第二ラウンド!!
愛梨沙の前に琴音と彩萌が立っていた。
「あら、騒がしいわね。D組はもう祝勝会でも始めるつもりなのかしら」
勝ち誇った顔で、琴音が長い髪を左手でかきあげた。
「虫が粉に入ってたの・・・」
押し出すような声で愛梨沙は琴音たちを睨みつけた。
「それは、ご愁傷様。日ごろの行いじゃないの」
さすがにその物言いには、周りにいたD組の生徒たちもむかついた様子で琴音にくってかかっていった。
「藤崎!!」
にゃー子は琴音に向けて指をまっすぐ差し、睨みつけた。
いつしか登校してきた生徒の人だかりができていた。その中には、桜林ナオトの姿もあった。
ピーンと張りつめた空気に緊張が走った。
「な~に、橘さん」
挑戦的とも取れる、不敵な態度に腕組みしながら、琴音は斜に構えてにゃー子の次の一言を待った。
にゃー子は、琴音がやったに違いないと思っていたし、愛梨沙にしてもそう思っていた。しかし、これといった証拠もない。勢い、指まで差してみたもののどうしていいか正直わからなかった。
「早く言いなさいよ、なによ。何が言いたいのよ。はっきり言いなさいよ」
見透かしたように琴音はにゃー子を攻め立てた。
にゃー子は指を差してない方の手をぎゅっと握りしめた。
とその時だった。
「お取込み中ごめんんさいね、ちょっと通るわよ」
薫子が琴音の後ろから人ごみをわざわざ通って登場した。
「何の騒ぎ?」
野次馬もさすがに先生監視ではまずいと感じたか、ばらばらと捌けていった。
にゃー子の指先を薫子はじっと見つめていたが、優しくにゃー子の手を持つとそっとおろして、琴音の方を向きなおした。
「橘。そんな怖い顔したら、ケンカ売ってるみたいじゃな~い。にこやかに言ってやればいいのよ。藤崎さん、ほら肩にゴミついてますよって…」
薫子はつまんでいた、ピロローンな糸くずをひらひらさせながら琴音の前に差し出した。
あまりに場違いな雰囲気に拍子抜けした生徒たちから笑いが起こった。
琴音は、腹だたしかった。せっかくの計画が台無しになったからだ。おそらく、あのまま薫子さえいなければ、にゃー子は証拠もなく、琴音を犯人呼ばわりしたであろう。そうすれば、思う壺。にゃー子をぎゃふんと言わせることができたはずである。その計画をパーにされただけでも腹立たしいのに、聴衆の面前でさらに恥をかかされたのである。
薫子は、廊下にいたクラスの生徒を教室の中に入れようと追い立て始めた。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
琴音が大きな声を上げた。
「はい?」
薫子がめんどくさい奴だと言わんばかりの態度で振り返った。
「こっちは、犯人扱いされたのよ、担任までなによ、その態度!!」
「犯人?何の話よ、あんたたちなんかされたの?」
薫子は、愛梨沙の方を見た。
「朝来たら、粉に虫が・・・気持ち悪くて廊下に出たら藤崎さんがいて・・・」
「私に言いがかりつけてきたんです」
琴音がイラついたように付け加えた。
「あら、そうは聞こえなかったわよ。私、望月が廊下に出てくる前からここにいたもの」
琴音はぎょっとした。
「望月は『虫が入ってたの』ってあなたに言っただけ。それに対して、あなたは『ご愁傷様。日ごろの行いうんぬん』って言ったのよね。どっちがケンカ売ったのかしら」
「・・・」
「琴音。行こう」
彩萌はうなだれる琴音のそでを引っぱってとぼとぼと歩きだした。
「さて、困ったわね、小麦粉どうしましょ」
薫子は、腰に手を当て、目をつぶり、大きくため息をついた。そして、自らの腕時計に目をやった。開場までじかんはあるが、間に合いそうもない。
「あの・・・」
ずっと顛末を見ていたナオトが口を開いた。
「うちの半分使ってください。後の分はうちの方で何とかするから」
「え、大丈夫なの?」
「今、電話でじいちゃんに手配してもらったから・・・。クラスには俺からいっとくし、大丈夫です」
「助かるわ、桜林ありがとう。ええと、じゃ、さっそくだれかA組に向かわせ・・・」
薫子が振り向くとにゃー子がすでにストレッチ準備運動してスタンバイしていた。
「約一名行く気満々の奴がいるみたいね。いいわ、橘行ってらっしゃい。ただし、ケンカすんじゃないわよ。吹っ掛けられても…。いいわね」
「わかってます、です」
にゃー子は、敬礼して、すぐにナオトの後を追った。
さっき一触即発状態にあった敵の総本山にいくら桜林と居られるからといってのこのこ乗り込んでいくにゃー子の気がしれない。
「大丈夫かな、にゃー子」
愛梨沙は、独り言を言った。
「大丈夫。お月さん…じゃなくて、橘なら」
肩に手を置いて励ました薫子の一言に愛梨沙は、敏感に反応した。
「お月さん?」
え、私そんなこと言った?言ってないわよ、望月」
愛梨沙は、怪しい目付きで薫子を見上げた。
A組の前に到着したにゃー子は、ナオトの後ろでデレデレの顔こそしていたが、すでにクラスの気を読み取り、臨戦体制に入っていた。
教室に一歩踏み入れると、ドロボーという野次がにゃー子にとんできた。
ナオトは、その声の方向に目を向けると、無言で睨み付けた。
その視線を戻すとき、ナオトは、にゃー子の横顔をちらっとみたが、にゃー子は顔色一つ変えない。むしろ、涼しげな顔をしている。
すると、今度は、方々からドロボーの声がとんできた。
それでも、にゃー子は動じない。凛と背筋を伸ばして前をみつめていた。
