いざ、酒蔵!!
その週の土曜日、学校の先生の引率で4人の生徒は社会見学と称して島根は出雲大社近くのとある町に来ていた。
本当は、マユも来る予定だったが当日大風邪をひいてあえなく断念。
代わりに入ったのは・・・。
「なんで、ボクが酔っぱらった薫子の世話をしなければならないんだい?」
やれやれといった表情を浮かべて、薫子を抱え近くのベンチに座らせる女生徒。
A組の緑川彩萌であった。
彩萌は、相変わらずトレードマークともいえる、サングラスを栗毛のショートカットに載せている。
上は、ファーのついたニットベストにチェック柄のシャツを合わせている。下は、デニムのショートパンツ。
色彩も秋冬物らしく、靴はショートブーツをさりげなく。
さすが、三毛根高校きってのオシャレ番長である。
「マユの予約分損になっちゃうでしょ、呼んであげただけでもありがたいと思いなさい」
愛梨沙が彩萌にかみついた。
「なんだい、その言いぐさは。まるでボクが君たちの仲間に入りたくて泣いて頼んだみたいじゃないか」
「私は、まだ修学旅行と学園祭それと危うく飛び降り自殺しそうになったこと…。まだあったわ、リュート、琴音!琴音のことは根に持ってんだからねー
だ」
「琴音は違うけど、あとは悪いと思っているよ…」
彩萌は下を向いた。
「そういや、飛び降りしかけたことあったにゃ」
にゃー子は、愛梨沙の執念深さを垣間見た。
彩萌は、妖怪の狐。
閻魔の娘、華閻がとりついた愛梨沙の中学時代からの親友、藤崎琴音と共に、にゃー子たちの命を狙ってきたのである。
理由は、にゃー子の意中の人物、桜林ナオトを奪い去るため。
修学旅行では、琴音の神通力で出現した新撰組と京都中を命懸けの追いかけっこをするはめになった。
学園祭では粉に虫をいれられたり、壊されたり散々な目にあった。
堪忍袋の緒が切れたにゃー子が、華閻と対決し、無事琴音の体を元にもどしたのであった。
愛梨沙も華閻のせいで、片想いの宇都宮リュートのことでにゃー子を疑ったり、九尾の狐に食われそうになったり、散々振り回されたのである。
ただ、彩萌も反省しているようなので、愛梨沙もそれ以上責めることはしなかった。
それよりも、いま問題なのは、引率教師のほうである。
ここに着くまでに一体何本の缶ビールとワンカップ、はたまた缶チューハイを開けたのか…。
すでに出来上がっているを通り越して潰れてしまっている。
「まさか、薫子がウワバミなんじゃないだろうね?」
彩萌は、薫子をベンチの背もたれにもたれさせると肩をぐるぐる回しながら立ち上がった。
「上手いこと言いました、彩萌さん」
メイが拍手する。
「バカなこと言ってないでどうすんの?」
愛梨沙が額に手をやり考えこんだ。
「あっちしだけでは…」
姫子も心配そうに辺りを見回す。
駅を降りたバス停は、閑散としていた。
出雲大社に程近いとは名ばかりで結構ローカル線の奥まった場所についてしまった。
一応、案内所らしき場所もあるし、蔵から迎えの車がくる手はずになっている。
薫子がむっくり上半身だけ起こした。
目は、ご機嫌なほど虚ろだ。
「迎えがきたら、あらたたひ先にひっちゃってひーかられ。よひが醒めたら、すぐおひかへてひふはら…ひれ、ほろ」
お迎えがきそうな呂律の回らない意味不明の言葉を残し、上体を前後に揺らし始めた。
薫子は、寝てしまったようだ。
じゃんけんという民主主義の結果、彩萌が酔い醒めまで危ないので付き添うことになった。
そこへ、二つの影がゆっくり忍び寄ってきた。
「あの…三毛根高校、日本伝統文化研究会の皆さんですか?」
優しい響きで独特のイントネーションのある女の子の声で、一同振り返った。
大柄の色黒の青年とポニーテールの優しそうな女の子がそこに立っていた。
「そうでありんす、あなたたちは?」
「あ、よかった。うち八塩酒造のバイトしてるもんで蔵前かえで、いいます。ほんで、こっちが私の兄で和馬いいます。よろしゅう、ほな、蔵までお送りしますさかい車の方へ」
大柄の色黒男は、ジロッと一瞥したきりこちらを見ることも、挨拶もせず、黙って踵を返すとワゴン車の方へ歩いて行った。
その後ろ姿の風貌からはチャラチャラした雰囲気で、相当なやんちゃ加減が窺える。
アクセサリーやピアスの類いはないものの髪はロングに茶髪。ダルダルのズボン、横柄ながに股歩き。細いけどやたら筋肉質な体つき。
「すいません。無愛想な兄で…。悪気はないんです。堪忍してやってください。ほんまは、優しいんです。」
かえでは、頭を深々と下げた。
ポニーテールが静かに揺れる。
御辞儀からにゃー子の方へ向きなおしたかえでの顔は女性から見ても愛らしく、はつらつとして輝いて見える。
切れ長の目は、きらきらと光り曇りひとつない。
みな、和馬がいなくて気付いたのだが、かえでは背が高いということだ。
にゃー子たちのなかで一番高いメイよりも高い。
見た目、にゃー子たちと同じくらいの歳であろうか。
格好は、ラフなシャツにジーンズ。肩口に八塩酒造の刺繍の入った紺色の半天を羽織っている。
「酒蔵の娘さん?」
愛梨沙は、車に向かいながらかえでに訊ねた。
「いえ、ほんまは、大阪なんやけど、うちら父の出稼ぎについてきただけです。ここ、何年も前から杜氏ーー酒を醸すリーダーみたいな人のことなんやけど、おらんようになってな、伏見杜氏で鳴らした父が呼ばれたんよ」
「お兄さんも造り手?」
ええ、今年から。父に言われて仕方なくなんやけどな…」
かえでは、苦笑いしていた。
愛らしく、健気なかえでだが、何か足りない。
笑うのが下手な子だな、にゃー子はふと思った。
「かえでさんは、年いくつなの?」
「うちは、16。兄は、20です」
かえでの顔が、少し緊張したように、強張った。
「さ、どうぞ」
かえでは、皆を車の中へ誘導した。
車は、大きなエンジン音を立てた。
「緑川、あの車の車種とナンバー押さえろ!!覚えられなきゃ写メ、ぬかるな」
「え?」
突然、真顔で指示を出す薫子に一瞬、彩萌は固まった。
「早くする!」
促された彩萌は、番号を控え、車がはっきりうつる写メを写した。
「薫子?酔ってたんじゃないのかい」
「あんなもんで酔っぱらうわけないでしょ。舐めた程度だわ。さ、緑川あいつらを追うわよ、わざわざあんたを残したのはそのためなんだから」
「でも、一体あの兄妹がなんだっていうんだい」
「あんた鈍いわね、気付かなかったの?あの二人…天狗よ」
「なんだって!?」
彩萌は、薫子を見開いた目で振り返った。
「問題は、何で橘が羽団扇を持っている猫又ってわかったか、それにここに来るってわかったか、ていう2点ね」
「あぁ」
「とにかく、急ぐわよ、緑川、あのタクシー拾って」




