薫子カンニングを摘発す!
愛梨沙の部屋で二人は、一応勉強しているふりをしていた。
誰に見せる訳でもないアリバイ作りは、二日目に突入していた。
「そろそろ、帰るにゃ」
「うん」
時計を見ると9時を回っていた。
にゃー子が立ち上がったので、愛梨沙は階段を降り、玄関で見送ろうとした。
すると玄関チャイムがなった。
にゃー子の母、香織がそこに立っていた。
「あら、橘さん」
愛梨沙の母が気づいて、玄関に顔をだした。
「いつもすいません、うちの菜子が遅くまでお邪魔して。これ、つまらないものですが・・・」
香織は、ぺこりとお辞儀すると、お菓子のつつみ折を差し出した。
「いいんですよ、お気遣いなさらなくて、菜子ちゃんいい子ですし、半分うちの愛梨沙がお世話になってるようなものですから」
「そんな、越してきたばかりで・・・菜子、おりてらっしゃい」
きつめの口調に、にゃー子は、ぽんと玄関に降りて、靴を履きいかにもお利口さんを装った。
「あがって、お茶でもどうですか」
「いえ、遅いんでご迷惑おかけするわけには・・・また今度。うちにもいらしてください。だいぶうちの中も片付いたんで、ね、愛梨沙ちゃん」
「そうですか、じゃ今度ゆっくりと」
ざんねんそうに愛梨沙の母は、引き下がった。
「でも、橘さん。私うれしくって。うちの愛梨沙、菜子ちゃんと会ってから、何となくなんだけど活き活きして。青春してるなー、って。羨ましくなって。最近勉強も二人でしてるみたいなんですよ」
「そうなんですか?私ちっとも知らなくて・・・。そうなの?菜子」
「う…ん、ま、まあ、その、なんていうか、そんなとこ」
妙な展開になったな。愛梨沙とにゃー子は思った。
よもや、愛梨沙の母がこんなところで、無邪気に大砲を打ち込んでこようとは。
結局、香織たちが玄関を出るまで30分以上を費やし、その大半は、愛梨沙とにゃー子の褒め言葉に終始した。
まさか、追試の対策とは言えなかった。
まさか、カンニングの相談とは言えなかった。
ふたりは、それぞれのベッドの中で、悶々と考えながら、次の日を迎えた。
「おはよー」
次の日の朝、二人は朝だというのに戦に敗れた落武者のようであった。
二人は、人を欺くということがこんなに後ろめたいことだとは、正直思いもしなかった。
たかが、追試。それをカンニングでのりきるだけのこと。
いや、カンニングといっても神通力でやるのだから証拠なんて何も残らない。
完全犯罪
薫子にだってばれることはないのだ。
なのに、今になってヒシヒシと感じるこの罪悪感。
もやもやが晴れない。
「あのさ…」
二人は同時に切り出した。
お互い譲り合うかたちをとったが、愛梨沙が口を開いた。
「私、やっぱ、やめる。自分の力で追試受ける。神通力の話なかったことにして。あんな風にお母さんに言われちゃうとさ…、だから、言い出しっぺは私なんだけど、忘れて。ほんと、ごめん」
愛梨沙は頭を深々下げた。
「よかったー」
「え?」
「にゃー子も同じこと、考えてた。だから、あーりんが先に言ってくれてほんと嬉しかった」
愛梨沙とにゃー子は抱き合った。
「でも、にゃー子、数学大丈夫?」
「あーりん、教えて!!3日でなんとか、頑張る。ダメならダメで仕方ないもん。やれるだけのことはやる!!」
「わかった、じゃ、にゃー子は私に歴史を教えて。メイだと、マイナーに走っていっちゃいそうだから」
二人は拳を突き合わせて、了解の合図をした。
その日から、二人は互いの家を交互に行き来して、毎晩、追試対策の勉強会をはじめた。
追試の朝がやってきた。
愛梨沙が最後のあがきでメモ用紙に書きながら覚えようと必死になっているところへにゃー子が教室に姿をあらわした。
