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ナヨタケと月の欠片

一行は、更に奥へ進んでいく。


鬱蒼と茂る草木。大きな岩を隠すように苔や木々の根が絡みつき、にゃー子たちの行く手を阻む。


時に乗り越え、時に掻き分け…。


ある地点にたどり着いた時、薫子が地面に向かい術符を投げつけ、何事か唱え始めた。


地面は、大きく揺れるとやがて、そこだけぽっかりと穴が開いたように黒くうごめく闇が姿を現した。


「さあ、行くわよ」


薫子は、そう言うと真っ先に自らその闇のなかに身を投じた。


にゃー子が後に続き、皆もそれに従った。


闇は、全てを飲み込むと再び、その口を閉じ、何事もなかったように跡形もなく消え去った。



闇の中に入ったにゃー子たちは誰が灯したのか、道なりの燭台に灯された蝋燭(ろうそく)を頼りに鍾乳洞のような迷路を歩いていた。



途中、幾重にも枝分かれする道は、消えては現れ、蜃気楼のようである。


時折、蝋燭を揺らす風は悲しい音色を奏で、体の芯まで冷やす冷気をはこんでくる。


そして、何とも不気味な叫びや唸り声のようなものが風に乗って聴こえてくる。


愛梨沙とマユはここでも手に手を取り合い、恐る恐る皆の後をついていく。


「はぐれちゃダメよ。一歩間違うと魔界だから」


「ひ」


愛梨沙は、足がすくんで座り込んでしまった。何でにゃー子の恋のためにこんな怖い目に遭わねばならないのか…。


愛梨沙は、我が身を呪った。


ーーーと姫子が愛梨沙を背負いあげる。


しばらく進むと、大きな広間に出くわした。


「はあー」


愛梨沙は、余りの広さと雄大な天然の鍾乳洞の柱の美しさに見とれ、怖さも忘れ、姫子の背中から自ら降りたった。


天井は蛍火のような幻想的な光りが飛び交い、ネオンのように瞬いている。反射した鍾乳洞に七色の光りを秒単位で変化させていく。


「きれいでしょ?でも、ここはこの世ではなく、あの世の一部よ…」


「えっ」


愛梨沙は、思わずよろめいた。


「あの飛んでいるのが御霊。成仏を迷ってここにいるの」


「お化け?」

にゃー子たちは首を振り、心配ないと愛梨沙を説き伏せる。しかし、いかに説かれようと気が気ではない。一刻も早くナヨタケに逢い、家に帰りたい。


でも、またここを通るのか…。


愛梨沙は、一気に重い気持ちになった。


「だーれだー?こんなところに来た奴は。生きて帰さんぞー」


突如、薄気味悪いダミ声を響かせ、上から何かがにゃー子たちの元に落ちてきた。


大きな地響きがするとにゃー子たちの傍らに大きな山が二つ。


暗がりにもはっきりわかる赤色と青色のそれぞれの肉体は、(たくま)しい筋肉と毛深い体を有し、金棒を担いでいる。


鋭く尖った二本の下歯が両端から顔を覗かせ、剥き出た目玉が血走り尋常ではない形相をものがたる。


頭に角。雷紋様の腰巻き。人間の倍近くある背丈からにゃー子たちを見下ろす。


「鬼でありんす」


姫子が叫ぶ。薫子とにゃー子は平然と見上げる。彩萌とかえでは臨戦体制に入り、メイは、愛梨沙とマユについて護りを固めた。


「私たち、ナヨタケの元に行きたいの。通行許可は朱雀からもらっているわ」


薫子は、鬼に木製の手形をぶら下げて見せた。

青鬼は、顎に手をあて、どれどれと薫子の差し出した手形を身を縮めて覗きこんだ。


「どうやら、本物らしいな…。ならば仕方がない通れ」


青鬼は、渋々にゃー子たちに通行許可を出した。

「ーーーしかし、万が一下手な真似をしたら、生かしては帰さん。お前らを喰うからな…。先に言っておくがわしらは神通力は使えぬが雷、火、水、風、土一切の攻撃は効かぬ。よく肝に銘じておけよ」


