辺境の権限と責務と白と琥珀と
本日は第185話を投稿します!
遂に辺境伯を拝命したウィル! すったもんだの末、ようやく国王陛下から辺境伯についての説明が始まります!
-185-
俺の陞爵式の後、エリンクス国王陛下から話があると、大応接間に呼ばれた俺と氏族『神聖な黒騎士団』のメンバー全員、そしてルピィとルストラ師匠。だが初っ端から俺の愚妹アドルフィーネが暴走し、単なる懇談は大混乱となった。
それでも途中から合流した我が愛娘(仮)マーユの活躍? で何とか場も収まり、話を仕切り直す事になった次第である。
『何故マスターはマーユちゃんの事をその様な仮称で呼ぶのですか? もう同居もなさっているのですから普通に愛娘で良いのでは?』
ここでコーゼストから突っ込みが入る──無論念話で。
『いやまぁ、そこはケジメと言うか……まだマディと結婚してないからカッコカリなんだが……』
それに同じく念話で答える俺。そこはまあ考え方の相違だな。
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「うおっほん、それでウィルよ。話と言うのはな……」
コーゼストとそんなこんなをしているうちに、咳払いをひとつしてエリンクス陛下が改めて口にした事とは── 。
先ずは改めて辺境伯としての権限と責務について。ヒトによっては「辺境」等と聞くと深い森や険しい山の中が領地みたいに思えるだろうが、実際は国境と接する他国や国境を超えて来る異文化民との接触が多い国境の広大な土地を領地とする、国土防衛の指揮官並びに地方長官の称号なのである。
なので当然の事ながら他国や異文化民との厄介事も格段に多い。その為に中央──国王陛下から大きな権限を認められているのだ。まあもしも仮に他国や異文化民が攻めて来たら全力を傾注して、死んでも阻止しろ、と言う訳である。俺が下賜される領地だと間違いなく隣国のツェツィーリア共和国が仮想敵国となる訳だ。
そしてこれも当然の事ながら下賜される領地の危険性から王国に納める税も格安で、通常の税率はその領地で生まれた利益の3割か4割なのだが、1割から2割となっているらしい。まあそれは無論利益が生まれた場合であり、俺が辺境伯に就任してから数年は免除されるとの事だった。
「だがウィルならば、何年もせぬうちに普通に納税していそうだがな。何せセルギウス卿も居るのだからな」
そう笑いながらいきなり高評価を口にするエリンクス陛下。
「そんなに期待しないで下さいよ……」
その台詞に力無く反論する俺。事実、俺はこんな領地経営なんてやった事が無いんだからな、幾らオルガが居るとは言え、そんなに過度に期待されても困る。
「兄様ッ! そう言う事でしたら是非ヴィルジール伯爵家現当主並びにオールディス王国内務卿代理を勤めている私を頼って下さいまし! 兄様の領地を何処よりも発展させますわッ!」
「まあ最悪私も居ますしね。古代魔族式か古代魔導文明式、何方の領地経営法でも記憶領域に入ってますから、万事お任せ下さい」
そこでいきなり声を張り上げるアドルとコーゼスト──ちょっと待てーーーッ!
「いやいやアドル、お前は王国の為に働けよッ?!」
それとコーゼスト! それはそれで飛んでもない事になりそうだから断然却下する!
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「それとな、もうひとつあるのだ」
アドルとコーゼストに素で突っ込みを入れていると、エリンクス陛下からあとひとつ話があると言われ、襟を正す俺。はて?
「何の話ですか?」
「うむ、これは責務と言うよりも──寧ろ私からの頼みだな」
そう前置きをして口を開いた陛下の話によると──俺には領地に就任してから成る可く早くうちのクラン『神聖な黒騎士団』を中心とした「騎士団」を設立して欲しいのだそうだ。これもまた先程話した国境向こうの隣国──この場合はツェツィーリア共和国だが──若しくは異文化民に対する対策として、である。
ここオールディス王国に限らず他の国でも、普通「騎士団」を持てるのは国王陛下や皇帝陛下等の王族や皇族だけであり、伯爵以上の王侯貴族が持てるのは「家臣団」となる。だが辺境伯は特例として「騎士団」を保有する事が前述の通りの理由で認められているのだそうだ。
だがそうなると俺の辺境伯領が力を付け過ぎる事になって、周辺の他の貴族から妬みや嫉みを受けたりしないか?その辺の事を陛下に尋ねると
「その心配は杞憂だな。既にウィルのクランだけでも王城の近衛騎士団を凌駕する力を有しておるらしいのだぞ? そもそもウィルだけでも近衛騎士団長に勝っておるらしいしな」
笑ってそんな恐ろしい事を宣う。
「それって、誰からの情報なん……です?」
そんな恐ろしい事を陛下に話したのが誰なのか、名前を尋ねると陛下はサラリと教えてくれた。
「うむ、ヒルデガルトだな」
「あの娘かぁーーいッ!」
思わず素で突っ込みを入れてしまう俺! まさかここで迷宮『精霊の鏡』の時のジュリアスの護衛として付いて来ていた、あの剣術馬鹿娘の名前が出てくるとは思わなかった!
