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やばい!!

五月に入った。梅雨入りにはまだ早いというのにグズグズうじうじと鬱陶しい天気が続いていた。

久しぶりの天気の予報にゴールデンウィークの浮かれ気分が加わり、愛梨沙は、足取り軽く足利の駅に降り立った。


「ところにより」のまさにその場所。にわか雨が通りすぎ、爽やかな風が吹き抜け一気に気温が上昇。汗ばむ陽気となった。


「気持ちいいでありんす」


対面二列の簡素な駅に降り立つと姫子が伸びをした。


まばらな乗降客が行き交う中、愛梨沙と彩萌がそれに続いて伸びをする。


人口十六万人の町とは思えない、閑散とした寂しさが青い空とは対照的に映る。


二階建ての面影すらない平屋木造の駅舎を出ると、連休中のためかシャッターを閉めている店が多い。


マユの法要がおわるまで暇を潰そうと観光に乗り出そうとするが出鼻をくじかれたようにみんな押し黙る。


本当は、薫子も来る予定だった。しかし、残りの顧問が熱をだし、かえでと共に部活動の試合に行ってしまった。


結局、電車に揺られて来たのは、愛梨沙、彩萌、姫子の三人のみである。

愛梨沙は、心細かった。にゃー子が傍にいないとこんなにも不安になるものなのかと感心してしまった。


マユを襲った蜘蛛は退治されたわけではないし、蛇の配下も狙って来るだろう。


そんな危険な場所に何の神通力ももたない人間を平気で使いによこす薫子とにゃー子の気が知れない。


たしかに、彩萌と姫子がいてはくれるのだが…。


愛梨沙は、どうも彩萌が苦手だ。


たしかに、みんなで窮地を乗り越えて来た。しかし、元は親友の琴音を操り、にゃー子や自分を本気で殺そうと企んだ華閻と組んでいた狐である。

愛梨沙が持つ殺生石には彩萌が憧れて止まないあの九尾の狐、銀狼が封じられている。


いつ何時奪い返されるかわからない。


姫子しか頼れないが、まだ会って日が浅い。にゃー子のように親密なわけでもない。


愛梨沙は、心細そさを隠すように大声ではしゃぎながら、時折、にゃー子から預かったロザリオと薫子からもらった「式神お助券」をジーパンのポケットから出しては眺めていた。


