんだろうが、自分で動かないと気が済まないのだ。まあ実際本業は冒険者だしな。その辺に関してはちゃんとエリンクス国王陛下からは許可を得ているので、何ら問題は無いだろう。いざと言う時は貴族の責務はちゃんと果たすつもりではいるが、そうした状況では無い時は今までと変わらず普段通りにしようと思っている。
「ねぇ、お父さん! 私もドラゴンさんにご飯あげてきても良い?!」
俺がそんな事を思っていると、横に座るマーユからそう声が掛けられた。どうやらうちの愛娘も、じっとしていられないらしい。
血の繋がりは無いし顔も全く似てないんだが、そうした所は本当に俺に良く似てるよなぁ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やがて完全に日が西の山脈の向こうに沈むと、世界を黒に染め上げる。沈んだ日の代わりに仄かに青白く輝く月が、東の地平から主役交代とばかりに顔を見せていた。そして今──ドラゴンキャリーのキャリッジの傍には焚き火の炎が静かに揺らめき、アンやルピィ、そしてベルタやマルヴィナが、その揺らめく炎の灯りの中を忙しなく動き回っている。ついさっき夕食を終えたので食後の後片付けをしているのだ。残りのメンバーは思い思いに焚き火を囲んで寛いでいる。
「あーっ、美味しかったぁ」
隣りではそう言いながら自分のお腹をさするマーユが。マディが見たら「はしたない」と言いそうである。
「そんなに美味しかったか? マーユ?」
そんなマーユに思わず苦く笑いながらつい尋ねてしまう俺。キャリッジに備え付けの魔導焜炉で炙った干し肉と燕麦粥だけだったんだがなぁ。俺達冒険者では割と普通の食事だがマーユは目を輝かせて
「うんっ! 美味しかったよ! それに私、今まで海の上の旅ばかりで、こんなドラゴンさんがひく馬車で旅をしてキャンプをするのって初めてだから、とぉっても楽しいの!」
俺に自分が如何に楽しいのか、一生懸命に伝えようとしている。
その様子は微笑ましく思えるのだが、ふとオルガが東方大陸での旅でこんな反応をしていた事を思い出し、彼女に視線を向けると白地に視線を逸らすオルガ。その様子に思わず失笑する俺。
「? お父さん、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
俺の失笑に不思議そうな顔で何事かと尋ねてくるマーユにそう答えて、そのさらさらの髪をくしゃりと撫でる。
頭上には満天の星がただ静かに煌めいているだけだった。
ウィルが手渡したのは聖晶貨と言うトンデモお宝でした! 1枚でジャンボ宝くじミニぐらいの価値、と言えばわかるでしょうか? こんなお宝をポンッと贈るウィルは実は大金持ち?!
そして遂に竜車での巡行がスタートしました! この巡行、何も起きない……訳がありません! その辺も御期待ください!
☆manakayuinoさんに描いていただいた主人公ウィルフレド・ハーヴィーのイラストを第2部二話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます。




