悪辣貴族と銀髪の麗人 〜その人の名は〜
本日は第166話を投稿します!
子供を助ける為に貴族とその護衛の兵士達の前に立ちはだかる銀髪の麗人! 今回はその正体が明らかになります!
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貴族の馬車を停めてしまい、無礼討ちになろうとした子供を庇う様に貴族と部下の兵士達の前に黒檀拵えの長尺の杖を小脇に構えて立つ長身の妙齢女性。
「──し、師匠ッ?!」
それを見て思わず声を上げる俺。その優しさを湛える碧玉の鋭い眼差し、紅い組紐で丁寧に束ねられた尻まである長い銀髪、黒檀拵えの戦杖、見間違える筈も無い、あの人は──
「ウィル、あの女性を知っているの?」
アンがそう短く尋ねて来る。エリナ達やオルガさんも俺と女性を交互に見ながら聞き耳を立てている。ヤトやセレネも同様だ。
だがそれに答えようとしたまさにその瞬間、女性と睨み合っていた兵士の何人かが抜き身の長剣で斬り掛かった! 「危ないっ!」と言う誰かの悲鳴にも似た声が響くが、ロングソードの刃が届く事は無かった。女性が右脇に構えていた戦杖を一閃、斬り掛かって来たロングソードを全て弾き返したのだ。
だが相手も怯む事無く更に人数を増して斬り掛かって来る! そのうちの1人が女性の死角を点いて、背中に庇っている子供に刃を向ける! それを見て咄嗟に飛び出す俺! 子供を狙った刃を刀剣で受け止めると、そのままセイバーの峰を返し斬り掛かって来た兵士の腹に叩き込む! 俺の打ち込みを受けた兵士は苦しげな呻き声と共にその場に頽れる!
その様子を横目でチラリと見た女性は「助かったわ」とひとこと言うと、ロングソードを向けて来る兵士達に正対し、再び戦杖を一閃させ斬撃を弾き返す!
そのまま俺は女性の背中に背中を合わせ後ろを護る。倒れていた子供は俺と同時に飛び出したアンが抱き上げて安全を確保して後ろに下がっているので安心だ。
そう確認した俺は改めてセイバーを構え直すのだった。
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「ええい、たかが冒険者風情2人に何を手間取っている?!」
馬車の前で喚いている貴族の男、どうやらあれがウーラン男爵らしい。その声に残りの兵士達は俺と女性をぐるりと取り囲むと、今度は全方位から一斉に斬り掛かって来る──だが!
女性は戦杖の杖端を肩口より斜め後に廻しもう一方の手で腰で捕る様に鋭く振り回し、斬り掛かって来たロングソードの刃を尽く打ち払う! 所謂 ” 片手背越し取り ” と言う技だ。俺はと言うと彼女の挙動を読んで姿勢を低くして安全圏に避難していたりする!
派手な音と共に剣を弾かれた事に兵士達の間に一瞬だけ動揺が走る! すると女性は戦杖の中ほどを握ると、槍の様な見事な ” 突き ” を動揺した兵士達に次々と繰り出して行く!
一方の俺はと言うと、低い姿勢のまま体重を前に掛け、縮地を使い向かって来ていた兵士の腹や胸に次々とセイバーの峰を打ち込んでいた!
こうして瞬く間に残り14人の兵士は地に伏したのであった。
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「な、な、なっ?!」
自身の兵士達全て倒されたウーラン男爵が声を詰まらせている。
「さてと、あとはアナタだけだけど……どうする?」
銀髪の女性は戦杖で地を突くと、ウーラン男爵に向かいそう言葉を掛ける。それを聞いたウーラン男爵は激憤で見る間に顔を赤らめると
「ぶ、無礼なッ! お、俺をウーラン男爵と知っての狼藉かッ!」
と口角泡を飛ばす。だが女性は
「アナタが何処のお偉いさんか知らないけど、権力って言うのは民を護る為にあるんじゃないのかしら? その護るべき民に権力を振りかざした『暴力』を振るったのよ? 自分が同じ暴力で倒されても文句なんか言える筋合いじゃないでしょうが?」
ウーラン男爵の言い分など何処吹く風、逆に詰め寄るくらいである。その辺は流石と言うべきか。ウーラン男爵は小悪党らしく今一度あがこうと声を発しようとしたまさにその時
「──ふむ、この兵達は正規兵じゃないね? そもそも兵士が貴族の護衛に付くのは伯爵位からと、此方でも西方でもそう決められているからね。つまりは私兵と言う事かな? 私兵も伯爵位から保有できる事になっていた筈だけど……」
いつの間にかオルガさんが倒した兵士達をざっくり検分しており、そう男爵に問い質す。そして更に「何だッ! 貴様はッ!」と激昴する男爵に駄目押しとばかりに
