鯛焼きと片思いと呪いのコンボ
その日の帰り、愛梨沙は寄り道をしようとしていた。
鯛平堂へ自らたい焼きを買いにいくためである。
昨日、久々に食べて、クセになってしまった。
本来なら、母に頼むところだが、どうにも我慢ならず、渋々自ら乗り込むことにした。
渋々…。
鯛平堂には桜林がいるからだ。
桜林。愛梨沙の同級性。
愛梨沙と桜林は、中学までは、遊び仲間の一人であった。
男女五六人のグループでわいわいと仲良く遊んでいた。
高校に進学すると二人は別の高校へ行ってしまい、愛梨沙たちと疎遠になった。
そして、愛梨沙も一人だけ運悪くクラスが違ったため距離をおくようになった。
表向きは・・・。
愛梨沙が距離を置くようになったのには、もう一つ理由がある。
藤崎琴音のことだ。
彼女が四人の関係をまずくした、愛梨沙はそう思っている。
同じ高校に進んだのは、愛梨沙、琴音、宇都宮リュウト、桜林ナオトの四人。
愛梨沙は、ずっとリュウトが好きだった。
その気持ちを知っていたくせに琴音はリュウトに告白して交際を始めてしまった。
愛梨沙は、かなり腹立しく思ったが、さっぱりした性格だったので水に流した。
ずっと仲良くしていたこと。自分に魅力が足りなかったこと。人には人の好みがあること。いろいろ考え、琴音を許そうとした。
ところが、こともあろうに、琴音は次々彼氏を試着着のようにとっかえひっかえし、最近では、ナオトに言い寄ろうとしているとマユから聞かされた。
愛梨沙のハートの導火線は、再び火が付いた。
なんという節操のない連中だ、リュウトもリュウトだし、ナオトもナオトだ。
ぜっこー。
高校生活三か月目の愛梨沙の誓い。
おかげで、クラスにいたマユとメイという大親友とも巡り会えた。楽しく暮らすうちにますます三人とは疎遠になっていった。
そんなこんなで、一年近く三人とは、口すら聞いていない。
鯛平堂の前に到着した。
鯛平堂は、老舗の鯛焼き屋だ。まずこの街で土産、名物といえばだれもが名を挙げる。
15年ほど前に建て替えて外観は小さいケーキ屋のような佇まいで、自動ドアまでいっちょまいについている。
店の屋根には、大きな鯛焼きのおどけたマスコットがドーンと置かれている。
愛梨沙にとって久しぶりに来るこの店は、アウエー感が漂っていた。
あるいは、RPGのラスボスの根城かも。。いや、それは、ちょっと違うか。
愛梨沙は、恐る恐る外から店の中を覗き込んだ。
「なに、人の店の前でやってんだよ。泥棒みてえに」
ぶっきらぼうな声が愛梨沙に突き刺さる。
「え、あっ、そ・・・の・・あのー・・」
声の主はナオトだと愛梨沙は、すぐにわかった。別に悪いことをしているわけではない。堂々としていればよい、たい焼きを買いに来たのだ。
しかし、一回挙動不審になると、愛梨沙は、敵にアドバンテージを与えてしまったかのようになぜか狼狽してしまった。
「#%&’**~##$」
「ってか、日本語しゃべれよ。たい焼きか?だったら中はいれよ」
呆れたように、ナオトは愛梨沙に言うと、店の横の勝手口へ消えていった。
くそっと思いながら、愛梨沙は、店の自動ドアの前に立つが開かない。
何度もバタバタ踏みしめてみるがいっこうに開く様子はない。
すると中から、電源を入れ、ロックを外し、手動でナオトが明けて顔をのぞかせた。
「ガキじゃないんだから、ジタバタすんなよ。張り紙してあんだろ」
ナオトが促した先に「ちょっと10分ほど空けます。店主」の張り紙がしてあった。
「で、お客様、たい焼きいくつになさいますか?」
言葉使いは丁寧だが、愛梨沙には、なんとなくふてぶてしく聞こえた。
「三つください」
きつめの口調で切り返すと、一瞬ナオトは、愛梨沙の顔をじっと見た。
「なによ、わたし、一人で食べるんじゃないからね、わたしとお母さんと友達の分。それでなんだから三つよ、文句ある」
「別に、何も言ってねえし」
ナオトは、手慣れた手つきでたい焼きをパックに詰め、袋へ入れ、愛梨沙に手渡した。
愛梨沙には、昔から、不思議なことがあった。
桜林には恋愛感情が全く湧かないことだ。
気安く話もできるし、結構傍にもいた。
普通異性だったら、少しは乙女心としてライクからラブの中間あたりを行ったり来たりしそうな感じもする。
しかも学校でも三本の指に数えられるほどイケメンだ。
それでも愛梨沙の心がだす答えはNO!!であった。
まるで、何の恋愛感情もわかない。
まるで、桜林が親兄弟であるかのように。
おや?
