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宴もたけなわ

皆が二人の戦いを見守る。


ーーー麒麟も戦況を見守っていた。華閻の首もとにはいざというときのため鬼蜘蛛が寄生していた。


鬼蜘蛛は鬼髪と同様に怒りや憎しみを糧として人に寄生する。


麒麟の合図ひとつで華閻の首がとぶことになっている。


閻魔とて迂闊に手はだせない。


薫子はその麒麟の腹を読んでいた。華閻と鬼蜘蛛をひきはがさねば。タイミングだけを見計らい、メイに術苻の用意だけさせておく。


にゃー子は華閻を傷つけまいと必死に防戦する。にゃー子から攻撃する場合は華閻がふみこんでこないようけん制する意味合いを持っていた。


かといって間合いを取りすぎるとさっきのように華閻は遠距離で使える神通力を用いてくる。つかず、離れずを繰り返す。


華閻も一気に片をつけようと、間合いを取ろうと試みるがにゃー子が絶妙に踏み込んでくるので肉弾戦に持ち込むしかない。華閻のいらだちも募る。


両者一歩も譲らぬにらみ合いが続く。じりじりと間合いを計りながら一進一退を繰り返す。


ーーーと、麒麟が動き出す。


「ええい、何をしておる。華閻様と閻魔様をお守りせぬか!!兵士どもこの麒麟に続けえ!!」


麒麟が掛け声をあげると鬼や髑髏兵の体が金色に輝きだした。操られるようににゃー子たちや四使徒たちに立ち向かってくる。


軍入り乱れての戦いが始まった。にゃー子は雑魚をさばきながら華閻と戦わねばならなくなった。


会場内はすでに収拾つかない状態。来賓用のテーブルとイスはくの字М字の残骸となり。料理はめちゃくちゃ。天井には穴があき、上階の様子がよく見えた。


壁は亀裂が入り、床は波打ち始める。もはやここで結婚式が行われる予定だったとはだれも思えないような光景になっていた。


にゃー子の仲間たちも神通力を使う暇もないほど次から次へと兵士たちに襲われ、必死で凌ぐ。


「どいつもこいつも・・・。なぜわらわの邪魔をする!!」


華閻は叫ぶとにゃー子に襲いかかっていた兵士たちの襟首を掴み床に投げ捨てた。そこへ華閻は左手をかざして何事か唱えるとマグマ煮えたぎる沼が床に出現した。投げ出された兵士たちはみなそこへ叫び声をあげながら消えていく。


「手出し無用じゃ。これはわらわと猫の問題。勝負に水を差す出ない!!」


響き渡る声に兵士たちが皆気絶をしていく。


「猫よ勘違いするな。わらわは貴様とあくまでサシで勝負したいまで」


「望むところにゃ」


にゃー子は舌なめずりをする。


手の空いた仲間がにゃー子たちの元へ駆け寄ろうとすると麒麟が間にそびえたつ。金色の竜が赤い瞳をたぎらせ背中の鱗を刃のごとく尖らせる。威嚇する神波に薫子たちは近づくことさえ叶わない。


「お月さん!!」


薫子が叫ぶ。


「なあに。大丈夫にゃ」


にゃー子は片足を半歩ひくと低く構える。そして、次の瞬間打って出た。華閻は防戦しながら後ずさりを始める。もうじき壁際というところまでにゃー子は華閻を追い詰めた。


華閻の体がにゃー子の一瞬の隙をついて消える。脇の甘くなったスペースから中央に向かって飛び出したのだ。その際にゃー子の背中に左ひじをお見舞いしていった。


にゃー子は堪らず仰け反った。苦痛に天を仰ぐ。


「おしまいじゃ、喰らえ!!」


中央で反転した華閻は両手をにゃー子に向かって突き出す。華閻の妖気が体全体で躍りだすのを合図に両手からにゃー子めがけて炎の竜が一直線に飛び出していく。


「にゃー子!!」


金色の眩しさに耐えながら戦局を見守っていた愛梨沙が叫んだ。羽団扇の黒扇丸ならにゃー子を守ることもできたであろうが今はいない。まともに食らえばただでは済まない大技である。


にゃー子はひるむこともなく炎に向かって右手をかざす。


「風を纏いし水の御霊よ。炎竜を鎮め奉らん!!」


炎の竜はにゃー子の手のひら数センチのところで止まった。徐々に形を崩しながら歪曲し押し戻されていく。


「こしゃくな」


華閻は更に出力を上げていく。熱気で床が落ち、慌ててみなは廊下へと退出する。マグマの沼も下の階に落ちていった。落ちていかなかった部分の床は不思議なことにその階に浮遊してとどまっている。愛梨沙や薫子たちも一旦非難する。すでに壁もなくなり、二人の戦いを見るには支障がなくなっていたからだ。


