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勇者様 ビフォー/アフター  作者: 多居志織
一章 私も昔はJK勇者だった/アフター
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第八節 トラブルメイカー

 特に目的もなく白銅(はくどう)区の繁華街から南に向けて歩いたので、出た先は紺碧(こんぺき)区だ。

 都市内を六つの区画に分けたうち、大城壁の南門から聖都中央の大聖堂にかけて目抜き通りが走る区を紺碧区といい、ここが外部の人間の受け皿になっている。

 巡礼者やそれ以外の観光客、貿易商人は普通、紺碧区の店で買い物や宿泊を済ませる。大聖堂意外に特別訪れるべき場所はなく、他の区は聖都の住人の住居ばかりだ。

 ここは外部の人間が一番最初に踏み入れる場所だけあって、陽に照らされた白壁がいっそう白い。屋根もどの区より碧く、頻繁に塗装されていた。

 穏やかな海を思わせる町。

 城壁の上から見下ろせば、大海原と白波の先に、ロンドミア大聖堂が島のように屹立(きつりつ)しているように見えるだろう。

 早朝でも紺碧区の目抜き通りなら賑わっているだろうと踏んで、マオは店の間の小道を歩き出た。

 通りに近づくにつれて、賑わしい声が大きくなっていく。けれどそれは活気というには密やかで、どことなく浮足立った様子さえある。マオが肌で感じたのは、他の繁華街と同じように不穏を孕んだ空気だった。

 店の影から通りを覗くと、白銅区と違って外部の人間が多いせいか、ほとんどの店がすでに開いている。目抜き通りは大店(おおだな)が多いから、きっと貯蔵していた食料の量が違うのだろう。

 けれど、表から見える範囲で飲食店に開いている席はない。どの席も埋まっていて、荷物を抱えた客が暗い顔で朝食を摂るなり、会話に興じるなりしている。雑貨屋も土産物屋も同じようなもので、客は会計をするわけでもなく暇を潰すように商品を眺めるばかりだ。

 これだけ客がいるというのにどちらの店員も、慌ただしくしている様子はなかった。たむろする客をうっとおしくするわけでもなく、客の様子を見ながら突っ立っているか、あるいは店員同士で話し合っている。

 目抜き通りの先に目を向けると、紺碧区から聖都の外へ出る大門がぴったりと口を閉じていた。門の(たもと)には馬車や大荷物を抱えた人であふれている。

 巡礼者や聖都見物を終えた観光客、それに貿易商人だろう。朝一番に聖都を発とうとしたところで、殺人事件のあおりで門が開かずに立ち往生している風情だった。店にたむろする客もそういうことなのだろう。

 遠くてよくはわからないが、門前を警邏(けいら)している聖騎士に食って掛かっているような連中もうかがえる。

 それも含めて、こちらは白銅区よりも銀鼠(ぎんねず)色の鎧を着こんだ聖騎士が数多く通りをうろついているのだろう。聖騎士の警邏は普通は二人組で行われるが、今日は四人一組で動いている。

 よっぽど例の殺人で気が張っているのか、横道から出てきて往来を眺めるマオに鋭い視線が刺さった。


「そこのお前、どこに宿泊しているものだ」


 兜の下の双眸(そうぼう)が、マオの頭の天辺からつま先までを値踏みするように見ながら高圧的な言葉でマオに言う。

 不躾な視線を不快に思いながら睨み返すと、問いかけた聖騎士がわざとらしく腰に提げた剣を軽く叩く。


「早く答えろ」


 痛めつけられたくなければ、と脅している。

 こんな些細な問いなのに、なぜそんな不愉快な訊かれ方をしなければならないのか。

 ――上等だ。

 ただ、沸点の低いマオに深く考える暇はなかった。


「アンタ、俺を知らないってことは下っ端だな」


 ミツキに言いつけられて、マオは他人とはなるべく喧嘩にならないように自制はしている。だけど、それはこちらから手を出さない場合というのが前提だ。

 挑発的に言うと兜から放たれる視線がいっそうきつくなる。それに加えて、他の三人までも殺気立ったように佩剣(はいけん)へ手が伸びた。

 ――暴れるには、ちょうどいいな。

 あっちから売ってきた喧嘩だ。それに胸の奥にはまだわけのわからない苛立ちが渦巻いている。

 知らなかったとはいえ、勇者の弟子と喧嘩するのだ。向こうだってタダでは済まされない。事情も目撃情報もきれいさっぱり調べ上げられて、その礼節に欠く物言いを叩き直してもらえばいい。

 あまりにピリついた空気に、近くの店にいた客たちの目が一斉にマオに集まる。野次馬の人垣こそできないものの、好奇の目を向けられるのは不愉快だ。威嚇するようにそちらを睨むと、客たちはさっと視線を逸らして逃げるように店を移動していく。


