藤崎琴音と緑川彩萌
君たち、琴音のお通りだよ、道を開けてくれないかい」
その声で人波から歓声があがった。
そして、人波がモーゼの十戒のように綺麗に真っ二つに割れ、一つの集団が掲示板の前にズンと進んできた。
先頭には、おしゃれ番長よろしく、ネクタイをゆるめに首からぶら下げ、サングラスを栗毛色のショートカット頭にかけた女生徒がなおも人払いしながら進んでいく。
その後ろを親衛隊に囲まれた、女生徒が続いた。
髪の長い、幸薄そうなくせにタカビーな女生徒である。
制服は至って標準の域を出ないが、姿勢はやたらいい。
「誰にゃ」
にゃー子が不快とも好奇心とも取れる声でマユたちに尋ねた。
「真ん中の姫がA組の藤崎琴音。一番前を行くのがその親衛隊隊長で、ボクっ娘の緑川彩萌」
「琴音さんと彩萌さん、試験でいつもベスト3を争ってるんですぅ、琴音さんは、男子からすっごくもてるんですよ。女子からは尊敬されてるし。それで、彩萌さんたちファンがああやって護衛してるんですぅ」
メイは、お祈りポーズで、うっとりと見つめた。
「男とっかえひっかえする奴、私は嫌いだね。それにあーりんが絶交した奴だし」
「ゼッコー?」
「あーりん、同じ中学で、藤崎とは親友だったの。で、あーりんが好きな男子のことで藤崎に相談したら、事もあろうにその男子に藤崎が告って、付き合い始めたってわけ」
「なるほど」
愛梨沙と親友だったとは思えなかったが、一応にゃー子は頷いた。
「しかも、月いちペースで男変えるし…」
「完全にカレンダー扱いだにゃ、おとこ」
「ふぎゃっ?!」
愛梨沙は、突然背中に強い衝撃を受け、掲示板に頭から突っ込んだ。
「あっ、ごめーん、わざとじゃないんだ、許してくれよ、プリティ・ガール」
「ったいじゃないのよー。謝んなさいよ、このボクむすめー」
「はじめに謝ったじゃないか、ボクは不可抗力だよ、望月愛梨沙クン」
いちいち、気にさわる。
愛梨沙は、追試決定だけでもムカッときていたのに、掛ける三乗分くらいの怒りがこみあげてきた。
琴音一派が近くにいるというだけで虫酸が走る。
ボクっ娘に話かけられるだけで虫酸が走る。
ボクっ娘に名前をフルネームで呼ばれるだけで虫酸が走る。
愛梨沙の血流は、怒りの頂きに向かって一直線にかけ上っていく。
「あら、久しぶりね、愛梨沙。どうしたの?掲示板の前で固まっちゃって」
聞き覚えが大いにある声で、愛梨沙が振り向くと案の定、琴音が腕組みしてドンと立っていた。
「友人でもないあなたに愛梨沙なんて呼ばれたくないわ、フジサキさん」
怒りを沈めるべく愛梨沙は、皮肉たっぷりに笑顔を取り繕って返した。
「あら、友達じゃないけどかつて友達だったから、あーりんじゃなく愛・梨・沙って呼んであげたのよ、モチヅキさん」
藤崎の一派がクスクス笑いだす。
そして、藤崎は、掲示板を一瞥すると、愛梨沙に哀れみの表情を浮かべた。
「そういうこと、御愁傷様。頑張ってね、望月さん」
今度は、ドッと大きな笑いが起きた。
チュドーン
愛梨沙の中で小気味よい噴煙があがった。
モウ ムリ。 モウ ガマンナラネェ。
「もうじきチャイムがなるにゃ」
絶妙のタイミングでにゃー子が二人の間に割って入ると、マユが、愛梨沙を羽交い締めにして教室の方へ引きずりはじめた。
メイは、愛梨沙の口を両手で押さえながら愛想笑いでマユの歩調にあわせて一緒に後退していく。
「放して、マユー。もうガマンできない」
「堪えて、今は。分が悪い。あーりんの悔しい気持ちはメイもにゃー子もわかってるから…」
「ここは、我慢、我慢ですよ」
メイも困り顔でマユに賛成と頷く。
廊下は、意外と滑りやすい。
にもかかわらず、愛梨沙の体は一向に教室までたどり着かない。
強情な愛梨沙の無言の抵抗に業を煮やしたマユが、にゃー子に手伝うよう促した。
「はいよー」
威勢よく、マユたちの方へ振り向き、駆け出そうとした。
「あなた、見かけない顔ね。D組?」
琴音が引き留めた。
「そ、D組の橘菜子、急いでるんで、では」
さっと自己紹介を済ませてマユのサポートに回った。
「琴音。あれが、きっと噂の転入生だよ。橘菜子…か…ふふ」
「何だか、不愉快な奴ね、でも、見てらっしゃい。ナオトに手を出したら思い知らせてやるから」
琴音の言葉に彩萌は、笑いながら首をすくめた。