何でもヒルデガルトは現在、近衛騎士団第一大隊の副隊長を務めている程の実力者らしい。
確かに『精霊の鏡』で見たヒルデガルトの腕前はかなりの物だったが、まさかそこまでの傑物とは…… 。
本当にヒトって見た目では分からないものだな。
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「まあそうした訳でもあるし、ウィルは辺境伯であると同時に冒険者でもある。そうした事を踏まえても、ウィルが騎士団を作っても文句を言う者はおるまい。まあ我が王城の騎士団全てを合わせた戦力を軽く凌駕しそうではあるがな」
そう苦笑混じりに率直な感想を口にするエリンクス陛下。まあうちはクランのメンバーだけじゃなく、オルトロスのファウストと剛鉄ゴーレムのデューク、半人半蛇のヤトに女王蛾亜人のセレネと、順位Sの魔物の従魔達も居るしな。この4体だけで1つの国を軽く滅ぼせそうだし。
兎にも角にも俺達と言うでかい戦力が国境の向こうの隣国であるツェツィーリアへの牽制と抑止にもなるしな、とはエリンクス陛下の話である。でも陛下、それって笑って言う事じゃないぞ?
それにだ。あまりにも過剰な戦力を国境に集めていたら、疑心暗鬼になった向こうさんが攻め込んで来ないか心配なんだが? だが俺の心配に陛下は
「そんな事をさせない為にもより強い戦力は必要なのだよ、相手への抑止力としてな。そしてそうさせない為に私が居るのだ」
今度はそう真顔でハッキリと言い切った。つまりは相手に「此奴らとは戦っても絶対に勝てない」と思わせる事が重要らしい。そうして此方の戦力をチラつかせながら相手と交渉するのが、政を司る陛下の役目と言う事になる。
「戦争とは完全なる「消費」です。騎士や兵士等の人的資源も勿論ですが、前線への兵站等の物資の補給も、それ等を賄うだけの膨大な資金も全て消費して、それ等全ての消費を最後まで支え切れた方の勝ちとなりますからね。なのでどの国家でも平時からの備えが必要不可欠となるのです。まあその辺は古代魔族でも古代魔導文明でも同じでしたからね」
ここで陛下の台詞に続いて、コーゼストがこの様な軍備についての意見を述べる。まあそう言われれば政に疎い俺でも言いたい事はわかる。
冒険者稼業も色々と準備をしておかないとダンジョンに潜る事はおろか、何処かその辺の平原でファングドッグなんかの魔物と戦う事すら出来ないんだからな。特に日頃からの備えは重要なのだ。
だから「備えあれば憂いなし」って良く言うんだけどな。
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「あとそれともう1つ」
1人で納得していると、陛下からのまさかの「もう1つ」の声が? 顔付きが先程までより真剣である。
「何です?」
何事かと少し身構えて聞く姿勢を取る俺。何だか物凄く嫌な予感しかしないんだが? すると俺の台詞に真剣な表情から一転
「うむッ! 新しくウィルの従魔に加わったモスクイーンに会わせてはくれまいかッ!? 前回の時は色々とあって機会を逸したのだッ! だから頼む! ラミアのヤト以外にヒトと話せる知性を持ち合わせた魔物と会ってみたいのだッ!」
鼻の穴を膨らませてそう宣うエリンクス国王陛下──やっぱりそれかいッ!
思わず椅子の上からずり落ちそうになるが何とか踏み止まりつつ目をやると、陛下の席の後ろに控えるマウリシオ宰相が額に手を当てて大きく嘆息し、陛下の左隣に座るマティルダ王妃様は「あらあら、貴方ったら」と口に手を当てコロコロ笑い、ジュリアスは苦笑いをし、ステラシェリー王女は「何ですの? 何ですの?」とこれから起きる事に俄然興味を示している。まさに十人十色である。
因みに今この場に居るメンバーのうち、コーゼストは然もありなんと言う顔をして、陛下や王妃様達や俺に視線を向けているし、ルストラ師匠は話の急展開に呆れたような笑みを浮かべ、マーユは「セレネお姉ちゃんを呼ぶのっ?」と無邪気に喜び、アドルとオルガを加えた残りのメンバーは全員綺麗に応接卓に突っ伏していたりする。
今更だがエリンクス国王陛下は自由闊達過ぎないか?! 本当に今更なんだが!
