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勇者様 ビフォー/アフター  作者: 多居志織
一章 私も昔はJK勇者だった/アフター
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第六節 始まりを告げる鳥

 大声を上げた罰として、マオに食器の片づけを言い渡して、ミツキは食後に自室へと戻った。

 ふたり暮らしの長いミツキの家に、客用の寝台(ベッド)はない。かろうじて替えの掛け布を見つけたので、今夜はそれでしのいでもらうとして、部屋はどうしようかとミツキは悩んでいた。

 ミツキの家は狭い。一階は居間と台所、奥に洗面所や風呂場があるだけで、二階もまた二部屋しかなかった。

 救世の勇者がまたどうしてこんな小さな家に、とミツキの矮小住宅に驚く声を聞いたことがある。この家は必要最低限の物が揃っているだけで、しかも聖都の端っこだ。

 お金のある人間なら、ここにさらに客間だ書斎だと部屋を増やし、風呂や居間を広くとったりするのが普通だ。おまけに揃ってロンドミア大聖堂の近くに住みたがる。

 そんな贅沢はいらないからと言ってこの矮小住宅に決めたのだが、それが今になって裏目に出るとは。


「マオと同室とか……」


 日本では兄弟を同室にする家庭も多い。マオとライナスは「兄弟弟子」ということになるので、間違いではないのだろうけど。


「……喧嘩しないかな」


 寝台を二つ用意したとして、部屋の面積をめぐってマオが喧嘩を吹っ掛けたりしないか、あるいはそれでライナスが譲りすぎないか心配になってきた。


「いや、もういっそ引っ越すとか……?」


 半分以上を井戸に占められた裏庭も狭く、これから増える洗濯ものを思うと足りないような気がしてきた。

 ふたりなら多少狭くてもなんとなくやってこれた。そこへ人ひとり増えるだけで、なんと場所を必要とする事か。

 ミツキが頭を抱えて自分の寝台に腰を下ろすと、不意に何かを軽く叩く音が耳に入った。

 堅いもので木を軽く叩いたような控えめな音。それを探して部屋をぐるりと見渡せば、部屋の隅に置かれた机の上に鳥がいた。

 鳩だ。それも夜闇に紛れる黒い鳩。どうしてこんなところに、と開けた覚えのない窓を見てみるが、当たり前のように閉まっている。

 鳩はもう二、三度机をくちばしで叩いてミツキを催促する。ミツキが促されるままに机に近寄ると、黒鳩は慣れた様子でミツキの手に止まった。そのままじっとミツキを見上げる鳩を観察すると、足に小さな筒がとりつけられているのに気付く。


「ああ、そっか。……懐かしいなぁ、ロンちゃんの黒鳩か」


 正解だと言わんばかりにひと鳴きする鳩からミツキは筒を取った。蓋を開けると、筒の中から煙草の半分ほどしかない紙切れが一枚落ちてくるのみで、他は何もない。けれど、それを見届けた黒鳩は空間に溶けるように消えていった。

 この黒鳩は使い魔と言えるものではなく、人が魔力で作った伝書鳩だ。要はただの魔力の塊で、生きてはいない。

 小さな紙片一枚届けることしかできないが、黒鳩は異次元を飛んで来るらしいのでどんな使い魔よりも早く手紙を運べる。その上、もし正しい受取人以外が鳩に触れると手紙ごと燃え上がって情報漏洩を防ぐという優れた魔法だ。ただ、広くは知られておらず、秘伝の魔法らしい。

 その伝書鳩に運ばれてきた紙切れに目を落とすと、紙いっぱいに走り書いたように歪んだ「〇」という記号だけが描かれていた。

 送り主の名前はないが、ミツキはそれが誰だかはよく知っている。


「やっとだけど……、ロンちゃん」


 脳裡(のうり)に思い浮かんだのは、雪のような白髪の男。または、いけ好かないクソエルフ。

 そのエルフからの手紙をミツキは長く待ち望んでいたのに、現状を鑑みるとどうしても喜べない。


「旅に出るにはタイミングが悪すぎる」


 黒鳩から受け取った伝言は、聖都を発つ合図だった。けれど、まだマオは上手く魔法を操れておらず、それに加えてついさっき弟子を増やしてしまったばかりだ。

 旅に出る予定があるとは伝えたが、まさかその翌日に出るわけにもいかない。しかもライナスは聖騎士たちが探している指名手配犯と特徴が被る。

 犯人の情報が少ない中で、これだけ特徴の一致するライナスを連れていれば、必ず聖騎士の誰かが目敏く見つけるだろう。最悪の場合、その場で斬り捨てられる可能性だってある。

 いくら彼が勇者(ミツキ)の弟子だと言ったところで、ライナスは昨日今日弟子にしたばかりだ。コンラッドですら渋い顔をするに違いない。

 眉間に皺を寄せながら、ミツキは部屋の机の抽斗(ひきだし)から手のひら大の小箱を取り出した。

 それを机の上に置くと、鍵穴に指先をかざして魔法の錠を解く。魔錠まで掛けて厳重にしたわりに、中はまた紙切れだ。それに拙い字で意味のわからない平仮名が羅列されている。その羅列の下には「うたうように」なとどご丁寧な注文がついている。

 ミツキは苦い笑みを浮かべながら、その平仮名の羅列を一度目でなぞったあと、舌に魔力を載せてゆっくりとそれを口にした。

 紡がれる歌とも音とも判別のつきがたい声。拙くも吐息とともに吐き出されたミツキの魔力は、やがて机の上で鳥の形を取った。

 ついさっき消えたばかりの黒鳩と同じ鳥が、体と同色の黒い瞳でミツキを見上げながら首を傾げている。

 ――なんとか、形にはなった。

 安堵のため息を吐きながら、ミツキはどっと疲労が押し寄せてくるのを感じた。体の中の魔力がこの黒鳩にごっそりと持っていかれている。

 呪文の詠唱を必要とするのは高度な魔法に限られる。この伝書鳩は異次元を飛ぶ上に、手紙の受取人の識別も行うのだから、最上級魔法と言われれば、確かにそうだと納得できる効果と魔力消費量だ。

 半分以上の魔力を失った疲れでそのまま机に突っ伏したい気持ちを抑え、ミツキは別の抽斗から筆記用具と紙を取り出した。

 こちらは日本と違って羊皮紙が主流だが、植物を手漉しした植物紙もある。数が少なく高級品の扱いになるけれど、ミツキがひとたび立場を利用すれば簡単に手に入った。

 紙の端を小さく千切り、平仮名で「せいと」と書いた。それを黒鳩の足に取り付けられた筒に入れる。


「ロラン・エインワーズ」


 宛先を告げれば、黒鳩は心得たように頷いた。そうして、羽ばたいたかと思うと、黒鳩の姿は歪み、空間に滲むようにして消えた。

 初めて使う魔法なので、本当にこれで返事が届くのかと不安はある。けれど、ミツキの顔には笑みが浮かんでいた。本当に笑い出してしまわないように口元に手を当てて抑えながら、寝台に寝転ぶ。


「これでやっと終わらせられるよ、魔王」


 ひとりごとは誰に聞かせることもなく。

 ミツキは、疲労に任せて目を閉じた。


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