もとをとるんじゃ!!
ニット帽とピアスを神通力で縛り上げたにゃー子たちは、上の階、屋上を目指した。
「にゃー子はん、入り口で警察の人達コロコロ転がってたんやけど…」
「アイツらの仕業かと思ったら違うみたいにゃ。アイツらは、一人でも多く巻き添えにしたいみたいだから」
「じゃ、誰の仕業?」
愛梨沙は、にゃー子の顔を覗く。ゆっくり声を殺しながら二階から三階へ上っていた。
「多分、阻止しようとするのは…式神…?」
にゃー子も確証はないらしい。
(ピンポン)
「当りだって。薫子が」
愛梨沙は、心の声をにゃー子に告げた。
「すごいな、愛梨沙はん、サトリの声聴こえるんか…」
かえでは、素直に感心した。
「ま、まあね」
愛梨沙は、髪をかきあげながらクールを装おった。妖怪に誇れる特技がある。神通力に関することで。愛梨沙は、内心ガッツポーズだった。
「でも、凄く勇ましい格好ね、かえで」
制服の白いブラウスの袖を捲り、たすき掛け。腰には、先ほどの人間と神を切り離した妖刀と剣道で使う竹刀の二本差し。おまけに白いハチマキ。仇討ちの助太刀のように勇ましい。
「そんな…、愛梨沙はんには敵いませんやん」
かえでは、照れながら愛梨沙の肘をつついて、お世辞を返した…つもりだった。
「やだ、もう」
と愛梨沙は、言ったときはたと気づいた。
ジャージな自分に。
しかもストップウォッチと拡声器のオプション装備。
敵のスケベ変態男からも「いも」扱いされた格好である。
すうーっとテンションが下がってしまった。
あれ?愛梨沙はん、どないしたん?ひょっとしてうちなんか気に障ること言った?」
「ううん、何でもないよ、ははは」
愛梨沙の気のない笑いに不安になったかえでが尚も声をかけようとした時、にゃー子が口を開いた。
「二人とも・・・」
愛梨沙とかえではおしゃべりをやめ口にチャックをするふりをして、互いに目くばせした。屋上へ続く階段が見える。
扉の向こうでは彩萌が鳥に化けた姫子から敵の情報を収集していた。
「あんた、なに一人でブツブツ言ってんの?こんな時に」
「別に…」
マユが口を尖らせながら彩萌に怪訝な視線を送った。
桜林も不思議そうに彩萌を見る。
「お前ら勝手にしゃべんな」
サバイバルナイフを振り回しながら男が叫ぶ。酔っているかのようにふらついた足取りだ。その割りに俊敏で隙がない。
彩萌の目には、男の後ろに背負われるようにとりつくドクロの姿が…。
どうやらそれが黒幕の死神らしい。
「アイツらおせぇな、それになんでサツども上がってこねぇ?」
人質の周りをぐるぐると靴音をたてながら早歩きをする男。何かを思い出したように男は、立ち止まった。
「俺さぁ、人を待たせんのは構わねぇんだけど、人に待たされんと超ムカツクんだよね」
男は、勝手なことを平然と言ってのけると虚ろな目でマユたちを見下ろし更に言葉を続けた。
「ーーそうか、・・・じゃ、きまりだな。一人見せしめにしよう。そーだな、誰にしようか」
男はしゃがみこんで、獲物の物色を始めた。一人一人の顔を覗き込みながら、やがて彩萌の前で足を止めた。
一体何が「そうか」なのか・・・。彩萌にはそれが見えていた。厄病神と貧乏神が事の詳細を話に来たのだ。にゃー子もすぐそばまで来ていて、屋上に入るタイミングを計っている。
男は、まだ、彩萌が妖怪とは気づいてはいなかった。ただ、気まぐれで彩萌を選んだ。メインイベントの爆弾ショーは最後に取っておきたかったので、マユは最初から念頭にはなく、実質桜林との二択でたまたま選んだ。
「き~めた」
男は、彩萌の頬にナイフの腹を二度ほど軽くあてると薄ら笑いを浮かべた。そして、ポケットに起爆装置をしまうと仰向けに寝るように彩萌に指示した。
彩萌は、こわばった顔で立ち上がると男の指示した場所へ移動しようと立ち上がった。
「待て!!やるなら俺からにしろ」
桜林が男を睨みながら叫んだ。彩萌は内心大変なことになったと思った。
「へえ、かっこいいこと言うじゃん。でも俺そいうええかっこしい、大嫌い。---じゃ、お前から死ねよ」
