回想 月千代2
とはいえ、月千代は、人に化けることができなかった。
そのため、人の魂と入れ替わることで人になった。生きている者であっても構わなかったが、猫又にとって変わられた者の気持ち、はたまた、その家族やらの気持ちを考えると気の毒で、月千代は、身寄りのない死体を拝借することにした。。時代が時代だけにこと欠かなかった。
五里十里も翔べば、誰も知らない、頃合いの者が少なからず見つかった。月千代は、その中の一人の中に魂を宿した。
幸か不幸か、人から猫又になったり、猫に化けることは可能だった。ただ、猫からは、宿り主本人にしか戻らなかった。
やがて、清兵衛は大病を患った。月千代の神通力をもってしても寿命にはかなわない。三か月ももてばいいほうであろう。月千代は、自分のふがいなさに悔し涙するしか方法はなかった。
そんな月千代を察して、清兵衛は自分が弱っているにもかかわらず、逆に励ました。
月千代は、そんな清兵衛の優しさにまた涙するのであるが、唇をかみしめ必死でこらえた。
そして、清兵衛を看取るまで二度と涙すまいと誓い、明るく看病したのである。
猫又となった月千代は、月に一度猫又の集会に出かけねばならなかった。
清兵衛が寝静まったのを確認して夜な夜なこっそりと出かけた。集会は、猫又に欠くことのできないものの一つであった。
そう、猫又にも掟があったのである。月千代の住む、山城国には、月千代をふくめ、五匹の猫又がいた。
頭を務めていた虎丸、虎丸の妻の竹。長寿、霧舟そして、月千代がその顔ぶれであった。
虎丸は、新入りの月千代に仲間となる条件として、人の心の臓を持ってくるよう要求した。それも、飼い主である清兵衛のものをである。
拒めば殺される。月千代は、自分の命なんてどうでもよかった。
清兵衛には、心よりの愛情を注いでもらった。だから、月千代は、端から清兵衛を殺す気など毛頭もなかった。ただ、清兵衛を残して死ぬのだけは、つらかった。せめて、自然の成り行くまま、清兵衛の最期を看とってやりたい。それこそ、最高の恩返しではないか、月千代は、そう考えていた。
しかし、掟はそれをゆるしてはくれなかった。 一週間。それが月千代に与えられた時間であった。
清兵衛が自然に死ぬにはまだ、だいぶある。自分が死んでしまえば、もう清兵衛の面倒を見る者はいない。
清兵衛が目を病んでから、村人も清兵衛と距離を置くようになっていたからだ。
逃げるにも身重の清兵衛を連れまわすことはできない。かといって別の者の心臓では、猫又を欺くことはできない。
月千代は二日、途方に暮れていた。