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神宮寺家

メイの精神なかの葛藤は、メイの戦いの中にも如実に表れ始めた。


メイが術符を操ろうと手を動かそうとするのだが、もう片方の手がそれを抑える。


足を踏み出そうとすれば、何かを踏みにじるかのような動作を繰り返し、前に足を進めることができないでいる。


「メイ、頑張って」


愛梨沙はメイの精神なかにいるメイに呼びかけた。


「あ・・・り・・・ん」


「メイ」


「私の・・・大事な人たち・・・」


絞り出すような声は紛れもなくメイのものだった。愛梨沙は、祈るような気持ちでメイを見つめた。


たとえ、ご先祖様でも、私の大事なお父様、友達を傷つけるなんて・・・傷つけるなんて、・・・。わたし、わたし、絶対に・・・」


大風が再びその場にいた者たち巻き込むように吹き荒れた。一瞬息が詰まる。


木々がメイの意思を打ち消すかのように大きく揺れる。


「眠たいこと言ってんじゃねー。今度こそ、あの猫をぶっ潰す。満月の夜に呪をかけたあの猫を今日こそこの手でぶっ潰す!!」


「!?」


満月の呪い?愛梨沙は、にゃー子がした話をを思い出した。


その時の術師の子孫がメイだったとは・・・。


にゃー子もさすがに愛梨沙以上に驚いた。


しかし、そのことで一瞬のすきがにゃー子にはできてしまった。


息を吹き返し、にゃー子に襲い掛かった術符の存在ににゃー子は、ぎりぎりまで気が付かなかった。


にゃー子の鼻先を術符がかすめた。


にゃー子が飛んでかわそうとした時、何者かに足を掴まれ引き倒され、うつぶせにされてしまった。


土くれの腕がにゃー子の足を抑えつけていた。


しまった。にゃー子がそう思った瞬間、さらに何本かの腕に頭や両手も押さえつけられてしまった。


にゃー子は完全に抑え込まれ身動きできない状態にされてしまった。


「今度こそ、終わりだ」


勝ち誇ったようにメイは空高く舞い上がった。


右手には術符が握られている。


もはや愛梨沙も動けない。


メイの父親も覚悟したように下を向いて、目をつむった。


月の光に照らされたメイの影が頭から急降下して、にゃー子のもとに落ちてくる。


「友達を傷つけるなんて、たとえご先祖様でも私絶対、ユ・ル・シ・マ・セーン!!」


間一髪メイの左手が右手を抑え込み、体はわずかににゃー子の左横に落ちた。


主人の意識が失ったのと同時に術符はただの紙切れとなって効力を失った。


「メイ!!」


愛梨沙と父親がメイのもとに駆け寄った。


「メイさん。よく耐えました」


涙を浮かべているメイの父親の指から血が流れていた。


愛梨沙は、はじめ暗がりでメイから流れているのかと思い、ドキッとしたが、それはメイの父親の指からの物であるとわかり少しほっとした。


と、同時にメイの父が単に傍観していたわけでなく、手出ししえない自分とメイに対する愛情の葛藤から握りしめていた拳に爪を立て必死に戦っていたのだということを感じ取った。


「メイさんは、心配いりません。あれだけたかいところからおちて、あのスピードでしたが、さすがは術師。大したけがは見当たりません。これから、夏休みの間術師と意識がコントロールできるように訓練させる必要がありますね。にゃー子さんと言いましたか?あの方の方は・・」


メイの父がにゃー子の方へ歩み寄ろうとした。


愛梨沙もにゃー子の方を見た。


上半身だけ起こしていたが、にゃー子は放心状態で、ペタンコと地面に座ったまま動かない。


「にゃー子。しっかりして、大丈夫?」


愛梨沙がにゃー子を揺さぶった。


「にゃんか・・・すんごーく・・・疲れた、眠い。あーりん、ありがと」


「よく耐えた。にゃー子よく頑張った。ありがとって・・・私なんもしてないしにゃー子がやったんだし・・・」


「ばたーん。きゅー」


「にゃーこ!」


そのまま、にゃー子はのけぞるように倒れてしまった。


メイは父親が、にゃー子は愛梨沙がそれぞれお宮まで運んで、布団に寝かせた。


神宮司メイ17歳の誕生日、夏。


術師覚醒の瞬間だった。

にゃー子とメイを寝かせると愛梨沙は、やれやれという表情をした。


何気ない愛梨沙の動作。

それに呼応するかのようにきしむ宮内の板の音が夜の闇の中、一層響き渡った。


マユは相変わらず、寝返りこそうつものの、決して起きることはなかった。


ただ、静かにすうすうと安らかな寝息だけをたてていた。


愛梨沙は、ふうとため息を一つついた。


今の今までにゃー子とメイが激しく戦っていたなんてまるで嘘のようであった。


そこへメイの父親が、古い書物と麦茶を持って現れた。


「おじさん、それは?」


「神宮寺家の歴史書です。私もあまり詳しく読んではいないのですが…」


表紙のほこりを払いながら、メイの父親がわずかな明かりと懐中電灯の光をあてながら大まかな内容を愛梨沙に話した。




ー 神宮司家 ー


今でいう、栃木を中心に陰陽師を束ねていた術師の一族。江戸のころには、幕府の密かな命を受け、妖怪退治・捕獲を生業としていたという。


月夜王なる、猫又を崖に追い詰め、満月の呪をかけたものの取り逃がした。神宮司家唯一の汚点とされる。


その後、数代ののち、一旦島根に宮司として招かれたのち、京の都にて、宮司をし、今に至る(先代)。




おそらく、月夜王は、月千代がなまったものだろう、愛梨沙は、思った。


疲れ切って寝ているにゃー子の傍に行き、愛梨沙は、そっと肩に手を当てた。


あたたかい・・・


生きている。ずっと。わずか、数日で散る花もある。


恋という花のためにこうして300年以上生き続ける魂に今触れている。


愛梨沙は、静かに波打つ鼓動をそのぬくもりの中から感じ取っていた。


その時だった。


「痛いでありんす、ちゃんと直しとけよ、ぼけ!」


にゃー子ではない誰かの声がした。


愛梨沙は、驚いてメイの顔を見た。そして首をかしげた。


寝言か?それにしては違うような・・・。


度は、マユを見たが相変わらず涼しそうな顔で寝ていた。


結局、声の主はわからずしまいで夜が明けてしまった。



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