マユの受難 その1
三毛根高校の上に広がる快晴。寒風吹き荒れる中、コート一枚もない制服姿の女生徒二名と男子生徒一名が屋上の中央に集められ座っていた。
正確には座らされていたのだが…。一人の女生徒の首には、何やら金属の箱のようなものがぶら下げられていた。
地べたに直に座らされているので余計に寒さを感じる。
その側には、苛ついたようなしぐさでうろつく若い男の姿があった。
20代半ばくらいであろうか、ラフなカジュアルシャツに上着を羽織り、ジーンズ姿。手には何やらスイッチらしきものといかついサバイバルナイフを持っている。
上空には、いつしかマスコミの取材用のヘリがけたたましい騒音で三機ほど旋回しており、階下の校庭には避難した先生と生徒一同、並びに野次馬、マスコミ、警官の人だかりが出来ていた。
一体、なんでこんなことになってしまったのか…。ただ、お昼を食べたかっただけなのに…。
首に怪しげな箱を取り付けられた女生徒、山口マユは思った。
4時限目の終わり頃を見計らって学校に到着する予定だった。
しかし、まさかの売り切れを避けるべく足早に学校へ向かったマユは予定より早く学校に着いてしまった。
教室には誰もいない。にゃー子たちのクラスは体育の授業中。マユは仕方なく誰もいない教室でみんなの帰りを待っていた。
始めこそ大人しく座っていたマユだったがじっとなどしていられるわけがない。
何かイタズラでもしてやろうと右隣のにゃー子の席を物色し始めた。
ここで、マユは、ヘンテコな雑誌を見つけた。
『転生人GO!!』だった。
マユは、胡散臭い見出しに首をかしげなから、雑誌を数ページ繰っていった。
どこかディープでどこかアングラな雰囲気な雑誌。覗いてはいけない世界を覗いているように恐々かつ興味津々にマユは、読みふける。
その時だった。教室のドアがすっと静かな音をたてて開いた。
見知らぬ若い男が立っている。
軽く会釈する男にマユは、無言で会釈を返した。
知らない男だが、学校にいる以上、先生とか父兄かも知れない。挨拶するぐらいだから関係者であろう。
マユは、安易に考え、雑誌に目を戻した。
男はいきなり、窓際の後ろの席にいたマユのところに走り寄るとマユにナイフを突き付け、口にガムテープを貼ってしまった。
マユは、なにが起こったのか理解できないまま男に腕を掴まれ、ナイフで脅されたまま廊下に連れ出された。
昼休み時となり、騒然とした廊下を男はマユを盾にナイフをちらつかせながら屋上に上がった。
寒い冬でまだ、昼休み間もないとはいえ、人気スポット。屋上には何人かの生徒が昼休みで弁当を食べに上がっていた。
彩萌は、貯水槽の上でお気に入りの本を読んでいる最中にうたた寝。
学校で三本の指に入るイケメンでにゃー子の意中の人、桜林ナオトは友人を待っていて。
逃げ遅れ、マユと同様に人質になってしまった。
彩萌は、自分だけならこんなへなちょこ男の一人や二人どうということはなかった。
張り倒してサッサとケリをつけるとこなのだがそうはいかない。
マユの首にはご丁寧に爆弾がぶら下げられているからだ。
万一、男が起爆スイッチを押してしまえばおしまいだ。
マユが危険にさらされる。
そして、もし犯人が複数なら、彩萌がここで暴れてしまうことで他の生徒たちに危害が及ぶ恐れもある。
彩萌はとりあえず、大人しく様子をうかがうことにした。
その頃、校庭の隅っこではにゃー子たちが作戦会議を開いていた。
「敵は、全部で三人。一階、三階、屋上ね。」
薫子が目を瞑り、本の文字を辿るように首を動かしながら相手の様子を探り、報告した。
「人間なら大したことにゃい。行って早速ぶっ飛ばし・・・」
「お月さん。甘く見ちゃダメ。後ろに各々、貧乏神、疫病神、死神が憑いてるわ。」
校舎の入り口には突入してはコロコロと投げ出されるという一連の動作を繰返している警官隊の姿があった。