虚ろな表情を浮かべるナオトのみが窓に腰掛け動かない。


少しずつ後退していく華閻の足元からは煙が立ち上る。


材質こそわからないが硬く分厚い岩盤のような床が華閻の足のサイズそのまま深く削り取られ溝のようになっていく。


「おのれ」


華閻は押し返そうと踏ん張るがにゃー子の勢いは止まらない。


完全に炎の竜は形がなくなり、丸い球状の物体に変わり果ててしまっていた。


ただ華閻の目の前に存在するのみ。


ーーー次の瞬間、堰を切ったように一気に華閻にその球が押し寄せる。炎は波しぶきをあげて雪崩のように華閻を押し流していく。


華閻は波に呑まれながら流されまいと窓枠に両手をかける。


指の爪をたてて必死で踏みとどまった。


やがて轟音が過ぎ去り、炎が止むと華閻は上半身を捩りながらゆっくり窓から部屋の中へ滑り込んできた。


怒りに満ちた顔でにゃー子を睨み付ける。


「どこまでいっても忌々しい猫じゃ、絶対に許さん」

華閻はゆらりと柳のように体を揺らすと一気ににゃー子との間合いを詰める。嵐のような正拳突きを繰り出していく。


炎がそのたびに華閻の拳から音を奏でて迸る。


「神通力…。『破』!!」


にゃー子は拳を受けながらタイミングを見計らい、間合いを取った。華閻の拳から放たれる炎が爆発しながら消えていく。


「これはわらわの恋なのだ、愛なのだ…。猫又なぞに奪われてなるものか!!」

華閻は叫んだ。


明治時代、ナオトの御霊が入っていた弥助との出会いを思い出す。人間界に来て、右も左もわからずただ泣いていた華閻を優しくいたわってくれた弥助。遊んだり、お菓子をくれたりいつも優しい微笑みをくれた温かい男性だった。


