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蛇の影

「あら、お取込み中、失礼」


つやっぽい声が上空から聞こえた。


にゃー子たちはあたりを見回した。空に向かって伸びる幹を一本一本なぞるように神経をとがらし見ていく。


「誰にゃ」


にゃー子がまだ見えぬ来訪者を探し、一回転しながら木の上に目を這わす。


「ここよ、猫又さん」


じんわりとみんながいるすぐ目の前の木の枝に白い靄が現れる。


にゃー子たちは身構えながら、その靄の行く末を見守る。


やがて、その靄は、木の枝に腰掛け足を組み頬杖した人のようなかたちになった。


しかし、人と呼ぶにはいささか難があった。明らかな違いがあったからである。


頭部が蛇なのだ。


白い蛇が舌をちろちろ出しながらにゃー子たちを見下ろしていた。


「お前、オロチの手下か?あいつはどこにいるにゃ」


「慌てないで、今日は戦いに来たわけじゃないから」


白蛇は相変わらず足と頬杖を崩さず余裕の表情である。


「じゃ、何しに来たにゃ?」


にゃー子が拳を固めて白蛇を睨みあげる。


「お互い知らないとフェアじゃないでしょ?うちのボスも少しは丸くなったでしょ?フフ。目的は二つ。あなたたちをこの目で見るため。予定より一人足りないみたいだけど…。それと、天狗さんの左肩のアザ消してあげようと思って…フフ。でも、残念ね、もう少しお兄さん頑張ってくれると思ったんだけど」


「あー思い出したで、この声や。お前か、電話でここに羽団扇盗った猫がくる教えたんは」


和馬が白蛇を指差す。


そうよ、予想以上にへたれで、早くてがっかり。これなら、学校で見張らしてる蜘蛛のほうがよっぽどましだわ」


「蜘蛛?」


にゃー子は、学校で一度踏みそこなった忌まわしい蜘蛛を思い出した。



「そうよ、気付かなかった?ずっとあなたたちのことみ・て・た・の。琴音ちゃんっていったかしら。すごかったわね・・・。朱雀まで出てきちゃって。狐さんと猫さんの戦い。術師さんとクシナダの決闘。いろいろ貴重なもの見せてもらったわ」


「じゃ、もう一つ冥土の土産に持っていくといいさ、ボクの渾身の一撃を」


彩萌が業を煮やして跳び上がった。手にはすでに炎を纏っている。


「神通力、孤紫炎こうしえん


白蛇の目の前に両手を突き出した彩萌。その手からは、紫の狐に見立てらた炎が現れ、白蛇めがけて食らいつかんと飛んで行った。


白蛇は悠然とその様子を眺めている。笑顔さえ見て取れる。


「やったか?!」


にゃー子たちは、炎に呑まれた白蛇の姿に声をあげた。


しかし、次の瞬間、紫の炎は、白蛇の周りをぐるっと迂回し、そのまま後方へ飛んでいってしまった。


「なんだって!?」


彩萌は、渾身の一撃を跳ね返すでもなく、座ったままやり過ごした白蛇に驚愕した。


「わからない娘たちね。今日は何もしないっていったはずよ。」


白蛇は、呆れたように彩萌の方へ右手をかざすと、くるりとひねってみせた。


彩萌の体は、空中でバランスを崩し、地面に落ちていった。


白蛇は、かえでを指差すと何事か唱えた。


「肩の蛇のアザはこれで消えたわ。フフ」


かえでは、左肩に手をやりそっとシャツの中を覗いてみた。


「な・・・い?」


あれほど、忌み嫌っていた蛇のアザは跡形もなく消え去っていた。


「お前何企んでんにゃ」


にゃー子が白蛇を指差す。


「別に。困ってたみたいだから助けてあげただけよ。それに…、私が何考えてるかなんて隣のサトリさんに訊ねたら?ねえ、サトリさん」



「薫子!」


にゃー子は、薫子の顔を見た。


薫子は、悔しそうに首を横に振る。


「ダメ。あいつ、心の声を閉ざしてる」


にゃー子は、再び白蛇を驚きの表情で見上げた。

「私の名前は白峰(しらみね)ヤマタノオロチの秘書よ。よろしくね。ボスはあなたたちによっぽど恨みがあるようね。ー 尤も、あなたたちもボスに恨みがあるみたいだけど…」


