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狗神

それから、二週間経った。澄みわたる快晴の空のもと、三毛根高校では、新入生歓迎企画、春の球技大会が執り行われていた。


にゃー子は、二年生のかえでのクラスとドッジボールの対戦中である。


「かえで、やるじゃにゃいか」


「にゃー子はんこそ…」


すでにコートの中には、各々一人ずつ。にゃー子とかえでを残すのみ。どちらかが、アウトになれば勝敗は決まる。


猫又対天狗。熱を帯びる二人の戦いは、ボールに段々とスピードとパワーを与えていく。


「にゃー子はん、後身に道を譲る広い心、なんでもたれへんの?」


「にゃにぃー、かえでこそ、先輩に花を持たせんかいー」

もはや、常人の戦いにあらず、空を駆け、砂塵舞踊るコートの中…。


観ているギャラリーたちも口を開ける。


ーーと、そこへ薫子が…。


「お、やってるな、どれどれ…」


修羅場と化したコートの中に目をやり、拳を静かに震わせる。彩萌と姫子は知らんぷりをしてその場からそろりと立ち去った。


コートアウトして、薫子の足元でバウンドしたボールは、余りの衝撃に砕け散る。


スッゲーの歓声の中、薫子は静かに足元のボールを拾い上げる。


「すっごいわねー、手に汗握る好ゲームってこの事ね…。橘、蔵前ちょっと」


にこやかな顔で招き猫のように、薫子は、にゃー子とかえでを呼び寄せる。


子供のように目を輝かせて薫子に近づく二人。


ゴーン、ゴーン。


小気味良い音を奏でて二人の頭にげんこつが飛ぶ。


「ぶぁかかー、お前ら、限度ちゅうもんを知れ!!限度ちゅうもんを…」


「ふぁーい、すいましぇーん」


情けない反省の声をあげ、二人が頭を押さえる。二人には、罰としてこの時間だけ神通力が使えないまじないをメイにかけられることとなった。


ボールがなくなったのでマユが校舎の外れにある倉庫へボールを取りに行った。


しばし、ドッジボールは水入りと相成ってしまった。


遠くから一人観ていた犬養ワタルがスッと立ち去るのを愛梨沙とメイが見逃さない。


「犬養君、ずっとにゃー子観ていたね、あいつ何者だろう…」


愛梨沙が鋭い目付きをさっきまでワタルがいた場所に送る。


「そうですね。なんか気になりますね」


メイも同調する。


「そうかにゃ?二人の考えすぎだろ…」


にゃー子があっけらかんと答える。


「そんなことないですよ、さっきのバスケの試合。終了間際に一番端から投げて逆転ゴール決めたんですよ、彼。余裕って感じでした」


「カッコいいって、感心している場合じゃなかった。にゃー子、メイのいうことが本当であいつが妖怪だったらどうすんのよ」


「そんときはそんときにゃ。…でも、マユ遅いな」


にゃー子が、時計を確認した。10分は、とうに過ぎている。試しに、倉庫から戻ってきた他の生徒に聞いてみるとマユには遭っていないという。


三人は、倉庫へ向かうことにした。


倉庫は、プレハブの小屋で教室の半分くらいのちょっとした広さがある。

塗装を三年ほど前に塗り直した白い扉をスライドさせると中は、薄暗い異空間が広がっていた。


メイがにゃー子に目配せして乗り込もうとするもにゃー子は、動かない。

更に、メイがにゃー子を促すと苦笑いでにゃー子が答える。


「この時間神通力を使えにゃいようにメイがしたじゃにゃいか」


「あっ、そうでした」


メイは、参った顔をした。術符なら剥がせば効力を失うがかけたまじないは、時間がこなければ解けない。


にゃー子は、菜子の体に宿っているため、術符を貼ると浄化といって、にゃー子の魂が消滅してしまうおそれがあるのだ。


そのために今回は、まじないという形でにゃー子の神通力を押さえたのだが仇になってしまった。


彩萌と姫子は、薫子の剣幕にどこかいってしまっている。


仕方なく、メイ一人、倉庫の中に乗り込んだ。



倉庫の中は、暗いだけでボールの籠も、ハードルやカラーコーン、得点板などもそのままあり、現実世界そのものであった。