親。。兄弟。
まさか
その時、運命の自動ドアが、愛梨沙の後ろですうっと開いた。
「おじちゃん、ここのおじちゃんにゃの?!」
「にゃー子…!」
「あーりん!」
にゃー子を見ると、背中に鯛平堂店主、桜林留吉69歳が背負われている。
「じいちゃん!何したんだよ」
桜林が心配そうに近寄って留吉に尋ねた。
「面目ない」
「横路から、急に自転車が飛び出して、おじちゃん横っ飛びで避けたんだけど、バランス崩して。足捻ったみたいだから、湿布でもして。明日一番で医者にでも診せてにゃ」
代わりに、にゃー子が答えた。
「悪かったな、面倒かけさせて、ありがとう」
「いいにゃ、困った時は、お互い様にゃ」
にゃー子は、留吉を奥の居間にそっと下ろして店の方へ戻ってきた。
「お前ら、知り合い?ってか、うちの制服じゃん」
ナオトは、にゃー子にお礼を言った後、通り過ぎるにゃー子を見て言った。
「紹介するね。橘菜子って言うの。通称にゃー子。うちのクラスに転入してきたの」
愛梨沙がすかさず、フォローする。
「にゃー子です。よろしく」
にゃー子が頭をペコリと下げた。
「俺、桜林ナオト。よろしく」
二人の自己紹介が済んだところで、愛梨沙は、二人の指先を見つめた。
なんとなく
それは、女の勘だった。
もし、にゃー子の言う通りなら、愛梨沙の目には二人の赤い糸がくっきり、はっきり見えるはずである。
いきなり、一人目からビンゴ?
愛梨沙は、じっと見つめた。
なんとなく微かに赤いレーザー光線のような光がところどころとぎれとぎれに二人の間をつないでいる。
・・・・?
びみょう
愛梨沙は判断不能の状況に戸惑った。
にゃー子の話ではもっとはっきり見えるはずである。
とすれば、ナオトは田助ではないのか?それとも、愛梨沙の能力が思ったより低いのか・・・・。
「なに、ぼうっと下向いて、口開けてんだお前?」
ナオトの言葉にはっと我に返った。
「なんでもないよ」
愛梨沙は、両手で顔をはたいて気を取り直した。
「帰ろうか、にゃー子」
にゃー子の手を引いて帰ろうとしたとき
「橘、これ・・」
ナオトがたい焼きを袋に素早く詰めて、にゃー子に五つ差し出した。
「じいちゃんのお礼。こんなもんで悪いけど」
「とんでもないにゃ、売りもんをもらうわけにはいかんにゃ、それにこんなもんだなんて言い方は・・」
「わりと常識あんだな、でもよ」
グイと前に差し出された袋をにゃー子もむげに断ることができず、ゆっくり手を伸ばしてありがとうと言って受け取った。
その瞬間、愛梨沙はもう一度だけ赤い糸を確かめるべく二人の手にそっと手を伸ばしてみた。
邪魔ヲスルナラ・・・オ前・・モ・呪イ・・殺シ・テヤル
地獄の底から頭に響くような恐ろしい声に愛梨沙は、ビクッとして手を引っ込めてしまった。
「あーりん?」
異変に気付いたにゃー子が屈託のない笑顔でこっちを見た。
「ううん、なんでもない」
猫又、月千代の恋は、三百年以上の時を越えて再び動き出した。
あの呪いとともに・・・。