男は、桜林を殴りつけた後、足で蹴り飛ばし無理やり仰向けに寝かした。そこに、男は馬乗りになると両手で、ナイフを握り高々と腕一杯に伸ばし掲げた。
「大人しくしてれば、もう少し長生きできたのに」
彩萌が気付かれないように半歩足を引き身構える。
男は桜林の右胸付近に狙いを定めた。力を込めた両手には隆起した血管が浮かび、張つめる緊張を一層際立だした。
男は、体重をかけ一気にナイフを降りおろすつもりだった。いわゆる『タメ』の間が生じた。
鳥に化けた姫子がこれを見逃さなかった。
姫子は、男の目をつついた。
「つっ」と短い破裂音を発すると両手からナイフを離し、目を押さえ、地面をのたうち回った。
そこへ間髪入れず、彩萌が蹴りを入れ、屋上の入り口付近に弾き飛ばした。
「橘くん。いまだ!!」
タイミングを図っていたにゃー子たちがドアを開け、屋上になだれ込む。
愛梨沙とかえでは、マユたちがいる場所に走りこんだ。愛梨沙は、マユと抱きあって喜ぶ。
「お前ら一体・・・?」
倒れていた桜林が腹を押さえながら苦しそうに上半身を起こした。
「話は後。さあ、マユ逃げよう、あとはにゃー子たちが何とかするから」
手を引く愛梨沙に腰を引くように困った顔で頭を振るマユ。
「山口君の首に下げられてるのは爆弾で、スイッチは敵の男が持ってるんだ。時限装置付きで、しかも、そいつ首から外すと・・・」
彩萌は、愛梨沙に両手を弾くように広げて見せた。
「じゃあ、どうすれば・・・」
「解除してもらうしか・・・」
「時間はあと何分?」
「5分くらいかな」
愛梨沙は、状況を見回した。そして、男の落としたサバイバルナイフを拾い上げた。待っていたのでは遅い。待っていたのではマユが危ない。
「これ、持っててかえで。薫子、私が解除する。指示お願い」
そう言うと、愛梨沙は、拡声器を外しかえでに手渡した。そして、マユを座らせ自分も深呼吸ののちそれに続いた。愛梨沙は、集中して薫子に念じた。もはや、一刻の猶予もない。心の声に真剣な表情でひたすら、悪魔の箱と向き合い、手を動かしていく。
「ところで、彩萌はん敵は?」
「それは・・・」
彩萌は、にゃー子の方を指差した。
「どこにゃー。彩萌」
「君の押さえてるドアの後ろだよ!」
その言葉を待っていたかのようにドアは、勢いよく閉まり、にゃー子は再び校舎の中へ・・・。
「何やってるんだい、全く」
彩萌とかえでは、身構えた。鼻から血を流した男の目はもはや人間の物ではなかった。白目をむいた状態で常軌を逸していた。背中からは邪悪な黒煙のような妖気が立ち込めている。
にゃー子は、必死でドアと格闘しているが開かない。鍵は明らかににゃー子の方から閉める仕様になっているはずなのにまるで施錠されてしまっているかのようだ。にゃー子は体当たりを繰り返す。一定の間隔で刻まれる重低音は爆弾の鼓動のようにも聞こえ、皆の緊張は一層高まった。
マユが不安そうな顔で愛梨沙を見つめる。愛梨沙は友人だ。しかし、高校生であり、爆弾に関し
ては素人だ。しかし、プロの助けは来ない。信じたい気持ちと厳しい現実がマユの中でせめぎあう。
「私を信じて。それで、だめだったら私もマユと一緒にいくから。でも勘違いしないで。絶対、絶対、ゼッタイ、失敗したりしない。あきらめない。私マユを死なせたりしない。私マユと一緒に帰る。生きて一緒に帰るから。だから、私を信じて」
愛梨沙は、マユの目は見なかった。本当は見たかった。マユの表情は視界に入らなくても痛いほど「見えて」いた。一刻を争うこのモンスターを退治しなければならない。マユの目を見てしまえば、心が揺れる。泣いてしまうかもしれない。手が震えだすかもしれない。そんなことをしていれば、マユは助からない。今どうしても優先しなければならないこと。愛梨沙だって、本当は怖いのだ。でも、にゃー子たちといくつも修羅場を抜けてきた自信が自分にはある。マユに投げかけた言葉は自分に対して投げかけた言葉でもあった。