青鬼は、金棒をにゃー子の鼻先に止め、そういい放った。


「くぅー」


愛梨沙とマユは、抱き合いながら、悲鳴とも青鬼の言葉の反芻(はんすう)とも採れる言葉を同時に発した。


「わかっておる、ではこれにて」


にゃー子は、身を引くと二人を両脇に抱え、歩きだした。


ーーーと、青鬼の金棒がメイの前で止まった。


「待て!」


メイの顔が強ばり、にゃー子たちに緊張が走る。愛梨沙は、もう半泣きで震えが止まらない。


「お前、いい女だな…。俺の妻になれ、へっへへ」


下卑た笑いを浮かべ、メイをなめ回すように身を縮めて眺める。


メイは、鼻息まで届く青鬼に恐怖と悪寒で体が言うことを聞かない。


「よせ、青鬼。失礼したな、少女」


赤鬼が青鬼をたしなめ、メイに頭を下げる。青鬼は、舌打ちをすると金棒を肩に担ぎ、体を揺らしながら歩き出した。


「考えておくんだな、俺から逃れられる女は誰もいないからな。へっへへ」


「私、あなたみたいなタイプが一番嫌いです」


「鼻っ柱の強い女だ。でも、嫌いじゃないぜ、俺はへっへへ」


更にでかい声で笑うと青鬼は、どこかへ消えていった。赤鬼も青鬼の後を追うようにその場を後にした。


青鬼で気分を害したメイはだんまりで皆の後をついていく。


愛梨沙は、気を紛らわせようとかぐや姫の容姿をにゃー子に訊ねた。


「やっぱり綺麗何でしょ、ナヨタケさんって」


「綺麗何てもんじゃない。艶やかな十二単を一子乱れぬ着こなしで黒髪をなびかせ、颯爽と…」


「やん、カッコイイ」


わざとらしく愛梨沙ははしゃぐ。


早く帰りてえ…。


本当はもう懲り懲りだ。こんな怖いところさっさと帰りたい。それに、もう歩くの疲れた。


「楽しみだなあ、僕」


「あっちしも」


「サイン貰お、うち」


彩萌たちは鬼に遭遇したというのに平然として、もう、かぐや姫に思いを馳せていた。


愛梨沙は、溜め息と共にその様子を眺めた。


ふと、マユが静かなので辺りを見回すと、薫子の背中で寝息をたてて寝ている。


その手があったか、愛梨沙は、悔しがったが、その方がマユにとっては寧ろ良さそうなので、ほっとした。


寝てしまえば、マユはしばらくテコでも目を覚まさない。


「さ、みんな着いたわよ」


薫子が立ち止まった手の甲のように隆起した岩肌の壁には、不自然なドアが取り付けられていた。

ドアの右上の岩肌に目をやると『ナヨタケ』と墨で書かれた表札が掛かり、下には『訪問販売お断り候』の文字が…。


「誰が売りにくるんだ、こんなとこまで?」


すかさず彩萌が表札にツッコミを入れる。


「とにかく、インターホン鳴らしましょ」


薫子が壁にこれまた不釣り合いなインターホンを鳴らしてみる。


電気が通っているのだろうか?疑問はつきない。


「はい」


インターホン越しに誰かが返事をする。一同顔を見合わせる。


「あ、ナヨタケ?私、サトリの奈津。あとお月さんも一緒よ。例のものが必要になったから取りに来たわ」



「今、開けるから待つのね…」


いよいよご対面。皆息を呑む。どんな美女が飛び出すか、我先にと前のめりでドアを注視する。


ドアノブが回る音がする。


ーー 一向に開かない。やがて、沈黙の後、何かのスイッチが押された音がするとドアは自動のシャッターのように上の岩壁へ消えていった。


「ドアの意味ねえー」


愛梨沙が真っ先にツッコミを入れる。


「電動式かい」


彩萌が続く。


「しかも、ジャージやわ」

かえでが呟く。


にゃー子たちの目の前にだるそうな20才ぐらいの素っぴん女が一人。


袖やズボンののびきった赤いよれよれジャージ姿。髪は、方々に好き勝手に遊び呆けている。


「春眠暁を覚えず…。眠いのね。ま、遠いとこ、わざわざよく来たのね。上がるのね」


