来てもうた
にゃー子は、横に捌けながら男の顔を蹴り飛ばした。
鼻の先端を見事にとらえたにゃー子の蹴りで男は、教室の壁を突き破り、生徒の机を何列か巻き込む形で止まった。
男は、ボクサーがコーナーでノックアウトされたかのような格好で下を向いている。それは、壊れた壁の間からにゃー子たちも伺えた。
男は、首を二三度振ると笑いながら立ち上がり、廊下にゆっくり歩き出した。
「なーんだ、妖怪か、人間と思って油断しちゃったぜ」
にゃー子は、言葉を発することなく、男を睨み付けている。男との間合いを図りながら愛梨沙を後ろ手に庇い、より安全性の高い方へ逃がした。
一瞬の隙を逃さず、男がにゃー子に大きなサバイバルナイフで斬りかかる。
にゃー子は、辛うじて避けたが、刃先が舐めたのか、右頬をうっすらと赤い線がにじむ。
男は、満足げにナイフの刃先を舐めると首を左右にフリフリにゃー子に歩みを進める。
今度は、にゃー子がうってでる。拳に蹴りを繰り出して男に攻撃する暇を与えない。
そればかりか、男の身体中に拳と蹴りの集中砲火を浴びせて吹っ飛ばしていく。
男は、何度倒されようと余裕の表情で立ち上がる。にゃー子が手加減しているとはいえ、かなりのダメージのはずだ。さすがにこれ以上は、本気で男のからだがヤバイことになる。
「でもさー、どー思ってんか知らねーけど、俺、人間なわけよ。殴るのは勝手だけど…殺しちゃうと、あんたがヤバイことになるよ」
男は、にゃー子の心の内を見透かしたように小バカにした態度をとった。自分の両手を手錠をはめられた素振りをして、にゃー子の前に差し出す。
にゃー子の攻撃の手が鈍り始めた。徐々に男に押されていく。
愛梨沙は、上に続く階段の側が自分の身体を隠すのにちょうどよかったのでそこに身を縮めて、にゃー子の様子を伺っていた。
状況は、極めてまずい。愛梨沙は、祈るような気持ちで戦況を見つめていた。
ーーと、その時。
「みーつけた」
「?!」
愛梨沙の後ろから筋肉質のごつい腕が口元に伸びて、愛梨沙は捕まってしまった。
黒いタンクトップ姿で茶髪のピアス男が愛梨沙をぐいぐい締め上げていた。
「そっちのか~のじょ、この娘どーなっても知らないよー」
にゃー子は、はっとして、振り返った。ジタバタとピアス男の腕の中で暴れるがどうにもならない愛梨沙が目に映る。ーーにじりよるニット帽男にも注意を払いつつにゃー子は横向きで左右の男たちをけん制する。
「お前、ダメじゃん。三階にいなくちゃ」
ニット帽男が、ピアス男にだれた口調で咎める。
「だって退屈過ぎー。俺、だるいのマジ勘弁」
類は友を呼ぶ。同じようなトーンでピアス男が言葉を返した。
「こいつら、片付けてさぁー、早くお巡りさんたち一杯いれてドカーンしちゃおうよ、マジ退屈」
年齢は20を越えているであろうピアス男は、なおも幼稚でがさつな言葉を発し、欠伸を一つ大きくした。
にゃー子は、この言葉が気になった。
こいつらが、警官隊の侵入を拒んでいるわけではない?
にゃー子は、カマをかけるため男たちに問いかけた。
「お前ら目的は何にゃ」
「たっくさんの人を巻き添えにして地獄へおっくることでーす」
二人は、遠足か何かに行くようににゃー子の問いに軽く答えた。
「お喋りは、ここまでだよーん」
ピアス男の目付きがかわり、愛梨沙の首もとを締め上げ始めた。宙吊りになった愛梨沙がくぐもった声を足をばたつかせながら発する。
「たまんねー、いい声だぜー興奮してきた」
ピアス男の二の腕の筋肉がグッと隆起する。
「やめろ!」
にゃー子がピアス男に飛びかかろうとした時、背後からニット帽男のナイフが風を切る。
にゃー子は、すんでのところで身をかわす。左の髪の先端を刃先が僅かにかする。
「ダーメ、お前は、俺のこのぶっといのでヒぃヒぃ言わせんだから」
ニット帽男が、にゃー子にフェンシングのサーブルのようにけたたましくナイフを繰り出していく。
廊下を右に左に身をかわしながらニット帽男の攻撃をいなすにゃー子。
そうこうしているうちにも愛梨沙の首はグッと締め上げられていく。
愛梨沙の意識がとびそうになる。
(望月!!)
愛梨沙は、薫子の心の声にはっとした。そして、咄嗟に手に握りしめていた拡声器の音量を最大にし、マイクを近づけた。
耳をつんざくような甲高く近所迷惑な不協和音が廊下一杯にこだまする。
「ヒぃー?!」
男たちは揃って膝をつき、耳を塞ぎ震えだす。思った以上の効果に愛梨沙の方が面食らったが、チャンスである。
愛梨沙は、拡声器をピアス男に向けたまま、走り出した。そして、突然何事かと思うような大きな音に痺れる耳鳴りで動けなくなったにゃー子を回収し、二人の敵から遠く離れた。
「にゃー子、アイツらの後ろ…」
愛梨沙が、指差したうずくまる二人の男たちの背中には、黒くみすぼらしい姿をした男たちが仲良く一体ずつおんぶされていた。
「あれが本体か…」
「メイがいれば」
「あーりん、術符じゃ神様は引き剥がせない。無理にゃ」
「じゃ、どうすれば」
にゃー子の否定に愛梨沙は、頭を抱えた。
「とにかく気を失わせて引っ剥がす。やるだけのことはやるにゃ」
にゃー子は、愛梨沙が拡声器のスイッチを切るのと同時に走り込んできた二人の男を殴ったり、投げ飛ばしたりする。
しかし、男たちは、かなりの怪我の割にはニタリとしながら何度も立ち上がり、にゃー子に襲いかかる。
埒があかない。
にゃー子の肩が大きく上下し、額にびっしょりと汗が滲む。
「にゃー子はん!!そんなん何べんやっても一緒や。こっちに投げてんかー」
にゃー子は、エクスクラメーションマークがピンと立った顔つきになった。そして、にゃー子たちがはいってきた入り口付近に向かって二人の男たちを投げ飛ばした。
にゃー子に声をかけた主が剣のようなものを構えていた。
ポニーテールとスカートの裾が揺れる。風を切る刀は横一文字に。
投げられた男たちの何かが斬られた音がした。
長い悲鳴。
廊下に放り出された男たちはうつ伏せになり動かなくなった。あわてて起き上がった二つの影は、男たちと違うみすぼらしいオンボロを纏った疫病神と貧乏神。
階段をかけあがり、逃げていった。
「うち、来てもうた」
「かえで!」
ぺろっと舌をだして笑うかえでににゃー子と愛梨沙は、抱きついて祝福した。




