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回想 かえで

天狗の寿命は、人の1・5倍。羽流馬たち一家は仮初めの生の終焉を迎えた。


今一度、許された転生の時。現代、羽流馬は、蔵前春馬となった。妻の飛兔美は、瞳となり、和馬、かえでも誕生した。


春馬は、相変わらず寡黙だが、天性の人柄で、信頼が厚く、酒造りの腕に磨きをかけて、名工の名を馳せた。


瞳は、病弱でかえでが小学校に上がる頃には、床に臥せ、入退院を繰り返していた。


和馬は、前世のこともあり、ひねくれて、喧嘩に明け暮れた日々を送っていた。


気に入らない者は、手当たり次第にねじ伏せた。

和馬の悪名は、近隣の府県にも及んだ。


かえでは、和馬のせいで肩身の狭い思いをした。

それでも健気に振る舞い、明るく生活するかえで。


中学に入ると、クラスの女子に目をつけられた。

かえでの何もかもが気に入らない。


何かにつけて因縁をつけ始めた。


かえでは、はじめのうちやり過ごしていたが、友人たちが一人また一人とかえでのもとから去っていく。


かえでといれば、自分もいじめのとばっちりをうけるからだ。


とうとう、かえでは、一人ぼっちになってしまった。


一人になったかえでを集団の狂気が襲う。


無視 水かけ 鞄は隠されぼろぼろに…。


それでも耐えるかえでがますます気に入らない。

殴られる、蹴られる。


マケナイ…。


かえでの腕に初めて赤い線が一筋できた。


耐え抜いた三年目の夏。


「あんたいじめても、堪えてへんからつまらんわ。許したる。遊びに行くさかい一緒に来へん」


いじめのリーダー格がかえでを誘った。人を疑うことのないかえでは、喜んでショッピングセンターの買い物に彼女のグループたちと出掛けた。


かえでは、大きなショッピングバックを渡された。彼女たちの遊びとは、万引きだった。


「私達、友達やろ」


威圧的にクラスメートがかえでを囲む。


かえでは、無言の威圧に目的のテナントまで向かう。


これで、いじめが無くなるなら…。


かえでの手が商品棚に伸びる。手のひらの汗。震える唇と足。


母の顔が浮かぶ。


小一時間。かえでは、何も盗らず、店を出た。


「何、すかしてん?ええかっこしぃ、裏切りもんや。卑怯もん」


かえでは、口汚く罵られながら、クラスメートに小突き回された。


帰ったかえでの顔を見た和馬は、怒り狂った。


首謀格の女生徒の家の前で和馬は、暴れた。相手の父親を殴った。兄を吹き飛ばした。駆けつけた警官をなぎ倒した。


そこで、和馬は、取り押さえられた。


かえでは、病院にいた。あの事件以降、学校は休みがちになった。母の病室で過ごすことが多くなった。


母は、かえでに何も事件について問いかけなかった。ただ、かえでのこれからを案じた。


迫り来る自分の死期に心残りは残したくない。できれば、笑ってーーかつての明るいかえでの姿を見てから安心して逝きたかった。


それが、叶わないなら…

「かえで…」


「何?お母さん」


かえでは、窓の側に飾られた花瓶の花を手直ししていた。


「泣きたかったら、ここで思いきり泣き…。そして、お母ちゃんと約束して。お父ちゃん、お兄ちゃんをあんたが護るって。いつか…いつかあんたのぴっかぴっかのおてんとさんみたいな笑顔をお母ちゃんに見せてな」


かえでは、堰を切ったようにどっと流れ出した熱いものを母の懐にしまいこんだ。


母は、かえでをぐっと抱き寄せた。見せたことのない左腕を母は、かえでの胸の内を見透かしたように優しく撫でた。


病気の母を励ますはずがいつのまにか自分の気持ちを洗い流す場所になってしまったかえで。



病室の外は、いつしか厳しい冬景色に姿を変えていた。木々の葉は短い紅葉の時も終わり、すっかり枯れ木となってしまった。道行く人々も背中を丸めどこか足早に見える。クリスマスの飾り付けが早くも始まり商店街や駅前のライトアップも派手やかだ。一度だけ舞った雪が花壇や日陰の道路にうっすら残っていた。


少しだけ、--その日は少しだけ、かえでは、寄り道をした。母と少しだけ世間の幸せをおすそ分けしてもらいたくて、クリスマスローズの鉢を買いに花屋に立ち寄ったのだ。小さなサンタの人形をそこに添えて、母のもとに向かって花屋を後にした時だった。


かえでの携帯が鳴った。


「お母ちゃんの容態が急変したって・・・」


くぐもった父の声だった。

かえでは、声が出ず、持っていた鉢を落としてしまった。大きな音を立て割れたはずである。しかし、かえでには、一瞬すべての音が、人が物が聴覚にも視覚にも全く入らなくなってしまった。すべてが止まり、すべてが闇の中…。


