ニュース速報
かえでは、一人思い出にふけっているうちに、母の写真のまえでいつの間にか寝てしまっていた。
夕方の薄日に底冷えする風が開け放した窓から入り込み、くしゃみ一つに驚いて目を覚ました。
かえでは、窓を閉め、カーテンを閉じると部屋の電気をつけ、壁にかかった真新しい制服を見た。
赤いリボンが可愛らしく、思わず、かえでは、微笑んだ。
今度は、仲間がいる。かえでは、にゃー子たちの顔を思い浮かべた。
「ーにしても、気が早いんちゃうか?制服。なんでもう出来上がってんねん」
かえでがいぶかしがるのも無理はない。あの和馬とにゃー子の一戦からまだ2日。寸法さえ聞かずにぴったりの新調が超速達で送られてきたのである。
「て言うか、うち向こうの学校いくんやさかい、寮に送って欲しいんやけどな…。なんで薫子はん、わざわざ島根に送るん?」
かえでは、いい迷惑とばかりに天井を仰いだ。
そんなかえでの気持ちなどお構い無しの薫子は、都内近郊、三毛根高校にいた。
三階建ての校舎。一階の一室。職員室の奥に厳かな校長室。
そこに薫子はいた。朝の日差しが入り込む校長室で、直談判の最中。
かえでの編入をとりつけたのだ。
校長室から出た薫子は、後ろ手で扉を閉めるとニヤリとした。
「ふふふ、三毛根高校の願書増刷しとかなくちゃ。忙しくなりそうね」
薫子は、何か企んでいるようだ。同僚の先生たちが不思議な顔で薫子の様子を眺める。
薫子の不敵な笑いは下を向いたまま止まらない。校長室の前に居座ったままである。中から、校長がドアノブをガチャリガチャリと必死で回している音がする。
他の先生は誰ひとり薫子に指摘することもせず、唖然とその様子を眺めていた。ある者は、煙草の灰が長々となるまで、ある者は、事務の手を時が止まったように微動だにせず、ある者は、お茶をすする手をそのままに・・・ただ、ただ、校長室の前の静かな攻防を朝の会議の前、呆然と眺めていた。
職員室の窓。鳥たちが校舎の外、自由な空に向かって羽ばたいていく。凍てつく空に堂々と羽を広げ。一方、職員室の中には、暖房が効いていたにもかかわらず、ある意味凍てついた空気が流れていた。
これから、三毛根高校にいったい何が起こるのか?
薫子以外に知る者はいない・・・。
再び、場所と時は変わって、島根の八塩酒造。
お昼の休憩が少しみんなとずれたかえでは一人、昼食をとっていた。この手の職人気質のこじんまりとした蔵は、みんなで朝、昼、お茶するのが慣例となっているところも少なくない。この日は、得意先の配送や発送の手続きやらなんやでかえでだけ取り残されてしまった。
仕方なく、かえでは一人、事務室でトーストにイチゴジャムを添えて、コーヒーを注いだ。何気なく、テレビのリモコンのスイッチを押し、席に着いた。別に何か見たい番組があるわけではない。音が欲しかったのだ。
ワイドショーも中盤戦そんなところだった。かえでは、内容を気にも留めないで、サクッと一口トーストをかじり、コーヒーを少し流し込んだ。
ブラックの苦さがジャムの甘さと程よく溶け合うと、あとから遅れてきた小麦の焼いた香ばしいにおいが待ってくれと言わんばかりに追いついてくる。
ーーいつもなら、ため息とともに至福の時を感じていただろう。
今日は、違った。
甲高いアラーム音にかえでの思考は奪われたのだ。
なんやろ?
かえでは、食べる手を止め音のした方を見た。テレビの画面からだった。ニュース速報の文字が点滅する。
流れてくる文字を目で追っていたかえでは、椅子をガターンと後ろにひっくり返すほどの勢いでその場に立ち上がってテレビを見入った。
口にはパンをくわえ、右手は綺麗な直角エル字型に曲がったままコーヒーカップを握りしめ・・・。
一体なんのニュースだったのか?
かえでは、食べるのを中断すると、思い出したように自分たちの下宿先へ自転車を走らせた。
途中で、蔵の庭先を掃いていた和馬がかえでを見て声をかけた。
「どこ行くねん?えろう、血相変えて」
「大変や、お兄ちゃん。うち、ちょっと、東京へ行ってくる」
「そうか、ほな気いつけて・・・ってちょっと待たんかい。ちょっと行くような距離んとこちゃうぞコンビニやあるまいし、かえでー、またんかいー」
和馬のつっこみは、はるか遠くのかえでの耳にはもう届かなかった。息を弾ませ、真剣な表情で自転車をこぎ続けるかえで。
下宿に着くなり、二階に駆け上がるかえでは、壁に吊るされた制服にそでを通した。
つけっぱなしになった蔵のテレビでは速報の詳細となる生の一報が報道センターのアナウンサーから読み上げられる。
「臨時ニュースをお伝えします。今日、正午ころ、都内近郊の私立三毛根高校に男が人質をとって立て籠っている模様」




