境内をお散歩。ムカデさんと遭遇
「お誕生日おめでとー」
「ありがとーですぅ」
お宮の中にいるという光景はまたにゃー子たちには新鮮だった。
しかも、お宮の中にケーキがある光景なんてめったにみられない。
メイのお母さんは料理にかかりきりで、代わりにお父さんが、料理を運んで来たりみんなの対応に追われていた。
メイの父はメガネをかけ、作務衣姿で優しそうである。雰囲気からしてメイは父親似なのかもしれないと、にゃー子は思った。
プレゼントを渡すと、ウルウルのニコニコでメイは体を震わせた。
歴史関連の物で攻めたのがツボに入ったらしい。
夜が更けてきた。
皆で後片付けを手伝い、床の準備も済んだ。
女三人寄ればかしましいということわざがある。四人もいればなおのこと。
おしゃべりが止まるはずもなかった。
「今日は、オールナイトだぜ」
マユの掛け声に一同拳を上げて賛同した。
その・・・30分後。。。
高らかないびきが一つ。
「あー。マユ寝ちゃった」
愛梨沙がマユに布団をそっとかけた。
「ちょっとさ、境内の方散歩してみない?」
愛梨沙が唐突に切り出した。何かあってもにゃー子がいるから大丈夫だろうと踏んでの提案だった。
暗く静まり返った境内の中は、夏だというのに涼しく感じた。
時々風に吹かれる木々のさざ波が心地よかった。
木々の合間から天を眺めると星がきれいに瞬いていた。
「きれいね、それに静かだし」
「別世界だにゃ」
三人は、木々の合間から空を黙ってしばらく見つめていた。
「マユも起こせばよかったにゃ」
「ダメよ、マユ、一度寝たら朝まで起きないわよ」
「叩き起こしてもムリなんですぅ」
「そうなのか…、しかし、もったいないにゃー」
にゃー子はため息まじりで言った。
そして、もう一度空を見上げた。
「にゃっ?」
にゃー子は不意に足をあげた。
素足にサンダルという軽装だったにゃー子の足の上をうねうねと何かが、通りすぎたからだ。
「どうしたの、にゃー子?」
「何かが、足の上を通過した」
「あっ、ミミズさんですね。大きい」
メイは懐中電灯でにゃー子の足下を照らしながら微笑ましそうに言った。
「気持ち悪い、よく平気ね、二人とも」
愛梨沙はムリムリと手を振った。
とにかく、虫が苦手な愛梨沙にとって、二人のいとおしそうにミミズを眺める姿は到底理解出来なかった。
それでも、怖いもの見たさで、そっとのぞいて見ると15センチ程もある大きなミミズがうねうね体をくねらせ地中へ潜ろうとしていた。
やっぱり可愛くねぇ、愛梨沙は思った。
おもむろに、にゃー子が立ち上がった。
「でかいムカデさんだにゃ」
「え?どこ」
愛梨沙はムカデはもっと嫌いだった。あの足。あのアゴ。あの形。考えただけで寒気がする。
その大物級が近くにいるとなっては気が気ではない。
なるべく遠巻きに避難しなくては…、愛梨沙は足下を真剣に見回した。
「いないじゃん、にゃー子どこよ・・・」
とにかく、虫嫌いな人間にとって対象物が確認できないのは何となく背中がもぞもぞするほど気持ち悪い。
愛梨沙は、足元の周辺を落ち着かない様子でさらに観察した。
「あーりん、どこ見てるにゃ、ほれ」
愛梨沙は、にゃー子の指先を見た。
どう見ても角度がおかしい。
90度より上ににゃー子の指先は向けられている。
隣のメイの目線も愛梨沙の後方頭上に向けられている。
まさか・・・・。
そんなはずはない。きっと、木の幹とかにビシッと張り付いているに違いない。
きっとそうだ。愛梨沙は、そう思いながら恐る恐る振り返った。
「いや-!!」
愛梨沙は思いのたけをぶちまけた。
でかい。でかすぎる。木のてっぺんまで届かんばかりの大きなムカデが、顎をもごもごさせながら何十本もの足を起用にワサワサと動かして仁王立ちになっていた。
「私、お父様呼んできます」
メイがうちの方へ走って行った。
にゃー子は瞳を輝かせて、嬉しそうに見ている。
「メイ、これ飼ってるのかにゃ」
「馬鹿言ってるんじゃないわよ、こんな化け物飼うわけないでしょ、メイが」
愛梨沙の言葉に刺激されたのか、ムカデが突如愛梨沙めがけて、もたげていた頭を鋭く急降下させ突っ込んできた。
「あぶない」
にゃー子が一瞬早く、愛梨沙を小脇に抱えムカデの左側へ飛んだ。
「ここで待ってて、あーりん。この中にいる限り安全だから」
いつの間にか愛梨沙の置かれた土の上には青白い光を放つ結界が張られていた。
愛梨沙は、今までにない威圧的な存在感をにゃー子から感じた。
ムカデは、にゃー子に素早い攻撃を仕掛けてくる。
顎は強靭で噛まれたらひとたまりもない。木の幹すら食いちぎってしまう。
しかも毒も強烈なのか、ちぎられた幹はすぐ腐っていってしまう。
しかし、にゃー子は、ムカデの攻撃をいとも簡単にひらりひらりとよけていく。
時にはムカデの背や頭に上って挑発さえしてるようにも見えた。
「そろそろケリをつけるにゃ」
ムカデの頭から降り立ったにゃー子は、片膝立ちでムカデの方に向きなおすと
右手の人差し指と中指を交差させ、額にあてがった。
「風をまといし炎の御霊よ、愚かなる魂を雨とともに土に還したまえ」
にゃー子が術を唱え終わると同時に、無数の青白い炎が雨のごとくムカデに向かって降り注いでいった。
ムカデの体をとらえた炎はジュッという鈍い音を立て、その巨体を溶かしていく。
そのたびに、ムカデは天に向かって苦しそうに無数の足をワサワサとばたつかせた。
不思議なのは、その青白い炎だ。
あれほど激しくムカデの体をむしばんでいくというのに、地面に消えるときには
優しく雨が土に吸収されるがごとく消えていく。
それが、まるで自然の摂理であるかのように。
やがて、ムカデはあとかたもなく消えてしまった。
愛梨沙の知ってる静かな夏の夜だけがそこに残された。
「すごい・・・」
愛梨沙は言葉を失った。
初めて、にゃー子の神通力を目の当たりにした。
人の額をつついて寝かすだけじゃないんだ…。
愛梨沙は、目の前で起こったことにまだドキドキが止まらなかった。
これが神通力。
これがにゃー子の力。
これが猫又のチ カ ラ。。。
愛梨沙の中で、あの晩のにゃー子の話がピーンと一本の張った縄のように引き締まった。