突然現れた猫、月千代にその愛が奪われた。


華閻の妖気が更に(たかぶ)っていく。


ーーーと同時に今度はにゃー子がじりじりと後退していく。


「華閻様、負けるな!」


「華閻様、頑張れ!!」


鬼や髑髏兵たちが声援を華閻に送る。それに呼応するかのように更に華閻の妖気は昂っていく。


「にゃー子ファイト!!」

「押し戻せ!!」


愛梨沙たちも夢中でにゃー子に声援を送る。


そこへマユたちが大勢を随えて会場に戻ってきた。どうやら地獄の随所で虐げられ、助けられた者たちらしい。


「お月ちゃん負けるんじゃないよ」


「俺たちもついてるぜ」


薫子が振り返る。


「おばちゃん」


「あら、サトリのなっちゃんだね。お月ちゃんの側にいてくれたんだね」


江戸時代にゃー子が田助と共に世話になった村の人々だった。どうやら死んだひとには当時の姿がわかるらしい。


「月千代さん、負けてはなりませんことよ」


愛梨沙の横にしゃしゃり出た着物の貴婦人と二人の若い娘が声をあげる。

岩舟弥次郎の一家と華菜だった。


と、リンと母親が薫子を見詰め、キョトンとした顔を見せる。


「あら、マサヨ。お前も応援かい?」


「マサヨって誰?」


愛梨沙は首を傾げて薫子を見たが、薫子は「ほほほ」と笑って誤魔化した。



そうこうしている内に、にゃー子は下がるところがないほど壁際に追い詰められていた。


にゃー子の体は華閻の拳を受けるたびに焼け石でも浴びているかのようにジュッと音を立てて煙をあげた。


酷い臭いが立ち込める。

愛梨沙たちは鼻と口を押さえた。


にゃー子の体にはアザのような火傷の痕が刻まれていく。


更に厄介なのは神波を纏った華閻の拳だ。妖気の昂りにより神通力がうなぎのぼりに上昇していき、一つ一つの拳がクレーン車のハンマーの如く重いのだ。


にゃー子はガードしているにもかかわらず相当のダメージをくらっていた。


飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止める。


「どうした、受けるばかりか猫よ」


不敵に笑う華閻の攻撃は更にスピードを増していく。


にゃー子は目眩がした。ガードが外れ、棒たちになった。


「終いじゃ。ゆっくり休むがよい」


華閻が意地悪く微笑んだ。そしてがら空きになったにゃー子の腹目掛けて渾身の回し蹴りをお見舞いする。


にゃー子はゴム毬の如く転がりながら会場を飛び出し、廊下にいた愛梨沙たちの前でうつ伏せのまま止まった。


ピクリとも動かない。


「にゃー子」


愛梨沙たちが堪らず駆け寄り、にゃー子を助け起こそうと手を伸ばした。


「指一本触れることはまかりならん!!」


華閻の気迫に皆一様に手を引っ込める。


「これはわらわと猫との勝負。手出しは無用じゃ。どちらかが命尽きるまで徹底的にやるのじゃ。ーーー尤も貴様らが全員泣いて土下座をし、わらわの奴隷になるというのなら少々考えてやってもよいがな」


