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ああ、無情

「はい、席について。」


いつもより少し早めに薫子が教室に入ってきた。

「えー、期末テストまであと一週間です。準備万端で各自臨むように。くれぐれも・・・。」


薫子は言葉を切ってクラスを見回した。


「カンニング等、不正のないように。ちなみに、今度の期末。このクラスの監督は…、わたしだから。覚悟しておくように。お前たちも知っているように監督中のわたしは、鬼だから。例え、可愛いわたしの教え子でも容赦しないからねん。ばれたら・・・一発停学だかんねん」


クラス中から失望と怒りの声が上がった。


鬼だの、悪魔だの、人でなしだのありとあらゆる罵詈雑言が薫子に浴びせられていく。


しかし、薫子は気持ちいいミントシャワーでも浴びているかのような爽快な笑顔を讃えて頷いている。


「よりによって薫子が監督かー」


マユが、降参のポーズをとって倒れ込んだ。


「どういうこと?」


にゃー子は、隣の愛梨沙をつついて尋ねた。


「薫子が試験監督を務めている時、不正をして見つからなかった生徒はいないのよ。ただの一人もね。あの嗅覚たるはすごいものよ。名だたるカンニング師たちは全て薫子の手によって葬られたわ。だから、今では薫子の前では何人たりともカンニングのカの字もしないわ。にゃー子も覚えておいた方が身のためよ」


「妖怪も真っ青にゃ」


にゃー子は震えた。


「いい、高校生は高校生らしく正々堂々勝負しなさい。」


薫子のビシッとした声が響いた。


雑音をかき消すように、一時限目の授業を知らせるチャイムが鳴った。


薫子は、慌てるように、クラスを後にした。


そして、授業を受け持っているクラスに移動していった。


愛梨沙はその間も歴史の教科書とにらめっこをしていた。


長いようで短い。


四日あった試験の日程は、あっという間に過ぎ去った。


そして、更に数日。


誰もが期末試験など忘却の彼方へ葬り去り、夏休みの予定について思いを馳せていた頃。


「期末の順位張り出されたー」


クラスの誰かの一言で愛梨沙たちも現実に引き戻された。


「あぁ、ついに来たか…」

この世の終わりのような悲鳴をマユが、あげた。

皆が一斉に学年掲示板に駆けていくのを合図に愛梨沙たちも重い腰をあげてゆっくり歩きだした。

心なしか、愛梨沙たちは、口も重い。


掲示板の前に着くと、人だかりとしゃべり声で騒然としていた。


要領よくその人波をかき分けると、マユが、最初に自分の順位と赤点の有無を素早く確認して戻ってきた。


「セーフ」


それを見届けると今度は、メイが、人波にもまれながら掲示板の前へ姿を消していった。


やがて、逆再生のように人波から戻ってくると両手でダブルVサインをだした。


「数学さん、大丈夫でした」


愛梨沙とにゃー子が同時に掲示板に行った。


にゃー子が戻ってきた。


「にゃははは」


「どうだった?」


マユとメイが同時にきいた。


学年13位」


「おー何気にやるじゃん」


マユが、手を叩く。


「が、しかし…」


にゃー子が間を空けた。


「数学が0、赤点にゃー」


最後は雄叫びに近かった。


マユとメイはぶっ飛んだ。


「どんだけ偏ってんのよ」


「嫌いにも程がありますぅ。でも、数学抜きで13位って…。そっちが凄すぎますぅ」



「ところで…、あーりんは?」


しばらくして、マユが、気づいた。


「あっ、あそこにまだいるにゃ」


にゃー子が指さした方向に愛梨沙が一点凝視のまま暗いオーラを漂わせてたたずんでいた。


「背中からでも分かりやすい性格ね、ちなみに歴史以外考えられないね。あーりんじゃ」


「一応、声かけるべきかにゃ」


「綺麗に心が折れちゃってますよ、あれは…」


愛梨沙は、変わることのない赤い数字を瞬きひとつせず、ガン見していた。


見ているうちに黒く変わるかもしれない。いや、きっと変わる。必ず変わる。


そんな無茶で薄い希望のため掲示板の前から動けない愛梨沙。





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