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お詫びご飯と留吉の休日

修学旅行から一週間が経った。


にゃー子は、お土産袋と豊国神社のお守りを提げて、鯛平堂へ歩いていた。


一旦、学校から家に帰り、私服に着替えていた、午後4時ごろのことである。


にゃー子は、留吉へ足の快気祝いと両招き猫のお礼を兼ねて、鯛平堂へ向かっていた。


とは、当然、表向きの理由。桜林ナオトに逢いにいくというのが本当の理由だ。


にゃー子は、一人にやけながら歩いていた。


妄想。モウソウ。もうそう…。


メリーゴーランドのように巡り来る桜林との妄想の限りが嬉しくて止まらない。


そんな時だった。


「清さん、待たなー。ママーまた来るよ」


聞き覚えのある声で、にゃー子はピクッと反応し、我に返った。


見ると、留吉が一軒の店先に立っていた。


隣には、一緒に出てきたとおぼしき高齢の男性がおり、向かい側には、店の人とおぼしき四十代後半の女性がにこやかにお見送りしていた。


女は、ジーパンにシャツというラフな格好だったが、派手な雰囲気があり、水商売風の女性に見えた。


店の佇まいからして、かなりの年季の入りようだ。壁は、元々は白かったであろうが、薄汚れてしまい、色褪せている。


店の看板はカバーがところどころ壊れ、中の蛍光灯がまだらに見え隠れしていた。


スナック「ネビア」とその看板には、書かれていた。


「留吉さん」


にゃー子は、留吉が皆と別れたのを見届けてから留吉に声をかけた。


「あぁ、菜子ちゃんか、先日はどうも」


留吉は、丁寧に優しく微笑みながら、にゃー子に助けてもらったお礼を言った。


「とんでもにゃい…。こっちこそ、気を使わせちゃって、ゴメンなさい。」


にゃー子も慌てて、招き猫のお礼を兼ねて深々頭を下げた。


「よく、行くのあのお店?」


「あぁ、俳句仲間と月ーぐらいでな。昼に安くカラオケできるサービスがあってな、アルコールは昼なんで残念ながらダメなんじゃが、ドリンクと軽いツマミがでてな」


「それに、ママさんが若くて美人…でしょ?」


にゃー子は、留吉の顔色を伺ってニヤリと笑った。


「こりゃ、菜子ちゃんにはかなわんなぁ。でも、それだけじゃないぞ。あの店の先代とその奥さんには、こっちへ出てきたとき大変世話になってな、鯛平堂を出すときも色々面倒をみてもらったんじゃ。先代は亡くなったんじゃが、まだ、奥さんが残ってて、今のママさんが血の繋がりはないが、面倒見てくれておるんじゃ。だから、時々店によるついでに顔をな」


「おー、留吉さん義理堅い!!男だねー、カッコいいにゃ」


にゃー子は、手を叩いた。


「いやいや、そんな褒めんでくれ、恥ずかしい…。それに、留吉、愛してるのは死んだ女房だけですから」


留吉は、鼻息荒く背筋をピーンと伸ばして更に男前な一言を放った。


にゃー子は、素直にイイネを投げ続けるように留吉に称賛の拍手を惜しみ無く送り続けた。


「ところで、菜子ちゃんはどこに行くつもりだったんだい?」


「あ、うんとね、留吉さんに用があったんだ、これつまらないものですが。修学旅行のお土産です」


にゃー子は、手にしていたお土産を差し出した。

「え、わしに?」


一瞬、留吉は、戸惑った顔をした。



「たい焼き屋さんになんなんだけど、八つ橋嫌いかな?それと長生きして欲しいから・・・、これ豊国神社ってとこで買ってきたお守りなの」


にゃー子は、もう一度、留吉の前に菓子折と長寿祈願のお守りをずいっと突きだした。


「その気持ちが嬉しいのー。じゃ、遠慮なく。でも、気を使わんでくれ。気の毒じゃ。若いのに。ところで、うちのナオトとはどうなんじゃ?」


「もーお義祖父(じい)ちゃんてば、何言ってんのー」


にゃー子の妄想は、留吉の呼び名にも波及していたが、話し言葉では、誰も知る由はなかった。


「嫌いかな?それとも誰か他に…。こんないい子が、ナオトの嫁にきてくれたら、わしなんかいつ死んでも…」


「ダメダメ、長生きしてもらいたいからお守り買ってきたんにゃ、でも、結婚なんてそんな近い将来の話しされても…、にゃー子照れちゃう」


にゃー子は、頬に手を合て、照れた。


そんな、会話を続けながら二人は、鯛平堂まで歩いてきた。


「橘、どうした?」


ナオトの声でにゃー子は、振り返った。


「お帰りー、留吉さんにお礼とお土産を…。あ、この間はゴメン。せっかくの修学旅行…」


「気にすんなよ。あれじゃ仕方ないし。怪我なくて良かったよな、それにしてもあれなんだったんだ?警察でもまだわかんないだってな…」


「ど、どうでもいいにゃ、無事だったから。心配してくれてありがとう、ところで、その買い物袋…」


にゃー子は、慌てて、話題をナオトが下げていたスーパーのビニール袋に切り替えた。まさか、琴音の召喚した新撰組です、といったところで誰も信用しないことぐらいわかっていたからだ。