「ああ、言うのを忘れていたけど私は西方大陸冒険者ギルド最高統括責任者のセルギウス・フォン・ライナルト、オールディス王国国王陛下より侯爵位を賜っているんだよ。無論リーリエの国王陛下にも懇意にさせてもらっていてね。だからちゃんとした言い分は聞かせて貰うよ? 君が冤罪にならない様にそれこそしっかりとね」
そう告げながら星銀の認識札を示して微笑む。それを聞いたウーラン男爵は赤ら顔から一転、一気に血の気が引いた真っ青な顔になり膝から崩れ落ちるのであった。
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結局ウーラン男爵と私兵達の身柄は、街の人が呼んで駆け付けてきた衛兵の手に預けられた。勿論その際にオルガさんが身分を明かし、ちゃんと手続きに則ったモノとなったのは言うまでもない。やれやれだ。
連行されて行く男爵と私兵達を見届けながら大きく息を吐く俺。その様子を固唾を呑んで見守っていた周りの人達が「良かったッ!」だの「良くやってくれたよッ!」だの「アンタら凄いじゃないかッ!」と口々に歓声を上げながら俺達や女性に声を掛けて来る。そんなに大層な事はしてないんだが…… 。
そんな声に苦笑を浮かべつつ軽く手を上げ答えていた俺に、先程まで背中を預け合っていた妙齢女性が声を掛けて来る。
「ねぇアナタ……もしかして……西方大陸のウィルフレド……じゃないの?」
その台詞は確信を持って。俺は女性に向き直ると姿勢を正し
「ええ、その通りです。お久しぶりです、ルストラ師匠」
改めて女性──ルストラ師匠に向かい深々と頭を下げる。
「やっぱりそうなのね! 何処かで聞き覚えがある声だと思ったんだけど……本当に久しぶりねぇ、ウィル! それに暫く見ないうちに随分イイオトコになってるし、本当に見違えたわッ!」
一方のルストラ師匠は破顔一笑、俺の肩を力強く何度も叩いて来る。その辺も相変わらずである。
「まさかこんな所で逢えるとは……本当に懐かしいわねぇ……ところでさっきの涅森精霊の娘さんはウィルのお仲間? それにさっきのお嬢さんがグラマス殿なの?」
「ええ、そうです。それも含めてこれから説明します」
色々と聞きたそうな顔で尋ねて来るルストラ師匠に苦笑いをしながら、俺は師匠を皆んなの元に連れていくのであった。
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「ウィル、お疲れ様♡」
「ああ、ありがとうなアン。ところでさっきの子はどうしたんだ?」
皆んなの元に戻ると真っ先に出迎えの言葉を掛けて来るのはアン。俺は先程アンが助けた子供の行方を聞くと、アンが助けたすぐ後に母親が駆け付けて来て、引き取って行ったとの事だった。子供の容態はマルヴィナの回復魔法で意識を取り戻し、跳ねられた時に負った怪我もすっかり元通りになり、母子共々何度も頭を下げて礼を述べながら帰って行ったとの事だった。
「それなら良かった……」
俺はそう言いながら安堵の溜め息を漏らす。何にせよ子供が犠牲にならずに済んで良かった。
そう思いつつアンの顔を見ると何やら聞きたげな面持ちである。それはエリナやレオナ、オルガさんやフェリピナ達、果てはヤトやセレネも同じ面持ちである。
今日何度目かの苦笑いを浮かべながら、皆んなにルストラ師匠を紹介する俺。
「あーっと、皆んな紹介するよ。この人はルストラ・フォン・モーゼンハイムさん。俺の武術の師匠であり、冒険者としても大先輩に当たる人だ」
「ルストラ・フォン・モーゼンハイムよ。皆さん宜しくお願いねッ!」
俺の紹介を受け皆んなに挨拶をするルストラ師匠。自由闊達な所は本当に昔と変わらない。
「それにしても──皆んな随分可愛い娘ばかりねぇ。それにそこに居るのはラミアと──女王蛾亜人でしょ? こっちもなかなか綺麗どころじゃない? アナタ魔物調教師の職業も取ったのね。昔のウィルからは全く想像がつかないわねッ!」
そう言いながらまたもや俺の肩をバシバシと力強く叩いて来るルストラ師匠。
ただでさえ師匠は見た目より力が強いんだから、そんなに叩かないで欲しいんだが?! 本気で痛い…… 。
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「初めましてルストラ様、ダークエルフのアンヘリカ・アルヴォデュモンドと申します。銃士と魔法士と剣士を熟します。よろしくお願いいたします」
