月の涙
「ちょっと、惣右衛門さん。マユに聞いてよ、本当に月千代さんの使いなんだってー!!」
姫子に抱えられた愛梨沙の鼻先に右から左からマユの黒光りする槍が掠める。
「おのれ、まだ言うか。蛇め、あの時のようにはいかんぞ。拙者あの世で修行を積み、来るべき今日に備えたのじゃ、おとなしく斬られるがよい」
マユは、森の木々を蹴散らし、愛梨沙たちを追っていく。
姫子のスピードもものすごいはずなのにぴったりと槍の届く範囲で追撃してくる。
ーーと、姫子の目の前に洞穴が。姫子は、一か八かで洞穴に突入した。
中は、広い岩肌の露出した空間で50メートルほどで突き当たってしまった。突き当たりには燭台があり、何やら祭壇のようなものが飾られていた。
姫子がその祭壇に近づいた時、姫子は何かに気づいて、愛梨沙を地面に突き飛ばした。
「罠でありんす」
姫子は足元からすくわれ、網にかかり、吊し上げにされてしまった。
「いったあ…。何すんのよ、姫子…。姫子?姫子!」
地面に放り出され、肘を押さえながら立ち上がると網にえびぞりで放り込まれた姫子が前後に揺れている。
「逃がさん」
後ろを振り向けば、マユが槍で愛梨沙の喉元を衝かんと構えている。
いかんすぎる状況。後ろは袋小路。
「にゃー子助けて!」
洞穴が一杯に響き渡る愛梨沙の声。
「山口君許せ」
彩萌が後ろからマユを蹴り、槍を奪い、祭壇に放り投げる。
マユは、腰を押さえ、跪く。
「望月君大丈夫か?」
彩萌は、すかさずマユと愛梨沙の間に入る。
「彩萌、ごめん。私…」
「わかっているよ。僕はそれだけのことを君に、いや琴音にしたんだ。君が許せない気持ちはわかる。僕の方こそごめん。ま、橘君に比べたら頼りないかも知れないが勘弁してくれたまえ」
「そんなことない…。それより、姫子が…」
「わかっている。でも、参ったな山口君を傷つけるわけにはいかないし…」
彩萌はマユを気絶させようと考えた。
「やはり、狐。油断したがそうはいかんぞ。鳳凰黒槍、戻れ!」
「いぃ、何だ?」
マユが黒槍に命ずると勝手に黒槍は空を舞い、マユの元に帰っていく。
「ふふふ、神通力を纏わせた我が最大の武器」
マユは、黒槍を回して、構え直す。
「もう、何でもありだな…」
彩萌も構え直した。
その時、大きな地鳴りと共に地面が裂け、大きな蟒蛇が姿を現した。
首を左右にもたげながらゆっくりと天井近くまで体を伸ばした。
初めは、下の三人に威嚇の意を表し、唸り声をあげていた蟒蛇だった。が、目の前にぶら下がる揺れる網にえびぞり女が一人。蟒蛇と目が合う。
「ぎゃあああぁ」
涙を飛ばし、網を激しく揺らしながら姫子が叫ぶ。
「姫子が危ない!」
愛梨沙が叫ぶのと同時に彩萌が飛び出す。蟒蛇の気を逸らすため、腹に一撃をくわえる。
蟒蛇は、尾で飛び上がった彩萌を叩こうと執拗に追い回す。愛梨沙との距離を取りながら、好機を伺う。
「これは一体…?」
マユは、蟒蛇と彩萌の戦いに自分はどうすべきか、思考しながら立ち尽くしてしまった。
蛇の手下と思っていた狐が蛇を攻撃しているし、捕らえられた狐の仲間を蛇は、なんの躊躇もなく襲いかかろうとしていたからだ。
「マユ、ボサッと突っ立ってないで彩萌と姫子を助けて!食べられちゃう」
愛梨沙は、マユを促す。それでも、まだ半信半疑。マユは、動かない。
尾に気をとられた彩萌の頭上から蟒蛇が大きな口を開けて食らいつかんとする。