琴音は、忌々しげににゃー子を睨み付け、腕組みをして、窓側に寄りかかっている。
にゃー子に効いていないとわかると、最後には、誰かの手拍子で、帰れコールが鳴り響いた。
「ごめんにゃ」
にゃー子は、ナオトから小麦粉の大きめな紙袋を受けとると頭を下げた。
「お前が謝ることねえ」
そう言うと、ナオトは、クラスの中央に置かれた客席のテーブルの上を両の手の平でバンと叩いた。
「いい加減にしろよ、お前ら!!」
A組が静まり返った。
クラスの中からは「ドロボーの肩を持つのかよ」だとか、「琴音がかわいそう」とかの声があがったが、ナオトはひるむことなく、更に続けた。
「琴音、お前わかってるよな」
「・・・」
「あの虫は、粉に沸くような虫じゃねえ。昨日、遅くにD組の教室で何してたんだよ」
にゃー子の手が、ナオトの腕に触れた。ナオトを制するかのようでもあった。
その時はじめて、にゃー子は、今までおさえていた神通力を解放した。
調理場として仕切られた壁の裏に寄りかかって聞いていた彩萌が、にゃー子の神通力の発動に驚いた。
まさか、この教室に入って来るにあたって神通力の発動を停止していたとは思ってもいなかったからだ。
確かに、今まで言われるがままだったのも頷ける。しかし、何のために…。
彩萌がそう考えたときだった。
「ごめんなさい。私がやったの」
琴音とは、あさっての方角から声がとんだ。
皆が一斉にその方向をみた。
一人の女の子が、顔を隠し、下を向いて肩を振るわせていた。
A組の者なら誰でも知っていた。
その泣いている子が琴音の親衛隊をつとめている女子だということを。
一堂、静まりかえってしまった。
「よく言ってくれたにゃ。ありがとう。」
にゃー子は、泣いている女子に歩み寄ると肩に手を置いて、慰めた。
にゃー子は、向きを変えると今度は、琴音の方へ歩きだした。
睨み付けながら琴音が身構えた。
「やってもいないのに喧嘩腰でこられたら誰でも怒るよね、気を悪くさせるような態度をとってごめんなさい」
にゃー子は、深々と頭を下げた。
そして、小麦粉の袋を片手でひょいと持つとナオトに一礼して廊下にでた。
ばつの悪い空気が残るA組の教室からナオトが飛び出してきた。
「ありがとう」
にゃー子は、振り返ってナオトにほほ笑んだ。
「でも、お前あれじゃ…」
にゃー子は、大きく首を横に振った。
「平気にゃ」
「強いな…、橘。」
「強くない。あなたが傍にいてくれたから強くなれるの」
寂しかった300年もの時を思えば、あんな野次どうということもない。にゃー子は、ナオトを真っ直ぐ見つめた。
ナオトは、不意ににゃー子の言葉に言い知れぬ懐かしさを覚えた。
そして、全く知らない記憶の断片が風のようにナオトの頭をよぎっていった。
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「田助どの、私はくやしうてなりませぬ」
「済まぬな、月。仕事が忙しくて、代わりに出てもらったが…。他の村の連中はそんなにたちが悪いとは知らなんだ」
「おなごだと思うてロクに取り合おうとしてくれませぬ。小バカにするような始末、我慢なりませんでした・・・。田助どのが寄合に出てきてくださらなかったら私は・・・」
「もう少し遅くいくのだった。泣いている月の顔が見られたのに…惜しいことをした」
「田助どの!」
「すまぬ、すまぬ。しかし、月よ、もっと強くでてよいのじゃ、ああいう時は」
「田助どのとは違います。私は心根が強くありませぬ。言葉で人を制するなど…」
「強くなどない。月よ、お前がいるから強くなれるのだ。私はお前が傍にいてくれるから強くなれるのだ」
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「どうしたの、桜林?」
にゃー子の声でナオトは、不思議な記憶から現実に引き戻された。
「その言葉…。どこかで」
「へへ。だってナオトが私に教えてくれた言葉だもん。ずっと昔に、にゃ」
「え?俺たち昔、会ったことあったけか?」
にゃー子の言葉に混乱したナオトが、あれこれ考えはじめた時、心配した愛梨沙が迎えにきた。
「にゃー子~。大丈夫だった?」
愛梨沙は、にゃー子の元に駆け寄るとにゃー子が手にしていた小麦粉の袋を持とうとした。
心の荷物は、持てないけれど手荷物ぐらいはもてるはず、愛梨沙は、そんな軽い気持ちで小麦粉の袋を持ち上げた。
「おもっ!!」
ボテッという音とともに愛梨沙は、小麦粉の袋を廊下に下ろした。
正確にいえば小麦粉の重力に耐えられず、なすがままにされたというべきであろう。
「何で、あんたこんなもん片手でさげてんのよ。危うくこぼしてぶちまけちゃうとこだったじゃない」
「業務用だからにゃ、半分っていっても10キロ弱あるにゃ。」
愛梨沙が、もうひと文句をにゃー子にと思った瞬間、ある変化に気づいた。
にゃー子の指から伸びるつたない運命の糸が少し濃くなり、うっすらとしたピンク色になっていたのである。
しかも、そのピンクの色は、ナオトの指先につながるつたない糸の方へゆっくりと染めていくがごとく進んでいっていた。
「赤い糸が濃くなっていく…」
「え?今度は何がどうなったって?」
ますます、混乱するナオトを尻目になんでもないとごまかして、にゃー子の手をとり、愛梨沙は教室へ走った。
置き去りにされたナオト…と小麦粉。。。
結局ナオトが届ける羽目になり、そこで、ホームルームのチャイムが鳴り響いた。