男は、爆弾のスイッチをポケットの中から取り出して手のひらに乗せて彩萌たちに見せた。
ダランとさせた右手を高々と挙げると人指し指を真っ直ぐ伸ばした。
「何やろ、俺が一番ちゅう意思表示やろか?」
「んなわけあるか、スイッチ押すって意味に決まってんだろ、させるか」
彩萌が飛び込むと同時に姫子が再び。
スイッチを男の手から奪い、かえでにパスしてよこした。かえでは、小さなプレゼントを大事そうに両手で優しく受け取った後、「ええ?」と事の重大さに驚く。そして、すぐさま、隣にいた彩萌に「はい」と手渡した。
スイッチは、あくまでも爆弾を起爆する装置であって、直接爆発するものではない。それは、かえでもわかっているのだが、やはり人様の命に係わる点では危ういものに変わりはない。君子危うきに近寄らず、とっさに彩萌に手渡してしまったのである。
萌は一瞬自分の手に渡されたものがなんであるか知っていたにもかかわらずつい確認してしまった。そして、跳びかかってくる男の鬼の形相。
彩萌は、慌ててスイッチを後ろ手に隠し、男の突進をよけてやり過ごした。男は、再び振り向くと彩萌に突進してくる。
彩萌が身構えようとした時、手と足が動かない。貧乏神が彩萌の手を厄病
神が彩萌の足を押さえていたからだ。
男は、スイッチを奪い取り、うしろに大きく跳ね、彩萌との間合いを取った。
その時、屋上の上空や周りを黒いものがなびくような轟音と共に取り囲む。あたりが暗くなる。
カラスの群れだ。ヒッチコックの映画さながらに圧巻の存在感のもとカラスが外からの目を遮断する。かえでの指示だった。
「神通力、孤紫炎!!」
彩萌が貧乏神と厄病神を火で包む。たまらず、のたうちまわり火消しに躍起になる。あたりが木漏れ日と相まって、視界が明るくなる。照らし出された男は、左手に持ったスイッチを押した。
軽い接触音。しかし、その衝撃は、まるで、時を止めるかのように大きくその場にいたものの心に響いた。
時を止めるかのように・・・。
何度、男が押そうが爆弾は静かに眠ったままだ。男はやけになって親指に力を込める。しまいには、関係ない足までつられて動くほど必死に懸命にスイッチを押す。
それは、まるで華麗で情熱的なフラミンゴ。
「あ、はははは」
彩萌は、腹を抱えて笑う。そして、高々と「本物」のスイッチを掲げ、舌を出した。
ーー屋上のドアに体当たりしている音が変化を始める。長い間隔になり、壁に亀裂が入ったのをまだ誰も知らない。
彩萌は続けた。
「それは、望月君の持ってたストップウオッチってやつさ」
「彩萌、こっちは完了よ。マユの・・・爆弾・・・外れたわー!!」
愛梨沙がガッツポーズとともに振り返る。徒労感が半端ではない。マユが泣きながら愛梨沙にすがりつく。愛梨沙は、それにこたえるように力を込めてマユの肩を抱き寄せた。
「思う存分やらしてもらうよ・・・ん?」
男は、急にしおらしくその場に正座し泣き始めた。
一応の用心をしつつも、その様子に彩萌は、攻撃態勢を緩め事の成り行きを見守った。
他の者たちも警戒は解いてはいない。何せ、相手は死神や貧乏神や疫病神なのだ。
どんな汚い手を使ってくるかわからない。
男は、嗚咽しながら両手を地面について語り始めた。
「俺は、何て大それた事をしたんだ…。済まない、本当に済まない」
彩萌は、白々しい男の芝居を見抜く算段を企てていた。愛梨沙の方も直感的に何かを感じとり、マユを護るように後ろへゆっくり後退した。
姫子が肩に留まり、もしもに備える。
ーーただ一人、かえでだけが何かに魅せられたようにフラフラと男に近寄っていく。
「辛いことあるんは皆、一緒や…」
疑う事を知らないかえでは、男が気の毒になってしまったのだ。自分がいじめられていた過去と重ねて。
男は、ニヤリとした。かえでにできた大きな心の隙に貧乏神、疫病神が入り込む。
愛梨沙たちがしまったと思った時には、残りの死神がかえでにとりついた後だった。
かえでは、雷で撃たれた衝撃の中、全ての気力を吸いとられたようにしゃがみこんだ。