「あっ、初めましてルストラ様、私はエリナベル・セルウィンと申します。魔法騎士を熟しています。ルストラ様のお名前はかねがね聞き及んでいます。よろしくお願いいたします」
「初めましてッ! あたしはレオナ・シャルリムって言うんです、拳闘士してます! よろしくッ!」
先ずはアン達3人が師匠に自己紹介し
「あ、は、初めましてッ! 私はフェリピナ・ラスですッ! 魔法士を務めていますッ! よろしくお願いしますッ!」
「初めまして、神官を務めていますマルヴィナ・ティレットと申します。よろしくお願いします」
「あっ、えと、スサナって言いますぅ! 斥候をやらせてもらってますゥ。ルストラ師匠さん、よろしくお願いしまぁす!」
フェリピナ、マルヴィナ、スサナの3人娘が、やや緊張した面持ちで挨拶をし
「ん、私はルアンジェ。この中では軽戦士を熟してます。ルストラさん、よろしく」
ルアンジェが気負い無く師匠に挨拶をして
「私は御主人様の一の下僕、蛇鱗族が半人半蛇のヤトよ! よろしくね、御主人様のマスターッ!」
「初めまして、同じく御主人様の一の下僕、モスクイーンのセレネですわ。御主人様のお師匠様、よろしくお願いしますね」
ヤトとセレネが個性的な自己紹介を済ますと
「初めましてルストラ様、私の名はコーゼストと申します。以後良しなに」
コーゼストが何やら勿体ぶった挨拶をすると
「そして僕はセルギウス・ライナルトだよ。本当の名はオルガ・ロラ・セルギウスと言うんだけどね。ルストラさん、君の噂は以前から良く耳にしていたよ。会うのはこれが初めてだけどね」
最後にオルガさんがそう締め括る。どうやらエリナとオルガさんは師匠の名は聞いた事があるみたいである。しかしこうして見ると改めて結構な大人数なのが実感できるな──まだルォシーには4人と1体もメンバーが居るんだが。
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「まあご丁寧にありがとう! それで、この中でどの娘がウィルの意中の人なのかしら?」
皆んなの自己紹介を受けて満面の笑みでそんな事を宣うルストラ師匠に、アンから手渡された水袋の水を飲んでいた俺は噎せこんでしまう──本当にいきなりだな?!
「ゲホゲホッ、し、師匠?! じ、実はですね……」
噎せ込みながらも現在5人婚約者が居る事、そのうち4人はアン、エリナ、レオナ、オルガさんである事を告げる。するとルストラ師匠の目が驚きに見開かれると
「はぁ……あの惰弱だったウィルに5人も婚約者ができるなんて……長生きはするものね……」
と沁々と言葉を発する師匠。何だか酷い言われようである──そして師匠、貴女は今何歳なんだ?
だがそう聞きたいのをグッと堪える俺。昔、師匠に歳の事を聞いたら恐ろしい目にあった事を思い出したのだ。正直言って恐怖の記憶である。
思わず口を噤む俺に訝しみながらもルストラ師匠は
「それにしても……本当に冒険者になっていたのね。お母上のマリアネラさんはご健勝かしら?」
懐かしげに母さんの名前を口にする。師匠は俺が15歳で成人するまでの契約で母さんに頼まれて指導してくれていたが、成人と同時にフラっと旅に出てしまいその後起きた事件を知らないのだ。俺は一瞬躊躇したが
「……母は亡くなりました。師匠が去って間もなくです」
ありのままの事実を包み隠さず話す。俺の台詞を聞いたルストラ師匠の顔に険しい色が浮かぶ。
「一体何があったの? まあ大凡の予想は付くけど……」
固い表情のまま尋ねて来る師匠。まあ師匠の予想通りなんだが。
俺はひとつ深呼吸をするとアンとルアンジェには語り、エリナやレオナ、フェリピナ達やオルガさんは知らない、かつて起きた事の顛末を話すのだった。
見事悪辣貴族とその私兵を成敗し、子供を救ったウィル達! そして銀髪の麗人はウィルの師匠ルストラさんでした! しかし流石と言うか何と言うか、かつて師弟だけあってウィルとルストラさんは息はピッタリです!
*ルストラ・フォン・モーゼンハイム…………ウィルの武術の師匠であり、武術の達人。身長170セルト、年齢は? 碧玉の瞳に紅い組紐で丁寧に束ねられた長い銀髪、黒檀拵えの戦杖を常に持ち歩いている。
☆manakayuinoさんに描いていただいた成長したオルガさんのイラストを第175部本編百六十三話に掲載しました! manakayuinoさん、素敵なイラストをありがとうございました!
いつもお読みいただきありがとうございます。