華閻はニヤリと笑いながらにゃー子の首根っこを掴んだ。


にゃー子はだらしなくしたを項垂れたまま左右に体を揺らしたまま掴まっている。


「息の根を止めてくれるわ」


華閻がにゃー子の喉目掛けて炎を纏った手刀を打ち込まんと右手を高々と掲げる。


「お月さん!!」


薫子が蒼白になる。


振り下ろされたその瞬間。華閻が「う?」という声をあげる。


華閻は訝しげに頬を拭う。一筋の赤い線が走り、温かいものが頬を伝う。

「血?」


華閻はここではっとした。今まで首根っこを押さえていたにゃー子の姿がどこにもないのだ。


知らぬまに音もなく舞い上がっていた華閻の髪が静かにもとの場所に収まっていく。


「上か?」


華閻が見上げた場所には大きなシャンデリアが眩い銀色の光を放っていた。


そこにぶら下がるにゃー子が一人。何か掌大の虫のようなものを握って華閻にあかんべしていた。


「まだそんな力が残っていたとは…」


驚愕する華閻。


「手は触れていませんよ」


小声でメイが独り言のように呟く。そして舌をだしておどけた。


姫子とかえでは笑いながら顔を見合わせた。


そんなこととは露知らず、華閻は苛立ちに爪を噛む。


「やっと邪魔くさいのを捕まえた。これだろ、華閻を操る悪いやつは。こんなもん、遠くの山に飛んで…いけ!!」


にゃー子は軽く蜘蛛を握り潰すと窓目掛けて放り投げた。


蜘蛛の残骸は窓に未だに腰掛けているナオトの首もとを掠めて大空の彼方へ消えていった。


ナオトの首もとにいたてんとう虫のような魔界獣と共に…。


「危ないでしょにゃー子!!桜林に当たったらどうすんのよ」


事情を知らない愛梨沙が叫んだ。


「ちゃんと狙って外しました」


にゃー子がぶうたれた口調で愛梨沙を見下ろす。


「いいのよ。あれで…。ナイスショット、お月さん!!」


「よく気づいたのね」


薫子に続いてナヨタケも感心する。メイは愛梨沙の肩を揉み、後で説明するからとなだめる。


「かえすがえすもわらわを愚弄しおって…」


華閻は肩を震わせる。


麒麟が閻魔に忍び寄る。


「おっとっと」


「何処へ?」


「感心しませんな」


「やんなら相手になんぞ」


四方から四使徒が麒麟を威嚇しながら囲いこむ。


麒麟はやれやれと言った表情を浮かべ両手をあげ降参の意思表示を示す。


心配そうな閻魔の目線の先には再び相まみえる華閻とにゃー子の姿が…。


「橘くん」


彩萌が手を組んで祈るように目を瞑る。一緒に行動した華閻のことも本当は心配なのだ。


「にゃー子を信じなさい。ナヨタケは華閻さんの本当の母親。その人がにゃー子を選んだのよ。今まで一回でもあった?にゃー子が自分さえ良ければいい、なんて」


愛梨沙は彩萌の両手を静かに包み込む。彩萌もコクリと頷いた。


その間もにゃー子たちの戦いはヒートアップしていく。


両軍の応援合戦も熱を帯びていく。


一進一退。にゃー子も華閻も一歩も引かない。


一瞬の隙をつき、華閻がにゃー子を蹴り落とす。


にゃー子は地面に叩きつけられた。


華閻は両手を高々と掲げる。渾身の炎の竜が唸りをあげながら大きな口をあけた。


にゃー子へと頭から突進していく。


にゃー子は立ち上がると竜を睨んだ。


「神通力…、風!!」


鋭い刃物ように風は炎の竜を真っ二つに分かつ。


竜はにゃー子を中心に左右の床に力なく沈んでいく。花火のような光を辺りに散らしていく。


にゃー子の見据える先には空中で立ち尽くす華閻の無防備な姿が。


「神通力、衝!!」


にゃー子渾身の一撃が華閻に炸裂する。


「負けるものか…。押し返してくれる!!」


華閻が真正面から受けた力をからだ全体で押し返そうとする。


にゃー子も歯を食いしばる。600年間の思い出が走馬灯のように駆け巡る。


「にゃあああ」


にゃー子がゆっくり押し戻す。


「愛は…無理矢理奪うものでも…。一方的に押し付けるものでもない。互いが互いを想いあう自然な心が大事。ナオト、目を醒まして」


にゃー子の叫びと共に華閻は力尽きて天井を突き破りなされるがまま上の階へ弾き飛ばされた。


一瞬の沈黙の後、にゃー子応援サイドから歓声があがる。


薫子たちも飛び上がって喜びを露にする。


にゃー子は呆然と立ち尽くす。そして安堵感から床に座り込む。


ナオトはふらふらと揺れながら何事かとにゃー子の方へ歩き始める。


にゃー子はほっとしたように微笑んだ。


愛梨沙たちも急いで駆け寄る。


ーーー紅蓮の火の玉がナオト目掛けて飛んでいく。


「ナオトを渡すくらいならいっそわらわの手でマグマの中にも都は御座います」


華閻はナオトを抱えて階下のマグマ煮えたぎる沼に飛び込む。


「しまった」


ナヨタケも油断していた。薫子も凍る。


「間に合わない…」


にゃー子は頭の中が真っ白になる。ここまでの苦労が水の泡になってしまう。這いつくばり、壊れた半身投げ出し、床から下の沼に手を伸ばす。




「こっくろろろうぅ」


間一髪。ナオトと華閻の体は黒い影に救われた。


「黒扇丸…」


にゃー子はほっとため息をついた。ナオトの無事。華閻も無事。そして蛇に殺られたと思っていた黒扇丸が無事で元気でいてくれたことに…。


黒扇丸はにゃー子の頭上で一回転すると二人を近くに降ろした。


四つん這いで息をつく華閻。閻魔と脱衣が近づく。華閻は閻魔をじっと見つめる。


「ばかもんが」


閻魔のビンタに華閻が堰を切ったようにむせびなく。華閻は閻魔の大きな懐に抱きついた。


閻魔は優しく華閻の長い髪を撫でる。閻魔の目にも涙が光る。


ナヨタケと式神も肩を寄せあい見つめる。


にゃー子は神通力の使いすぎにうつらうつらして前のめりになった。


だれもが華閻と閻魔に注目していた時だった。


瓦礫の崩れる音。愛梨沙がふと見た。スロー再生のようににゃー子が下に沈んでいく。


慌てて声をあげる。黒扇丸も間に合わない。


悲鳴があがる。


「田助…、手。助けて…」


にゃー子はうわ言のように呟いた。


「行かせるか!!」


愛梨沙の横にいたナオトが何かを必死で引き寄せる。愛梨沙の目にはその手繰り寄せるものの正体がはっきり見えた。


「なんと」


愛梨沙だけではない。誰の目にもそれははっきり映っていた。太く決して切れることのない二人の赤い糸…。


ナオトは慎重に手繰り寄せていく。いつのまにか鬼たちも声援を送っている。


宙ぶらりんのにゃー子がゆっくりナオトたちのいる階に引き揚げられていく。


床に手がかかりにゃー子は自力で這い上がる。


「ナオト…」


「ごめん。俺ずっと長い間お前のこと待たしていたような気がする。でももう悲しい思いはさせない。ずっとずっと俺、お前の側にいるから。二度と離したりしないから。何があってもお前を護る。たとえ地獄の底だって」


「うんうん。私信じる。にゃー子もナオト愛している」


にゃー子は大粒の涙と共にナオトの胸に飛び込んだ。


「眩しいじぇ」


彩萌がサングラスを装着した。


「ていうか…。ここが地獄だし」


マユが突っ込みを入れる。


「助けにきたのは私たちの方だし」


愛梨沙も更に突っ込む。

「でも幸せそう…羨ましいですぅ」


「あっちしたちに比べればねえ、ダーリン」


姫子がスサノオを見上げる。





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