「どうしたの?」
愛梨沙は、にゃー子の頭をみてビックリした。
包帯と湿布がきれいに巻かれていたからである。
「いやー、普段使ってない部分の脳ミソを使ったもんだから…、筋肉痛が…」
「アンタの頭、筋肉でできてんのかい」
愛梨沙は、呆れてしまった。
そこへマユやメイも登校してきたので一旦勉強をやめて、ポケットにメモ用紙を放り込んだ。
みんなと会話していても落ち着かない。
愛梨沙は、覚えたものが頭の中からこぼれ落ちないように事あるごとに必死で反芻していた。
そんな様子を見たマユとメイはなるべくそっとしていることにした。
にゃー子の方も一日中下を向いたまま、黙々とシャーペンを走らせては、消しゴムで消すという動作を繰り返していた。
いよいよ、その時が来た。
入試以来の緊張感を愛梨沙は、覚えた。
数学と歴史の追試は、同じ教室だった。
複数の追試の者は、別の教室に誘われていった。
愛梨沙は、目をつむり、両手を握りしめてよしと気合を入れた。
対角線上右、廊下側の一番前の席ににゃー子が座っている。
にゃー子はあほ毛全開になり、いつの間にか左目に眼帯が増えていた。
「見慣れない数字見て、目も腫れたか?」
愛梨沙は、遠くからぼそっと突っ込みを入れた。
ドアが開いて、薫子と田渕が入ってきた。
「机の上の筆記用具以外はしまって。問題用紙と解答用紙配ります」
薫子が先生の顔で凜と言った。
各自一斉に机から教科書やらノートやらを撤収し、私語をピタッと止んだ。
全員に行き渡ったのを見計らうと時計を確認し、きりのいい時間から追試が始まった。
似たような名前の武将に将軍。起こった順の並び替え。
愛梨沙は、必死で拙い記憶を手繰り寄せる。
薫子は時折、生徒の間を行ったり来たりしながらみまわっていたが、やがて、教壇の席についた。
愛梨沙は、集中しているのだが、どうも視線が気になり、何度か教壇の薫子を見てしまった。
そのたびに薫子と目があった。
すると、薫子が急に眼光鋭く愛梨沙の方へ近寄ってきた。
なに? 私何かした?
愛梨沙は、一瞬ドキッとした。
「立ちな、わかってんよな」
愛梨沙の一つ前の席の男子生徒だった。
手から紙キレが一枚。その手にも薄く何やら字がびっしり書かれていた。
カンニング?!
薫子は男子生徒を廊下にだした。
凄い。噂には聞いていたが、生摘発ははじめてみてしまった。
愛梨沙は、職業間違えたんじゃないか、この人と薫子のことを本気でおもった。
しかし、この事で愛梨沙は、かえって、腹の座った感じになり、集中力が増した。
黙々と解答用紙を埋めていった。
一通り、埋めたところで時間みるとまだ十分位あった。
緊張が解けると、汗が凄いことに気づいた。
愛梨沙はポケットからハンカチを取ろうかと思った。
「望月。汗ならこれ使いなさい」
顔をあげると、薫子がタオルを愛梨沙に差し出した。
愛梨沙は?だったが、素直にうけとって自分の額を拭った。
「五分前!名前の書き忘れはない?解答欄間違いない?記号問題、必ず埋めなさい、四分の一なんだから」
薫子のさいごの檄がとんだ。
終了。
愛梨沙はやりつくした感一杯に伸びをした。
にゃー子は、バタンキューと言う掛け声と共に机に目を回して突っ伏した。
採点はその場でなされ、結果はその場でわかる。
数学が先に終わった。
にゃー子の番だ。
相変わらず、にゃー子は目を回している。
それでも、ふらふらと立ち上がり、答案を受け取った。
しばらく、焦点の合わない目でにゃー子は、答案を眺めていた。
「センセ、これは?」
「セーフ。ぎりぎりだけど」
素っ気なく答えると、さっさと次の生徒を呼んだ。




