第二章 狐編 にゃー子の学園生活始まる
第二章 狐編
本日も快晴なり。学校へ続く道は、いつもと同じ風景。行き交う人の流れは、日々違う。けれど、街の様子は変わらない。商店街を通り、小さな公園をやりすごし、いつものコンビニ前を通過する。やがて、いつもの横断歩道にさしかかる。愛梨沙とにゃー子、二人での登校もすっかり馴染んできた。
鯛平堂の一件からの翌日、愛梨沙は、にゃー子にありのままを告げた。
鯛平堂からの帰り道に話してもよかったのだけれど、何となく話しそびれてしまった。
にゃー子のたい焼きを幸せそうに頬張る姿とあの恐ろしい地獄の底から響くような叫び声。
赤い糸が、うっすらとしか見えなかった謎。
見えた瞬間、二人がフォーリンラブに至らなかった謎。
にゃー子の話のままいかなかったことを少し整理する時間が愛梨沙は欲しかったのだ。
「それは、オロチのせいかも」
にゃー子も腑に落ちないといった感じで答えた。
「あるいは桜林は田助じゃないのかも」
「でも、にゃー子。それだったらオロチが邪魔する意味ないんじゃない?」
にゃー子は、ポンと手を打った。
「そりゃ、そうにゃ。頭いいー、あーりん、天才!」
「まあね。でも、にゃー子が解らないんだったら後はサトリさんに聞いてみるしかないんじゃないの、赤い糸結んだのはサトリさんなんだし。どこにいるの?サトリさんは」
「・・・。」
にゃー子は返事をしない。屍のようだ。
「もしかして、居場所しらないとか、あるいは死んじゃった?」
「いや、死んではないけど…。居場所はわからない」
なんとも歯切れの悪い答えがにゃー子から返ってきた。
「居場所わからないって、ずっと一緒じゃなかったの?、田助さんとにゃー子が再び出会うまではずっとそばにいるって約束だったんでしょ。約束破るなんてずいぶん冷たいわね、サトリさんって」
「・・・。」
「にゃー子?」
「え、あぁ、そそ、サトリ。サトリは冷たい奴にゃ」
にゃー子は、曖昧にとぼけた。
「サトリさんの手掛かりはないの?にゃー子はどこ住んでたの?」
「常陸国」
「ヒタチ…ってどこの国?」
愛梨沙は、南国の遠い異国の地を思い浮かべた。暑い太陽。キレイな海辺。カモメの群れ…。
え、あぁ、…えと、今で言う栃木にゃ」
意外な愛梨沙のカウンターパンチに、にゃー子は一瞬たじろいだ。
「…、や、やだ、そんなの知ってたわよ、ほ、ほら、急に言われたもんだからつい、ね、わかるでしょ」
愛梨沙は、急に取り繕ったが、本当は、栃木がどこだかピンと来ていない。
同じ関東だとざっくり認識しているぐらい社会は苦手だ。
特に、歴史は大の苦手である。愛梨沙にとって歴史は、子守唄か、お経以外のなにものでもない。
そんなこんなで結論も解決策も見出だせないまま学校に到着してしまった。
「期末近いのに、超ヤバいんだけどー」
教室の中、マユが、下敷きでパタパタ扇ぎながら、いかにもヤバそうに言った。
席が近いこともある。愛梨沙たち、四人は、登校すると愛梨沙の席を中心に固まる。
今日は、やけにマユのバタバタが多い。
夏本番には、まだ早かった。梅雨特有の、じめっとした暑さが、朝だというのにこれでもかというぐらいだるさに拍車をかける。
「赤点きたら、追試だよ、それもダメならこの暑いのに・・・考えただけで堪えられない」
「追試ダメで、何かあるにゃ?」
にゃー子は尋ねた。
「あー、そーだね。にゃー子はこの学校きて間もないから知らないか…」
マユは、椅子にもたれかかって、風力全開で下敷きを煽った。
「赤点を取ると追試なんですぅ。追試を失敗すると、今度は、補習&レポートなんですぅ」
代わって、メイが説明を始めた。
「そして、一学期の期末テストの場合は、夏休みの二週間が補習に充てられますぅ」
「つまり、アツーイ盛りのくそアツーイ時間帯に暑苦しい授業をうける羽目になるってわけ」
マユは、益々大袈裟にバサバサと扇いでみせた。
「クーラーないですしぃ…」
メイは、困り顔でにゃー子を頷き見した後に、首を横に振った。
「確かに、地獄にゃ…」
「だから、ほら」
マユが、指さした方向には歴史の教科書を逆さに、真剣な眼差しで見ている愛梨沙の姿が
あった。
なるほど」
にゃー子は納得した。
「あーりん、いくら歴史嫌いでも逆じゃ駄目だから…」
マユが、愛梨沙の教科書を直しながら言った。
「歴史、面白いですよぅ、あーりん…」
歴女メイが、寂しそうに言った。
「あーりん、歴史苦手なのか」
「数学は超凄いんだけどね」
マユが、すかさずフォローする。
「少し分けてもらいたいにゃ」
にゃー子が羨ましそうにつぶやいた。
「にゃー子さんは数学不得意なんですか?私もなんですぅ。」
メイがほっとしたように言った。
「マユは?」
にゃー子が訊いた。
「あたしは、可もなく不可もなく。平均点の波の上を浮かんだり沈んだり、飄々と」
マユは、両手を拡げて、波のようにおどけてみせた。
そこへ予鈴を知らせるチャイムが鳴った。