メイが奥に目をやると、暗がりに天井から簀巻きのように縛られ、ぶら下がるマユの姿が。気を失っているのか、メイの呼び掛けに返事をしない。


突如、上から手のひら大の何かが、メイの身に降り注ぐ。


メイが振り払うと、粘る糸を放つ蜘蛛の群れであった。天井だけでなく、壁にもびっしりと蜘蛛が(うごめ)いている。


一際、大きな蜘蛛がメイの前にぶら下がる。黒く腹に毒々しい赤い紋様を刻む大きな蜘蛛は、威嚇するように短い音を小刻みに発する。


まるで、包丁を研ぐようなその調べは、迂闊にとびこめば、斬られるようでメイの眉間には自然皺が寄せられた。


その間にも細かい蜘蛛の群れは、メイの足元を這い上がってくる。


「いたっ」


突如、メイの足に痛みが走る。蜘蛛に噛まれたのだ。次々噛みつく蜘蛛の毒にメイの視界が霞む。手にした術符を落とすと、膝を着く。


大蜘蛛は、メイに太く白い糸を一気に吹き掛けた。


メイの喉元、手足に絡みつく糸は、粘りが強く、引き剥がそうともがくメイの両手を不自然な形に捻りながら絡ませる。


(苦しい…)


メイは、息が出来ず、更に吹き掛けられる糸で下から順に蚕のようになっていく。


(殺られる…)


メイがそう思った瞬間、蜘蛛が何かに気づき、異空間を解いた。そして、闇の中に飲まれるようにゆっくり後退し、消えていった。


後に、白い長い髪をなびかせる男の姿が残る。


男は、メイに絡まる糸を光りと共に消し去ると、マユの元へ歩みよる。


ーーと、そこへ、にゃー子や薫子たちがなだれ込んできた。


「大丈夫?」


薫子の問いかけにメイが手首と足を擦りながら頷いた。


「お前がやったのか?」


にゃー子たちが身構える。


男は、何も答えず、マユの糸をメイにしたのと同様に外した。


「せっかく、助けてやったのに突っかかってくるんだから…。遊んでくれんのか?でも、そういうことは、神通力使えるようになってから言うもんだぞ、華菜(はな)


「ハナ?」


愛梨沙たちは、首を(かし)げた。はて、そんな者、ここにはいない…はず。


「今は、橘菜子って言うんだろ?猫又の華菜ちゃん」


「お前…、誰にゃ?」


にゃー子がいぶかしがる。


「犬養ワタル。またの名を狗神」


「にゃんだって!?」


にゃー子は、両手を挙げてのけ反った。薫子をサトリと認識して以来の身の毛を総立てている。


「にゃー子、狗神って?」


愛梨沙が小声でにゃー子に訊ねた。


「元は、朱雀の配下で今は、確か…」


「覚えててくれて嬉っしいー。そう、今は、青龍様にお仕えしているんだ。50年前ぐらいに神事異動でな…。式神のおじきは、元気にしてっか?」


人事異動ならぬ神事異動…。何やら神様も大変そうだ。愛梨沙とメイは、マユを助けおこしながら思った。


「何の用にゃ」


にゃー子は、敵意剥き出しに狗神を牽制するが、狗神の方はまるで意に介さない。そればかりか、久し振りの恋人にでもあったかのようにそわそわ嬉しそうだ。


「青龍のお頭に言われて、蛇の動きを探りにな…。夏までいるんだけど…。しかし、いい女だな。どだ?俺の女になる気になったか?」


「誰がお前なんかと…」


「一度は惚れあった仲だろ?」


狗神の言葉に愛梨沙たちは、耳を疑う。


「ちょっと、にゃー子?」

田助オンリーラブではなかったのか?愛梨沙は、にゃー子の袖を引き、説明責任を求めた。


「違う!!田助の御霊と勘違いしたんにゃ、知っていたらこんなやつ」


「ほらね、惚れちゃったんじゃない。素直になれよ。どうせ、人間じゃん。転生したら前のこと忘れちゃうんだぜ。悪いことは言わない、今からでもこの俺と…」


「うるさい、田助に限ってナオトに限ってそんなことにゃいやーい!!」


異空間を拡げ、にゃー子がワタルに殴りかかる。どうやら、メイの神通力の効力が切れたらしい。

一体、二人の間に何があったのか…?





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