「これ?うち、親父が単身赴任で、お袋いないし、じいちゃんと二人きりだから俺が飯の支度してんだ」


「へぇ、すごい。偉い。桜林カッコいい!!」


にゃー子は、キラキラおめめで桜林を見つめた。


「お袋小さい時病気で亡くしたから仕方ないよ、別に偉くないし」


ナオトは、横をむいて、口を少し、尖らせた。ぶっきらぼうな口調だが、怒っているわけではなさそうだった。


「どれどれ…。これ何日分」


「え?」


「あ、変な意味じゃなくて、こないだのお詫び兼ねて私が晩御飯つくってあげたいにゃ、と思って。全部使っちゃまずいでしょ。何作るつもりだったの?」



「あぁー、そういうことか…それなら今日の献立は…って、えー?今何て言った?!」


「にゃー子が晩御飯を作りますって言ったんです」


にゃー子は、ナオトの手から買い物袋をさっと取るとお邪魔しますと言って店横の勝手口から留吉に続いて入っていってしまった。


ナオトは、まさかの展開に半信半疑で台所に向かってみた。


失礼しますと一言断ったにゃー子は、冷蔵庫の中を物色し、使っていいものを聞き出し、キッチンに並べた。


ついでに転がっていた野菜も使えそうなものを選別し、にゃー子は、料理に取りかかった。


小気味よい包丁の音が、寸分の狂いのない一定のリズムで響き渡る。


いくつもの作業を器用ににゃー子はこなしていく。


ナオトの料理の腕も大したものではあったが、にゃー子の手際のよさはその上をはるかにいっていた。


「お、男所帯にしては気の利いたものが」


にゃー子は、みりんを手に取り、嬉しそうになでなでした。


そうこうしているうちに、肉じゃがとおひたしができあがり、にゃー子は、味噌汁の味加減をお玉で小皿によそってみていた。


ナオトは、幼くして亡くした母の面影をだぶらせた。そして、久しぶりに桜林家の台所に女性が立っている現実にどきっとした。


ぴっと束ねた長い髪。料理を作る凛とした姿。いつもの底無しに明るいにゃー子の魅力とは別の魅力があった。


ナオトは味見するにゃー子の横顔にいつしか見とれてしまっていた。


その時、にゃー子が横にいたナオトに顔を向けた。


桜林ー、味、これでいいかにゃー」


ナオトは、いきなりのことだったので、ビクッと大きく後ろにのけ反った。


「?」


にゃー子は、訳がわからず、首を傾げた。


「どうかしたのか?桜林」


「いや、なんでもない。」

ナオトは、大きく息をつくと顔を真っ赤にして、にゃー子から小皿を受け取って口にしようとした。


しかし、その瞬間またしてもイケナイことに気づいて悩んでしまった。


コレハ モシヤ 間接キスナノデハ?


ナオトは、震える手で小皿を持ったまま、味噌汁なる液体をじっとみつめてしまった。


にゃー子は、意味がわからず、不思議そうにナオトをみあげた。


桜林ナオト。苦節17年。女に脇目も振らずいきてきたはず。それなのに今、にゃー子の魅力にひかれ、恋愛感情を持つだけならまだしも、間接キスなどといういやらしく、不埒な妄想にかられている。


ナオトは、ごくりとつばを飲み込み目をつむって首を小さく振った。


「桜林・・・、味噌汁苦手?」


にゃー子は恐る恐る聞いてみた。


「いや、そんなんじゃないし、そんなんじゃないんだけど・・・」


ナオトは慌てて、さらに首を振った。


(これは、かみさまがくれた、ご褒美だ。さらりとスマートに黙って飲んでしまえばいいんだ。変にまごつくからおかしなことになるんだ。間接キスと指摘されたら、あ、ごめん。気付かなかった、それに差し出したのお前だし・・・。それでいいじゃないか)


ナオトの心の声は、スケベ心丸出しの親父そのものだったが、ナオトの澄ました顔からは、にゃー子は読み取ることはできない。


ナオトが目を瞑って、小皿を口に運ぼうとした瞬間だった。


   ペロ。ズッ~


「うーん。いい味じゃ。死んだばあさんを思い出すわい」


ナオトの手から小皿を奪った留吉が味噌汁の味見を済ませた。


「そ。じゃ~も一回あっためなおしてからよそるね」


にゃー子は嬉しそうに向きかえるとガス台に火をともし味噌汁を温めなおした。


「じーちゃん!!」


ナオトは、怒ったような情けないような声で留吉の名を呼んだ。


「いいにおいでな。我慢できんかったんじゃ、ってナオト、お前、何いきり立っとるんじゃ?」


「いや、その、なんでもないし・・・」


「変なやつじゃのー」


まさか、留吉にファースト間接キスを奪われてしまうとは…。しかし、そんなこと口が裂けても言えないと、ナオトは思った。





しばらく、二人のほおばる様子を嬉しそうに見ていたにゃー子だったが、時計に目をやるといけないと言って、帰り支度を始めた。


「ごめんね、ほんとは後片付けまでしていきたかったんだけど」


「いいよ、ぼちぼちやるし、お前も食べてけばよかったのに」


「うん、でも、ママ作って待ってるから。また、今度。桜林は食べ物何好きなの?」


「俺は、肉系なら何でも・・・」


「そっか、男の子だもんにゃ。留吉さんは?」


にゃーこは、靴を履きながら留吉にも話を振った。


「わしは、魚とか今日みたいな煮物かな」


「わかった、また、作って持ってきてあげる~。カレイの煮つけなんかとくいにゃんだから、じゃ・・・また」


にゃー子は立ち上がって、ぺこりと頭を下げると桜林家を後にした。







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