クリスマス協奏曲
「とにかく、菜子を探そう。香織、家に居てくれ、何か連絡あるかもしれないし、菜子のことだ。ひょっこり帰ってくるかも知れない」
不安そうな香織を残し、陽一は、愛梨沙とにゃー子を探しに出掛けた。
携帯がなり、愛梨沙は、びくっと一瞬なった。にゃー子の身に何か有ったら私のせい…。自責の念にますますかられていく。
「あ、望月。話しは、彩萌から聞いた。お月さん、じゃなかった、橘は、恐らく公園…。たいっへん。囲まれている…。急いで、お、お前らいいとこ来た。顔貸せ」
電話の主は、薫子だった。要件を伝えると一方的に切られてしまった。誰かと出会ったらしい。
それよりもにゃー子が危ない。愛梨沙は、陽一を促し公園に向かった。
公園に向かって走りながら、陽一が愛梨沙に語りかけた。
「愛梨沙ちゃん。いつも菜子を面倒見てくれてありがとう」
「そんな、おじさん。お礼言われるようなこと、私してないよ。それに、世話になっているの私のほうだし…」
「ーーー時々ね、菜子が僕らの知らない遠い誰かのような気がする時があるんだ」
愛梨沙は、陽一の言葉に心臓が一段はね上がった気がした。
にゃー子は、他の妖怪と違い、人に化けることができない。今回は、死んだ菜子の中に入ることで人として生活しているに過ぎない。
愛梨沙は、にゃー子と陽一の気持ちを推し量ると、複雑でやりきれない気持ちになる。心の中でもたげてくるものをいつも必死で押し殺してきた。
愛梨沙は、覗いてはいけないパンドラの箱が目の前に置かれた気がした。
「小さい時から、変に大人びていてね、手を焼いたな…。ある時なんか、『誰ぞの子になるというのも難しいものよのう』なんて言うもんだから僕ら呆れて吹き出してしまったよ。なかなか友達もできないで。一人でぼんやり何かを考えていることが多い子だった。そのくせ、好奇心旺盛で目を離すとどこかに行ってしまって…。もっと、子供らしくていいんだよ、もっと甘えていいんだよ、って何度も言ったな、ようやく…、高校生にもなった娘にいうことじゃないんだけど、らしくなったっていうか…」
「にゃー子は、紛れもなく陽一さんと香織さんの子です」
愛梨沙は、自らに差し出されたパンドラの箱を押し返すように陽一の背中を両手で叩いた。
にゃー子は、親になったことはあっても物心ついた時から、親がいなかった。子供としてどう振る舞えばいいかわからなかったのかもしれない。
にゃー子が人かどうかなんて今は関係ない。菜子の分まで生きて、菜子の分まで親子になればいいのだ。
愛梨沙は、自分が不毛なことに悩んでいたことを今、吹いてきた寒風と共に洗い流した。
にゃー子は菜子の人生を引き継いだのだ。陽一と香織にあの日確実に止まってしまったであろう橘菜子の人生を引き継ぎ、成長していく姿を今、立派に見せているのだと。
愛梨沙は、そう思うことにした。
その頃、にゃー子は、薫子のサトリの神通力通り公園のブランコにポツンと一人腰掛けていた。
時折、力なく下を向いたまま、前後に揺らすと寒空に街灯一つ照らされた自分の影が物寂しさを余計に際立たせた。
愛梨沙に謝りたい。
許して欲しい。
でも、愛梨沙が許してくれなければどうしよう…。
二人の出会いから指切り、喧嘩までの思い出が沸々とにゃー子の心の中に沸き溢れていく。
不意に、にゃー子の体の上に黒い影が覆い被さった。
「彼女、一人?俺らと遊ばない?」
にゃー子があげた顔の前には若い四、五人の男たちがいた。
にゃー子は、男たちを睨むと無視して、立ち上がり、歩きだした。
「待てよ、シカトしてんじゃねえよ」
リーダー格の男が、にゃー子の腕を掴んだ。にゃー子は、尚も睨みを効かせ、手を振りほどいた。
ーーー神通力をーーー
にゃー子は、今、神通力が使えないことに気づいた。
普通の人間に恐怖を感じる。感じるにつけ、増幅されていく身の危険。
にゃー子は、男たちを突飛ばして、咄嗟に走りだした。
人間の、それも普通の女の子の脚力とは何と脆いものか…。
にゃー子は、すぐに男たちに追いつかれ、囲まれてしまった。
モウダメカモシレナイ。
神通力さえ何とかなればにゃー子は思った。最悪でも、逃げられたはず…。
人間とは何と無力で非力なものか。
愛梨沙の顔が浮かんだ。喧嘩した後悔が頬を濡らす。
陽一と香織の顔が浮かんだ。菜子の分まで親孝行するはずだった。しなければならなかった。その後悔が頬を濡らす。
仲間の顔、そして、一番会いたかった顔…。
田助の顔が最後に浮かんだ。
もうじき、あと一歩なのに…。
あの時、散らしてしまった花…、華菜の時代を無駄にするわけにいかない。
もう、二度と菜子と共にこの命を潰えてしまえば次の輪廻転生はもうない。
もう、二度と田助の御霊に会えない。
ソンナノ…ゼッタイ、ダメ!