彩萌のほうもそんな愛梨沙の態度に自分が信用されていないことを感じ取っていた。


面白半分で華閻に付き合った結果が、どんどんエスカレートしていき、彩萌自身もどうしていいかわからなかったのだ。


果たして、暴走はにゃー子の手によって止められた。


彩萌にすら止められなかった華閻の暴走。


彩萌は、にゃー子たちに感謝こそすれ恨みには思っていない。


掛け違えたボタンは、大きく二人の裾を分かつ。


姫子もそんな二人のよそよそしさを感じ取って、慣れないムードメーカーをかってでた。


有名な渡良瀬川を眺め、かえでの父母がいたという天狗山をハイキングし、市内見学を終えたところで時間と相成った。


マユと待ち合わせの場所に着くと、学生服のマユが肩先で揃えたライトブラウンの髪と共に手を振っていた。


マユの父の運転で渡辺の本家に向かう。今日は、そこで泊まり、明日には電車で帰る。


愛梨沙たちが渡辺家に着くと、物腰の柔らかい半分白髪の上品な女性が愛梨沙たちを迎えてくれた。


どうやら、彼女がマユの祖母のようだ。勘当するような女性にはとても見えない。


マユによると祖父はかなりの頑固でわがままな養子だったようだ。


マユが産まれたと知ると、祖母は大変嬉しがり、祖父に隠れてマユに送金したり、プレゼントを贈ってくれたらしい。


時々、祖父の目を盗んでは上京してマユに会いにきていたのでマユも祖母にはなついていた。

旧家の屋敷らしく広い大きな門には立て札があり、旧渡辺家跡と書かれて説明がされていた。


どうやら市の文化財に指定されているらしい。


門をくぐると玄関まで少し離れており、綺麗に整備された石畳と両脇の花壇が季節の花と共に愛梨沙たちを出迎えてくれた。


屋敷は、当時の渡辺家に近い形で保存され、内装のみリフォームで現代的に直されていた。


平屋造りで離れがもう一つあり、こじんまりした感があったが中に入るといくつもの部屋があり、迷ってしまいそうであった。

梨沙たちは離れに通された。畳は、張り替えられたばかりなのか青々としており、井草の匂いが立ち込める。


源氏物語のような襖に見とれていると、廊下側の障子が開いて、マユの祖母がお茶と菓子をもって来てくれた。


「お婆ちゃん、言えば私とりいくのに…」


マユが慌てて祖母の手から盆を受け取る。


「いいの、いいの…。ゆっくりしていってね」


優しい口調で目許と口許のシワを緩ませ、マユの祖母が立ち去った。


「優しそうね」


愛梨沙は、マユにまるい瞳を更にまるくして微笑んだ。


ーーーと、マユは、愛梨沙の顔を見て、慌てる。

「あーりん、大変。自慢の前髪が…」


「うそ、マユ直して」


愛梨沙は、前髪にこだわりがある。ビシッと決めないとテンションが下がり、何もする気が起きなくなってしまう。


そんな時、マユがよく手直ししてくれるのだ。


マユは、いつものように櫛と手鏡で愛梨沙の前髪を格好よく決めていく。

「よし、出来上がり」


マユが満足そうに愛梨沙に手鏡を見せる。


「いつもありがとうございます、お代官さま」


愛梨沙は、いつものように小芝居をうって頭を下げた。


庭の鹿威しが小気味いい音を響かせる。


ーーーと、マユの様子がおかしい。急に襟を正すように背をのばすと正座をし始めたのだ。


「あ、いいや。私は代官ではござらん。代官は勘兵衛という者。拙者は、家老の渡辺惣右衛門と申す」


「へ?」


何が起こったのかわからず、愛梨沙は、間抜けな声をあげた。合いの手を入れるかのように再び庭の鹿威しが甲高い雄叫びをあげる。


「マ、マユ何言ってんの?からかわないでよ、やだな、もう」


愛梨沙は、苦笑いしながらマユの肩をさすった。

「無礼者!下がれ」


「ひっ」


愛梨沙は、マユの一喝におののき、後ろへ膝のまま後退りした。


「拙者、嘘偽りを申した覚えはない。確かにこの身は、我が直系のマユ姫に相違ないが、月どのと田助が転生し、この度相結ばれる儀となりそうらば、こうして馳せ参じ奉った次第…。そなたは一体何者じゃ、名を名乗れ」


威風堂々のマユの口上に、襖絵に見とれていた姫子と彩萌が何事かと愛梨沙のもとへ駆けつけた。


事情を小声で説明した愛梨沙は、きちんと正座し直し、マユと向き合った。


「ええと、拙者は…。じゃなかった。私は望月愛梨沙と言います。あなたの子孫のマユと友人です。この二人もです。にゃー子…。じゃなかった。月千代さんから頼まれて、渡辺様が持っている月の涙を預かってくるように言われました。ちなみに私は、月千代さんの子孫でもあります」


完璧だろう、愛梨沙は我ながらよくできたと微笑み頭を下げた。


「そうであったか…。それは相すまなんだ。で、証明するものはござらぬか?」


マユは、ニッコリ微笑みながら立ち上がると、離れの押し入れの上の段に手をかけた。


「証拠ですか、サトリの奈津さんとか…」


「おお、懐かしいのお」


マユは、まだ、奥の方を探っている。愛梨沙は、月の涙を探しているのかと思っていた。

「ーーーで、愛梨沙どの」

庭の鹿威しが三度(みたび)響き渡る。マユの動きが止まり、妙な静けさが支配する。


「はい?」


愛梨沙もただならぬ雰囲気に疑問形で投げ返す。

「何故、狐が側におられるのかな」


「そ、それは、月千代さんの仲間だからよ」


愛梨沙は、嫌な予感がした。


「ありえん。月どのは、昔仲間を狐に殺られたと申しておった。さては、貴様ら蛇の手下であろう。この惣右衛門を欺こうなどとは笑止千万。成敗してくれるわ、覚悟いたせ!」


マユが手にしていたのは、槍だった。黒く艶やかな光沢のボディに先端が鋭くキラリと光る。どうやってそこにおさまっていたのか不思議なくらい長い。


デモンストレーションとばかりにマユが体の周りで器用に槍を捌いて見せる。


「覚悟!」


マユは、彩萌には目もくれず、愛梨沙目掛けてとんでいく。どうやらマユの中の惣右衛門は、愛梨沙を首謀者と見込んでしまったらしい。


「危ないでありんす」


姫子がすんでのところで愛梨沙を抱き抱え、庭へ逃げ出す。


彩萌もそれに続く。


「逃がすか」


マユもそのまま追いかける。


騒がしい様子にマユの母が顔を覗かせると、追われる者と追う我が娘の姿。手には見慣れぬ長い槍。


絶叫して娘の名を呼ぶも耳には入らず、一行は裏山から深い森の中へ入っていってしまった。







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