勝ち誇ったように笑いながら男は、立ち上がる。
「この世の中はな、結局弱いヤツが負けんだよ。働いたって大した金にもなんねぇ、奴隷扱い。弱いヤツを斬って捨てて。みんなつまんねーつらしてよー、それもこれもみんな社会が悪りーからじゃねえか、違うか?」
みんな黙ってしまった。社会的弱者は確かに切り捨てられる。働く意味も賃金に求めるなら乏しい。食うための仕事と捉えても飽食の日本にあって必ずしも当てはまらない気もする。男の言う通りわれわれは、社会の奴隷なのだろうか?愛梨沙はそれも納得いかず、かといって反論できない自分の気持ちに無図痒いものを感じた。
「違う!!」
大きな轟音と共に屋上の入り口が煙をあげ、崩れ落ちる壁の音がパラパラと降ってくる。火山の噴火のようだ。何かのエネルギーが解放されたように愛梨沙の気持ちがすっと落ち着いていく。
まだ、何の疑問も氷解したわけではない。しかし、ここにいた一同不思議とそんな気持ちにさせる音だった。
にゃー子が、握りしめていたドアノブ ごと放り投げた一枚の鉄板。それがドアであったことを僅かに認知させる音と共に地面で大きく揺れた。
にゃー子だ。纏う妖気が炎のように踊りだす。
今までの威圧感とは比較にならない。妖怪に対して放つ以上の感情の高ぶりをにゃー子は人に放っていた。
愛梨沙たちは息を飲んだ。桜林は、思わず立ち上がってしまった。
かえでは、放心のままにゃー子へ首を向けた。虚ろな目からかえでの中ににゃー子の気がゆっくり注ぎこまれる。
イキカエレ いきかえれ
生き返れ
「わらわには、そなたの申すことが解せぬ。これほど多種多様な価値の混在が許される現代。この広い大地にどれほどの幸せの花が芽吹くことを待って眠っていることか…。幸せや夢の種を咲かすことも、探すことも、場合によっては、存在することも知らずに散っていったものたちが数えきれないほどいるというのに、なぜ目を覆う、この光り輝く世界から」
目隠ししていたカラスが一斉に飛び立った。
鳴き声一つあげることもないのにこの騒音。まるで分厚い電話帳を激しく揺り動かすように一つ一つが重く耳にのしかかる。眩しい。開ける視界は余りに刺激が強い。
刺激に鈍感になっていた五感に深く深く染み渡る。そう、こんなに刺激の強い世界に立っている。巻き起こる風に何かが洗われる気がした。
愛梨沙たちもそう感じずには入られない。どんな刺激的な世界より、この生きている「日常」はもっともっと刺激的だった。
「ふざけんな、何が幸せだ、何が花だ、光りだ」
男は、いきり立つ。
にゃー子の拳が男に炸裂した。男は、ゼンマイのきれた人形のように座りこんだ。
かえでは、つられたように立ち上がる。
フラフラとフェンスに手をかけた。
愛梨沙と彩萌は二人がかりで押さえようとかえでの後を追いかけた。
「待つのだ。ーーサトリは何と言っておる?」
にゃー子の言葉に愛梨沙は、はっとして目を瞑った。
もしも、かえでが危ないなら薫子が指示をだしてもよさそうなものである。しかし、にゃー子の言う通りそれがない。
彩萌も足を止め、愛梨沙を覗きこむ。
薫子が首を横に振る意識が愛梨沙に飛び込んでくる。
(ノープロブレム)
薫子の補足説明に無言で彩萌の手を握り、髪を左右に揺らした。
彩萌は、不安ながら了解の意思を愛梨沙に示した。
「まだ、なんも…、うち、人生…」
かえでは、息を目一杯吸い込んだ。
「ずっと不幸続きでえーことなかったんや。これからぎょーさん…もとをとるんじゃwww」
「・・・。。。」
屋上にいたものにははっきりと聞こえた。浪速女のど根性。
聞き取れない階下の観衆は、何事かと屋上を見上げながらいぶかしがる。
薫子だけが腕組してにこやかだ。
「おい、神宮寺。浮かび上がる三匹捕まえて、アイツに渡せ」
薫子が振り向かずに親指で指した場所には式神のトオルの姿が…。にこやかに手を振るトオルを確認するとメイはOKのサインを出した。
「わかりました、ではでは」