「ふざけるな。正直に答えろ」


 それが余計に騎士たちの癪に障ったようで、マオに声をかけた騎士がさらに語調を鋭く言い放つ。

 けれど、マオに正直に答える気などなく。むしろ、憂さ晴らしにもう少しくらいからかってやろうと悪戯心が鎌首をもたげる。


「そんなに俺のことが知りたいならコンラッドに訊けよ」

「コンラッド? 誰だそれは」


 気軽に出した名前が、まさか聖騎士団副団長だとは思っていないのだろう。マオは芝居がかったように大袈裟にため息を吐き出すと、口の端を歪めて続けた。


「ならミツキに訊けよ。今ならまだアンタら下っ端を相手にできるくらい暇だろ。握手くらいならしてくれるんじゃねぇか?」


 救世の英雄の名前まで出してようやく聖騎士のひとりがはっとしたように息を飲んだ。


「おい、もしかして勇者様のお弟子様じゃないか」


 後ろで構えていた騎士が、同僚を制するように言う。


「そんなわけあるか。こんな礼儀も知らんようなガキが勇者様の弟子なわけないだろ」

「ハハッ、違いない」


 鼻っから信じていない馬鹿にしたような言葉に、別の騎士の嘲笑が続く。

 マオの頭から、ぷちん、という音が聞こえた。


「大陸一と言われた聖騎士も落ちたもんだな。殺人犯ひとり見つけ出せねぇで、聖都の玄関がこのザマだ」


 目で指したのは、ごった返す店々に、大門の混乱。いつもの聖都の風景だなんて、とても言えるものじゃない。


「なにっ」

「悔しかったら俺にかまってないで、さっさと犯人見つけろよ!」


 言って、マオは身を翻す。飛び込んだのはさっき出て来たばかりの小道だ。


「貴様! 待て!!」

「待てって言われて待つ馬鹿がいるか!」


 人がかろうじてすれ違えるほどの狭い道を走り抜けるマオの後ろで、がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら聖騎士たちが追って来る。

 鎧を着たまま走る訓練もしているだろうが、それよりも身軽なマオのほうが断然早い。

 石畳を軽快に蹴りながら、一本向こうの大通りへ抜けて裏路地へ。その途中で物陰に隠れて、走ってきた聖騎士の足元へその辺にあった箒の柄を差し入れて盛大に転ばした。


「くそガキがっ!」


 恥辱と痛みに悶えて悪態をつくも、マオにはまったく痛くない。嘲笑う声をわざと上げながら別の小道に入って、大門前の人混みに割り入った。


「おい、なにすンだ坊主」

「悪ィな、おっさん、ちょっと開けてくれ」


 開門を今か今かと待つ人々をかき分けて、その中心へ行く頃には人混みを前にして大声を上げている四人組が見える。


「ええい、どけ! 怪しいやつを逃すだろうが!」


 あちらも沸点などとうに過ぎている。怒りに任せて人をかき分けようとして、けれど、やっぱりあの仰々しい武装が邪魔になっているようだ。


「うわっ!? なにしやがる!」

「公務だ! 邪魔するものは誰であろうとひっ捕らえるぞ!」

「押すなこのやろう!」

「やめろ、俺じゃない。そっちこそ押してくるな、土産が潰れるだろ!」

「喧嘩はやめてください! イリシア様のお膝元ですよ!」


 さらには聖騎士が押しのけた人が別の人間にぶつかり、そこからさらに混乱が広がっていく。あっという間に聖騎士たちは取り囲まれて、もう身動き一つできそうになかった。


「アホだな、あいつら」


 からからと笑いながら、マオは混乱する人々の間をすり抜けて出た。

 さっと横道に身を隠して目抜き通りを盗み見れば、大門の前に立っていた別の聖騎士たちがこの混沌を納めようと大声を張り上げている。けれど、それに負けないくらいの怒号がそこかしこから上がって、聖騎士たちの声が掻き消される。

 イリシア教徒だけなら聖騎士が止めるだけでなんとかなるだろうが、朝から門前で待ちぼうけを食らっていた異教徒たちはそうはいかない。きっと今頃異教徒同士で殴り合いの喧嘩に発展しているだろう。

 軽い動乱のようになりつつある目抜き通りの収拾には時間がかかるに違いない。終わるころにはあの聖騎士たちもマオの存在を忘れているかもしれない。

 マオはひとりほくそ笑んで、目抜き通りから離れた。

 来た道を戻っていると、最初のうちは通りの喧噪を聞きつけた野次馬や聖騎士たちとすれ違ったが、それもすぐに途切れた。そろそろ紺碧区の端になる。建物に違いはないが、区の境には必ず太い道が通っているので容易にわかる。

 何もなくてもつい裏路地を選んでしまうのは、イリシア教徒の親切から逃げるマオの癖だ。

 細い路地の先に境の大通りが見えたころ、その往来を人が横切って行った。


「あれ、あいつ……」


 路地から見えたのは、藤紫の短髪で。一瞬目に入った横顔や背格好もライナスに似ているような気がした。

 ――何してんだ。

 小走りに通りへ出ると、別の横道に入っていく後ろ姿が見えた。周りにミツキの姿はない。

 買い出しでもしに来たのかと思ったけれど、この辺りに店はないし、そもそも門が開いていないので市場が立っていない。

 ――もしかして、ミツキの本性を知って逃げ出したのか?

 勇者に憧れていたらしいライナスが、ミツキが日々マオをこき使うような女だと知って幻滅したんだろう。ミツキは、何も知らない連中が思い描くような立派な英雄じゃない。

 ――それにしたって、たった一日で逃げるか。

 それならそれでライナスがただの意気地なしだったというだけで済むが。

 ――やばい。引き留めねぇと、今夜の飯がなくなる!

 思い浮かんだのは昨日のシチューだ。あの味を知ったあとで、以前のように自分かミツキの食べ物と言うのもおこがましい何かをまた口にするなんてできない。

 ――むり。つらい。むり。

 せめて料理人として雇うことはできないだろうか、と他の可能性を考えてしまうマオの頭はミツキの不味い料理を避けるためなら回転が速くなるらしい。

 マオは早足で紫髪の男が入っていった横道を追った。紺碧区の目抜き通りの方へ続く道だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。彼があの混乱に入って見失う前に捕まえないともう二度とあの味を口にできないだろう。


「待て、俺の夕飯!」


 男の後姿がさらに別の角を曲がっていくのに悲痛な叫びを上げながら走る。そうして追った矢先で、マオは紫髪の男が仰向けに倒れてくる瞬間を見た。

 赤い液体が、倒れた男を追うように降り注ぐ。遅れて目に入ったのは、布を目深に被った、鋭い短剣を持つ人間だった。


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