薫子スゲー
薫子も採点が終わった。
「歴史の追試の方、答案返却します。合格点に満たなかった三名は、この後残ってもらい、休憩を挟んだ後、補習の説明をします。」
三名。予告がなされた。
愛梨沙に緊張が走った。
一人ずつ呼ばれていく。
しかし、悲痛な表情の生徒は、まだ、誰一人いない。
愛梨沙を含めて、教室で呼ばれていない者はちょうど三人しかいない。
ウソ…。
愛梨沙は一気に不安と絶望にさいなまれた。
頭の中で何がいけなかったのか、思い起こすが、よくわからない。
「…き、…ちづき、…望月!!!」
「は、はい」
「何、ぼーっとしてんの、早く答案取りにくるー」
愛梨沙は早足で取りにいった。
ため息まじりで愛梨沙は席についた。
きれいに前のほうから廊下に捌けていく。
愛梨沙は羨ましげにそれを眺めた。
「あんた、何やってんの?補習受けるつもり?」
愛梨沙の目の前に珍しいものでもみつけたかのように薫子が立っている。
「へ?」
意味がわからず、気合いの入らない間抜けな声をあげた。
その時、ドアが開いて、さっき退出させられた生徒が入ってきた。
三人のはずが四人。
愛梨沙は自分の答案をもう一度見返した。
68点。やればできるじゃない。気を抜かず、今度は本試験でがんばれ
(^-^)v 薫子
記された講評を読んで、愛梨沙はへたりこんだ。
「呆れたわね、返却されたもんは、しっかり見直しなさい…それと」
薫子は、タオルをさりげなく回収した。
「努力は裏切らない。けど、一瞬の判断ミスが自分を追い込むことだってあるの。あなたにそのつもりがなくても、机の上にポケットの中のものをだしちゃったとしたら、私はあなたを廊下につれださなくちゃならないのよ。いい、気をつけなさい」
ポケットの…。中の…もの?
愛梨沙は、ナニイッテンダ薫子は、と思った。
ポケットには、ハンカチ…
以外の何かが、指に触れた。触れるにつけその感触の正体を記憶が思い出した。
「そろそろ、補習の説明したいから、望月…」
薫子は、廊下の方を指さした。
愛梨沙は慌てて、教室を後にした。
今の今まで、愛梨沙は、ポケットのメモ書きの存在を忘れていた。
眠気覚ましの目的も兼ねて、ずらずらと書き連ねた教科書のキーワード。
もし、ハンカチを無造作に取り出していたら一発退場もあり得た。
おそらくどんな言い訳も聞き入れられなかったであろうし、にゃー子との約束も不本意に破らねばならなかったであろう。
ましてや、母親の期待も・・・。
何日かの苦労がすべて水の泡と帰するところだったのである。
タ ス カ ッ タ
にゃー子以上の脱力感がドアを開けた途端愛梨沙に襲い掛かった。
マユがいた。
メイがいた。
にゃー子がいた。
愛梨沙は、何を聞かれたか、どんな言葉をかけられたか、どんな受け答えをしたか全く記憶にない。
マユは、お祝いに二人にサイダーをおごった。
甘く冷たい衝撃がのどの上から下へシャラシャラと落ちていく。微かに痛くさえあった。
愛梨沙はその味だけが印象に残った。