にゃー子は、自らに伸びてきた手に情け容赦なく噛みついた。
こんなかたちで「今」を奪われたくない。
「イテッ」
リーダー格が大きな声をあげ、噛みつかれたままの状態でにゃー子を放り出した。
にゃー子は、砂ぼこりをあげ、夜の公園を転がった。怪我の巧妙。にゃー子は、囲まれた輪の外に出られた。
しかし、足が笑いだしてにゃー子の言うことを聞いてくれない。
「てめえ」
男たちがにゃー子に一斉に襲いかかってきた。にゃー子は、鳴り響く雷鳴に畏怖するかのように頭を押さえ、丸まった。
そのにゃー子の頭の上で乾いた音が鳴り響く。枕で打ち付けるそんな音に、にゃー子には聴こえた。それを皮切りに激しい怒号と殴りあう男たちの声。
にゃー子は、目をそっと開け、頭をあげた。
「ナオト…。あと宇都宮」
体当たりと鞄での奇襲。しかし、男たちが徐々に数に物を言わせ、優勢になる。
「お巡りさーん、あそこでーす!!」
遅れて到着した愛梨沙が懐中時計で円を描きにゃー子たちをピンポイントで照らしだす。
「やべえ、逃げろ」
男たちが一斉に散った。
「待て!!」
警官が跡を追う。
愛梨沙は、崩れるにゃー子を受け止めた。
「ごめんね、あーりん」
「私の方こそ…。ごめん。心配で、心配で…。にゃー子のことが本当に心配で。つい、怒鳴って、言い過ぎて」
にゃー子はそんなことないと頭を大きく振った。
気づけば、彩萌やメイたちの姿もあった。
「にゃー子、めでたく24時間経過よ」
愛梨沙が時計を見る。
「お巡りさん捕まえるの大変そうだよ」
彩萌が手を額にあて鬼ごっこの様子を独り言のように呟く。
「そろそろ、いいんじゃないですか、にゃー子さん」
メイが微笑む。
「何?」
マユがみんなを見回す。姫子もにやりと笑う。
「風を纏いし、御霊よ…。神通力、疾風怒涛!!」
にゃー子は、額に人差し指をあてると愛梨沙に抱きついたまま、事情を知らぬ者に悟られぬよう神通力を発動した。
遠く離れたあちらこちらから悲鳴とともに噴水の如く人間が空高く舞い上がる。
「冬の花火もいいもんね」
薫子がいつの間にかみんなそばにいて腰に手をあて高らかに笑っていた。
「玉屋~」
姫子とメイが声をあげる。
「にゃー子、やり過ぎちゃダメよ」
愛梨沙は、優しくにゃー子を戒めた。
「大丈夫。峰打ちにゃ」
「どこに峰や刃があるんだい」
彩萌が突っ込みをいれた。まあ、命に別状ない程度に懲らしめてますという意味だろうと愛梨沙は、解釈した。
「お前ら本当不思議だよな、まあ、無事で良かったよ」
それまで、倒れて様子を見ていたナオトと宇都宮リュートが埃を払いながら立ち上がった。
「ナオト…。ありがとう」
「別に礼なんていいし。こないだの屋上のほうがよっぽど助けてもらったし」
ナオトは、顔を赤らめて後ろを向いた。
「そうそう、あんたこないだの時、なんで屋上いたのよ?逃げられなかったのなんで?」
愛梨沙が割って入った。
「リュート待ってたんだよ。なんか、女のことで相談したいって…」
愛梨沙は、リュートの顔をガン見した。
「ば、ばっかねー、そ、そんなこと直接私に言えばいいでしょ。ホント、信じられない」
愛梨沙は、しどろもどろになりながらリュートの背中を嫌というほどひっぱたいた。
一同の遠い目なんて、愛梨沙には目に入らない。
「え、それって、つまり…。ええと、その…」
水を向けた方も方なら向けられた方も方である。鈍い二人である。
それより、まどろっこしい二人。にゃー子とナオト…。
ナオトは、ぶっきらぼうに、指をにゃー子の後方に差した。にゃー子がつられてふりかえると陽一がいた。
「パパ、ごめんなさいー」
にゃー子は、陽一の大きな懐に顔を埋めた。
無言で更にギュッとにゃー子は、引き寄せられる
「ーー怒らないの…?」
にゃー子は、顔をあげ、上目つかいで陽一を見上げた。
「無事でかえってきてくれたんだろ?それだけでパパもママも嬉しいんだ。怒る必要ないじゃないか。菜子、一つだけ、約束してくれ。もうどこにもいかないって…。危ないことしないって…」
にゃー子は、目を大きく見開くと、うんうんと縦に頷き、再び、陽一の懐に顔を埋めた。
こたつ猫のようにまあるく幸せそうなにゃー子の姿にみんな目を細めた。
涙でぐしゃぐしゃのにゃー子にナオトがそっとタオルを手に握らせた。にゃー子は、目を開け、ナオトの顔を見た。
ナオトは、ゼスチャーで拭くよう促す。にゃー子も理解したらしく両手でタオルを握って顔にあてた。
愛梨沙は、また、一歩二人の糸が近づくのを感じ、微笑んだ。
ーーー次の瞬間…。
ビーっっっ。
にゃー子が、タオルで鼻をかんだ音が鳴り響く。
冷たい北風が一回転。皆の頬を撫で過ぎ去っていく。
「寒いし、泣いたら鼻水出ちゃった、あ、ナオト。ありがとう、ちゃんと洗って返すからにゃ」
「いや、いいし」
ナオトの足が一歩後ろへ。表情はにゃー子と陽一以外うかがい知ることはできない。
「え、悪いよ。涙でぐちゃぐちゃのまま返すなんて。ちゃんと洗ってから返す」
「いや、もう返さなくていいから、お前にやるし。どうせ、部活で使ったやつだし、捨てちゃってもいいから…」
「そんなやつ、にゃー子に渡すなんて信じられなーい、ナオトひどーい」
かくして、二人のズレまくった会話に皆の視線はまとまりのない泳ぎを始めてしまった。
冬来たりなば春遠からず。それにつけても風の寒さよ。
愛梨沙は、二人の様子を見ながらペットボトルのお茶を一口、口に含み深い溜め息をはいた。




