回想 田助 2
それから、三日三晩、月千代は、眠った。
気づくと相変わらず、月千代は、男の家の中にいた。
月千代は、居間の板間に敷かれた、わらの上にいた。囲炉裏から程よく離れていて熱すぎず寒すぎずちょうどよい。かといって隅というわけでもなかった。
月千代は、部屋を見渡した。自分の寝ている反対に障子がある。向こうにもどうやら一つ部屋がありそうだ。殺風景なのは間違いない。
月千代は、ぼうっとする頭でそんなことを感じていた。
熱は下がっていたが、傷はまだ、かなり痛む。神通力で、治癒力を高めたが、一ケ月はうごけそうにない。
月千代は、また、眠ることにした。
家の戸が開いて、男が帰ってきた。
月千代は寝たふりをした。
男は、月千代の様子を診ると、傷の手当てをしてまたどこかへ出掛けていった。
次の日、月千代が目を覚ますと目の前には綺麗な水と捕ってきたばかりであろう魚が置いてあった。
魚が勢いよくびたびたと板の間を暴れまわる。
男は、目を覚ました月千代を見て食べるよう促した。
毒の一つも仕込んであるまいか、月千代は勘ぐった。
男は魚に一つも手を付けていない。自分は、稗の粥のみうまそうにすすっている。
月千代は、首を横に向け嫌悪を露にした。
男は困った顔をしていたが、自分の食いかけの粥を月千代に差し出し、月千代の前に置かれた魚を一匹無作為に掴むと、がぶりと一口食ってみせた。
それでも月千代は、横を向いて一切食事を摂らなかった。
それでも男は黙って十日間、食事を運んできた。
月千代もとうとう堪えきれなくなった。男が畑仕事に外へ出掛けた隙に食事を摂るようになっていった。
男は、食事がなくなっている様子をただ嬉しそうに眺めていた。
そうこうしているうちに一ヶ月が経過した。
そろそろ傷も完治した。男を殺して、ここを出よう、そう月千代は、考えていた。
男が家に帰ってきた。
男は、囲炉裏に火をくべた。
月千代に背を向ける格好になった。
月千代は音も立てず、たちあがった。
月千代が男に近寄ろうとした瞬間だった。
「猫よ、お前にも事情があろう。わしを襲って我が身の糧にするもお前の勝手。この田助、恨みごとをいうつもりもない。ただ一つ頼まれて欲しいことがある。」
男、いや田助は月千代の動きを察してこう言った。
「愚かな人間よ、命ごいか」
月千代は、自分の動きを感知されたことに驚いた。今まで、無口で言葉らしい言葉などこの男から聞いたことがなかったが、すべて見通されていたようで、月千代は虚勢を張る意味でも大きな態度に出てみた。
「いや、命ごいではない。食いたければ食えばいいと申しておる。慌てるな。逃げもせぬ。わしの話をまず、聞け。それにわしにも名前というものがある。モノには、全て名前というものがある。名前で呼ぶのが礼儀じゃ。猫よ、名を何と申す、わしは、田助じゃ」
「名前など不要。死んでいくものに名乗る筋合いなどない。傷の手当てをしてもらったよしみじゃ、五分だけ猶予をやる。手短に用件だけ話せ。」
月千代は、田助の言葉を遮るように荒々しく言った。