かえでの宣言と共に薫子の読み通り、死神たちは慌ててかえでから飛び出した。
みすぼらしい姿がますますみすぼらしい。神様たちは、のしたイカがくたびれたような姿で天高く上がっていく。
人間には見えないが、大きな手が死神たちを引き抜く雑草の如くまとめて捕まえた。
もはや、抵抗の意思表示も示さない死神たち。
メイの神通力によって式神のもとへはたきおとされた。神が人に裁きを受けたたぐいまれにみる瞬間であった。
一方、屋上のかえでは、愛梨沙から預かった拡声器を口にあてフェンス越しに階下を眺めた。
なびく風にポニーテールが主の気持ちを代弁するかのように静かに揺れる。
「うちは、中学から高校一年までの四年間、イジメられてました。理不尽なことで因縁つけられ、小突かれ、蹴られました。うちは、病気の母に迷惑かけまいと必死で堪えました。でも、母はそんなうちの気持ち知ってはったんです。うち、母の病室で泣きました。ほんまは、母を励まさなあかんのに…。そんな母に何もお返しできないうちに母は、この世を去りました。うち、後悔してるんです。何で母にもっと上手に嘘つかんのかったやろ、何でもっと母に笑顔見せてあげなかったんやろって」
ざわついていた階下が静かになっていた。みな、真剣にかえでの話を聴いている。茶化す者は一人もいない。ただ、ただ真剣に真っ直ぐ屋上に視線が注がれる。
自分の声が「人」に聞こえる。「人」に届く。かえでの体が冬だというのに急に熱を帯びたようにカッと熱くなっていく。せき止められていた思いとともにかえでの全身を血が巡る。
「ーーそんないじめが嫌で高校も遠くへ通いました。逃げたかったんです。でも、そこへ知り合いが転入してきて…。うち、学校辞めました。やられたもんが逃げなあかんっておかしいってうちずっと思ってました。でも、ある人たちに教えられたんです。うちは、逃げるんじゃない。自分を咲かす場所を間違えていただけなんやて…。ありのままの自分を受け入れてくれる場所はこんなにたくさんあるんやって。そう教えてくれたんはここの先生と生徒さんでした。うち、将来父の仕事手伝って酒造ります。そのため、高校行って大学できちんと学びます。今というかけがえのない青春の花もここで咲かせて見せます。死んだ母にいつかとびきりの笑顔咲かせて見せたいと思います。
三毛根高校の皆さん、こんなうちやけどよろしくお願いいたします」
ポニーテールが前後に激しく揺れた。
おそるおそるかえでが頭をあげた。気持ちいい風が顔をなでながら吹き抜けた。
思い残すことはない。叫ぶだけ叫んだ。
静まり返る階下に不安はあったが、かえでは、今までのいじめられた人生を思えばずっとマシだと思えた。
メイと薫子が拍手する。メイの鋭い眼力は、メイちゃんの執事隊に波及する。校長が続く。職員も右に倣えとばかりに続く。大きな拍手の波が押し寄せる。
「あんたたち、いじめたら私が承知しないよ」
かえでの横からマユが顔を覗かせる。
マユの無事に歓声が上がった。マユは、実に面倒見がいい。どの学年でもマユに世話にならない者はいないほど顔が広い。その甲斐あっての情報通である。
情けに報いる。マユのお墨付きがあってはみな納得する他ない。
屋上に警官隊が押し寄せ、腑抜けてへたりこんだ男を確保した。
マユたちも無事保護となった。
桜林は、何かを言いたそうだった。それは、そうだろう。手から炎を出す同級生や屋上のドアを破壊できる女子高生を目の当たりにしたんだから。
にゃー子たちは笑ってごまかす。
「にゃははは」
「手品だよ、手品。ほら」
彩萌は、ハンカチを手のひらにのせ、姫子が扮した鳥を飛び立たせ、煙にまこうと必死だ。
「校舎古いから傷んでたのよ、ねっ、にゃー子」
愛梨沙も必死に弁解する。にゃー子も大袈裟に頷く。眼がガン開きでいかにも嘘ついてますと言わんばかりだ。
マユは素直に納得し、桜林だけが腕組をして悩みの唸り声をあげる。
12月の半ば。寒風の空をゆっくりとミルクを溢した紅茶色が染めていった。