「それ以前に誰にも気づかれず入れるの?」
愛梨沙は、心配そうに薫子を見た。
「気配消せるでしょ、お月さんが」
当たり前のように薫子は答える。
「じゃ、にゃー子、マユのことお願いね」
愛梨沙は、ホッとしてにゃー子の肩を叩いた。今回は、人間が絡んでいるとはいえ、やはり、妖怪との戦いだ。マユには申し訳ないが愛梨沙は、自分の出る幕でないことに少し安堵していた。
「何言ってんの、望月?あんたも行くのよ、お月さんと」
「え、どうしてですか?メイや姫子でしょ、連れていくなら…」
愛梨沙は腰を引き引き拒絶する。
「あんたしか山口を救えないの!それに私の心の声が届くのあんたしかいないんだから…。ぐずぐずしない!!」
「わっかりましたー」
ブー垂れた顔で愛梨沙は返事をするとにゃー子の後ろにしがみついた。
「いい、望月。ありのまま、自然体の今のあなたが山口を救うんだからね。今のあなたから何も引いちゃダメよ」
「はい」
なんだかわからないけど愛梨沙は、薫子に頼られている感じがして悪い気しなくなってしまった。
「姫子、彩萌に連絡お願いね、敵のこと、それから現状ちゃんと伝えてきて」
薫子は、姫子を促した。
「あいなー」
姫子は、校舎の陰に隠れると小鳥に変身して屋上に飛び立った。
「屋上じゃ、衆人監視で神通力使えないですからね」
メイが眩しそうに屋上を見上げる。心なし、寂しそうな横顔だ。
何か言いたそうな顔のメイに薫子は、わかっていると言わんばかりに、にこやかに頷く。
「あんたは、ここにいなさい、あんたしか出来ないことがここにあるから」
「はい!」
メイはにこやかに返事した。内心、必要とされていないようで不安だったのだ。しかし、薫子の一言でヤル気と元気を取り戻した。
かくして各自の持ち場が確定し、人質救出の準備は整った。
にゃー子は、気配を消した。愛梨沙は、電車ごっこの要領でにゃー子の背中に掴まった。ほいほいと誰にも気付かれることなく、二人は、入り口付近に倒れこむ警官隊を尻目に校舎の中へと潜入した。
中は、昼間というのに暗い。電気を落とされた上、異様な空気が漂っていた。
慎重に気を探りながら前へにゃー子は歩みを進める。
にゃー子が何かに反応してある教室の前で歩みを止めた。
にゃー子は、肩にかかった手を両手で優しく払い、愛梨沙を無言で教室とは反対側の壁に誘導すると唇に人指し指をあてて愛梨沙に目で合図した。
にゃー子は、愛梨沙が無言で頷くのを確認すると再び教室の方を向きなおした。
「出てこい、居るのはわかっているにゃ」
にゃー子が鋭い言葉を発すると中からがさがさと音がした。
にゃー子と愛梨沙は、緊張しながら音がしたほうに近いドアを睨みつけた。
ガラッ
横にスライドした天窓…から若い男が一人顔を覗かした。
「そっちかい」
にゃー子と愛梨沙は同時に叫んだ。
「なーんだ、けーさつかと思ったらジャージのいもねーちゃんたちか、つまんねーの」
ニット帽を被りふかふかの茶色のジャンパーとは裏腹に蒼白くひょろりとした若い男は、さもつまんなそうににゃー子たちを見下ろしていた。
ジャージ…。
体育の授業のあと、後片付けの最中に事件を知り、着替えそっちのけだった二人。
しかも、愛梨沙に至っては、拡声器を肩に、ストップウォッチを首にとオプション付きの状態のままだった。
これが、火事場のなんとやらというやつなのか、愛梨沙は、今の今までこの出で立ちでいることを忘れていた。
「まあ、誰でもいいや、この際。僕たちと一緒に死んでくれるならさ」
言っていることがヤバイ。にこやかに蒼白い顔を崩すのとは裏腹に目は完全に殺気だっている。
男は、天窓に手をかけると人間離れした動きで体を天窓に潜らせるとその狭いスペースからにゃー子目掛けて飛びかかってきた。
愛梨沙は、余りにオカルトチックな男の動きにヒッと短い悲鳴をあげ、背にした壁を上から下に一直線になぞりながらへたりこんでしまった。