「危ない、彩萌!黒扇丸お願い」
愛梨沙はロザリオに向かって祈りの雄叫びをあげた。
「黒扇丸!?」
マユが愛梨沙の顔を見る。かえでの母、飛兎美の姿が頭をよぎる。
「こっくろおおぅ」
勢いよく飛び出た黒扇丸は、四肢を広げ、鋭い刃先のように蟒蛇の首をはねる。
間一髪。立ち尽くしていた彩萌を救う。
ーーと、胴と離れた蟒蛇の頭は、地面に叩きつけられると大きく跳ね、愛梨沙のところへ。
そんな状態でなお、怒りを増し、今度は、愛梨沙を狙う。
「させるか」
彩萌は、紫の妖気を纏い、揺れる炎の赤々と灯る両手を蟒蛇の頭目掛けて撃ち込んだ。
蟒蛇の頭は、業火のうねりに呑まれ消えていく。
「やった!」
愛梨沙は、勝利を確信して安堵の溜め息を漏らす。
「いや、まだだよ、望月君。あいつはまだ生きている」
「え?」
彩萌が構え直した方を愛梨沙が驚いて見ると、さっきまで八の字にのたうち回っていた蛇の胴体が直立不動に立っている。
微動だにしない。
やがて、胴体が尾から頭に向い、隆起を繰り返していくと、前後に激しく体を揺らし始めた。
「な、何?」
愛梨沙が腰を抜かした。腰から下を誰かに持っていかれたようにペタンと尻餅をついて、動けない。
蛇の切り口から毒々しい血しぶきがあがると、三つの頭を持った蛇の姿が完成した。
「ミツマタか…」
彩萌が攻撃をしようとすると、蛇は三又の首を器用に伸縮させながら一方は、彩萌へ。一方は、網に捕らえられた姫子へ。一方は、マユへ向かってその鋭い毒牙を伸ばした。
「ちくしょう」
彩萌は、自分と愛梨沙を守るので精一杯。マユは、ともかく、姫子はどうすることもできない。
黒扇丸は、尾に追われてその太い体に巻かれてしまった。
姫子の網に蛇の刃がかかった。
「ダメか?」
その彩萌の視界に長く黒い線が一直線に姫子へ伸びていく。
ーーと、姫子は、すんでのところで網ごと地面におちてくる。
慌てて、網を抜けると姫子は、四つん這いで彩萌のところへ。
姫子の網のそばにはマユの黒槍が落ちていた。マユが姫子の網を切ったらしい。
しかし、今度は、丸腰になったマユに二つの蛇の頭が襲いかかる。
「こっくろー」
平たい体を更に薄くのばした黒扇丸が蛇から抜け出し、一つの頭を切り裂いた。そして、今度は、とばっちりがいかぬよう、自分の羽毛を銃の如く乱射し、確実に頭を仕留める。
一方、丸腰になったマユは、焦ることなく一つになった敵をじっと見据え、攻撃をかわしていく。
「鳳凰!」
マユの命令に黒槍が反応し、蛇の後頭部を貫きながら主のもとへ帰る。
マユは、何事もなかったように黒槍を手にするといつものように体の周りを一回りさせ、構えをとった。
る頭は、ただ一つ。怒りに任せた蛇は、自らの頭を力一杯彩萌を目掛けて降り下ろす。
「姫子!」
彩萌は跳び跳ねながら蛇の攻撃を避けると、姫子にサポートを申し入れた。
「あいなー」
姫子は、返事するやいなや素早く彩萌の背後に入る。
「いくでありんす」
「OK!」
彩萌は、準備万端とばかりに両手の火力を全開にする。
「神通力、スタン怒…応援弾!」
子は、両手に纏わせた青白い妖気で彩萌の背中 ごと押し出した。
勢いよく押し出された彩萌は、一直線に蛇へ。
蛇は、彩萌を食らわんと大口を開けて、彩萌に降ってくる。
「神通力…、狐紫炎…炎誅沙妖奈落!」
彩萌が呑まれる寸前に繰り出した両手の炎は、残らず蛇の口に注ぎ込まれる。
