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式神お助券

一方、リュートといた愛梨沙は、トイレから出てきて仰天した。


リュートはおろか人っ子一人いない。おまけに嫌な感じの暗さである。


愛梨沙の経験上、ヤバい雰囲気である。しかも、一人ぼっち。か弱き人間の乙女である。


月の欠片も涙も持たない愛梨沙を倒したところでオロチに何の得があろうか…?


さては、気を利かせて自分だけ闘いの火の粉が降り注がぬよう安全な場所に逃してくれたのではあるまいか…。


だとしたら、蛇ってイイヤツ?


愛梨沙は、全て自分に都合よく考えた。


「お姉ちゃん…」


「きゃっ」


愛梨沙は、突然声をかけられ、飛び上がった。


妖怪か?


愛梨沙は、恐る恐る振り返った。


よく見ると、小学校低学年位の男の子が下を向いて、泣きべそをかいている。


愛梨沙は、妖怪でないことを確認するとほっとした。一人だと心細いが子供でもいてくれれば心強い。


「どうしたの?」


「急に暗くなって…」


「大丈夫、お姉ちゃんが一緒に付いていてあげるから」


愛梨沙は、右手を繋ぐため男の子に差し出した。


「本当に?」


「本当。お姉ちゃん、嘘つかないから、そうだヨーヨーあげようか、それともあめ玉でも舐める?」


泣き止まない男の子を必死であやし、愛梨沙は、男の子の頭を撫でた。


「じゃ、僕…。お姉ちゃんの魂が欲しいな」


「何?」


愛梨沙が男の子の意味を理解する前に、顔をあげた男の子を見て事の仔細を把握した。


顔を上げた子供の目は中央に大きく一つのみ。舌先が割れ、蛇のように出し入れをしている。祭りだから違和感ない甚平姿なので見過ごしていた。


愛梨沙は、声を上げることなく一目散に逃げ出した。木々の間を縫うようにジグザグと逃げる。一つ目小僧は、背中のから傘を開きトランポリンを跳ねるように愛梨沙を追いかける。


不意に、足を滑らし、愛梨沙が転ぶ。上体を起こすと、から傘をすぼめ、ゆっくりと獲物に近づいてくる一つ目小僧の姿が。舌なめずりなどしている。


冗談ではない。喰われてなるものか・・・。


愛梨沙は、その辺に落ちている草木や石を手当たり次第、一つ目小僧に投げつけるが、余裕で避けられてしまう。


目の前に影がそびえたつ。


愛梨沙は、懐を探り、何かを最後の意思表示とばかりに投げつけようとして、その紙の正体に気付いた。


式神お助券。。。


栃木へ行ったとき、何かあったらこれを使えばいつでも式神が飛んでくるというありがたい札だ。まだ、使わずにもしものために愛梨沙はとっておいたのだ。


「観念しろ。お前を見せしめにして奴らをおびきだし、オロチ様に例の物を差し出すのだ。そうすれば、俺の出世は間違いない・・・」


一つ目小僧の鋭い爪が降り下ろされた。



「式神さーん、助けてー」


札が光り輝く。一つ目小僧の手が何かに遮られる。


「か弱い女の子相手に感心しねえな、一つ目・・・」


スーツ姿で式神のトオルが、一つ目小僧の手を握り、愛梨沙と小僧の間に胡坐をかいていた。


「何だ、お前?どこから湧いてでやがったんだ?まずは、お前から片付けて…」


一つ目小僧は、式神のトオルに握られた片腕を振りほどこうと必死に暴れたり、トオルを蹴ったりしているがびくともしない。


逆に胡座を退屈そうにかいているトオルに腕を持ったまま吊り上げられていく。骨の(きし)む音が静かに鳴り響き、一つ目小僧は、顔を歪ませる。


「おいおい、見かけで判断するんじゃないよ。俺を誰だと思っていやがる…。俺は式神だぜ」


「何?」


一つ目が歪めた顔を宙にやると、式神の神通力を纏った人形(ひとがた)の紙切れが無数に体を波打たせ揺れながら飛んでいる。


「ーーーもっとも、お前を(ひね)るのに神通力なぞ要らんがな…。冥土の土産に拝んでいけ!これが式神じゃ!!」


トオルの姿が上半身を露にした筋肉隆々の鬼のような姿になり、倍以上の背丈になる。


さすがに、愛梨沙も声をあげ、尻餅をつき、見上げた。


柔らかい果肉のトマトを潰すかのように一つ目小僧の体は、式神によってあっけなく握り潰された。


「造作もねえ…」


そう言うと、式神は、再び元のトオルの姿に戻り、愛梨沙を助け起こす。


「ゴメン、ゴメン。驚かせちゃったね、愛梨沙ちゃん。大丈夫?・・・ん?」


トオルの顔を見た愛梨沙。実は、スーツが元通りなのがちょっと残念だと思っていた。


上半身裸だと思っていたのに…。


しかし、この心の声は、はっきりトオルに届いていた。


「いやん」


トオルが両手で胸元を隠し、恥ずかしがる。


心を読まれたことに気づき、愛梨沙は顔を真っ赤にして、下を向く。


「と、とにかく愛梨沙ちゃん。菜子が心配だ。先を急ごう」



トオルは、愛梨沙の手を引き、白いトンネルに飛び込んだ。



◇ ◇ ◇


同じ頃、彩萌とワタルは、土蜘蛛たちと対戦していた。


彩萌が木々から垂れ下がる人の赤子ほどの大きさの子蜘蛛を炎の神通力で蹴散らしていく。


ワタルは、親玉の土蜘蛛と対峙する。太く粘る糸をワタルめがけてこれでもかと吹きかける。

ワタルは飛び跳ねながらそれを避けていき、土蜘蛛に迫るがすんでのところで素早くかわされる。


「くそ、すばしっこい奴め」


ワタルは、追いかけるのを止め、わざと動作を遅くした。


案の定、蜘蛛は、ワタル目掛けてねばつく糸をはきかける。


ーーーと、ワタルは、待ってましたとばかりに左腕でそれを受け、力任せに蜘蛛を引く。


空高く舞い上がった蜘蛛は、木々をなぎ倒して、地面に叩きつけられる。


堪らなくなった土蜘蛛は、自ら絡み付けたワタルの糸を食いちぎり、土の中へ逃げ込んだ。


「犬養君!こっちは片付いた。そっちはどうだい?」


彩萌が木々を飛びうつりながら、ワタルのもとへ駆けつける。


「まだだ。アイツ地面に潜りやがった!気を付けろ、下から狙ってやがるぞ!」


二人は、僅かな変化も見逃さぬように神経を集中し、地面を注視する。


「犬養君、そこだ!」


彩萌の鋭い聴覚が地面の僅かな震動を捉えた。


ワタルの嗅覚も土蜘蛛の臭いを感じ取る。ワタルは、飛び上がり、すんでの差で蜘蛛の黒光りする顎を避けた。


「神通力、双砕敵浄(そうさいてきじょう)!!」


高々と頭上に握り締めた拳を合わせたワタルの全身が蒼白い妖気を纏う。


そのままの形で頭から蜘蛛の黒く毒々しい赤い斑点のある腹目掛けて突っ込んでいく。


蜘蛛は、Vの字に折れ曲がると天高くに顎を突き上げ、緑の液体を吐き捨て、潰えた。


烙印を押されたような音を奏で蒼白い炎になめ尽くされて…。


「よし、一丁あがり…と」


ワタルと彩萌は、グータッチで健闘を称え合うとにゃー子たちの心配をしながら、現れた白いトンネルをくぐり抜けていった。






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