俺は実年齢よりも少年の様に若々しく見える国王陛下を見ながら、不敬だがそんな事を思ったりしていた。
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「国王陛下様、王妃様、王子様、王女様、宰相様、お初にお目に掛かります。私が御主人様の一の下僕、女王蛾亜人のセレネですわ。御主人様共々宜しくお願い致します」
大応接間に舞い降りた白き翅が優雅に腰を折り挨拶の口上を述べる。
「ちょっと待ちなさいよッ! 御主人様の一の下僕は私なのよッ?! あっ! 王様にジュリアスも久しぶり! あと、えっと王妃様? に王女様? に宰相さん? も初めましてッ! 私が半人半蛇のヤトよッ!」
白き翅の物言いに文句を言ってから頭を下げるのは琥珀色の鱗の半人半蛇──ご存知セレネとヤトの2人である。だがヤトよ、セレネへの文句は先に陛下達に挨拶してからにしような。
結局陛下に根負けしてセレネとヤトの2人を顕現する事にした俺。因みに何故セレネだけで無くヤトまで顕現したかと言うと、「私も久しぶりに王様に会いたい!」と念話でゴリ押しして来た事に端を発したりする。
「うむむむッ、これは丁寧な挨拶痛み入る。私がオールディス王国国王のエリンクス・フォン・ローゼンフェルトだ。セレネとやら宜しくな。ヤトも久しいな」
「あらあら、この魔物さん達がハーヴィー卿が使役する魔物なのね。私は王妃のマティルダ・フォン・ローゼンフェルトよ。モスクイーンのセレネにラミアのヤトね? 陛下共々宜しく御願いするわ」
「うむ、ヤト久しいな。それと其方がモスクイーンのセレネか。ウィルからは常々話は聞いているぞ。これからも宜しくな」
「ふわぁァァ、私達とお話し出来る魔物さんだなんて……御伽噺の世界かと思っていましたわ。セレネさんにヤトさんッ! 宜しくお願い致しますわ!」
「うむむッ……話には聞いていたが、魔物がここまで流暢にヒトの言葉を操るとは驚きだな!」
そんな2人に対する陛下と王妃様、ジュリアスと王女、そしてマウリシオ宰相の反応もまさに十人十色である。
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「「それと──」」
陛下達と挨拶を交わしたヤトさんとセレネさんの声がそこで見事に重なり合う。その目は俺の隣に然も当然のように座るアドルに向けられて、そして
「「マスターはアナタには渡しませんからッ!」」
とこれまた見事な重奏でアドルに棘のある言葉を突き付けるヤトとセレネ。一瞬呆気に取られて惚けていたアドルだが、直ぐに気を取り直すと
「い、いきなり何ですのッ?! 私が何かアナタ達に致しましたかッ?!」
ヤトとセレネ2人に勢い良く噛み付く──勿論物理的にでは無いが。
「だって……御主人様はアナタに言い寄られると心労を感じているの! アン達の時には一度もそんな事無かったのに!」
「そうですわ! アナタと言う存在が御主人様に気苦労を強いているのをお気付きになられないのかしらッ?!」
反論するアドルに対し、至極真っ当な意見を口にするヤトとセレネ。と言うかヤトから「ストレス」とか言う言葉を聞くとは思わなかった──偏見か?
俺がヤトとセレネの台詞にそんな思いを抱いていると、アドルは2人の言葉に打ち拉がれて
「そ、そ、そんな……そんな事って……」
割と本気で落ち込んでいたりする。だがヤト達が言った事は事実だからな! 俺は助けんぞ?!
大応接間の中、ただ1人真っ白に燃え尽きたアドルを見ながら俺は、コレでアドルの重度の兄恋慕が治れば良いが、と、これまた割と本気で考えていたのだった。
真面目な話から一転、セレネに会わせろと言う国王陛下にコケるウィル達! まあこんな国王陛下ですが(失礼)仕事はちゃんとこなしているので、少なくともオールディス王国は安泰かと! それにしてもヤトとセレネの至極真っ当な意見にアドルフィーネ撃沈です(笑)
☆manakayuinoさんに描いていただいた主人公ウィルフレド・ハーヴィーのイラストを第2部二話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます。




