にゃー子の羽団扇
彩萌は、なおも抵抗するが、メイは、ゆっくりと彩萌を手繰り寄せていく。
一方、にゃー子の方は、彩萌の奇襲で一瞬、間が空いてしまった。
琴音は、その間を見逃さなかった。
飛び込んでくるにゃー子に向かって薄紅色の妖気をまとった右手を差し出した。
渦を巻いた妖気が紅蓮の炎となってにゃー子に向かっていく。
そして、にゃー子に到達する頃には、大きな炎の竜となり、にゃー子を呑み込もうと口を開けた。
にゃー子は、とっさに左に避けた。
そこへ、素早く回り込んだ琴音が、にゃー子の脇腹に膝蹴りをぶちこんだ。
にゃー子は、膝蹴りを食らった勢いのまま、愛梨沙が隠れていた室外機の横へりにぶち当たった。
琴音は、倒れているにゃー子のもとへゆっくりとあるいていく。
「にゃー子さん!!」
メイが倒れているにゃー子を見た。
そのメイが見つめる視界の延長には、モップを持って威嚇しながらも震える愛梨沙がいた。
「イケマセン!!」
メイは、愛梨沙の元に術符を投げ込み結界を張った。
こうすることで最悪、愛梨沙は被害を被ることはない。
「あーりん、そこを動いちゃダメですよ、結界を張ったのでそこにいてください、藤崎たちの攻撃はそこにいる限り届きませんから」
琴音は、ちらっと大声で愛梨沙に注意するメイの方に目をやった。
よろよろと脇腹を抱えてにゃー子が起き上がる。
「二つ目の罪。それは、ナオトのことじゃ。ナオトはよき御霊を持っておる。わらわは、100年以上も前から目をつけておった。わらわの伴侶となすためにな、それを横からかっさらおうなどとは・・・」
琴音は、なおも虚ろな目つきでにゃー子を見つめている。
「ちょ、ちょっとー、お、おかしいじゃない。ナンデ、リュウトだとかほかの男と付き合ってんのよ、それもとっかえひっかえ。そーいう女をね、えーと、えーと、・・・」
昔の言葉でなんていうんだろ?愛梨沙は、怖さも手伝って頭が真っ白になった。
「わらわは、不貞なやからではない。よき御霊を探すのは困難なことじゃ。10日ほどじっくりと眺めていなければならぬ。近くにいることはわかってもそれを特定するにはわらわをもってしても致し方ないこと。何人と付き合おうとも、誰ひとり、かりそめの体とはいえこの体に男の指一本触れさてはおらぬわ」
「それは、琴音の体に対してありがとう・・・って私感謝してる場合じゃないし。琴音はどうしてんのよ、あんた誰よ、上から目線で。それに、えーと、あんたの口ぶりじゃほかの男は根性悪いみたいじゃないのー、リュートにも謝んなさいよ、まだあるわよ、にゃー子はね、あんたより200年も前からナオトと結ばれてんだから、あんたの方が邪魔してんでしょ」
結界に護られている以上危害を加えられない。愛梨沙は、虚勢を張るようにぶんぶん、ぶんぶんとモップを持って結界の中で暴れまわった。
「琴音はこの・・・中じゃ」
琴音は、自分の胸のあたりを人差し指でトントンとつついた。
「3つ目の罪。わらわを人間や猫の分際で愚弄し、貶めたことじゃ。わらわの名は、華閻。地獄に君臨する姫の名じゃ。その体にとくと刻み込み冥土の土産とするがいい!!」
華閻と名乗った琴音の体から、薄紅色の炎が湧き上がると再び紅蓮の大きな竜が姿を現した。
と同時ににゃー子は、首から下げたロザリオ舌なめずりとともに右手の親指で上から下へなでおろした。
紅蓮の竜は、それとすんでの差で上からにゃー子に喰らいつこうと大きな口を開け、飛んだ。
「危ない、にゃー子」
「にゃー子さん」
あまりにも大きな竜ににゃー子の小さな姿はあっという間に飲み込まれてしまった。
炎の焼けつくような熱さと焦げ付くような嫌なにおいが滝のようにあとからあとから降り注ぐ。
愛梨沙は、炎がこんなにもまぶしいとは想像さえできなかった。にゃー子の姿を確認したいが目を開けていることができない。ましてや、結界の中にいるというのにこの風圧。息苦しいなどというものではない。制服のリボンやスカートが激しく揺れ、髪は誰かに後ろに引っ張られているような感覚に襲われた。
長い1分ののち、炎が止んだ。
ゆっくりと、愛梨沙は目を開ける。徐々に視界が開ける。煙が晴れ、愛梨沙の目に映ったのは、人の背丈よりやや高い奇妙な物体だった。
それは、チューリップの花をを黒くしてさかさまに置いたようなへんてこなものであった。それがにゃー子の立っていた場所にどーんとたちはだかっているのである。
「もうよいぞ」
中から、聞き覚えのあるにゃー子の声がすると、その奇妙な物体は、空中でバッと広がり、やがて人の手のような形になった。そして、瞬く間に急降下するとにゃー子の左手に収まった。
「天狗の羽団扇を持っていようとは・・・しかし、今度は逃がさん!!」
華閻は、そう言うと右手で一つ、左手で一つ先ほどと同じ紅蓮の炎の竜を作り出した。
二匹の竜は、天高く舞い上がると絡まりあいながら一つの更に大きな竜となった。
竜は、口を開け、にゃー子めがけて頭の方から突っ込んできた。
ゴウッという風を切る音と炎のバチバチという音が絡み合う。ご丁寧に焦げた臭いとむせるような煙や肌に刺さるような熱さまで愛梨沙に提供してくれる。
本当にこの結界の中にいれば大丈夫なのだろうか?
愛梨沙の胸に疑念を抱かすには充分すぎる炎の威力の凄まじさがあった。
炎は、それでも不思議と結界を避けて通る。
まるで、そこだけ純然たる障害物がたちはだかっているかのように。
愛梨沙は、身を守るかのように前屈みになり、両手で頭をガードした。
手ぐらいで守れる程やわな炎でないことぐらい愛梨沙でもわかっている。
反射的だったのだ。
愛梨沙は、大丈夫だとわかると顔をあげ、にゃー子の姿を探した。
にゃー子は、立っていた。両腕を組み、斜に構え直立不動で、華閻をにらみながら…。
にゃー子の頭上には、羽団扇が、巨人の掌のように拡がり、落下する竜を食い止めている。
次々とぶち当たる竜の体は、羽団扇の上で八方に分散し、花火の滝のように屋上に降り注いでいく。
竜の体が全て屋上に飲み込まれると、羽団扇は、主である、にゃー子の左手に収まった。