溢れんばかりの炎が、蛇の体の中を暴れまわると、やがて蛇は直立のまま動かなくなった。
そして、噴き出すように体のあちこちから炎の火柱があがると、蛇の体は完全に彩萌の炎の餌食となり、跡形もなく焼き付くされた。
「やった!」
愛梨沙は、彩萌と姫子のもとへ駆け寄る。そして、呼び寄せた黒扇丸の先端の羽を撫で付け、誉めてあげた。
黒扇丸は、嬉しそうに愛梨沙に甘えた仕草を見せる。
「そうだ、忘れないうちに彩萌に返しておくわ」
愛梨沙は、首から下げたペンダントを彩萌に手渡した。彩萌は、何の気なしにそれを受け取ると、手のひらに乗せ、見つめていたが、すぐに気づいて愛梨沙に返そうとした。
「殺生石じゃないか、これは受け取れない」
「閉じ込めちゃったけどそこに銀狼さんがいるから…。あんたに渡しておく。私よりあんたの方が同じ狐だから何かあった時、役に立つでしょ。それとも、それ使ってまた私たちを襲う?」
愛梨沙は、受け取りを拒んで彩萌に突っ返した。
「仲間なんだから信用するの当然でしょ?」
「・・・」
彩萌は、実はアヤメから彩萌になった後も、人を信用し続けて苦い目にたくさんあっていた。自分の信念でありながら時に二つ折りにして丸めてしまいたくなることが度々あった。
でも、今日は違う。そんな嫌な気持ちが一辺に吹き飛んでしまった。
「彩萌?」
愛梨沙が不安になり、彩萌を覗きこむ。
「ありがとう、君たちに危害を加えないよう大切に扱うよ」
彩萌は泣きながら、彩萌には珍しい晴れやかな笑顔を見せていた。愛梨沙もつられて微笑む。
「あいや、お取り込み中失礼いたす」
マユが突如割り込む。
「渡辺様。マユは、元に戻るの?」
愛梨沙は、マユに向き直して真っ直ぐ見つめながら問いかけた。
「勘違いの上、とんだ迷惑を…。そして、今マユ姫にこんこんと灸を据えられていたところでござる。マユ姫との入れ替えも話し合いがすんでござる。しかし、黒扇丸がおったとは…。先に言うてくだされば…」
そんなことでよかったのか?
三人は、散々逃げ回ったことを思い、肩を落とした。
「でも、肝心の月の涙は?」
「ちょうどこの場所に…」
マユが、祭壇に黒槍をかざすと、ひらひらと上から何か黒い花びらのようなものが一片舞い降りてくる。
「これでござる。奈津どのから預かった月の涙。たしかに月どのにお返し申す」
マユが手のひらで掬うように取り上げた一片の黒い花びらのようなもの。
愛梨沙たちは、月の涙を手にいれた。
渡辺様からマユの意識に切り替わり、皆で仲良く家路についたまではよかった。しかし、玄関に待ち構えるは鬼より怖いマユの母親。
「マユ、何やってたのー!!」
マユの姿を見つけるなり雷が烈火のごとく落ちる。それもそのはず。夕飯の支度をすれど待てど暮らせど連絡はなし。まして、靴下のまま外へ飛び出すと全身泥だらけで戻ってきたのだから…。
とても高校生とは思えない。愛梨沙たちまで正座で説教されてしまった。父親の方は女友達の手前、表だって叱ることはしなかったが後でマユが二人に責められるかと思うと皆気の毒で仕方なかった。
ただ、マユの祖母だけは違った。
「槍を持って出たときから知ってましたよ」
そう言って、沸かしておいた風呂に入ることを勧めてくれた。どうやら、マユの祖母も若いとき経験があるらしい。
渡辺様のせいで飛んだ騒動に巻き込まれた愛梨沙たちであったが同時に仲間の友情も確認できた貴重な時間でもあった。




