宇都宮リュートとあーりんの気持ち
話が一段落ついて、詳しいことは後日ということになり、愛梨沙とにゃー子は、下駄箱へ向かって廊下を歩いていた。
「にゃー、あーりん。本当に藤崎琴音とは友達だったの?」
すごくもっともな質問だと愛梨沙自身も思った。あのタカビーさ、物言い。
誰がそう思っても不思議ではない。
「昔はね。変わちゃったのよ、琴音。宇都宮と付き合いだしてからかな」
「あーりんが好きだった人なんでしょ?その宇都宮って人」
「え、誰から聞いたの」
愛梨沙は、驚いたようににゃー子の顔見た。
「マユから。追試貼り出しの時、あーりんが藤崎にからまれたでしょ、あの時」
「そっか・・・。中学の時は、もっと、引っ込み思案でね、私たちが守ってあげなきゃってタイプの女の子だったの。それにやさしかったし。人のために動いても、今みたいに人を差し置いて自分オンリーじゃなかったわ。誰からも好かれなかったのが不思議で、私たちが仲間に誘ったの」
「今からは想像もできにゃい・・・」
「そうでしょう、当時を知ってたらみんなそう思うわ」
愛梨沙のさびしげな表情にウソ偽りないことをにゃー子は感じ取った。
その時、天井から、何やら黒い手のひらを拡げたような物体が愛梨沙たちの目の前にバサリと落ちてきた。
「きゃ」
愛梨沙は、身を縮こませた。
「蜘蛛にゃ」
「嫌ーっ!!」
愛梨沙の手のひらほどの大きさの蜘蛛がどす黒い光沢を放ち、廊下に脚を拡げたままじっとしていた。
「動かない。死んだのかにゃ?」
にゃー子が側にあったホウキの先で蜘蛛をつつこうとした。
すると、いきなり、蜘蛛がフワッと愛梨沙の膝下辺りの高さまで飛び上がった。
「ぎゃあ」
さすがのにゃー子も今度は、愛梨沙と仲良く同じように悲鳴をあげた。
「こいつ、驚かせやがって」
にゃー子が足で踏み潰そうとした。
蜘蛛は一瞬早く、にゃー子の攻撃を避け、物凄いスピードで、廊下の壁を這い上がり、開いていた窓から外へ逃げていった。
「取り逃がしたか」
にゃー子は悔しがった。そして、愛梨沙を見るなり驚いて声をあげた。
「あーりん?なにしてんの」
愛梨沙は男子生徒にしがみついていた。
愛梨沙は怖さのあまり、近くにあったものにとっさにしがみついてしまったのである。
にゃー子の声で愛梨沙は、正気に戻った。
「きゃー」
一瞬、間をおいて、男子生徒を確かめると最初と同じ声のトーンでその時とは違う感情で悲鳴をあげた。
「ごめんなさい」
愛梨沙は、恥ずかしさで相手の顔を見ずに謝った。
「相変わらず、うるさくてそそっかしいんだな。望月は」
「え?」
愛梨沙は、顔をあげて相手の顔を確かめた。
「う、宇都宮!?」
「でかい蜘蛛だったよな、お前、昔から嫌いだったもんな、虫の類い」
愛梨沙の顔が一気にあかくなった。
耳まで赤い。
「な、なんで、あんたがここにいるのよ、なにどさくさに紛れて抱きついてんのよ」
「まて、おちつけ、望月。俺は、家に帰るために下駄箱に向かっている。そして、抱きついたのは、俺じゃない。お前の方からだ。」
にゃー子は、宇都宮の言う事がもっともだとおもった。
「バッカじゃないの、ワケわかんない」
にゃー子は、愛梨沙のいっていることのほうが全くワケわかんなかった。
会話になっていない。
ただ、愛梨沙の様子を見ていれば、愛梨沙がこの宇都宮にどんな感情を抱いているかということだけは分かった。
愛梨沙は自分の恋のキューピッドをかって出てくれたのだ。
ならば、自分も愛梨沙のためにこの恋のキューピッドになってやらねば、にゃー子は、そう思った。
「あーりん、行こ」
ひとまず出直して、愛梨沙の真意を確かめてから、作戦をたてようと思い、にゃー子は、愛梨沙の手を引いた。
「なあ、オレと琴音のことなんだけど…、まだ望月怒ってんのかなぁ、あれは…」
突然、宇都宮が、にゃー子たちの前に立ちはだかった。
「聞きたくない!!帰ろ、にゃー子」
愛梨沙の宇都宮に対する感情がクルリと反転してしまった。
後ろのほうで、宇都宮の声がしたが、愛梨沙は、構わず、ずんずん進んでいった。
「ったたたー」
愛梨沙は、にゃー子の声で我に返った。
勢い余って、にゃー子の手を強く引っ張りすぎていたのだ。
「ごめん。平気?」
愛梨沙は、にゃー子の手を見て、驚いた。
平気と言って差し出したにゃー子の指から濃くはっきりと赤い線が見えたからだ。
その線はまっすぐ愛梨沙を飛び越えて、ついさっきまで愛梨沙が話をしていた方へ延びていた。
ちょっとまって、勘弁してお願い…。
それでも愛梨沙は、その糸が延びてる先を確認せずにはいられなかった。
カミサマオネガイ、ウソダトイッテ・・・。
その時初めて、自分の宇都宮・・・宇都宮リュウトに対する思いを初めて確認したのである。
イヤ、ヤメテ、ワタシノナカデハ、モウ、オワッテルコトナノ
目をつむった。
頭を大きく二度三度振った。
深呼吸・・・。
振り返ったその先に赤い糸の延長が宇都宮の方にある。
はっきりと。
くっきりと。
愛梨沙は、口を押えた。
嗚咽なんてしない。涙なんて流さない。
こんなにはっきりと・・・。
残酷すぎる。
いま、初めて気づいた、自分の気持ちを神様さえ笑って土足で踏みにじるのですか。
今、この瞬間に気付いているのは私だけ。
キッテシマイタイ・・・。
ブチッ
ココロのなかで、愛梨沙は、二人の赤い糸を両手で思い切り引き裂いた。