妖怪の中でもかなりの神通力を有するにゃー子たち。


それをもってしても尚格の違いを見せつける白峰。


まるで子供を適当にあしらうかのような憎らしいほど余裕の態度で白峰は、にゃー子たちを見下ろしている。


にゃー子たちはみなじりじりとした気持ちで、ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうな焦り、怒り、緊張の表情を浮かべ白峰を見上げる。


「怖い顔ね。かわいい子が台無しよ。フフ、今日はこの辺で帰るわ。春が来たらバトル開始よ。もっともその前にもう一人の『彼女』にも目覚めてもらわないといけないけどね、フフ」


白峰の体が再び白い靄に包まれていく。


待て、もう一人って誰にゃ」


にゃー子が届かない手を伸ばしながら叫ぶ。


「いつもあなたたちでつるんでるでしょ、仲良し4人組さん」



白峰はその言葉を最後に完全に靄の中に紛れ、やがて靄も消えてしまった。


にゃー子たちの目線の先には白峰が腰かけていた木の枝だけが残される。


「・・・マユのことなの?」


愛梨沙は、確かめるように薫子の顔を覗き込んだ。


メイも心配そうな表情を浮かべる。


「あいつの言うとおり、一緒に戦うようにはなるみたいなんだけど・・・、今いち関係が分からないのよね、お月さんと『山口』の関係が ー 」


山口と薫子が名指しした人物。それが、マユの名字である。



「くしょん」


その頃、マユは、自宅のベットに腰かけていた。

今朝がたあれほど辛かったのがうそのようにすこぶる体調がいい。


念のため、体温を計るため上体を起こしたところであった。


やっぱり、風邪か?起きがけのクシャミにマユは疑心暗鬼になる。


ぴぴという電子音のあと引き出された体温計は、まがうことなく平熱をさしている。すでにこれで4回目。何度やってもきっちり平熱をさす。



しかし、それにしてもおかしい。今朝がた40度もあったのだ。


一気に下がったというのにだるさもない。やけにあっさりしている。


そうなると、マユは、ちょっと悔しかった。

貴重な休みの日を半日以上棒にふってしまったからである。


しかも、友達と遊びにいく約束までパーになってしまった。


もったいない。今日の分を取り返さねば。


そうだ、あさって、学校を休んじゃおう。まさか、熱が半日で下がるとは誰も思うまい。この熱なら下がるのに回復するのに二日以上かかるはずだ。


マユは、ニヤニヤのハニカミのままベットにゴロンと寝そべった。


のも束の間。何かにハッとして再びベットから半身起き上がる。


あさっては絶対ハズセナイ…。


マユは、頭を抱えてうーんと唸った。


別に小テストがあるとか、宿題があるとかそういうことではない。


マユの悩みは、昼の購買部の月一日替わりメニューのことだった。


マユの好物の二大競演。


助六寿司とミニどんぶりカツ丼。


マユは、この日のために日々頑張っている。


この日を外すわけにはいかない。


まずは、ガッツリ肉系、カツ丼から。ミニなので女子でもイケる。相手が高校生でも手抜きしない姿勢がいい。卵は、ふわとろ。しゃきしゃき玉ねぎはタレと相まって更に甘あま…。メインの肉は、ボリューム満点&ジューシー。御飯より、具が多いのでお得感半端ない。

油もんのあとは、さっぱり系で口直し。


次は、助六。いなり寿司。油揚げの手作りしみしみ甘い味わい。これがヤバイ味わい。噛めば、ふにゃじゅわと酢飯のハーモニーが口一杯に流れ込み、幸せが広がる。


締めの、のり巻き。卵の風味に桜でんぶの程よい甘さ。かんぴょうのしゃきしこの歯ごたえ。そこにきゅうりがアクセントと清涼感を与え、酢飯を引き立たせる。


ーーーもう我慢できね。

マユは、布団を鼻先までかぶり悶々と爛々と思いを巡らす。


休みたい…。


でも、食べたい…。

マユの頭の中のシーソーはせめぎあいは、激しさを増していく。


そうだ…!








昼から登校すればいいんだ!


マユは、思った。


どうせ、誰も半日で熱が下がるとは思うまい。適当な理由をつけてどうしても学校に行かなければならない健気な女子高校生を演じればよい。お昼を食べたら仮病を使って早退し、次の日一日まるまる休めばいいのだ。


我ながら素晴らしすぎるアイデア。


マユは、笑いを噛み殺しながら、布団を更に頭まですっぽりかぶってしまった。





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