ナヨタケは、そう言うと大きな欠伸をして、手に抱えたポテトチップスの袋から鷲掴みしたチップの山を頬張った。


手からはだらしなくポテトチップスのくずがこぼれ落ちる。


ナヨタケは、足でそれをササッと掃除するとにゃー子たちを部屋の中に招き入れた。

玄関を上がると、中は狭い廊下一つ。廊下の両脇に風呂とトイレらしき部屋があり、突き当たりに一部屋。


四畳半の中に万年布団が敷かれ、赤い掛け布をしたコタツが真ん中に陣取る。小さなテレビが壁に据えられ、天井にはアイドルのポスター。


布団の傍らには屑入れがあり、もはや飽和状態。床には食べかけのスナック菓子が散乱している。

「ま、遠慮しないで適当に座るのね」


ナヨタケが勧めるも腰を下ろす場所はおろか足の踏み場もない。


仕方なく、廊下にかえでと姫子、彩萌が腰を下ろす。


「ナヨタケ、実は…」


薫子が今までの事情を説明しようとナヨタケに話しかけた。ナヨタケは、静かに左手を向け、薫子を制する。


「聞かなくてもわかるのね。ま、つもる話はさておき、お茶でもだすのね。そのコタツの上にあるクッキーでもつまんで待つのね」


ナヨタケは、テレビの下の棚をゆっくり漁りはじめた。


「にゃー子、本当にこの人、かぐや姫なの?」


愛梨沙は、みんなを代表して小声で訊ねた。


「間違いにゃい」


にゃー子もあまりの変貌に茫然自失だ。無理もない。流れる舞いの如く、天狗を斬ったあの面影が微塵もないのだから…。


「十二単着てんじゃなかったの?」


愛梨沙は、にゃー子を揺する。


「なあに、愛梨沙とやら月をあまり責めるのはよすのね。あれは動きつらい。『時』が変われば品変わると言うのね。それより、疲れておるのだろう?甘いものでも食べるのね。帰りは、供のものに送らせるから気にすることはない…。怖い思いをせず、直ぐに家へ帰れる」


愛梨沙は、心が読まれていると思い、はっとした。


「もっとも、こんな狭い部屋では話し言葉は言わずもがな、であるがな」


愛梨沙は、顔を真っ赤にして、うつむいた。


「ーーーところで、月」


ナヨタケは、盆に入ったクッキーをにゃー子に差し出した。


にゃー子は、黙って盆からチョコクッキーを受け取り、一口かじる。


「お主、本気で蛇を倒すつもりか?」


「勿論にゃ、田助との恋を必ず成就させる。それにここのみんな、アイツと戦う理由がある」


ナヨタケは、じっとにゃー子を見つめる。その瞳は、今までのトロンと眠そうな眼ではなく、キリッとした切れ長の美しい輝きを放っていた。

「300年。全くもって真っ直ぐな瞳なのね。そして、潔い…。私にもその瞳があれば、今ごろは…。いや、もう済んだことなのね。ーーーしかし、お前の進む道は困難極まりない。それでもお前はこの道を進んでいくつもりなのね?」


ナヨタケの言葉ににゃー子は強く頷く。


「ならば…」


ナヨタケが立ち上がり、何かを探す。コタツの上をなで回し、首を傾げながら、コタツの中や布団をめくり始める。


「何、探してんの?ナヨタケ」


不安になった薫子がナヨタケに問いかける。


「ここにあった、月の欠片がないのね、黒くてこのくらいの」


人差し指と親指でOKサインほどの輪をつくり、コタツの上をナヨタケが指差す。


「まさか」


一同にゃー子の顔を見る。


「うげー」


にゃー子が喉をむしりながら吐き出そうと懸命になる。愛梨沙がにゃー子の背中をさする。


「慌てんぼなのね…」


「あんたが差し出したんでしょ、もう」


薫子も愛梨沙を手伝いながらナヨタケを非難した。


1時間の戦いの末、にゃー子は月の欠片を手にいれた。














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