かえでは感覚が戻ってきた瞬間、携帯を握りしめたまま走り出した。口を真一文字に結んだまま。


嘘だ うそだ ウソダ


昨日まで、話をしたのだ。笑ったのだ。食べたのだ。泣いたのだ。咳をしたのだ。肩を抱いたのだ。手が・・・温かったのだ。


かえでは、首を振りながら病院へ走った。


街路樹の残り少ない枯葉が強風にあおられ一気に舞い上がる。


かえでが病室に駆け込んで来るのを待っていたかのように瞳は終を迎えた。


父が瞳の手を握っていた。兄の和馬が窓際の壁を蹴った。医者が最後の診断をした。昨日、最後に手入れした花瓶の花がまだ綺麗に咲いていた。


母に突っ伏してかえでは泣いた。まだ、ぬくもりの残る優しい表情で眠ったような母。かえでの記憶はここで飛んだ。




かえでの母が、亡くなった晩。かえでは、夢を見た。


井戸に水汲みに行く転生前の自分の姿。汲みあげた水が対ロ湯の蛇に姿を変える。思わず、かえでがのけぞる。


「たすけて」


母の声だ。その蛇たちの中からよく見知った片腕が伸びる。かえでは、引っ張ろうと手を伸ばすも蛇どもに阻まれる。やがて、母の片手は、蛇の中へと消えていった。


かえでは、はっと目が覚めた。冬だというのにやけに汗がでる。半身を起こし、ようやく夢と理解した。何気なく目をやったふすまに黒くとぐろを巻いた影が映る。

部屋の中は、点灯管の淡い月色の光だけがぼんやりと照らすのみである。


それでも、その影は、くっきりとかえでをみすえるかのように存在感を誇示していた。


「誰や、何の目的でうちの前に姿みせたん?」


「ヒヒヒ、お前も呪い殺してやる」


低い声がかえでの耳元で囁かれてるかのように聞こえた。かえでは、ぞっとした。


「この左目の傷を負わしたお前を、そして、われら蛇を裏切った天狗の末裔を呪い殺すのだ」


「目?」


かえでは、首を傾げた。


「あの日、お前が水を汲んだあの井戸の側にうまそうな赤子が寝かされていた。涼しげな木陰がちょうどよかったのだろうな…。わしは猫にやられた傷を癒すためその井戸にじっと身を潜めていた。傷の妙薬にあやかろうとしたわしをお前が間髪いれず、腰に吊るしておった鎌で斬りつけたのだ。女と思って甘く見ておれば神通力使いの天狗ではないか。」



かえでは、夢中で気を失ってしまったので覚えていなかった。怖さで上がった息を必死で止めようとすると、蛇は、それに呼吸を合わせるかのようにシュルルとしっぽを震わせた。


ふすまにはっきりと映る八つの頭をもたげる。


「お前は、必ず呪う。猫ともども必ず呪う。そして殺す。月のかけらと月の涙が溶け合うとき、お前ら全てこの地と共に沈めてくれる。ーー尤も、お前は、それまで耐えて生きていられればの話だが…」


「何の話や。猫だの、月のなんちゃらだの」


「お前には関係ないことーーそれより、その左腕のアザとてもよく似合っているものだ…ヒヒヒ」


「お前の仕業やったのか?」


かえでは、左肩にてをやり、蛇の影を睨みつけた。


「ヒヒヒ、いじめは辛かろう?辛いよなあ、片意地を張らなければ楽になれるぞ、今からでも遅くない、わしの配下となり、手となり足となれ」


「うち、死なへんし、負けへん!!お前の配下なんてまっぴらや!!」


かえでの脳裏に母がよぎる。

「裏切り者、それ相応の報いを受け、苦しみを味わうがよい」


「うちは、裏切り者やない!!絶対死なへん!!生きてかならずお前からうちの人生取り戻したる。お前なんかに負けへん!!」


そこで影は、すっと消えた。辺りに、日常の夜の静けさが戻る。


かえでは、ひどく疲れたがもう、その晩は、眠ることはできなかった。







かえでは、遠くの高校に通った。心機一転。かえでを知らない人たちのいるところで新たな気持ちでスタートしたかったからだ。かえでらしさを取り戻すために。それでも、何かかえでの心は晴れない。


いじめの後遺症なのか。友達が信じられない。大勢の人の中にいるのが苦痛で仕方ない。動悸。めまい。息切れ。吐き気。それを隠しながら自分をだましだまし生活を送る。しだいに、一人でいることの方が多くなった。


加えて、したいことが見つからない。自分は、何のために生きて、高校へ通うのか…。かえでは、悩みぬいた。


そんな折、かえでの知り合いが転入してきた。雨粒の一滴。石をうがつのにそれだけで十分だった。かえでの昔を知る唯一の人物。かえでは、箒で隅に掃かれていくゴミのようにだんだんと居場所を失っていった。と同時にいじめが再び始まる。


この鎖は切れへんの?


まるで、蛇ににらまれた蛙。ちぎろうとあがけばあがくほどあざ笑うようにいたぶるようにじわじわと蛇の呪いを感じずにはいられない。


とうとう、かえでは、高校を辞めてしまった。


そんなかえでの心を察して、父の春馬は、責めることはしなかった。出稼ぎに行く先の島根の酒蔵で事務員の空きがあった。かえでも連れて行くことにした。


一方の和馬も相変わらずのやんちゃぶりで高校を辞めてからは、うちでブラブラして過ごしていた。


人間はつまらない。自分の力量も知らず相手に突っ掛かってくる。和馬は、身に降りかかった火の粉を払ったに過ぎない。

人間はつまらない。ルールだ法律だとわめくくせに誰一人正しく守るものはいない。少し、目立ってしまったものだけをあれこれ理由をつけて排除するだけである。



和馬は、飽き飽きしていた。この世界も。人間であることも。できるなら、天狗に戻りたいと…。

酒造りなどしたくはなかった。親の手前、仕方なく返事したまでだった。適当にやっていれば親も匙を投げるだろう。そんな気持ちで蔵に入った。


無断欠勤。早退。遅刻。傲慢な態度。


春馬の顔がなければ、他の蔵人もとても我慢などできない。


まして、不景気。日本人の日本酒離れ。


蔵人もいつしか、一人また一人と去っていった。


オーナーだけが二人の様子をじっと考えながら厳しい顔つきで眺めていた。




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